メジロラモーヌ「面白くない男」   作:お話下手

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天の光は全て星

 

 むかしむかし、あるところに。全てのウマ娘の始祖である三女神の一人、バイアリータークと呼ばれるウマ娘が存在した。彼女は他の二人とは違い、常に血生臭い戦場を駆け回り、その類いまれなる身体能力で多くの者を葬ってきた戦士だった。人と人が、ウマ娘とウマ娘が殺し合い、時には人とウマ娘が殺し合うのが当たり前のそんな時代。

 感情の無い人形のように戦い続けた彼女にとって、唯一心ある行為が一つあった。

 

 それが小物集めである。

 

 特に羽根や翼を模した物を好んだが、戦場で多大な功績を上げる彼女には褒美として様々な物を贈呈されることもあり、中には屍で溢れている地獄のような場所で拾ってきた物を渡されることもあった。

 全てが限界を迎えていた世の中だったのである。金品など用意出来る筈もない。ましてや食事すらもまともに手に入らないのだから、せめてもの褒美として渡す物がまともなわけがなかった。

 

 破棄することも考えたが、収集だけが彼女に残っていた最後の心。

 

 ボロボロのテーブルに一つずつ並べられていく物を眺めながら泥のように眠る。それがバイアリータークという戦士の日常だった。

 

 しかし、終わりというものはいつか必ずやってくる。幸せな物だろうと悪夢であろうと。彼女場合、幸運にも前者だった。戦いが終わり、戦士ではなく女性として生きることを許される世の中。愛する者と家族を作り穏やかに過ごす日々。

 

 だが、一つ懸念があった。

 

 彼女がこれまで手に入れてきた小物の存在である。歴史的価値がある物があれば、中には手に余る不可思議な力を持ったアイテムもあった。それをこのまま放置しておくのは危険と感じたバイアリーは全て破壊しようとしたが、残念ながら殆どが失敗に終わる。

 

 そもそも破壊出来ない物もあれば、破壊したとしても別の何かに乗り移ることもある。その中でも特に危険と判断した物の一つ、砂時計。

 それを破壊して一件落着かと思ったが、今度は自宅に備え付けていた振り子時計に変わり、破壊しても破壊しても埒が明かない。

 其処でバイアリーは振り子時計を誰にも触れられないよう封印し、自分の子供、孫に子々孫々、此れを守るように言伝を残してこの世を去った。

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 「此処は何処なんでしょう?」

 

 「さぁな」

 

 真っ暗闇の中、焚き火の前に座り赤、青、黄色の姿をしたウマ娘達にとりあえず腰を下ろすよう言われたトレーナーは、自分の身に何が起こっているのか確認する為に三人へ尋ねるが、意外なことに三人共此処が何処だかわからないらしい。

 

 「空には星が沢山で、絶好のキャンプ日和ですけど…」

 

 「キャンプ日和…いや、待て―――お前、あれが星に見えるのか?」

 

 黄色ジャケットのウマ娘、バイアリータークは驚愕した様子で上を見上げた。意味がわからない彼はもう一度星空を眺めたが…。

 

 「うん、やっぱり綺麗な星だ。美しいですね」

 

 一つ一つが白銀のように瞬いている。都会では見られない景色に目を輝かせる男にバイアリータークは絶句していた。

 

 「此処は俺達はともかく、生者である子羊君にはあまりよろしくないところだ」

 

 赤いウマ娘。褐色肌が特徴な彼女は自身をダーレーアラビアンと名乗った。その名はウマ娘に詳しい者ならば誰しもが知っている伝説の存在、ウマ娘の始祖である三女神の一人と同じ名だった。残りの二人も同じく、ゴドルフィンバルブ、バイアリータークと名乗り、彼女達もまた三女神と同じ名を語る。

 

 本来ならば信じられぬ話だろう。しかし、何故かこの男は。

 

 「そうなんですか」

 

 アッサリと信じた。これには三人も肩透かしを喰らってしまい、厳かな態度でいようとしたがどうにも調子が狂ってしまう。

 

