メジロラモーヌ「面白くない男」   作:お話下手

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メジロ讃歌

 

 「いただきます」

 

 小さな男の子が静かに感謝の言葉を述べる。目の前には豪勢な食事が用意されており、見たこともないような輝きを放つそれらに少年もまた目を輝かせるのだった。

 メジロ家にとっては日常的な食事だが、庶民的な生活をおくっていた少年には場違いな光景。ラモーヌは隣に椅子を寄せて食事を切り分けてあげようとしたが少年は断りを入れる。

 

 「私が切り分けてあげますわね」

 

 「ううん、大丈夫だよ。僕、お母さんに教えられてナイフとフォークの練習しているから」

 

 「まぁ、ご立派ですわ」

 

 自信満々の姿に微笑む彼女。慈しみに溢れた顔だったが少年のぎこちない動きながらも問題の無い食事マナーに何とも言えない表情をする。こんなに幼い子供が食器の音も発てずに出来るという行為にやはりと思わざるえない。

 

 ラモーヌは肉を一切れ切り分けると少年の口元へ運ぶ。先ほどは断ったものの彼女としては甘えさせたいと思ってしまう。少年は恥ずかしそうな顔をするがラモーヌの嬉しそうな顔に応えるしかなかった。

 

 「美味しい?」

 

 こくこくと口を開かず頷く。

 

 「そう。良かったですわ」

 

 「ねぇ、おばあちゃんはいないの?」

 

 「お婆様?」

 

 確かに。いつもならば共に食事を取る祖母がまだ食卓に来ていないようである。

 

 「大奥様は気分が優れないようでした。後で部屋に食事を御運び致します」

 

 メイドの一人が前に出て説明してくれるがこれまた珍しいこと。声をかけたところ、喉の調子がとても悪そうでいつもよりキーが高い声をしていたらしい。厳しいお方だが、家族との食事には欠かさず顔を出し会話こそ無いにしても共に食卓を囲う大切さを理解していたのだが。

 

 「ですって」

 

 「そうなんだー」

 

 残念そうである。元来の人懐っこさが滲み出ているようだ。

 

 「食事を済ませたらお風呂にしましょうね」

 

 「い、いいよ!僕一人で入れるから!」

 

 病弱な母親の負担にならないよう、今まで一人で出来ることは一人で済ませるようにしているらしい。顔を真っ赤にするがそういうわけにもいかない、小さな身体にしてはしっかりしているが幼い子の目を離すことは危険すぎる。

 

 「いけませんわ。貴方にもしものことがあればお義母様に顔向け出来ませんもの。大人しく執事の言うことを聞くんですよ?」

 

 「はーい…」

 

 母親のような、姉のような嗜めながらも優しい声色のラモーヌに少年は渋々従うのだった。

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

 「ど、どうしてこんなことに…!」

 

 メジロ家の当主であるアサマ。彼女は自室で手鏡を見つめながらわなわなと震えていた。鏡に映るのは凡そ二十代後半の美しいウマ娘が一人。艶やかな薄紫のウェーブがかかった長髪、シミや皺が全く見あたらない張りと潤いに溢れた肌。

 本来の彼女は六十を過ぎたお婆ちゃんだというのにこれは一体どういうことなのか。原因として考えられるのはあの少年、小さくなってしまったラモーヌのトレーナーが渡したグミとしか思えない。

 

 「あの子ったら…!」

 

 普段の厳格なイメージが無くなり、額に青筋を立てて年相応の姿。マックイーンを想像すればそれが一番近いだろう。

 

 「大奥様、食事の用意が出来ました」

 

 扉の向こうからノック音が。知らせに来たメイドにこの姿を見られるわけにはいかない。

 

 「わ、私は少し風邪気味のようで…。後で戴きます…」

 

 「そうでしたか…!では料理長に軽い食事を御用意させます、医者の方も手配致しますので…」

 

 体調が悪いと聞き、メイドは僅かに慌てた様子だがそれは非常にまずい。

 

