「あれ? トレーナーさん、まだ来てないのか」
エースがトレーナー室に入ると其処には既にメンバーが全員集合していたが、肝心のトレーナーだけ姿が見当たらない。
「アイツ、寝坊しているんじゃないだろうな」
シリウスが舌打ちをしながら悪態を付くと、丁度彼女の端末に連絡が入る。画面に表示された名前はそのまんま駄目犬。彼女達のトレーナーだった。
「おい、今何時だと思って……何? 風邪を引いた?」
皆が各々勉学や読書に勤しんでいたがシリウスの言葉に固まり、視線が集まる。
「天変地異の前触れか?」
【それバカは風邪を引かないって意味!?】
シリウスが端末の音源をスピーカーモードに切り替えると、室内に彼の電子音声が流れる。いつもの口調だが、声は僅かに覇気が無かった。
「私のトレーナーなら自己管理ぐらいしっかりしろ」
【悪かったよ。一応、今日のメニューはあるから…結果を記入して机の上に置いといて】
「用意が良いわね」
ラモーヌか確認すると確かに、トレーナーのデスクには七人の資料が山積みにされている。前日に自分の体調不良を予測して作成したのだろう。しかし、昨日の今日である。これ程大量に用意するにも時間がかかった筈。
「ちょっと待って欲しい。トレーナー君、君昨晩はいつ眠りについたんだい?」
「……」
ルドルフは不思議に思い、まさかと尋ねたが彼の答えは沈黙だった。つまり全く寝てないのである。
「トレーナーくーん?」
マルゼンスキーが端末の向こう側にいる彼に向かって、詰め寄るように言う。実は少し前、たづなから深夜になってもトレーナー室に彼が残って仕事をしていることをマルゼンスキー本人へ愚痴を溢していたのだ。
最近はコンプライアンスが厳しく、無論トレセン学園もそれは厳守に努めている。しかし、トレーナーというものは大概ウマ娘に脳を焼かれている異常者であり、皆がみな自分のことなど脇目もふらず、可愛い担当の為、寝る間も惜しんで仕事するのは割りとよくある話しだった。
【い、いや…ちゃんと寝たよ?】
「それって何分?」
本来ならば数時間と訪ねるところを、ミスターシービーは迷うことなく分単位を出した。マルゼンスキーとエースはまだしも、残りのルドルフ、シービー、クリスエス、シリウス、ラモーヌは彼がどんな男か嫌でも"理解"している。
自己犠牲を自己犠牲と思わない程、自身を酷使する男だ。前回の記憶では五分ソファに仮眠を取って次のレースプランを練る大馬鹿者。
【ご、ごふ……いや、三十分寝たよ!】
「ーーーそれは睡眠に入らない」
いつもはたどたどしいクリスエスの口調がハッキリとした言葉で否定する。普段から物静かで感情がわかりにくい彼女だが、明らかに怒っていることに誰の目から見てもわかった。
「さっさと寝ろ!!!」
シリウスが怒鳴り散らす。もう通話する時間すら惜しい。これ以上トレーナーの声を聞いていると頭の血管が破裂してしまいそうになるため、そのまま切った。
「なぁ、シリウス…トレーナーさん看病したほうが良くないか?」
世話焼きのエース。普段から親身になってくれる彼のためにも何かしてあげたいと義理堅いことを言うが、シリウスはピシャリと制止した。
「やめておけ。あの馬鹿の自業自得だ。それに、お前にまで風邪が移ったら、それこそアイツは休まなくなる」
厳しいようだが、メリハリを付けてもらわなければこれからも同じことを繰り返すだろう。仮にエースが風邪を引こうものなら、トレーナーは彼女の傍を離れず看病するに違いない。経験者は語る。シリウスにも嘗て覚えがあった。
昔、心配そうな顔で片時も離れず此方を見守る仔犬を。
ルドルフもシービーもクリスエスもラモーヌも覚えがあるのか、何とも言えない表情をした。
「どうせただの風邪だ。二、三日ほっておけば問題ない」
これでこの話しは終わりと、シリウスはデスクの上に乗せられている自分の資料を手に取ると、さっさと退出した。
―――――
「…ってシリウス言ってたけど、さ」
トレーナー寮の前、彼の部屋に忍び込もうとしたシリウスだったが其処には既にルドルフ、シービー、クリスエス、マルゼンスキー、エースが立ち往生しており、手には飲料水やら食べ物やら薬やら入った袋を全員下げていた。
シービーはシリウスにニヤニヤ笑いながら午前の出来事を掘り返したが、彼女は最高に機嫌が悪そうな顔で否定する。
「あぁん? 駄目犬がちゃんと休んでいるか確認しなきゃならねぇだろ」
