まだ肌寒さが強い三月中旬。トレセン学園のとあるトレーナー室では重苦しい空気が流れていた。カーテンを閉め切り薄暗い中、電気スタンドを中央に立て、大きなテーブルを囲うのはトレセン学園中等部“次期生徒会長候補”シンボリルドルフ、シリウスシンボリ、シンボリクリスエス、マルゼンスキー、ミスターシービー、カツラギエース、メジロラモーヌ、そしてこの問題児達七人をまとめるトレーナーが一人。
それぞれがトランプの札を持っているあたり、カードゲームをしているのだろう。内容的にはカツラギエースの為にババ抜きを選出されたが、ただのババ抜きではない。賭けが入っているのである。
テーブルの中央には電気スタンドのほかに白色をしたナイロン性の布が三枚。
その名はswan costume、バレリーナが白鳥の湖を踊る際に着るコスチューム。純白のドレスにフリルがあしらわれたモノであるが、それの股間部分にはバカでかいアヒルの頭が伸びていた。所謂ド○キで売られており、社会人の忘年会などで出オチに使われる仮装衣装。芸人が着る伝説のアイテムである。
今この場で行われている賭け。それは負けた三人が白鳥コスチュームを履いてターフを走るという恐ろしいモノだった。
ことの発端は七人のトレーナーになり、専用のトレーナー室を明け渡されたとこから始まる。半分物置になっていたその場所、みんなで手分けして掃除と片付けをしていたが一番最初に飽きたのはメジロラモーヌだった。箒を手にした時は使用人みたいなことをすることに興味深々だったが何処から持ってきたのか、すぐにパイプ椅子に腰掛け此方を…というよりもトレーナーをジーーーッと見ていた。
二人目に飽きたのはミスターシービー。積まれた段ボールを適当に開けていき何か面白い物がないか探していた。
「ちょっと二人とも、サボってないで働いてよ…」
疲れた表情のトレーナー。目が死んでいる。作業も中々進まないのだろう。たださえ顔色は悪いのに更に土気色が強くなっている。
「トレーナー君。少し休んだ方が良い」
シンボリルドルフが心配そうに顔を覗き込んでくる。マルゼンスキーとカツラギエースが椅子に座るよう促し、シンボリクリスエスがミネラルウォーターを差し出してくれるがシリウスシンボリとメジロラモーヌがそれを止める。
「やめろ。今まで散々サボってやがったんだ、ゲロ吐かせてでも働かせろ」
「顔色が悪いのは元々よ。ここまで手間取らせたことを考えると、これくらい雑に扱っても問題ないわ」
「君達酷くない!?」
やいのやいのとラモーヌとシリウスに文句垂れるが、彼女らは完全に無視。息の合う二人だが、シリウスの方は手を休めないあたり元々の面倒見良さが出ている。
「ねーねー、これ何かな?」
全く話に参加してすらいないシービー。段ボール箱から白色の布切れを見つけみんなの前に見せつけた。
「ええ…なんでそんなもんがあるんだ…」
トレーナーにとってはどんな物か知ってはいたが、実物を見たのは初めてである。
「あはは!なんだこれ、すげぇな!」
「あら中々イカしているじゃない!トレーナー君に見せつけて悩殺しちゃおうかしら!」
カツラギエースは爆笑である。マルゼンスキーは何やら不安なことを言ったような気がするがトレーナーは聞かなかったことにする。
「待てよ。これだけ衣装としてありえない形状、何かトレーニングの役にーーー「立つわけねぇだろ」
シリウスに一蹴され正気に戻る。疲労は思ったよりも大きいようだ。
「トレーナー君、やはり疲れが溜まっているようだ。此処は皆一度休憩してはどうだろう」
臨機応変。トレーナー室の用意は大切だが別段急ぎの件でもない。何事も無理をし、急かした所で不慮の怪我を招く。ルドルフの再度提案に乗ることにした。会議などで使われる長テーブルを合体させて一つの大きなテーブルにした後、トレーナーはお茶の準備を始める。
エース、マルゼン、ルドルフ、クリスエスの四人は手伝おうとしたがこれを静止。この四人は基本的に出されたモノに文句は全く言わないが、ラモーヌとシリウスは適当なモノを出しても一切口にしない。おまけに好みも違うため茶葉も毎回変える必要がある。ルドルフは茶を淹れる技術を持っているが一番作業に貢献している彼女の手を借りるのも気が引けた。
「ぷはー!やっぱトレーナーさんが淹れるお茶は美味いな!」
一息で紅茶を飲み干すエース。クリスエスには本人が愛飲しているミネラルウォーターを差し出す。残りのメンバーには紅茶を淹れた。ラモーヌとシリウスは当然ながら別々の茶葉を使っているが実はルドルフにも二人とは違う茶葉を使用している。彼女はなんでも構わないと言ったが折角なのでディンブラを淹れてあげよう。
シリウスとラモーヌが此方をジッと見た、どうやら香りでルドルフの紅茶がディンブラだと気づいたらしい。二人とも紅茶に詳しいうえ、ウマ娘の嗅覚である。いや、君達のもそれぞれ好みに合わせたからね?
