「…ん」
何かに触れられている感覚がして目が覚めた。未だ意識が蒙昧としているが、目を擦るとそこには。
「目が覚めましたか」
漆黒の艶やかな長髪と金色の瞳を持つウマ娘。マンハッタンカフェが此方の右手を握り締めながら見つめていた。
「ここは…なんで君が…」
渡りを見渡すとどうやら保健室らしい。そこのベッドに寝かされていたようで、自室にいた筈だが何故かあの世みたいな飛ばされ、その次には此処へと。次々と場面が変わり頭が少し混乱している。
「シリウスさん達が大騒ぎしながら貴方を抱えて此方に向かってくるのが見えたので…」
簡単に説明された。あの激マズ料理を食べた後、気絶した彼だが息はしているも意識が戻らないことに皆、大慌てで保健室に連れて行こうとしていたが、途中マンハッタンカフェがトレーナーに色々憑いていることに気付き、彼女の言うお友達のチカラも借りて無理矢理引き剥がしたらしい。
「つ、憑いている…?」
急にホラーなことを言われてビビるトレーナー。
「貴方には前から一人や二人程憑いているところを見てました。好かれやすいのでしょう。いつもは生徒会長さんやラモーヌさんが傍に寄ると圧倒されるのか逃げていきますが、今回のはちょっと二足歩行ではなかったので…」
普段は友好的で抱き付いたりジッと見ているだけのタイプらしいが、今回のタイプは明らかに危害を加えるタイプだったようだ。お化けに好かれるのもそれはそれでどうなのかと思うが、二足歩行ではなかったというのも意味深である。
「ん?」
よく見ればマンハッタンカフェの後ろに彼女そっくりなウマ娘が見えた。顔はそっくりだが、顔つきが違うとでも言えば良いのだろうか。首をゴキゴキ鳴らしながらアーッ疲れたと言わんばかりに、気だるそうな態度である。大分粗暴な性格らしい。今まで見たことないウマ娘だったので、この学園にいたのか気づかなかった。
「貴方にも見えるのですか?」
彼の視線が自分ではない者に向けられていることに気づいたマンハッタンカフェ。見えるということはつまり、彼女もまた生きている者ではないのだろう。お化けにしては…陰湿な雰囲気がない。
「いや、初めて見たね」
「なるほど、どうやら何かしらの繋がりが出来たのかもしれませんね。或いは…彼女達側に寄ってしまっているのか」
「……」
そういえば三女神達にあまり長くは生きれないと言われていた。何度も死んでいるとも聞かされており、己の存在は半分死人のようなものだろうか。
「その、一つ良いですか」
マンハッタンカフェは言いづらそうに訪ねる。
「うん、なんだい」
「私が言うべきではないのですが、普段貴方のそばにいる彼女達は…その、悪意はないので過剰に怖がらないで欲しいのです」
お化けは単純にトレーナーの人間性に惹かれているらしい。しかも今回の件で彼は見えやすくなったようで、ふとした時に視界に入り込む可能性も出てきた。その時に必要以上に拒絶するのはやめてほしいと。
「怒らせたりするから?」
「いえ、彼女達は優しい子達なのでその心配はありません。ただ…」
悲しいということなのだろう。お化けの日常というものがわからないが、誰とも触れ合うことも出来ずに彷徨うとはどんな気持ちなのか。その安らぎとなるのが、トレーナーらしい。
「彼女達から危害がないなら別に大丈夫だよ」
「ありがとうございます。もし危険な者が現れた時は私とお友達で可能な限りご協力しますので」
「ところで…今は憑いていないの?」
「はい。普段の彼女達も貴方を狙ったモノに怖がって逃げてしまいました」
お化けにも恐怖心があるらしい。彼に憑いていたタイプは相当危険な存在だったようだ。良いお化けと悪いお化けがいるのはわかったが、どうやって見分ければ良いのやら。
「そうですね。まず人の形を保っていないのを見た時はすぐに逃げてください。私達か或いは、貴方のメンバーの方は強いので一緒にいれば離れてくれるかと」
「え。うちのメンバー、悪霊退散バリアとかあるの?」
なんですかそれはと言わんばかりに真顔になるマンハッタンカフェ。理由としては近寄りがたい雰囲気と、そもそも魂の強さが違うおかげらしい。確かにお化けどころか普通に生きてる者でさえ、話しかけるのを躊躇われる強者ばかりだ。
特にメジロラモーヌが圧倒的らしい。彼女、見えない者だというのに気配で邪な者を感じ取るのかトレーナーに危険が降りかからないよう常に目を光らせているようだ。
流石戦闘狂。前々から本質を見抜くタイプだったが、最早獣の察知能力である。