「はいはい、そういうことにしておくよ」
肩を竦めて引き下がるシービーだが、如何せんこの状況どうしたものか。トレーナー寮にウマ娘が入るのは許可がいる。このような大所帯で訪ねても、門前払いが関の山だ。そのため、全員が全員忍び込もうとしたわけだが、これではすぐに見つかってしまうだろう。
「ふむ。此処は生徒会長である私が行こう、後々指摘されても私ならば問題ない」
冷静かつ、当然のように提案するルドルフだが、そんなこと許される筈はない。
「ラモーヌの次にお前が危ねぇのはわかってんだよ…」
職権乱用する幼馴染みに頭を抱える。堅物のこのウマ娘が、彼を前にするとぶっ飛んだ行動を取るものだから困ったもんだ。この間など、既成事実に持ち込もうとしたところギリギリ止められたから良かったものの。
前回の時は仲の良い知人止まりだったトレーナーとルドルフだが、何故か今回はルドルフに好意を持たれているトレーナー。前回、ルドルフへの想いに苦しんでいた彼を知っているシリウスからすれば、喜ぶべきか悲しむべきか。複雑な思いだ。
「―――ラモーヌ、がいない」
その時、ハッとしたクリスエスがポツリと呟く。確かにあのルドルフと同じか、或いはそれ以上に彼へ執着するラモーヌがこの場にいないことはおかしい。メンバーが一斉に目を合わせ、まさか…と呟くと全員全力疾走でトレーナー寮に駆け込んだ。
「鍵は……掛けてやがる!ラモーヌの奴!―――フンッ!」
バキィ!無慈悲な破壊音を発ててドアノブが粉砕されるが緊急事態である。修繕費は後でトレーナーが出すだろう。借金が更に膨らむが一万に一足したところで大した違いはない。
「ちょっ……無理やりはやめてーーー!」
「汗をふいてあげるだけ。何も問題は無くてよ」
「何処触ってんのーーー!?」
其処には半裸のトレーナーと、目付きが捕食者のモノに変わっているラモーヌが彼の寝巻きを剥いでいるところだった。
「病人相手になにやってんだー!?」
シリウスは神速でラモーヌに近づき、頭上にチョップを叩き込んだ。
―――――
「君ら駄目だよ。トレーナー寮に入るのも許可がいるのに、こんな大勢…」
運良く管理人に見つからなかったのか、不在だったのか。今のところ騒ぎに駆け付ける者はいない。トレーナー達もまだ仕事から戻ってないのか、あれ程の騒音を出しておきながら誰もいないようだ。
「…それにしても狭っ!」
独り暮らし、七畳の部屋。質素な内装である彼の部屋だが、流石に成人男性一人とウマ娘が七人も入ってしまえば足の踏み場が無くなる。頭にデカイたんこぶを生やしているラモーヌとクリスエスに至ってはベッドに腰掛けているので、気が気ではない。今夜、ベッドに潜り込んだ時に彼女達の香りがしようものなら落ち着くことも出来ないだろう。
「ところでどうやって入り込んだのかしら。鍵は閉めた筈だけど」
「やば…」
当たり前のように尋ねるラモーヌに戦慄するエース。咄嗟の判断で破壊しなければ今頃どうなっていたことか。
「それなんだが…トレーナー君…」
非常に言いづらいのか口ごもるルドルフ。彼女が申し訳なさそうにドアの方を指差すと、そこには粉砕されたドアノブが。
「なんじゃこりゃー!ドアノブが無くなってる!」
シリウスが破壊したドアノブを見てガックリと膝を付くトレーナー。たづなさんに報告するところを想像するだけでも背筋が寒くなった。
「でも、思ったより元気そうだな!トレーナーさん!」
エースは溌剌とした様子で安心する。日頃から死にそうな顔をしている彼だが、体調不良となるとやはり不安だった。
「…まぁ、風邪気味だったからね。悪くなる前に大人しくしたのが良かったのかもしれない」
「トレーナー君、ちゃーんとご飯は食べた? 君ってばすぐ適当に済ませるし」
台所に向かったマルゼンスキーは断りを入れてから冷蔵庫に持参した薬やら飲み物やら入れていたが、中には缶コーヒーぐらいしかない。ジーッと見つめる彼女の視線が痛かった。
「実はまだ…」
「全く、しょうがないな…」
シリウスが持参した袋の中から近場のスーパーから購入してきた野菜や卵を並べていく。彼のことである、冷蔵庫の中身が空であるなどある程度予想は出来た。
「マルゼンスキー、コイツで何か作れるか」
「風邪といえばお粥よね。ガッテン承知の助!」