 「それにしても似てるな…」

 

 「似てるわねぇ」

 

 ダーレーアラビアンは感心したように彼の顔をジッと見つめるとゴドルフィンバルブに小さな声で囁いた。目の色と髪の色以外、顔のパーツがバイアリータークに瓜二つだ。

 

 

 

 「もしかして此処、あの世だったりするんですかね?」

 

 天国にしては安らぎが無く、地獄にしてはあまりに静かだ。感覚が無く、綺麗な星空しかないこの空間に現れたのが故人。誰だってそういう類いの物に感じるだろう。更にはこの男、かつて此処に何度も訪れた気がしたのだ。

 

 「だからわからんと言ってる」

 

 バイアリーは焚き火を弄りながら質問を突っぱねた。女神と呼ばれる存在でもわからないことがあるらしい。

 

 「私達は始祖なんて呼ばれているけど、ホントはそんな大したことないの。ただ、他のウマ娘より早く生まれたってだけ」

 

 ゴドルフィンバルブは優しく微笑みながら謙遜するが、それにしたって纏うオーラが違う。服の僅かな隙間から覗かせる筋肉が素晴らしいの一言。ウマ娘が好きな彼からすれば、是非とも走る姿を一目見たいが、とても切り出せる雰囲気ではない。

 

 「でも三女神の皆さん、なんか…意外と随分近代的な服装ですね」

 

 始祖となると学園内にある女神像のように布一枚羽織るだけのイメージがあったが、三人共ジャケットやズボン、シューズなど近代的な格好である。

 

 「この姿は子羊君から見た俺達に過ぎない」

 

 ダーレーアラビアンが言うには自分達ですら、元々どのような姿だったのか覚えていないらしい。だいたいの容姿イメージは残っているが、服装や詳細の部分は見る者によって変わると。

 

 「そんなに長い間、此処にいるんですか」

 

 自分達の姿すら思い出せない程永い時を過ごす等、頭がおかしくなってしまいそうである。

 

 「指し示す物が無い。どのくらい時が過ぎたのかすらわからん」

 

 バイアリーの予測としては、既に肉体すらない自分達は狂うことすらないのかもしれないと。 

 

 「とはいえ、この空間でこれ程ハッキリとしたイメージが具現したのは初めてだ!恐らく、子羊君が何処かの時間軸でこの姿の俺達を見たことがあるのかもしれないな!」

 

 ダーレーアラビアンは自らの服装をまじまじと楽しげに見つめている。肩とへそが丸出しであり、腸骨がギリギリ見えるか見えないかぐらい。思わず目で追ってしまい、邪な視線を感じたのかバイアリーが棒でトレーナーの頭を叩いた。

 

 「ぬぉ…!」

 

 「ほう、痛覚はあるみたいだな。ならまだ生きてるか」

 

 仏頂面のまま、木の実を手に取ると口に含む彼女。幽霊でもお腹が空くのだろうか。

 

 「此処ではやることが無くて暇だ。こうして火遊びか食事くらいしか、時を忘れることが無い」

 

 お腹は空かないらしい。この食事もあくまでもフリであり、満腹感などなく、ただ咀嚼するためだけの物。

 トレーナーはとんでもなく不味いお粥を食べたままで、お腹を満たしてはいない。どれ、自分も一つ頂こうと手を伸ばしたが、またしても棒で叩かれた。

 

 「うぉ…。な、なんで…」

 

 「これは私達の物だ。お前は絶対に口にするな」

 

 軽い気持ちだったが、バイアリーは真剣な表情である。今度、手を出したらもっと痛め付けると言わんばかりに。

 

 「すまないな、子羊君。バイアリーは悪気があるわけじゃないんだ…」

 

 やれやれと困った顔で友人を見つめるダーレーアラビアン。しかし、彼女もまたトレーナーに木の実を分けてあげるようなことはしなかった。バイアリーの意見には賛同らしい。

 

 「―――さて、本題に入りたいが…。何から話そうか…」

 

 「長くなりそうだし、あまり時間はかけられないわよね」

 