「…退屈ね。何か暇潰し出来ないかしら」
「あ、それなら勝負しない? 丁度ピッタリの罰ゲームもあることだし」
ラモーヌの溜息に返事をしたのはシービー。あのふざけた衣装に目配せすると、これまたどこから持ってきたのかわからないトランプをテーブルに放り投げ恐ろしいことを口にする。
「いやいや!? 君達ならまだしも俺がこんなの着たら捕まっちゃうよ!」
「あらいいわね。勝った者はこの男を一日好きにするってどうかしら」
ラモーヌの爆弾言動にルドルフとシリウス、クリスエス、マルゼンスキーの目が光る。どうやらやる気らしい。唯一の良心であるエースはシービーと対戦出来るだけでも満足なようだ。
「俺の人権どうなってんの!? 何のメリットもねぇ!」
「貴方が勝ったら来月の支払いを五十%にしてあげる」
「やりましょう!!!」
こうして地獄の戦いが始まった。が、これだけの人数である。ババ抜きをしようにも一人当たりのカード枚数が少ないため、ゲームが終わるのはそう時間が掛からなかった。
「―――上がりだ」
初めに抜けたのはクリスエス。全く表情が変わらない彼女とは駆け引きが出来ず、スナイパーの如く次々と必中でババ以外を狙い勝利する。これで俺を一日自由にする権利を手にした彼女だが、此方としても安全牌な所で収まり安心している。これがドSのラモーヌかシリウス、自由人であるシービーでは無かったのが不幸中の幸いだ。
「やったぁ!おねぇさんの勝ち!」
次に勝利したのはマルゼンスキー。得意のスピードと強運。よりにもよって一番着ることにノリノリだった彼女が早くも抜けてしまった。
「ふむ。乾坤一擲、このメンバーに一位を勝ち取るのはやはり難しいな」
三番目に勝利したのはルドルフ。本人はあぁ言っているが、終始冷静沈黙。表情が読みやすい者からジョーカーが何処にあるのか予想し、全体の流れから手堅く勝利を手にするのは流石と言える。
問題は此処からだ。残ったのがエース、シービー、シリウス、ラモーヌ、そしてトレーナー。この中で三人が罰ゲームである。エースやシービーはまだしも、シリウスとラモーヌに辱めを与えられるとなれば散々虐められているこの私ことトレーナー、自分がピンチなのも気にせずテンションがあがる。
「ハハハ!いけるぞ!正直やる気なんてなかったけど罰ゲームが楽しみになってきた!」
「参ったね」
口ではそう言ってるがシービーは焦っている様子を見せない。対照的にエースは額に汗を流し黙ってしまう。シリウスは大きく舌打ちをし、ラモーヌは無表情のままマイペースである。
「いやまだだ!」
気合いと共にエースから札を引き抜くシリウス。引いたのはジョーカーではない。
「これで私も抜けた!」
テーブルに叩きつけられるニ枚のカード。数字は揃っている。
「くそッ!まだ!まだラモーヌが残ってる!あんな格好してたまるか!」
それに最近、たづなさんを食事に誘ってみたもののフラれてしまい微妙に学園で肩身が狭いのである。これ以上社会的地位を落としては堪らない。
エースの次はシービー、此方側から見ると彼女がジョーカーを握っているのが見える。エースがこのままジョーカーを引けば逆転のチャンスはある。
「い、いくぜシービー!勝負だ!」
「うん、いいよ」
「うおおおおお!」
エースのチカラの入った雄叫びと共に引かれるカード。それはジョーカーではない。ライバルからの勝利をもぎ取りガッツポーズを取る。
「やった!シービーに勝った!」
「あらら、負けちゃった」
「チクショオオオ!!!」
シービーは負けて罰ゲームが決まったというのにマイペースなのは変わらない。かたやトレーナーは尊厳破壊されることが確定し、床を殴りながら絶叫していた。シービー、トレーナー、ラモーヌ、罰ゲーム決定。