 「大丈夫です。疲れが溜まっていただけでしょう。料理長には申し訳ないと伝えてください」

 

 「畏まりました…」

 

 扉の向こうからメイドの気配が離れていくのを感じて全身からチカラが抜ける。問題はこれからどうするか。とりあえずいつもの姿はやめておいた方が良いだろう。幸いにも急激な若返りで面影はあるかもしれないが、殆ど別人である。クローゼットからカジュアルな物を手に取り着替えることにする。

 

 「それにしても…」

 

 姿見に映る自分。遠い昔の頃を思い出させる。右も左もわからぬ乙女が今では大家の当主になるとは、あの時は想像もしなかったに違いない。メジロ家の産まれでありながらシンボリ家に養子として育てられ、嘗てのトレーナー…今ではシンボリの現当主であるあの方と共にトゥインクルシリーズを駆け抜けたものである。

 

 「今は…誰も外にいませんか」

 

 身体が軽い。ウマ娘である以上、逆らえない本能がある。走るという行為。年老いてから肉体的にも世間的にも出来ることが不可能となったが、今の自分にはそれを可能にする身体がある。この時間帯ならば皆、食事を囲っているところでありメイドや執事達も其処に集まっているだろう。

 

 外は既に真っ暗で屋敷の広大な庭を駆け回ったとしても見つかることはない、と思いたい。本来のメジロアサマならば押さえ付けられる本能だが、今の彼女は精神的にも若返っておりどうしても我慢が出来なかった。

 

 「少しだけなら…」

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 「此方のパジャマをご利用ください」

 

 「ありがとう!」

 

 若い執事と共に入浴を済ませた少年。客人用の白いパジャマに着替え、少し離れた廊下に待機していた。執事は洗濯機に注意が向けられており、一瞬…ほんの一瞬目を離した時だった。

 

 「あ!お母さんだ!」

 

 「え?」

 

 少年が突然、これまで聞いたことないくらい嬉しい声を上げたかと思うと走り出したのである。

 

 「御待ちください!?」

 

 慌てて捕まえようと手を伸ばしたが、足元に少年が使用したバスタオルがそのままであり、足を取られてしまう。

 

 「ぬぉ!?」

 

 顔面から床に激突。鈍い音を発てて痛みにより執事は悶絶してしまった。急いで立ち上がり、少年を追いかける。しかし、廊下の先には既に少年の姿は何処にもない。

 

 「た、大変だ!」

 

 あのメジロラモーヌが溺愛していた子供の行方が不明となれば自分の首が飛ぶ、急いで執事はメイド達に連絡を取り人海戦術で駆け回ることとなった。

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 「大奥様、其方にあの子はいませんか?」

 

 屋敷が騒然としている時、一人のメイドがメジロアサマの部屋を訪ねる。屋敷中探し回ったようだが、やはり何処にも姿がないらしい。それもその筈、少年は今メジロアサマの膝の上に乗ってニコニコと笑っているのだから。

 

 「いえ、私も見ていません」

 

 心苦しいがこの姿を見られるわけにはいかない。扉の向こうから偽りの報告をして膝の少年にジト目を向ける。

 ほんの出来心とはいえ、思った以上に夢中で走ってしまったようだ。気がついた時には食事の時間が過ぎており、入浴の時間すら終わっていた。急いで見つからないように部屋に戻ろうとしたが、最悪なことによりもよってこの少年に見つかってしまうとは…。

 

 「はぁ、どうすれば…」

 

 「お母さん、今日は元気そうだね!良かった!」

 

 このげんなりとした顔の何処が元気そうなのか。少年、元ラモーヌのトレーナー。どうやらメジロアサマの若い姿を自身の母親と勘違いしているようである。確かにあの子は自分ととても容姿が似ていたが、実の孫すら誤解してしまうくらい近いらしい。

 

 「私は貴方のお母様ではありません」

 

 「はいはい」

 

 キッパリと真実を伝えたが、少年はまるで信じた様子がない。適当に相槌を打つと、両腕でぎゅっと抱き締めてきた。

 