 火遊びを止め、目を瞑り思案するバイアリー。先程とダーレーアラビアンと同じく、ゴドルフィンバルブが言うには、やはりこの空間はあまりトレーナーによろしくないらしい。戻れなくなる前に要点だけ話して帰さなければならなかった。

 

 「落ち着いて聞いてほしい」

 

 ダーレーアラビアンはトレーナーに向き直ると、彼が取り乱さないよう静かに語り出す。

 

 「…子羊君はそう遠くない未来死んでしまうだろう」 

 

 「いきなり物騒ですね…」

 

 勘弁してほしいと苦虫を噛み潰したような顔をする。ふざけている場合ではないとバイアリーは嗜めた。だが、同時に違和感を覚える。想像よりもトレーナーが驚いている様子がない。

 

 「まるで予想していたような顔つきだ。お前、ホントは気づいていたのか?」

 

 「……」

 

 黙り込んでしまう。彼はこれまで誰にも話していないが、二つ気がかりなことがあった。渇いた声で笑いながらポツリと呟く。

 

 「気づいているってわけじゃないんですけど…。変な夢を見るんです」

 

 自分が死ぬ夢。それも一度ではない。何度も何度も、様々な死を迎える妙にリアルな夢。痛みや苦しみ、自身の意識が遠くなる感覚が鮮明に襲い、日毎にそれが強くなる。

 眠りにつくと、今度こそ目を覚まさないのかもしれないと怖くなり、最近はカフェインを取って無理矢理眠らないようにしていた。

 

 そしてもう一つ。

 

 「―――日にちが経つ度になんか身体が怠くて…上手く動かない時があります。今日も休んじゃったし…」

 

 倦怠感というのだろうか。少し身体を動かすだけで息が切れる。医者に見てもらったが、睡眠不足か単純に体力が無いのではないかと言われた。しかし、それにしては何かが抜けていく感覚もあり、焦燥に駆られてしまう。

 

 「やっぱり限界が近いわね…」

 

 「既に精神がボロボロなのだろう。道化のフリをして上手く取り繕っているが、最早生きる気力を無くしている。記憶障害もその一貫だ。過去に興味も無く、自己肯定も無い。メジロの至宝が無理矢理にでも捕まえていなければとっくに死んでいた」

 

 心配そうなゴドルフィンバルブ。トレーナーを置いてバイアリーと何やら込み入った話をした。

 

 「俺、本当に死んでしまうんですか…」

 

 「―――残念ながらあまり長くは生きられない」

 

 消え入りそうな声で呟くが、ダーレーアラビアンはハッキリと宣言した。そもそも状況が"詰み"らしい。生命力が著しく磨り減っており、時計の使用回数も限界。更には時計を欲しがっている者達が躍起になって襲い掛かると。

 

 「先程から言ってる時計って…」

 

 「変な時計としか言えん。元々は砂時計の形をしていたが、今は目覚まし時計の形をしている」

 

 眉唾な話し。なんでもそれは人生をやり直す不思議なチカラを持っているらしい。トレーナーは無意識に時計のチカラを使ってしまい、何度も何度も最悪の末路を辿っていると。

 

 「え? つまり俺、タイムマシンみたいな物でタイムスリップしているってことですか?」

 

 「信じられない? でも貴方が普段見ている鮮明な悪夢。それがタイムスリップする瞬間だとしたら?」

 

 ゴドルフィンバルブの言うとおりだ。そして彼にも記憶喪失にしてはあまりにもおかしいところがあり、時折昔の記憶みたいなものを垣間見るが、開催レースによる時系列自体あり得ないことがあり、自分の記憶にはずっと疑問を抱いていた。

 一番、違和感があるのは担当ウマ娘の存在。皆がみな、記憶喪失前のトレーナーを知っていると言うが、何故か全て食い違いがある。嘘を言うような彼女達ではないので間違いないと思っていたが…まさか。 

 

 「俺、毎回嫌な死にかたしてますけど。目覚ましのせいで不幸にもなるんですか?」

 