メンバーの中で恐らく一番料理が得意な彼女。愛しいトレーナーの為に手料理が振る舞えるとなると、二つ返事で台所に立った。
「私も手伝うわ」
「では私も…」
「じゃあ私もー」
「え…なんで?」
ラモーヌ、ルドルフ、シービーが何故かマルゼンスキーの後についていく。嫌な予感がしたトレーナーは苦い顔をした。そもそもこの三人は料理が出来たのかと。確か、ルドルフの場合お弁当を持参したところを見たことがあるが、中身が全て茶色だった覚えがある。味は良いが極端な作りであり変な方向に暴走しないか不安だ。
シービーに対してはそもそも最後まで料理を手伝うのか怪しい。
ラモーヌに至ってはイタズラ好きな彼女のことである。何を仕出かすか想像もつかない。
「―――No program. マルゼンスキーがいる」
「まぁ、流石に死ぬようなモノは作らないだろうし……あの、クリスエス?」
背後からトレーナーを担ぎ上げるクリスエス。そのまま何も言わずにベッドへ運び入れた。さっさと横になれということなのだろう。成人男性がうら若い乙女にお姫様抱っこされたことに何とも言えない気持ちになる。シーツを被せられ、クリスエスはまるでボディーガードのように彼を傍でじっと見つめた。
「そんなに見られると落ち着かないな…」
「―――お前は目を離すと…仕事をする。見張らなければ、ならない」
「はいはい」
彼女なりに労ってくれているのだろう。困ったように笑い、観念したトレーナーはターコイズブルーに輝くクリスエスの瞳を見つめた。
「嬉しそうだね」
「―――わかるのか」
感情を表に出すのが苦手なクリスエスだが、トレーナーは僅かな変化を見逃さない。
「そりゃ君の担当なんだから気持ちはわからないと」
「―――そうか」
至極当然といった様子で答えた彼に対し、クリスエスは耳をパタパタ揺らす。シリウスはそんな二人を横目に肩を竦めながら、部屋の内装をぐるりと見渡した。
ここに来るのも久しぶりだ。果たしてあの頃から一体何年たったのか、いやそもそも生まれ変わっているなら年月は関係ないのかもしれない。
内装は前回と殆ど違いがない。記憶は無く、性格は前よりも明るい彼だが、基本的にトレーナーは前回の彼と変わらないらしい。相変わらず殺風景な部屋だが、ウマ娘の資料だけはこれでもかと並んでいる。
「…ん?」
ふと、見覚えない物を見つけた。棚の一角にポツンと置かれた写真立て。前回の時はこれがあったのかと思い、手に取ると其処には幼いトレーナーと彼の父親、そして…紫がかった銀色をした長髪のウマ娘。母親だろうか。三人が仲睦まじく写っていた…。
「……」
…何処かで見たことがある。
母親の特徴的な銀髪もそうだが、父親の切れ長の目。トレーナーと似ているが思い出せない。間違いなく見たことがあるのだが、当たり前すぎて候補に浮き上がって来ない。そんな不思議な感覚がある。
「おい駄目犬」
「なにー?」
横になりながらクリスエスの耳で遊ぶ彼に話しかけると、間延びした返事が。
「お前、両親のことは調べたのか」
「調べたよ」
本当のところ、シリウスは前回の彼から教えられており、トレーナーの両親が既に他界していることは知っている。しかし、今の彼は全ての記憶を失っているため、その辺りは前から気になっていた。
トレセン学園に赴任後、ゴタゴタが落ち着いた時に役場で調べたようだ。親戚や産まれに関して資料を漁ったようだが、両親はどちら共に親と絶縁状態だったようで、背後関係がわからないようである。
親戚から見つからないよう全ての身分を隠していたらしい。其処までいくと本人達で無ければ許可が下りず、結果的に調べても大した収穫は無かった。
「名前はわかったのか?」
「あぁ、それならルドルフが教えてくれた。確か…母親が"ななみ"だったかな」
「ウマ娘なのに縦文字だと?」
ウマ娘は横文字が基本である。聞いてはみたが父親の名前にも聞き覚えがない。つまり、どちらも偽名の可能性が高い。親戚と絶縁状態ならば有り得ない話ではなかった。
「……」
腕を組み思案するシリウス。両親の名前に関することもだが、先ほどのルドルフについてでもある。前からルドルフの言動には違和感があった。前回の時、自分よりも交流が無かったルドルフだが、彼女は嘗てトレーナーの恋人だったと記憶喪失になっていない彼から聞いていた。
転生という摩訶不思議だが、今こうして実際に体験している己がいるからこそ、死んだトレーナーが本当のことを言っていたと理解できる。