 「全く、甘え坊ですね」

 

 「いいでしょー、ずっと一人だったから」

 

 呆れたアサマに対して少年は嬉しそうに答える。ずっと一人という言葉に気になってしまう。

 

 「ずっと一人? お父様とお母様は?」

 

 「お父さんはもういないでしょ?」

 

 「―――」

 

 母親と勘違いしている少年は何故そんなことを聞くのか疑問に感じたようだが、アサマは頭を殴られたような感覚が襲う。行方不明となり誰も消息を掴めなかったが、まさかこのような形でそれを知ることになるとは。

 

 「お母さん、最近はずっと病院でしょ?」

 

 「病院?」

 

 そういえば先ほど元気そうな姿にとても喜んでいた。

 

 「悪い病気だって。あまり一緒にいられないって泣いてたじゃん」

 

 少年が言うには入院と退院を度々繰り返していたらしい。その様子からとても重い物だと思うが、父親を失い、更に頼れる親族もいない母親と子供。金銭的な問題もあり、生活費を稼ぐ為、働きながらの育児。満足な治療を受けることは難しかったようだ。

 

 少年は母親の負担にならないよう、自分で出来ることは自分でやろうとしていた。お留守番もお風呂もご飯も一人で小さなアパート一室。

 

 母親に甘えたくても身体が弱っている姿に躊躇いがあった。一緒に遊ぶにもそれを許されないと。

 

 けれど、今は違う。少年の目の前には嘗ての気力溢れた母親の姿が其処にはあったのだ。それが嬉しくて嬉しくて、今まで我慢していた甘えたいという感情が膨れ、そばから離れようとしない。例えそれが別人であろうと。

 

 「お母さん、僕洗濯も掃除もしたよ!だから何もしなくて良いからね!此処にいてね!」

 

 あの、死んだ目した青年は何処にもなく、遠い昔に無くしてしまった綺麗な瞳をメジロアサマに向けていた。

 

 「お母さん、どうしたの?」

 

 「―――なんでもありませんよ」

 

 頭に何か冷たい物が落ちてくることに疑問を感じた少年。メジロアサマの顔を眺めようとしたが、彼女に強く抱き締められる。

 

 「とても――――御立派です」

 

 優しく耳元で誉められた。少年は大好きな母親にその言葉をかけられる。それだけが嬉しく、同じように満面の笑顔で抱き締め返した。…お母さんの匂いがする。懐かしい、忘れてしまった筈の匂いが。

 

 「何か私にして欲しいことがありますか?」

 

 気持ちを落ち着かせたメジロアサマは少年に訪ねる。少年としてはただ母親がいてくれるだけで幸せだったのだが、久しぶりに見せてくれる元気な姿に遠慮がちな普段から少し踏み込み、小さな声でお願いをした。

 

 「じゃあ、メジロ讃歌歌ってー」

 

 「メジロ讃歌?」

 

 「お母さん、この歌好きって。メジロ家が大好きだから。僕も好きだよ」

 

 メジロ讃歌。メジロ家を称える歌。少年にとっての子守唄がこのメジロ讃歌だと言う。

 

 名を捨て自らの愛を選んだ我が娘。メジロアサマはてっきり恨まれていると思っていた。しかしそれは大きな勘違いだったようである。少年を見ればわかる。何と愛に溢れた純粋な子なのかと。怨み節の一つでも呟いていればこうは育たない。成長してもそれは変わらず、彼は優しい好青年のままだった。

 

 メジロの責務を背負わせないよう、普通の家庭として普通の子供として育てた。

 

 それが今こうして再び巡り逢うとは。

 

 メジロアサマの綺麗な歌声が部屋に響く。

 

 少年は幸せそうな顔で目を閉じた。

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 「何処行っていたの…っ」

 

 メジロアサマに呼ばれたラモーヌ。青ざめた顔をそのままに、眠気眼の少年をぎゅっと抱き締めた。

 

 「く、苦しい…」

 

