メジロラモーヌ「面白くない男」   作:お話下手

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 「やぁ、アグネスタキオン」

 

 日曜日の休日、自室で新薬を作っていた彼女だったが、見かねた自身のトレーナーであるモルモットから、たまには外の空気を吸ったらどうかと告げられ、息抜きも兼ねて滅多なことにしない買い物へ行こうと学園の校門をくぐった時、横から突然、凛とした声がかけられる。

 

 「おやおやおやおやぁ、これはこれは生徒会長様じゃないかね」

 

 其処にはトレセン学園の生徒会長であるシンボリルドルフが腕を組んで待ち構えていた。

 彼女も何処かに出かける予定なのか、私服姿で眼鏡をかけており、その周りには誰もいない。珍しくトレーナー抜きで何処かに行くつもりだろうか。

 

 「今、私のトレーナー君はメジロ家。ラモーヌが預かっている。これからシリウス達とも合流して様子を見に行くつもりだ」

 

 「おお!それは良い。彼も元に戻った時、自分に何が起こったか理解出来ないだろう。状況説明が上手い人物がいれば此方としても助かる」

 

 子供の姿になった時、大人の自分を全く覚えていなかった。であれば。逆に子供から大人に戻った時、その時の記憶も恐らく残っていないだろう。そうなった場合説明役にされるのは目に見えていた。

 面倒事は勘弁してほしいタキオン。相手が生徒会長だろうとそのスタンスは変わらない。だが、ルドルフにとってそれはどうでも良かった。その口元は穏やかな笑みを浮かべているが、何故か目は笑っていない。

 

 「丁度キミの姿が見えた故に、少し聞きたいことがあった」

 

 「私のような問題児に用があるとはねぇ…」

 

 ぞんざいな態度で参ったなと呟く。僅かに空気が冷たい物に変わって目の前のウマ娘に、皇帝に気圧されそうになる。

 

 「キミはあの薬を失敗作と言っていたが"効果時間"に詳しかったな」

 

 「おっと」

 

 話によれば元々は身体能力を上げる薬だった筈。それなのに全く違う効果を発揮したというのに、やたら詳しいことに妙だと感じていた。

 

 「この際回りくどいことは無しだ。教えてほしい。キミは何故、トレーナー君にあの薬を渡したんだい?」

 

 シンボリルドルフは知っている。アグネスタキオンは道化めいた行動と言動を行っているが、正体は非常に切れ者だ。走る姿に狂気めいた何かを抱えており、ドライに見えて情熱家。故に危なっかしいところもあり目が離せないウマ娘の一人であるが、彼女の狂気が自分のトレーナーに向けられていないか不安なのである。

 

 「マイナートランキライザーとメジャートランキライザー」

 

 「…何?」

 

 アグネスタキオンはそんなルドルフの思惑とは裏腹に、珍しく優しげに笑うと聞き覚えのない単語を言葉にした。

 

 「マイナートランキライザーは抗不安薬、メジャートランキライザーは抗精神病薬。君達のトレーナーからは、その薬品の匂いがする」

 

 ウマ娘は人間よりも優れた嗅覚を持つ。しかし、如何に優れていようと嗅いだことのないものを知ることは出来ない。ルドルフ達は自分のトレーナーの傍にずっといたが、それに気づくことはなかったが、アグネスタキオンは違う。恐らく、学園内で最も薬品を扱っている彼女だ。当然ながら知識もあれば所持もしている。

 今までずっと黙っていたが、アグネスタキオンはあのトレーナーが安定剤を服薬していたことは最初から気づいていた。

 

 「……」

 

 「恐らく薬の中でも特に強いエチゾラム系だろう。不眠症にも使われる」

 

 絶句しているルドルフを置いて更にタキオンは続けた。

 

 君達のトレーナーは夜遅くまで仕事をしているらしいが、ウマ娘の為にとは確かにあるのだろう。しかし、流石にあの顔色の悪さは異常である。彼は眠らないのではない。眠れないのである。もしくは眠ることが恐いのだと淡々と述べた。

 

 「彼は精神が病んでいるよ」

 

 原因はわからない。普段の言動が楽しそうにしているのも恐らく悟らせない為か。

 

 「彼は元々、あんな性格だったのかい?」

 

 「……」

 

 ルドルフは知っている。トレーナーはもっと真面目で不器用な男だったと。

 

 「あの薬、ショタニナールは"精神力が最も強い肉体"に戻す薬だ。心の傷は私にはわからないからねぇ」

 

 一説によれば強い精神は強い肉体に宿るという話しもある。その逆も然り、強い精神が強い肉体を作ることも出来るかもしれない。少々荒療治だが、精神を無理矢理強くして肉体に還元し、それを再び精神に反映させるのだ。

 

 「アグネスタキオン、キミはトレーナー君を使って人体実験をしたのか」

 