ならばもしや。
トレーナーと"恋人だったルドルフ"が自分と同じタイミングで転生しているのではないかと。
「……」
台所では楽しそうに鍋に様々な栄養ドリンクをぶちこんでいる幼馴染み。そのうち、確認しなければならないだろう。お前は何処まで知っているのか。だが、もしも自分の考えが当たっていた場合、懸念がある。
トレーナーはルドルフを深く愛していたが、前回の時はルドルフが自分が愛したあのルドルフではないと理解して身を引いていた。仮に彼が全ての記憶を取り戻した時、シリウスとトレーナーはあの時のような関係には二度となれないのかもしれない。それどころかシービーやクリスエスの存在もある。自分が隣に立つ場所が僅かでも残されていないと考えると、ムシャクシャした。
「―――はぁ、くそっ」
「どうしたの」
小さく悪態を付くと、クリスエスと遊んでいたトレーナーが横からシリウスを眺めていた。
「なんでもない、病人は寝てろ」
「君、さっきから難しい顔してるから気になるんだよ」
記憶は無くともそういうところは変わらない。周りを見ていないようで常に目を光らせている。日頃はラモーヌにばかり気をかけているが、その目が自分に向けられているだけで嬉しくなるのが逆に腹が立つ。
「…お前の両親、何処かで見覚えがあってな」
「あぁ。ルドルフが知ってるなら親戚のシリウスが知っていてもおかしくないかも」
理由としては納得出来る。だが、何か…うまく言葉に出来ない胸騒ぎがあるのだ。もしそれならば彼の両親はシンボリ家と関係を持つ可能性が高いということになる。親族と絶縁状態の家系など、録な背後関係に違いない
「ルドルフが公の場で見たことは?」
ルドルフは一度見た相手の顔は忘れない特技を持つ。
「いや、そういう風には言ってなかったな。聞いたこともないし」
少なくとも、ルドルフからは両親についてトレーナーから直接聞いたと答えていた。それならば実際に顔を合わせたことはないのだろう。
「でも俺もその気持ちわかるかも」
「何?」
「この写真見た時、母親の方は最近何処かで見た覚えがあるんだ」
母親は既に亡くなっている、それは間違いない。しかも記憶喪失になった後に見たことがあると言うのだ。つまり、このななみというウマ娘を、実物ではなく別の写真や映像で見たということになる。
「一度、お前の両親についても調べてみるか…」
「なんで」
シリウスは生まれ変わってからずっと調べていたことがある。それは自身やトレーナーに起こっている摩訶不思議な現象、時間の巻き戻しについてだ。彼女はこれまで一度しか体験していないが、前回の時トレーナーは何度も同じ目に遭い最悪の結末を迎えている。
これには何かしらの原因があると、あらゆるオカルト現象や胡散臭い話しについて図書館やシンボリ家の古い書斎で探り、幾つか当たりを付けていた。ウマソウル概念、因子継承などよくわからない哲学もあれば、過去の記憶を垣間見る栞、付けた者に勝利を与える蹄鉄、必ず雨を降らせるてるてる坊主、クローバー、女神像などなど眉唾な道具。
もしや体質による可能性があるかもしれない。親戚と絶縁状態の親など怪しいにも程がある。
「お前の記憶を取り戻せるかもしれないだろ」
だが流石に時間の巻き戻しとは言えない。らしいことを言ってトレーナーを納得させた。実際に彼には記憶を取り戻して欲しいが、今すぐは危険である。また此方を巻き込まないようにと黙って出ていき、何処かでくたばるのが目に見えた。
トレーナーの記憶を取り戻すのはタイミングが重要だ。彼の問題を解決させてからである。
「まーた、それ? 俺、記憶を取り戻す気は無いって…」
うんざりした顔。前回の彼は記憶喪失ではなかった故に、自分の過去に苦悩していたが、本能的にそれを察知しているのだろうか。
「お前の意見など関係無い。私がやりたいからやるだけだ」
「はいはい」
記憶を取り戻した時、自分から逃げた馬鹿を殴り飛ばさなければ気が済まないのだから。
ふと、横から何か視線を感じた。
「なんだ…」
トレーナーとは反対側からラモーヌはジッと此方を見ていたのだ。何を考えているかわからない無表情で幼いトレーナーが写っている写真立てを見つめると黙り込んでいる。
「―――なんでもないわ」
一瞬、妙な間があった気がしたが、ラモーヌは間髪いれず次の話題に移す。