「ですが、中には狡猾な性格をする者もいるので油断はしないでください。あらゆる手を使ってくるのもいますから」
「うん。ありがとう」
「では、私はこれで」
マンハッタンカフェはメンバーを呼んできてくれるようで、そのまま待機してほしいと伝えた。
一人になり、静寂な保健室。
なんだか驚きの連続である。おかゆ食べて気絶したと思ったらあの世みたいなところであの三女神に出会い、お前はタイムスリップしていると突然言われて寿命が残り少ないとも言われて。普通ならば混乱してしまい、受け入れるなど到底出来ないことだが…。
何故かあっさりと理解してしまう自分がいる。
記憶が無くとも、それを知っている自分がかつて存在していたのかもしれない。感情が納得してしまっているのだ。
状況を整理しよう。
己は死ぬ度に過去に戻っており、その原因が両親からの形見である目覚まし時計らしい。どんな物かよくわからないが、一番トレーナーの過去に詳しいルドルフに聞けばわかると。
時計の効果は五回までであり、自分は既に五回使用している。人生をやり直せる目覚まし時計。それを欲しがっている死者が襲ってくるので逃れるためにも破壊しなければならない。
寿命が短いのは生きる気力を無くしているのが原因らしい。初めはピンと来てなかったが、一つ思い当たることがあった。記憶を思い出そうとすると頭痛と吐き気が襲うのだ。突発的な物であるため医者から安定剤を渡されているが、強いストレスが原因だと伝えられた。
時折見る死ぬ夢のなかには飛び降りもある。自分で自殺を選択する程の何かがあるならば、記憶を思い出すことに抵抗があるのも納得だ。最近は食欲もなく、一人で食事を取っても味がしない。全てを思い出した時、きっと自分は再び死を選ぶのだろう。
「そっか、俺…死ぬんだ」
頭の中には安心感があった。ルドルフとマルゼンスキーの想いに答えなくて良かったと。トレーナーに好意を持っていると伝えてくれた二人。これまで未成年という理由で躱していたが、先が短い自分にとってその気持ちに答えるなど無理な話しである。
「トレーナー君!」
保健室の扉が勢い良く開かれ、焦った様子のルドルフ達が現れた。皆、心配そうな顔をしており、ルドルフに至っては泣きながら抱き寄せるくらい。
「だ、大丈夫だから!」
過去に目の前でトレーナーを失っている彼女からすれば心配してしまうのは当然だが、彼がそれを知るよしもない。ただ、これ程までに悲しい思いをさせてしまうならばやはり、自分の寿命に関してなど到底口には出来なかった。
―――――
「ただの失神だってさ」
倒れた原因はお粥のあまりの不味さに脳が拒否反応を起こしたらしい。つまりあの状態はただ眠っているだけなのだが、そこを悪いモノに狙われたのである。もしもマンハッタンカフェや三女神が助けてくれなければ今頃目を覚まさなかったかもしれない。
「―――本当に、それだけか?」
クリスエスは彼を見て詰め寄る。なまじ体格が大きいだけに威圧感があった。普段はトレーナーに甘い彼女だが、今回ばかりは心配が勝るのだろう。
「俺が嘘言うような奴に見える?」
「―――お前はFakeを言わないが、本当のことも言わない」
メンバー全員がウンウンと何度も頷く。
「あらら…」
「貴方。自分の胡散臭ささをわかっていらして?」
ラモーヌの呆れた言葉に失敬なと反論しようと目を合わせた瞬間、あの世みたいなところで悪いモノに追いかけられていたのを思い出す。
「あ…」
あの時は必死だったため全く気にしてなかったが、自分が過去に彼女から愛の告白をされていたことに思い出したのだ。てっきりラモーヌは今まで自分をからかっていただけなのかと不安だったが、あの言葉で彼女が本当に自分に対して好意を抱いていることを確信してしまう。
トレーナーの顔は茹で蛸のように真っ赤に染まった。
「どうしたのかしら」
「あ、いや…!その!」
まだ熱が下がっていないのかとラモーヌは彼の額に手を当てたが、妙に意識し始めたせいで彼は変な悲鳴を上げる。
「○✕△□!?」
「うぉ…何処からそんな声出るんだよ…」
若干引き気味のシリウス。ラモーヌとしては内心、自分のせいで倒れたのもあり珍しく素直に心配しているだけなのだが、彼女の綺麗なアメジストの瞳に見つめられるだけで心臓が跳ね上がる。
このままだと身体が持たないので話題を逸らすことに。
「そそそ、そういえば眠っている時に変な夢を見てさ!」
「…夢?」
シリウスが夢という単語に反応する。
「赤い服装と青い服装と黄色い服装をした凄い美人のウマ娘が現れてね。目覚まし時計を壊せって」
