『なにかしら、これは』
『なにって…バレンタインだよ。バレンタインプレゼント』
メジロラモーヌが重鎮達との会食を済ませた後、彼から呼び止められ手渡されたのが小さな箱。丁寧に包装されたそれを見て何処からか用意したのか既製品に思えた。
『俺達、形だけとはいえ一応…こ、婚約者なわけだし? こういうのも必要かなって…」
この男を利用する為に婚姻を結んだだけに過ぎないと、互いにわかっている筈だが律儀な者である。照れ臭そうに顔を逸らしながらのその態度、どうせ他の女にも見せているのだろうとメジロラモーヌは呆れていた。
『ふぅん。頂くわ』
しかし、此処で突き放すわけにもいくまい。今自分達はメジロの屋敷。何処で誰が見ているかわからない。相手が形だけの愛情を示すというのならば此方も形だけの礼を。
そのままその場を後にしようとしたが妙に彼がソワソワしていることに気付く。
『まだ…何か?』
普通の相手ならば萎縮してしまうようなラモーヌの静かな威圧。彼はそれを全く気にしないタイプだったが、今回は何故かあわてふためく。
『いや!別に君から期待していたとかそんなんじゃなくて!』
『……』
まさか欲しかったのだろうか、チョコを。存外、このような催しが好きな男なのかもしれない。だが残念ながらメジロラモーヌは全く用意をしていない。それどころか今日がバレンタインだとすら気付かなかったのだ。
『ないわ』
キッパリと言われて固まり、ゆっくりと肩を落とす。しかし、すぐさま持ち直すと何てことない表情を作り。
『まぁ、ただの自己満足だし日本のバレンタインは男性から渡すこともないしね」
"いつも"通り、軽い態度に戻ると肩を竦めて逃げるようにその場から後にしようとした。
『あ、それ中身チョコじゃないから。食べ物じゃないからねー!』
数十メートル離れたところで振り返り、注意を促す。そういえば最近体重増加で彼と揉めたことがあった。余分なカロリーを取らせない為にそういうことなのだろう。
彼の姿が見えなくなり、ラモーヌはバレンタインの包装を解く。そこには。
『これは…芳香剤?』
中から薔薇の花弁を象った大きさ5センチ程の粘土細工みたいな物が十個入っていた。本人は食べ物ではないと言っていたが、箱の裏にメモがあり、香りを楽しむための入浴剤と書かれていた。
(湯船に一回一枚ずつ花弁を入れて使ってください)
丁寧に書かれているが、この筆跡は見覚えがある。恐らくあの男の物だろう。この商品が何処のメーカーの物か気になったがそれらしいロゴは何処にもない。
『それにしても…』
贈り物に薔薇を象った物。薔薇は送った本数で意味が込められるが、この粘土細工もそれを示唆しているのだろうか。
『…十個の薔薇、ね』
その意味は『貴女は全てが完璧』。
よりによってわかりきった無難なメッセージに何故かラモーヌ自身がっかりしてしまったが、この時の彼女は特に考えず、結局彼からの贈り物は早々に消費した。
それから暫くして彼女はそれを酷く後悔する。
彼が亡くなり、形となる贈り物が何一つ無かったのだから。
―――――
「まぁ、姉様とあろう者が気付かないなんて」
今の話を聞いた妹のメジロアルダン。イタズラっぽく笑い、姉の意外に抜けたところにちょっと驚いた。
アルダンはラモーヌが前世の記憶を持っていると知った時、時折トレーナーとの昔の話をしてほしいとお願いすることがある。今のはそのうちの一つだったのだが…。
「どういう意味かしら」
「トレーナーさんはきっと恥ずかしかったのですね」
「恥ずかしい?」
女にならばところ構わず声をかけるくせに自分に対してそうなるのは何故か。そういえば前世で気まぐれにキスをした時も顔を真っ赤にしていたのを思い出す。
「それに薔薇の花弁を象った贈り物ですか」
「素直に花束でも用意すれば良いものを」
薔薇は送る本数で意味が変わることは有名である。口にするのが恥ずかしくて贈り物でメッセージを伝えるとは、回りくどいことをする。何のために口がついているのか。