「それよりも食事の用意が終わったところよ。宜しくて?」
見ればテーブルの上には湯気立つお粥―――――らしき物が鎮座していた。
「なに、これ」
言葉を失うトレーナー。それはお粥と言うにはあまりにも毒々しい見た目をしていた。白米が紫に染まり、コポコポと怪しげな泡を立てている。
「クッサ!? え、何がどうしてこうなったの!?」
トレーナーの言うとおり、悪臭が漂う。おかしい、料理上手なマルゼンスキーがこのような怪物を生み出す筈がなかった。
「すまない、君の風邪が早く治るようにと様々な栄養ドリンクを加えたつもりだったのだが…」
ションボリとしたルドルフ。
「私は身体に良さそうな物を入れたよ。納豆に高カカオとか、麹? …あと忘れちゃった」
シービーは自信ありげに答えるがそれらは単体として効果が発揮する物であり、何でもかんでも混ぜれば良いというわけではない。
「私はとりあえず色々試したわ」
「何を入れたの!?」
ラモーヌに至っては最早何をしたのかすらわからない。それが逆に恐怖心を与える。
「ごめんなさい、トレーナー君。あたしが目を離した隙に…」
何となく予想はついていた。ルドルフとシービーは善意だろうが、ラモーヌは単純にトレーナーの苦悶の表情を見たいだけに過ぎない。いつか仕返しをしなくては。
「これは食べられないわよね…捨ててくるわ」
「いや、それは駄目だ!」
悲しそうな顔をするマルゼンスキー。女の子を泣かせるなど男のやることではないと腹を括る。彼女から熱々のお粥を奪い取ると、何も言わず一気に口の中へと押し込んだ。
「うっ…!?」
三口目辺りで異変が起きる。脂汗が吹き出し、顔色が真っ青に。ガタガタと寒くもないのに震え始めたではないか。
「うぐ、うごごおおおお!? がはぁ!?」
「トレーナー君!?」
メンバーが不安そうに見つめる中、彼は断末魔の悲鳴をあげるとそのまま咳き込み、机の上に倒れ込んだ。
「「「「「「「あ…」」」」」」」
―――――
「ん?」
トレーナーが目を覚ますと辺りは真っ暗闇だった。1メートル先さえ見えない程暗く、先程まで自室に居た筈だが何故か上を見上げると満天の星が輝いている。
此処は一体何処なのか。外にいるらしいが、風は無く気温は暑くも寒くもない。地面に触れると、土の感触が無い。触ろうとしても触れることが出来ないと言えば良いのだろうか。
何だか気味が悪く、さっさと帰りたい気持ちになるが道がわからないのではどうしようもない。
「あれは…」
周りを見渡すと、遠くの方に仄かに灯りが見えた。こんな何もないところで焚き火をしているのか、ユラユラと揺れる炎が見える。
暫く歩いて誰かいないか確認しようとしたら案の定。
其処には黄色い軍服を思わせるジャケットと、相手のスタイルの良さを強調させるような黒いレザーパンツ。首もとに白いスカーフを巻いているウマ娘が、焚き火の傍で釜戸を作っていた。キャンプでもしているのだろうか。
「すいません」
「ん?」
こんな暗闇で女性一人。驚かせてはいけないので静かに訪ねると、彼女は振り返る。だが、逆に驚いたのは此方だった。
切れ長の目、圧倒的強者を思わせる雰囲気を纏っており、彼女の左目には傷跡が刻まれてる。しかし、それすらも美しいと思える程、彼女はあまりにも綺麗だった。女好きである彼にとってはすぐにでも食事に誘うが、それすらも頭から過ぎ去るくらい印象的だったのが、彼女があまりにもルドルフとシリウスにそっくりだったからだ。丁度二人を足して割ったような容姿である。
「―――――は?」
彼女はトレーナーの顔を見ると、信じられない者を見たと言わんばかりにポカンとしており、固まってしまう。
「おーい、バイアリー!追加の薪持ってきたぞー!」
その時、横から枯れ枝を大量に抱えた活発そうな褐色肌の赤い姿が印象的なウマ娘と、対象に落ち着いた雰囲気を持つ糸目の青い服装が印象的なウマ娘が多くの木の実を入れた籠を抱えて此方にやって来た。
「どうしたのかしら、そんな鳩が豆鉄砲を喰らったような顔して…」
石のように固まっている知人を見て、何事かと二人は訪ねるが、彼女の視線の先、つまりトレーナーの方に目を向けると二人も同じように硬直し…。
「「えええええーーー!?」」
「え……え?」
絶叫を上げる二人とは裏腹に彼は混乱したまま、ただ疑問の声を出すしか出来なかった。
次回の更新は1月27日を予定しています。