 「いや、それは違う。目覚まし時計はあくまでも、元に戻すチカラを持っているに過ぎない」

 

 目覚まし自体に問題があるのではない。それを欲しがっている者達に問題があるとバイアリーは言う。

 

 「人生をやり直す。これは生者に限った話ではない。死んでる者も例外ではないのだ」

 

 死者蘇生。死んだ者を生き返らせる。其れほどのチカラを持つのが目覚まし時計なのだ。そんな物を持っていれば是が非でも欲しがるだろう。例え、持ち主の命を奪うことになろうと構わずに。

 

 「お前の寿命は残り少ないが、せめて目覚まし時計は破壊しろ。そうすればバ鹿どもがお前の命を狙うこともない」

 

 「破壊って言われても…記憶が無いのでどんな物か…」

 

 特徴を聞いてみたが、見た目は本当にただの目覚まし時計らしい。それでは候補を絞れないと、更に聞いてみようとしたが…。

 

 「―――っ」

 

 三女神の表情が変わった。

 

 「どうしました?」

 

 「来たわね…」

 

 ゴドルフィンバルブの静かな言葉に二人は何も言わず頷いた。只事ではない状況にどうすれば良いかわからないトレーナーはジッとしていたが、ダーレーアラビアンはゆっくりと彼に近づくと耳打ちをする。

 

 「いいかい、子羊君。俺が合図をしたら走るんだ。走り出したら後ろを振り向いてはいけない。途中でダレかに話しかけれても絶対に答えてはいけない。脚を止めてはいけない。最後まで全力で走るんだ」

 

 「わかりました…」

 

 「良い子だ…」

 

 ダーレーアラビアンは軽く微笑むとトレーナーの額にキスをする。まるで赤子をあやすように。

 バイアリーは合図を送る前、彼に最後のアドバイスを伝えた。

 

 「目覚まし時計。あれはお前の両親の形見だ。ルドルフは記憶喪失になる前のお前を一番知っている。戻ったらアイツに聞け」

 

 「ルドルフに…?」

 

 「まさかお前がシンボリとメジロを選ぶとは思わなかったぞ。似た出生を持つシービーといい、やはり親の血か」

 

 ウマ娘の血筋は根深い。シンボリの持つ自己犠牲の性は拭えぬものだと。

 

 「え…」

 

 「来たわ!」

 

 「走れ!」

 

 バイアリーの言葉の真意を訪ねようとしたが、タイムリミットだったようだ。ゴドルフィンバルブの焦った叫びと同時にバイアリーが彼の背中を押す。彼女達の言うとおり、全力で走り出した。

 

 「振り向くな!」

 

 三人がどうなったのか気になり、一瞬だけ顔を向けようとしたがダーレーアラビアンに止められ後ろ髪を引かれながらも彼は走る。目の前の景色は暗闇。一寸先は闇。

 こんなの、何処に向かえば良いかわからないと困惑するが、ふと耳元で誰かが囁く。

 

 (痛い、痛い、痛い)

 

 底冷えするような呻き声。

 

 (寒い、寒い、寒い)

 

 啜り泣きが背後から聞こえる。走り続けているというのに、一向に引き離す様子がない。それも一つではなく、苦しい、ズルい、許さない、変わって、もう一度走りたいなど、明らかに後ろからおびただしい気配を感じるのだ。

 しかし、三女神から言われたよう脚を止めてはいけない。正体のわからない何かに怯え、確認したくなるがそれでも止めてはいけない。本能がそう告げている。このままでは殺されると。

 

 だが。

 

 「助けて…」

 

 「ラモーヌ!?」

 

 今度は背後から彼の担当ウマ娘の声が聞こえた。凡そ彼女とは思えない程弱々しい声だったが、トレーナーの脚を止めるには充分。

 それでも、何とか振り返るのだけは留まることは出来た。三女神の警告が無ければ、すぐにでもラモーヌのもとへと駆け寄っていただろう。

 

 「そうよ、私よ。助けて…」

 