―――――
「お、おーい。二人とも着れたか?」
整理整頓が未だ終わっていないトレーナー室。更衣室の代わりにロッカーと物干し竿、カーテンで作った簡易室で三人が其々白鳥衣装に着替える。
「うん、終わった」
「良いわよ」
あのウマ娘二人にふざけた格好が出来ると喜んでいたトレーナーだが、いざその時になると緊張してくる。ふざけた衣装ではあるが同時に際どい衣装でもある。年頃の女の子にあれを着させるのは中々鬼畜ではないかと思ったが、こんなチャンス滅多にない。
ラモーヌもそうだがシービーにも手を焼かせているため今この時しか仕返しが出来ないのである。
エースは心配そうにルドルフを目配せし、会長として問題ないかと問う。ルドルフが正式な会長ならば当然この行為を止めていたが、今はまだ候補だ。三人共ノリノリであった上、常々チーム全体の仲を良くしたい思っていた彼女にとって距離感を縮めるチャンスであるため今回は目を瞑ることにした。
「よ、よし。同時に出るぞ―――せーのっ」
トレーナーの合図と同時に出てくる三人。皆が見守るなかその姿は。
「………」
「………」
「…おい、ちょっと待て」
衣装に着替えていたのはトレーナーだけである。
「なんで着替えてないの?」
「いやー、流石に“無い”かなって」
「こんなの死んでもゴメンだわ」
「ハハハ!コイツは傑作だ!策士、策に溺れるってな!」
シリウスは腹を抱えて爆笑しているが、ルドルフとマルゼンスキーは顔を赤らめて背けている。衣装による股間の食い込みがものすっごい。
クリスエスは黙ったままでエースは自分がアレを着るところだったのかと戦慄した。
「正直者が馬鹿を見る世の中間違ってる!」
「まぁそういうな、中々似合ってるじゃないか色男。どれ、ここの食い込みとかどうなってんだ」
ニヤニヤしながらトレーナーの股間と尻を弄るシリウス。
「ええい!触るな触るな!こんなとこ、たづなさんに見られたら―――「私がどうかしたんですかぁ?」あああああ!!!」
背後にはいつの間にか居たのか、駿川たづな本人が目が笑っていない笑顔で立っていた。腕には書類を抱えておりトレーナー契約に関する物だろう。瞬間移動の如く詰め寄り、ロックアップが始まる。
「―――Hi speed…目を見張る―――加速だ」
並のウマ娘のダッシュを遥かに上回る速度。クリスエスは思わず感嘆の吐息を洩らす。
「違うんです!たづなさん!これには深いわけがあああああ!?」
凄まじいパワーで両腕を捻りあげられる。成人男性の筋肉をモノともしないチカラにトレーナーは泣きながら悲鳴をあげた。
「未成年の前で変態行動していることにどんなわけがあるんですかねー」
「ぐあああ折れる!折れる!ラモーヌです!ラモーヌとシービーがやれって言ったんです!」
命の危険を感じてすぐさま自分の担当を売る。事実ではあったがメジロ家の至宝である彼女に対して、駿川たづながそれを信じるわけがなかった。
更にシービーはその姿を消している。恐らく走りたくなってターフに向かったに違いない。
「シーーービーーーーー!?」
「あ、そういえば。ルドルフさん、先程理事長がお呼びしてましたよ」
「おや、たづなさんが来たのはそういうことでしたか。戯れているとこ済まないトレーナー君。私は少し席を外すよ」
「ルドルフ!?違うよ、これ戯れてないよ!殺意が凄いよ!?待って、置いていかないで!助けてえええ!!!」
―――――
「さぁ!寄ってらっしゃい!見てらっしゃい!」
「あらゴールドシップさん。何をしていらっしゃいますの」