 薬の効果が早々にきれたアサマ。子守唄を聞いた少年は眠ってしまい、このままにしているわけにもいかずメイドの一人に少年が見つかったと伝えたところ真っ先にラモーヌが息を切らして駆けつけたのである。

 少年の姿が消えてから相当探し回ったらしい。出来れば速く知らせなければならなかったが、今回ばかりは許してほしいと思った。

 

 「あれ。お母さんは?」

 

 目を擦った少年は周りをキョロキョロと見渡す。しかし何処にも母親の姿は無く、全員が心配そうに見つめていることに気づいた。

 

 「お母様はいませんよ。それよりも言うことがあるでしょう?」

 

 厳しいメジロアサマの声がかけられる。出来ることならばこのようなことは言いたくない。だがメジロ家の当主という立場上、屋敷を騒がせたことには責任を取らせなくてはならなかった。

 少年の姿が消えて皆、屋敷中を探し回った。特に入浴の世話をしていた執事は軽症を負い、この中の誰よりも責任を感じていたほどだ。

 

 「ごめんなさい…」

 

 俯いて小さく呟く。メジロアサマはその姿に一瞬苦しげな表情をしたがすぐに無表情に変わると、少年の横に並び立ち同じように自身も頭を下げる。

 

 「私の方からも謝ります。どうかこの子を許してください」

 

 「いえ!そんな、この子が無事で良かったです!」

 

 執事も何故か逆に平謝りしてしまい、この小さな騒動はこれで終わりとなる。

 

 「さぁ、部屋に戻りましょう?」

 

 「うん…」

 

 ラモーヌに手を引かれ、落ち込んだ様子の少年。もう一度母親の姿が無いか周りを見渡したが、やはりその姿はもう何処にもない。メジロアサマはその背中を寂しそうに見つめ、部屋に戻る。そして彼女が部屋に消えた時、少年もまた同じく寂しそうにその扉を見つめた。

 

 「………」

 

 部屋に戻ってからも少年はずっと落ち込んだままだった。

 

 「どうしました?」

 

 寝巻きに着替えたラモーヌが優しく微笑み、少年の目線に合うよう腰を下ろす。少年は両手で握りこぶしを作ると、何かに耐えるかのように自分のパジャマの裾を掴んだ。

 

 「―――いたんだよ…」

 

 「?」

 

 首を傾げるラモーヌに少年は言葉に詰まりながら必死に話す。

 

 「お母さん、いたんだよ…っ」

 

 「えぇ」

 

 「元気で、ぎゅってしてくれたし、撫でてくれたし、褒めてくれたし、歌も歌ってくれたんだよ…っ」

 

 はらはらと大粒の涙を流しながら、顔をぐちゃぐちゃに歪めてあれが夢でないことを必死に伝える。少年の脳裏に映る窶れて骨と皮のようになり髪の毛の艶も失った病弱な母親。それがあんなにも元気な姿を見せてくれたこと、ほんの僅な幻。こんなにも嬉しいとは思わなかった。

 

 当たり前に受けていた愛情が欲しくて欲しくて堪らない。

 

 耐えきれず、泣き声を上げる。そんな愛する存在の姿にラモーヌはただ抱き締めることしか出来なかった。

 

 「お歌なら、私が歌って差し上げますわ」

 

 やがて、泣き疲れ、そのまま気を失うかのように眠りに落ちる。ラモーヌも少年の抱え上げると自分のベッドに寝かせた。

 この姿可愛らしい姿を見られるのも今日で最後かも知れない。薬の効果はいつ切れてもおかしくないだろう。ラモーヌは少年の姿を焼き付けるよう見つめ続けた。

 

 「明日もまた―――"貴方"に逢える。私の愛。おやすみなさい」

 

 少年の額に口付けをし、静かに歌を奏でる。奇しくもそれは少年が、トレーナーが一番大好きな歌だった。

 

 メジロ メジロ 栄光の道を

 

 時を超えて続く 永い永い道を

 

 メジロ メジロ 駆けろ天へと メジロ

  

 

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