「明けましておめでとうございます。今年もどうぞ、宜しく…」
いつもの威圧感のある口調ではなく、他人行儀めいた挨拶。両手を腰の前に合わせ綺麗な角度のお辞儀は普段の彼女らしからぬ姿だった。
「此方こそ、宜しくお願いします」
重鎮達に向けた挨拶でなんだかくすぐったい。言葉の最後には思わず軽く吹いてしまった。
「あら。何かおかしくて?」
「そうかもね」
疑問を投げ掛ける彼女の言葉も何処か弾んでいる。もしかしたら同じ気持ちなのかもしれない。トレーナーは微笑み返した。
身寄りの無い彼にとって帰る場所はない。トレセン学園のトレーナー寮で年を越そうとしたら夜中に彼女が訪ねてきた。珍しいことに共に初日の出へ赴こうとメジロ家から車を出したらしい。一瞬、過干渉ではないかと頭の片隅を過ったが、彼女がわざわざ訪れたことが嬉しく自然と頭は頷いていた。
車へ向かう途中で年を越し、周り誰もいない中、静かな夜。
顔を合わせる。
彼女のアメジストの瞳に彼が映り、彼の黒曜石の瞳に彼女が映る。刹那、見つめ合っていた。
彼女がゆっくりと右手を差し出す。人差し指と中指だけ伸ばされたそれは男が握り返してくれる自信がありつつも、何処か遠慮がちに見える。
彼もおずおずといった様子で人差し指と中指を伸ばし、ゆっくりと繋ぎ合わせた。言葉は不要。そのまま二人は車へと向かうと、其処にはメジロ家のご当主が車の外で待っていた。
慌てて彼は彼女の指を離そうとしたが、彼女自身が其れを許さなかった。其方に目を向けると少し不機嫌に見える。どうすれば良いかと悩んでいたが、ご当主は手を繋いだ二人を見て何も言わず、そのまま車内へと乗り込んだ。
見逃すということなのだろう。申し訳無い気持ちになりながらも感謝し、暖かな空気が流れる車の中へと入った。
先に待機していた妹のアルダンとも新年の挨拶を交わし、車は走り出す。その間も二人は何も語らなかった。ご当主の目の前、普段の交流を見せるわけにもいかない。ただ、静かに二人は見つめ合うだけ。そんな二人をご当主はバックミラーで僅かに目を向けていたが、それでも何かを言うことはなかった。
車はメジロ家が所有する高台へと向かう。日の出まであと一時間。時間的に余裕だろう。周りに流れていく景色は真っ暗闇かと思ったが、明かりを持って歩く家族連れや恋人達がいた。男がこれまで失った者達が幸せそうに。
今年もどうぞ、宜しく。
ささやかな幸せと温もりがどうか末永く続いてくれますように。