 「怪我をしているの…?」

 

 彼は動けなかった。走らなければならないが、大切な彼女が泣きそうな声で助けを求めている。この男が止まらないわけがない。

 しかし、理性ではラモーヌと認識しているが本能が何かの危険信号を出している。

 

 「ここは何処…寒いわ…」

 

 「…っ」

 

 本当はすぐにでも駆け寄りたい。でも…。

 

 「脚に何か刺さって血が…このままだと…」

 

 頭痛がした。何故かルドルフとシービーの顔が浮かび、トレーナーの呼吸が荒くなる。背後から濃密な血の匂いがしたのだ。離れていてもこれ程の匂いが立つならば、かなりの出血だろう。

 本来、ここにラモーヌがいるなどあり得ない。しかし、背後の声は何かそう思わざる得ない強制力のような物を感じる。

 

 「お願い、助けて…。動けないの…」

 

 またあれを繰り返すのかと、知らない自分が怒鳴り散らすような感覚。振り向いてはいけない。振り向いてはいけない。振り向いてはいけない。振り向け振り向け振り向け振り向け振り向け。

 

 「死んでしまうわ。走れなくなっても構わないから助けて…」

 

 「…!?」

 

 その時、彼の頭の中に"見覚えの無い記憶"が甦った。土砂降りの中、爪が割れるまで走り続けたラモーヌの姿を。雨に濡れ、疲労により熱を出した彼女を抱えて走り、トレーナー室で看病した自分ではない自分の姿を。

 

 『君、ホントにバ鹿だ。こんな強引なやり方で契約を迫るなんてどうかしてる…。傷口から細菌でも入り込んで走れなくなったらどうするんだ」

 

 『走れなくなった時? そんなの決まっているわ、私の愛を示せないのなら死んだ方がマシよ』

 

 『全く…』

 

 そうだ。ほんの一部だが思い出したことがある。己は嘗て、メジロラモーヌと共にトゥインクルシリーズを走り抜いたことがある。何故かはわからない。本当にこれだけしか思い出していない。

 だが、三女神の言うとおり、自分は時を遡ってもう一度ラモーヌと出逢い、契約を結んだ。だからこそわかることがある。

 

 「違う。彼女は…」

 

 走れなくっても構わない?

 

 冗談ではない!彼女は愛の為に自分の命すら厭わないウマ娘だ!その純粋さに、純愛に尊敬したのだ。

 

 「俺の知ってるメジロラモーヌはそんなこと言わない…」

 

 冷たい何かが手に触れたが、彼はそれを振り払いもう一度走り出す。早く彼女に会いたくなった。こんな偽物の言葉ではない。メジロラモーヌの声を聞きたくなったのだ。

 

 「―――――」

 

 後ろから耳をつんざくような悲鳴が響き渡る。恐怖心により心臓を鷲掴みにされるような感覚が襲うが、迷いはなかった。

 

 目先はやはり闇の中だ。それでも彼女を想うと身体が軽くなる。あれほどチカラが入らなかった肉体に不思議とチカラが溢れる。

 

 「ラモーヌ、俺は―――」

 

 最近。嫌な夢ばかり見ていた。自分が何度も死ぬ夢を。苦しくて痛くて悲しくて。怖くて堪らなかった。

 だがその中で一つ、唯一安らぎのある死があった。凡そ彼女には似つかわしくない嗚咽で泣き声を出しながらも絞り出した言葉が嬉しくて仕方なかった。

 

 『私も愛してるっ…』

 

 こんなに大切なことを忘れていたなんて。 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 「無事抜け出せたようだな」

 

 疲労困憊な様子の三女神。愛情深い彼のことだ。ここにいる未練を遺した者達にとってあの男はあまりにも眩しすぎた。きっと自分達も愛されたいと思ったのだろう。

 

 「いやー、参った参った。死んだ状態でも疲れるとは思わなかった!」

 

 ダーレーアラビアンは愉快そうに笑う。

 