「なんだそりゃ、信号機みたいだな。目覚まし時計を壊せって変な夢」
カツラギエースが頭の上に沢山のハテナを出しながら首を傾げる。ルドルフ、シービー、クリスエス、マルゼンスキーも同じく首を傾げるが、シリウスだけは何かを考えるように黙り込み、ラモーヌはそんな彼女を横目でジッと見つめていた。
「ルドルフなら知ってるって聞いたけど…」
「私がかい? ―――ふむ」
一瞬、思案するルドルフ。すぐに何を指しているか理解したらしい。
「私の記憶が正しければ思い当たるのが一つある。しかし…」
しかし、何故かルドルフはそれ以上口を開くのを躊躇っている様子があった。
「どうしたの?」
シービーはトレーナーをチラリと見て、どう言うべきか迷っているルドルフに訪ねる。
「いや、なんでもない。トレーナー君の言っている目覚まし時計はおそらく、ご両親の形見だろう」
あまり面白い話ではないようで、ルドルフは余計なことは言わずにただ目覚まし時計のことだけを話題に上げた。
「そうそう!三人のウマ娘も形見って言ってた!」
「うわ…。夢なのにやたら具体的で怖いな…」
顔を青ざめるエース。実際は三女神と呼ばれる偉人からのお告げであるため的中してもおかしくはないのだが、此処で三女神の名前を出すと頭が変になったと思われてしまうため黙っていることに。
「ルドルフはなんでそんなこと知ってるの?」
「それは記憶喪失になる前のトレーナー君から聞いたからさ」
不思議そうに訪ねるシービー。ルドルフは当然と言わんばかりに答えるが…。
「…前から思っていたけど、ルドルフって記憶喪失前のトレーナーのこと一番知ってるね」
「勿論。彼に紅茶の入れ方も未熟なトレーナーとしての技量を鍛え上げたのも私だ。あの頃のトレーナー君は純真無垢でとても可愛らしかったよ」
胸を張って彼を育てたのは私です!と生産者のようなことを言い出すルドルフ。まるで今のトレーナーは純真無垢ではないと言っているように聞こえるのは気のせいだろうか。
「コイツが純真無垢ぅ!? 冗談キツイな皇帝様よ。ハッタリや屁理屈で相手の弱みを握るような奴だぞ」
シリウスはげんなりした顔でかつて前世で見た彼の光景を思い出す。
「俺そんなことやってたの!?」
「―――トレーナーが未熟だったのは初耳だ。私の知るトレーナーはPerfectだった。―――私の為に珈琲の勉強を欠かさなかったり真面目な男だが、Shadow…のある雰囲気を持つ」
クリスエスが言うにはトレーナーとしての能力は今みたいに素晴らしいうえに、ルドルフが言うよう純真無垢ではないが、シリウスの時とは違い真面目で常に何かを考えていたと。
「私の時は料理の勉強を一生懸命やってたなー。クリスエスの言う完璧がどれくらいかわからないけど、わりとトレーニングメニュー組んでも噛み合わない時もあったし、ミスもたまにあったよ?」
トレーナーの技量としては普通だとシービーは言う。ルドルフの言うように真っ直ぐさはあったが、時折遠い目をするミステリアスな面も見せると。
そして最後に記憶喪失前のトレーナーを知るウマ娘、メジロラモーヌ。
「癇に触る程、何でも出来る男だったわ。紅茶も珈琲も料理も得意でトレーナーとしての能力は恐らく他に並ぶ者がいない程に」
最後にふざけており、胡散臭い性格だったと。一番今のトレーナーに近いのはラモーヌが知るトレーナーということになる。
皆、それを聞いて黙り込んでしまった。
「な、なぁ。…なんかおかしくないか?」
「確かに変よ、ね…?」
記憶喪失前のトレーナーを知らないカツラギエースがゆっくりと口を開く。マルゼンスキーも同じように言葉に出すべきか迷ったが、最早この状態に口を出せるのは二人しかいない。
トレーナーでさえ、ある仮説に辿り着いてどうすれば良いかわからなくなってしまったのだ。もしかして自分だけではないのでは…と。
「みんなが言ってるのバラバラじゃないか? トレーナーさんのことを言ってるけど、全員が全員"違うトレーナーさん"を言ってるような…」
「それにいくら昔のトレーナー君を知っているからって…そんな年月無いわよね? だ、だってトレーナー君、凄いけどまだ新人で全然若いのにルドルフが教えたって…子供の頃なら純真無垢とも言えるし…でもルドルフとシリウスとラモーヌちゃんは幼馴染みじゃない?」
頭を抱えるマルゼンスキー。三人が子供の頃からずっと交流があるのならばトレーナーと出逢っていてもおかしくない。しかし、シリウスとラモーヌは子供の頃の彼を知らない。先程の目覚まし時計もルドルフしか知らない理由の一つだ。