「これは私の予想ですが、その入浴剤。恐らく手作りではないかと」
器用な男だと聞いているアルダン。贈り物にメーカーのロゴもなく直筆の説明書となれば答えは一つしかない。彼は薔薇を買ってわざわざ花弁からエキスを抽出し、手作りの贈り物をしたのだ。本当ならばチョコにしたいところをタイミングが悪かったのだろう。
「大きさはどれくらいでした?」
「丁度、マカロンくらいかしら…」
「その大きさで十個ならば相当な本数の薔薇を使用したのではないかと」
一本から抽出出来るエキスなどほんの僅か。一体、どれ程の数を用意したのか。
つまり、彼の十個の薔薇によるメッセージははあくまでもカモフラージュであり、その薔薇に使用した本数こそ、本当に彼がラモーヌに対して送った想いだとアルダンは言うのだ。
「―――本当に回りくどい男」
「トレーナーさんは死ぬまで姉様に対する想いを隠しておりましたし、もしかしたら生涯伝えるつもりはなかったのでしょう」
呆れるラモーヌ。愛は伝える物だというのに。その為に肉がある。自身とは全く異なるスタンスに、やはりとことん彼とは正反対だと実感した。
「だからこそ、今度は此方からアプローチを仕掛けているのだけれど、彼…世間体の目やコンプライアンスがどうとか…煩い」
「そ、そうですわね…」
姉の過激さを理解しているアルダンからすれば心中お察ししますといったところ。ラモーヌに対して誠実であろうとするトレーナーはさぞかし大変だろう。
「あ、いたいた」
其処へ何とも気の抜けた声で話しかけてくる男が一人。噂をすればなんとやら。メジロラモーヌのトレーナーが紙袋を下げて此方に近づいてくる。
ラモーヌは慌てて、かつトレーナーにバレないようコンパクトを素早く取り出すと髪を整えた。
「おはよう二人とも」
相変わらず死んだ目をしているが、人当たりの良い笑顔を浮かべる。
「おはようございます、トレーナーさん」
アルダンは挨拶を返してくれたが、ラモーヌは無視。髪を整えるのに夢中。そんな彼女に対してトレーナーはジト目を向けたが、ラモーヌは満足そうにコンパクトを仕舞うと、なんのことやらとわざとらしく目を合わせた。
「なにかしら」
「俺の扱い酷くない?」
「今更私達に礼節が必要でして?」
ラモーヌからしてみれば未来の婚約者であり、他人行儀なことはしたくないという想いだが、彼から見れば舐められていると感じてしまう。想い人には少しでも良い姿を見せたいと感じる女心とすれ違う場面を見せられ、アルダンは笑顔を固定したまま心中は荒ぶっていた。
「挨拶ぐらいは返すでしょ。親しき仲にも礼儀あり、だよ…こんな風にね」
無印の紙袋をラモーヌに差し出すトレーナー。
「これは?」
「君、来週誕生日じゃない? 当日は豪勢にパーティーだろうから今のうちに渡しておくよ」
思わずたじろいでしまう。前世の時も誕生日やバレンタインなど、イベント毎に関して毎回用意をする豆な男だったがやはりこうしていざ出されると胸が高まってしまった。
「パーティーの時に渡さないのね」
「今回俺は出ないから」
珍しい。いつもならば綺麗な女性と出会えるとガツガツした様子で乗り込んで来るが、最近は重鎮達との顔合わせも控えるようにしているに思えた。
「…開けて宜しいかしら」
「え、ここで? 出来れば帰ってか―――「開けるわ」―――聞いてなーーーい!?」
アルダンもいる。回りの目が恥ずかしいのかやめてほしいとお願いしたが、勿論彼女がそれを聞く筈がない。
中から出てきたのは…。
「―――これは…」
ラモーヌのみならず、隣にいたアルダンも目を見開いた。彼が渡した物それこそが先程彼女達が話していた薔薇の入浴剤だったのである。
「あ、あれ? どうしたの?」
「変わらないのね…」
「え?」
「なんでもないわ」
一瞬、寂しそうな顔をしたように見えたが瞬きをした時にはいつもの無表情だったラモーヌ。箱に納められている薔薇を数えるとやはり十個だった。その意味は。