 空には無数の未練を遺した憐れな者達が浮かんでいる。彼はあれを見て星だと、綺麗な星だと言った。輝くことの出来なかった魂達を見て、君たちは美しいのだと。とんだタラシである。あのトレーナーを手元に置いておきたいと思ってしまったのだろう。

 

 「でも最後まで彼に説明出来なかったのは悔やまれるわね…」

 

 ゴドルフィンバルブの言うとおり、現状としては焼け石に水の解決法しか彼に提示出来ていない。可能ならばゆっくり腰を下ろして話し合いをしたかったが…。

 

 「待て。そういえばサトノ家のVRがあったな…あれを依り代にすれば…」

 

 テレビゲームなる物を巧く利用して自分達をイメージしたAIトレーニングなる物を生み出していた筈である。逆に此方からアクセスして憑依すれば、或いは…。

 

 ブツブツと独り言を呟いて何とか接触する方法を思案するバイアリー。

 

 そんな彼女にダーレーアラビアンは前から疑問に思っていたことを尋ねた。

 

 「バイアリー。死んだ者達が彼の目覚まし時計を狙っているなら一つ腑に落ちないところがある」

 

 「なんだ」

 

 「子羊君は既に五回も亡くなっている。君の言うことが正しければ未だに彼が時計を持っているのはどういうことだ」

 

 バイアリータークは目覚まし時計を破壊しろと伝えた。欲しがっている時計さえなければ命を狙われることはない。しかし、とっくに殺されてそれでも尚、奪われておらずそれどころか目覚まし時計の効果を未だに彼が受けているのが不思議でならないのだ。

 

 「―――道具には適正がある。あの男にはそれがあって他の者には無かった。実際には奪われているが、誰も使用出来なかっただけの話し。いや…あの男に無いのが正しいのか」 

 

 バイアリーは難しい顔をしてゆっくりと口を開いた。どうやらあまり面白い話ではないようである。

 

 「適正?」

 

 「詳しくは知らん。色々違いはあるようだが、時計は非常にわかりやすい条件がある。それはタイムパラドックスに影響しない存在であることだ」

 

 これがどういう意味を持つかわかるだろうか。

 

 時間を巻き戻すという行為は非常に危険を伴う。回りに与える影響が大きすぎるのだ。

 

 「業腹だが、シンボリ家のウマ娘の中でも目覚ましを使った者がいる」

 

 フラッシュシンボリ、ダッシュシンボリ、シンボリスパートの"子供達"が彼と同じように目覚まし時計の適正に合格し、実際に使用して過去を改変しようとした。…何の為に使用したかは今となっては最早知る術はない。

 

 「この三人の共通点は名前を誰も覚えていないということだ。それどころかフラッシュ、ダッシュ、スパートの子供達は歴史に存在していない扱いとなっている」

 

 「ま、まさか…」

 

 ゴドルフィンバルブは顔を青ざめた。つまり。

 

 「目覚まし時計を使える者は、存在すら消えても問題無い者にしか出来ない。そしてあの男の母親は"本来の歴史"では子供を産んでいない」

 

 いなくなったとしても何の問題もない存在。その者だけが時計を使用出来るのだ。

 

 実はバイアリータークは一つ目覚まし時計の説明で嘘をついていた。

 それは五回までしか使えないということ。

 

 バイアリータークは目覚まし時計を使ったことがない。そもそも使うことが出来ない。それでも其処まで詳細に知ることが出来たのは使用した者の末路を見てしまったから。

 

 「目覚まし時計は存在する限り、何度でも使える。しかし、その回数が五回を超えた時、タイムパラドックスの影響を無くす為に使用した者の存在を消し去る」

 

 彼女は例え手遅れだとしても目覚まし時計の破壊を促したのはもう一つの理由があった。彼がこれ以上無意識に目覚まし時計を使用しない為。

 

 もしも、彼があと一度でもやり直したいと思った時。

 

 その存在はこの世界から完全に消え去ってしまうだろう。

 

 





ちょっと時間が無いので、明日此方に目覚まし時計の詳細をまとめます。
次回の更新は2月4日を予定しています。
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