「トレーナーさんもだけど…。五人共、なんか隠してないか?」
「―――――」
エースの言葉に息が詰まるような空気が支配する。
全員聡い者達ばかりだ。自分に起こった出来事。タイムスリップが別の誰かにも起こっていない保証など何処にもないのである。頭ではわかっていても言葉に出来ない。何と言えば良いのか。
そしてこの中でも特に慎重に言葉を選ぼうとしていたのはシービーとシリウスだ。二人はトレーナーの記憶を下手に思い出させるのを恐れている。
かたや事故のトラウマにより自殺してしまい。かたや何も言わずに勝手に消えて勝手に死んでしまう。同じに轍を踏むわけにはいかない。
「それは―――」
トレーナーが震える声で語ろうとした時。
「そ、そうだ!今日はもう帰りましょう!トレーナー君も疲れているだろうし!…ね?」
マルゼンスキーが大袈裟に明るい声で重苦しい空気吹き飛ばし、両手をパンっ!と合わせる。
実際、トレーナーは病み上がりだ。肉体的にも精神的にも疲弊しており、彼女の提案は有難い。
「そうね。そうしましょう」
意外にもラモーヌがいの一番に乗る。
「あたしがトレーナー君を送っていくわ」
「ありがとう…」
おぼつかない足取りの彼の腕を掴み取り、軽々と肩にかける。
トレーナーがマルゼンスキーと共に保健室を出ていくと、シリウスシンボリはルドルフとクリスエスに話しかけた。
「お前ら二人共、今週の休み空いてるか?」
「あ、あぁ」
「―――No program」
「なら、シンボリの書斎に来い。話したいことがある。調べたいこともあるしな…」
シリウスの今までに無い真剣な目に、シンボリの名を持つ二人のウマ娘は意を決したように頷いた。
「はぁ、なんだか面倒なことになっちゃった…」
「大丈夫か?」
苦笑しながら溜め息を吐くシービー。エースは近寄り心配で声をかけるが彼女は肩を竦めるだけであり…。
「……」
ラモーヌはもうこれでお仕舞いというように興味を無くした様子で、一人何も言わずに出ていった。
―――――
「その、ごめん…」
「もー!トレーナー君ってば後ろめたいことがあるのに、何も言わないですぐに謝るの良くないわよ!」
マルゼンスキーに寄り添ってもらいながらトレーナー寮へ向かう。出来れば自分の脚で歩きたかった彼だが、思った以上に体力が無い。
「君のそういうところにいつも助けられている…」
ラモーヌですら年下扱いする彼女の要領の良さと場を取り繕う巧さ。複雑な関係性を築きつつあるメンバーとの間柄に、何とか壁を作れるのはマルゼンスキーのおかげと言っても過言ではない。
「本当はね。ちょっと妬けちゃったの…」
悲しそうに笑いながら下を向く。
「みんな、あたしの知らないトレーナー君をいっぱい知っててなんか…寂しくなって…」
「俺は全然身に覚えが無いんだけどね…」
マルゼンスキーを気持ちを少しでも明るくしようと渇いた笑い声を上げて答える。
「それにこれから―――」
これからいっぱい知れば良いじゃない。過去の自分ではなく今の自分を沢山。そう言おうとして口を紡ぐ。
つい忘れてしまっていた。自分の先が無いことに。
それなのに今この言葉をかけるのはあまりにも無責任に感じた。
明日になれば回復するだろうが、もしかすれば何れはこうして歩くことすら叶わなくなるのかもしれない。トレーナー業もいつまでやっていけるのか。それまでに自分が彼女達にしてあげられること。遺してあげられるのは一体なんだろうか。
「どうしたの、トレーナー君?」
「ううん。なんでもないよ」
不安そうなマルゼンスキーに満面の笑みを浮かべた。
次回の更新は2月12日の予定です。
ちょいちょい出てくるお化けですが、強いウマソウルを持つウマ娘がいると逃げていきます。作中ではまだ出てきてないですが、オペラオーやギムレットも傍にいると裸足で逃げていくレベルで強いです。
マンハッタンカフェとお友達が入ればヒトリやフタリ、問題なく追い払ってくれますが、あまりにも数が多いと手遅れです。
因みにラモーヌはお化けが全く見えませんが、悪いモノは感じ取れるので無自覚に威圧してます。なんか空気悪いわね…みたいな感じで。
トレーナー試験の後に自宅に戻ったトレーナーですが、あのままラモーヌに誘拐されていなければアッサリ殺されて死んでます。
更に今はルドルフ、シービー、クリスエス、シリウス、ラモーヌ、マルゼンスキー、エースと。化物みたいなウマソウルを持つウマ娘に囲まれているので今までのループの中では一番安全です。