「貴方は全てが完璧、ですね」
アルダンの言う通り、ミスパーフェクトの異名を持つラモーヌに相応しい言葉だった。トレーナーとして送る言葉だったのだろう。しかし、今のラモーヌはアルダンとの会話により、このプレゼントに更なる意味を隠していることに気付いている。
だが、この男が素直に語ることがないのもわかっているので此処でラモーヌは一芝居打つことにした。
「礼をしなければね。お返しは何が宜しくて?」
「誕生日プレゼントだよ? そんな気にしないでほしい。俺が渡したかっただけだし」
「そういうわけにもいかないわ。中々良い物に見えるけれど、何処のメーカーかしら…」
「まさか。俺の"手作り"だから高級品じゃない」
その言葉を聞いた瞬間、ラモーヌの目が光った。今の会話の流れ、そもそもお返しが重要ではない。彼の口から直接、これが手作りだと言質を取る目的だったのである。
「ふぅん…」
妖しげな流し目を彼に向ける。
そして彼はこれが罠だと気づき、しまったという表情に変わる。
「これを作るのに、一体"何本の薔薇"を使ったのかしら」
「そ、それは…」
ほんの僅かなエキス。この入浴剤、一回に一枚の花弁を湯船に入れて溶かすのだが、大量のお湯に薔薇の香りを出すとなると、かなり濃密な物でなければならないだろう。
「それこそ、三本や十本ではとても足りないわね」
「……」
ラモーヌの愉しそうな声に、徐々に顔色が赤くなるトレーナー。羞恥心を押さえつけていた。
「ごめん、やっぱり返して…」
まずいと思ったトレーナーは彼女に返却を求めた。だがもうラモーヌの物である。誰がなんと言おうとこれを取るのは絶対に許さない。
「駄目よ。貴方ってばいつも形に残らない物を贈るのだから保管しておかないと」
生前のトレーナーはラモーヌにプレゼントする際、必ず消費する物しか渡さなかったのである。他の者達は宝石や服、貴金属を用意するというのに、彼だけは頑なに食べ物や生活用品を自前で用意する。
「使わないつもり!? 折角作ったのに!」
彼は勘違いをしていた。ラモーヌは本当は使用したいのである。しかし、前世の時もトレーナーは形になる物を渡さないため彼が亡くなった時、形見となる物が殆ど無かったのだ。トレーナーの教材や時計などの日用品のみ、せめて婚約指輪でもと思ったがそれも直前に亡くなったせいで存在しない。
愛を示した物が何一つ無かったのだ。最期の言葉以外に。
「だいたい、形に残る物を渡したら重荷になるでしょ」
「重荷? 私がそんな器の小さい女に見えるかしら」
「俺が気にするの…」
まだ誰にも言っていない秘密だが、あまり彼には先がない。いつか訪れる終わりがやってくるというのに、遺品となる物をラモーヌに渡すわけにもいかないのが彼の考えだった。そもそも処分に気を遣う。
「私は欲しいわ。貴方から」
「……」
真っ正面から重荷が欲しいと言われて、心臓が跳び跳ねてしまいそうになる。嬉しくて仕方ない。
「…じゃあ、そのプレゼントを重荷に感じてよ。沢山の、本当に沢山の薔薇を使ったから」
アルダンもいるためハッキリと言葉には出来ない。小さく囁くような声で恥ずかしそうに口にした。
「なら何本使ったのかしら」
「それは教えない!」
あとは想像に任せてほしいのだろう。彼はもう限界だったらしく捨て台詞を吐くとラモーヌから逃げるよう、その場を後にした。
「…残念でしたね」
「そうね。でも構わないわ」
確かに、結局詳細はわからなかったが彼の言葉からおおよその本数は予測出来る。沢山の薔薇はそれだけで情熱的なのだから。ラモーヌは本当に嬉しそうに微笑む。もう二度と手放さないと誓って。
一本の薔薇は一目惚れ。
三本の薔薇は愛してます。
十本の薔薇は貴方は全てが完璧。
百本の薔薇は百パーセントの愛。
三百六十五本の薔薇は毎日が恋しい。
そして―――九百九十九本。それは―――――
―――――何度生まれ変わってもあなたを愛する。