 そう。ハッキリ言って治療ですらない、もはやそれは実験と言っても良いだろう。ルドルフが訪ねなければ誰にも知られることもなかった。タキオンの歪んだ倫理観に厳しい顔を向ける。

 

 「それがまさか幼子とは。私の想定では小学生か中学生くらいを予想していたんだが…あの後に何か心に深い傷を負ってしまうのかもしれない」

 

 そんなもの決まっている。母親だろう。彼はあの後に母親を亡くし、本当に天涯孤独になってしまうのだ。ずっと、泣きながら此処まで歩みを進めてきた。

 

 「何故、トレーナー君に…。何か思惑でもあるのか」

 

 「別にそんなつもりではない。君たちのように好意を抱いてるわけでもないしねぇ」

 

 あの薬の正体はわかった。その本当の効果も。しかし、このアグネスタキオンがトレーナーに手を出す理由がわからない。

 

 「タニノギムレット君に頼まれたのさ」

 

 「タニノギムレット?」

 

 少し変わった言動をするアグネスタキオンの同級生。クリスエスとも同年代であり、ライバルでありながら良き友人とも聞いている。

 

 「確か、サンサーラ…? だったかい?…がフォビアとエクリプスがどうたらこうたら言って、あのままでは末路わぬ魂の格好のエサだとか何とか…彼女は何か知っているようだが、あっはっはっ!やはり意味不明だ!」

 

 腹を抱えて笑う。ギムレットの不思議な言葉はタキオンにもよくわからないようだ。だが、ルドルフ自身も彼女には何か違和感のような物を感じていた。他のウマ娘とは違う物を見ており、彼女なりの言語化したのがあの妙な単語の羅列なのではないかと。

 

 「いや、あれはギムレット君のただの趣味だろう」

 

 急に笑い声をやめて真顔になるタキオン。

 

 「しかし、彼女の見ている物には非常に興味がある」

 

 ギムレットの他とは違う着眼点にウマ娘の本質が関わっているのではないかと思い、彼女の見ている物を教えることを条件に、ショタニナールの作成に乗り出したようだ。

 

 「では私は失礼するよ」

 

 一度ギムレットにも私の時のように詰めよってみると良い。そう言葉を残してタキオンはフラフラとその場から去った。

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 「あっ!シリウスとエースだー!」

 

 トレーナーの様子を確認する為にメジロ家に訪れたメンバー達。ラモーヌと共に出迎えた少年、小さくなってしまったトレーナーは仏頂面のシリウスと眩い笑顔のエースを見つけると満面の笑みで駆け寄る。

 

 「おー!トレーナーさん、元気だったかー!」

 

 小さな身体を軽々と持ち上げ、高い高いするエース。

 

 「ごきげんよう」

 

 ルドルフ、クリスエス、マルゼン、シービーも勢揃い。ラモーヌはみんなに挨拶を済ませると客間に通した。

 

 「いやー、おっきいね」

 

 「すげぇよなぁ」

 

 広大なメジロ家の屋敷を初めて見たシービーとエースは呆けた様子で周りを見渡す。シンボリ家の車で同伴したが、あれもあれでデカイ代物であり驚いたものである。

 

 「おい、仔犬。お前、ラモーヌに何かされなかったか」

 

 客間で紅茶を飲んでいるとシリウスが少年に話し掛けた。流石に大人の時のように駄目犬と呼ぶわけにもいかないのか、仔犬呼びである。因みに少年はこの呼び方を凄く気に入っていた。

 

 「何かって、何?」

 

 「いや…それは…」

 

 首を傾げるが具体的なことを言葉にすることは出来ない。あの死んだ目をした彼と違い、純粋無垢な目を向けられるとシリウスでも言葉に詰まる。

 

 「失礼ね」

 

 大して気にはしてない様子のラモーヌ。

 

 「ラモーヌは僕に優しくしてくれたよ!」

 

 「まぁ」

 

 嬉しそうに教えてくれる少年に慈愛の微笑みを向け、頭を撫でようと手を伸ばしたが逃げられてしまう。昨日はあんなに甘えてくれたのに、周りに他の者がいるせいなのか気紛れなのか、恥ずかしそうに赤くなるとエースの背中に隠れる。

 

 「トレーナーくーん!あたしの方にも来てー!」

 

 マルゼンスキーが両手を伸ばして呼び掛けるが、やはり恥ずかしいのか近寄らない。今度はシリウスの背中に隠れてしまう。

 その時、客間の扉にノック音が響き、ラモーヌが入室の許可を入れるとメジロ家の現当主であるメジロアサマが現れた。訪れたメンバーのみんなにわざわざ挨拶をするためであろう。

 

 「お久し振りですね、ルドルフ。シリウス、クリスエス」

 