放課後。本日の学業が終わり放課後の練習のためターフに向かっていたメジロマックイーン。途中で人集りで出来ており何事かとのぞくとそこには段ボール箱をテーブルにし、パイプ椅子に座っているゴールドシップがバナナの叩き売りの如くウマ娘達に何かを渡していた。
「おう、よく来たなマックちゃん!これから世紀の大ショーが始まるんだが、マックちゃんも観戦の為にゴルシチケットを一枚買わねぇか!一枚五円チョコで買えるぜ」
「また妙なこと…。大体貴女が用意したショーなんてどうせ碌でもな―――「えー!そんなこと言わないでマックイーンも見ようぜー!絶対凄ぇから!」…近いですわ!大体私、五円チョコは持っていません!」
「んじゃ、うまい棒でも良いぜ」
「持っているわけないでしょう!」
「仕方ねぇなー、じゃあ駄菓子なら何でも良いからさ」
「何でも宜しいならばヤングドーナツがありますわ」
「いや…持ってんのかよ」
練習前にこっそり食べようとしたスイーツ。このままゴールドシップは引き下がってくれないことを知っているマックイーンは、仕方なくゴルシチケットとヤングドーナツを泣く泣く交換した。
「毎度あり!それじゃみんなゴルシ様について来な!」
「ちょっと!?」
マックイーンを脇に抱えてもうダッシュするゴールドシップ。マックイーンが何か言うが全て無視し、校舎裏へ急いだ。
「全くもう!案内して頂ければ自分で走れます!」
校舎裏に着くと同じように人集りが出来ており、先程の人集りと合わせって結構な人数が揃っていた。一体何事かと辺りを見渡しているとゴールドシップが声を上げる。
「マックイーン!アレを見ろ!!!」
「えええええ!?」
マックイーンが目にしたモノとは!
「た、たづなさーん!死んじゃう!死んじゃうから!」
悲鳴をあげている男性。あれは確かメジロラモーヌさんやシンボリルドルフさんなど、最強格のウマ娘達を担当している、学園では良い意味でも悪い意味でも有名なトレーナーであった。
何故かは全くわからないが彼が下品……変な格好の状態で屋上にいるたづなさんに拘束されている。
その拘束状態も頭上で逆さに持ち上げた彼の両腿を手で掴み、相手の首を自分の肩口で支える姿であり非常に異様な光景。
「あ、アレは筋肉バ◯ターじゃねぇか!技の衝撃がかけられた者よりかけた者のほうが大きいという諸刃の剣!信じられねぇ!」
「あれ、死んでしまうのでは…」
ゴールドシップのようにあまり詳しくなかったが恐らくプロレスの技なのだろう。しかもリング上どころか屋上からである。ウマ娘ならまだしも人間がまともに喰らったら一溜りもない。
「最後に何か言い残すことはありませんか?」
たづなからの死刑宣告に必死に頭を回転させて、上手いこと回避する方法を考えるトレーナー。ルドルフに助けを求めようにも今は席を外していた。
「えっと…このあと食事にでも行きましょう!」
まだ、たづなを食事に誘う事を諦めてなかったらしい。
彼女の返事はジャンプだった。重力を一瞬失う両者。高速で落下しながら男は絶叫をあげ、爆音と共にたづなは地面に着地する。ひび割れる地面。舞い散る粉塵、クレーターが出来、衝撃波が走る。
「ゴハァ!?」
砂埃が収まったのち、クレーターに投げ捨てられるトレーナー。たづなさんは無傷であり一息つくと制服を整え、何事も無かったかのようにその場を後にする。あまりにも鮮やかなその手腕に観客達は拍手し、ゴールドシップは感動の涙を流していた。
トレーナーはクレーターのど真ん中でビクンビクンと痙攣しながら白目を剥いて鼻血を流しており、マックイーンがどうすれば良いかと迷っていたところ、何処からともなくシンボリクリスエスが現れ、気絶したまま抱き抱えるとそのまま連れ去っていった。
次回の更新は8月14日0時を予定しております。