 「御当主も息災で何よりです」

 

 見ればメジロアサマの顔色は前回見た時より健康そうな張りがある。メジロアサマ自身、朝起きると悩みであった腰の痛みが無くなり驚いた。その原因となるのが、あの薬…ショタニナールのおかげであるのだが、知るよしもない。

 

 「彼は来ていないのですね」

 

 メジロアサマの言う彼とはトレーナーのことではなく、ルドルフ達の祖父、シンボリ家の現当主、そしてメジロアサマの嘗てのトレーナーだった男のことだ。

 ルドルフ達が此処に来ると連絡した際、彼にも会わせたい者がいるので連れてきてほしいと頼んだのだが…。

 

 「お爺様は現在シンボリ家を離れておりまして…」

 

 「そうですか。…残念です」

 

 悲しそうな顔で一瞬少年の方に目線を送り、目が合ってしまうといつもの無表情に戻る。

 

 「お婆ちゃん、遊んでー!」

 

 冷たくあしらわれても少年は気にしない。寧ろ何故かはわからないが、この子供はメジロアサマに対してシリウスと同じようとても懐いている。

 今もそう。駆け寄り、メジロアサマの腕を掴むと非力に引っ張った。

 

 「あまり年寄りを虐めるものではありませんよ」

 

 「えー」

 

 「しょうのない子です」

 

 残念そうな少年に思わず苦笑する。仕方ないと少年の手を掴むと庭に出ようと促した。

 

 「宜しいのですか?」

 

 ルドルフが驚いた様子で訪ねると、メジロアサマは少年に優しい眼差しを向けながら頭を振る。

 

 「今日は体調がとても良いのです。部屋に閉じ籠ってばかりでは老体に悪いでしょう」

 

 「いいの?」

 

 「ええ。御婆ちゃまが遊んであげます」

 

 少年はメジロアサマに抱きつくと彼女に歩きにくいから止めなさいと注意されながら嬉しそうに部屋を出ていった。

 

 「よっしゃ!あたしもトレーナーさんと遊んでくるぜ!」

 

 「私もー」

 

 元気良い掛け声と共にエースも飛び出し、それに続くようシービーとマルゼンスキーも後に続こうとしたが。

 

 「いや、シービー。君だけは此処に残ってほしい」

 

 ルドルフから呼び止められてしまう。エースとマルゼンスキーは困惑した様子で客間の空気が張り付くが、シービーはルドルフの真剣な表情に全てを察して小さく笑った。

 

 「―――それってどうしても?」

 

 「あぁ」

 

 面倒臭いことになりそうだなと頬をかいたが、一人納得したように頷く。

 

 「うん。いいよ」

 

 エースとマルゼンスキーに目配せして先に言ってほしいと伝えると、なんとも言えない心配そうなエースの背中をマルゼンスキーが押し、シンボリ組とラモーヌだけはその場に残ることとなった。

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 「これが富士山ですよ」

 

 「スゴーい!」

 

 メジロアサマの膝に乗りながらあやとりを教えてもらう少年。エースもマルゼンスキーも幼い頃の記憶を頼りに技を見せていくが、やはり年の功かメジロアサマには足元にも及ばない。

 少年が戯れている間にエースとマルゼンスキーは少し離れるとメジロアサマには聞こえないよう小さな声で話す。

 

 「良かったのか?」

 

 「え?」

 

 「あの五人が話すことって言ったらトレーナーさんのことしかないからな。マルゼンスキーは気になるだろ?」

 

 前回、体調不良を起こした時、お見舞いに行ったトレーナーの部屋で妙な雰囲気があった。あの五人は自分達とは違う何かを隠している。それに気づかないエースではない。

 

 当然マルゼンスキーもだが、気を遣ってあの場から去ることを選んだ彼女にエースは逆に気にしてしまった。

 

 マルゼンスキーはちょっと寂しそうに笑いながら少年に目を向ける。

 

 「まぁねぇ…」

 

 「空気を読んでくれるのはマルゼンスキーの良いとこだけど、あんまり聞き分けが良いのは良くないぜ。シービーみたいになっちまう」

 

 「シービー?」

 

 エースはシービーと一緒にいることが多い。それゆえに彼女が時折トレーナーばかり目で追っていることを誰よりも知っている。基本的にラモーヌやルドルフ、マルゼンスキーに比べて一歩下がっているシービーだが、並々ならぬ想いがあるのは間違いない。

 

 一度、彼女にもっと甘えてみろよと背中を押したことがあったが、その時シービーは困ったように笑い、一言。

 

 『居てくれるだけで満足だから』

 

 と、意味深なことを呟いた。エースにはその言葉の意味を理解出来なかったが、気持ちは伝わったのである。

 

 「そのうち、マルゼンスキーもトレーナーさんがいるだけで満足してしまうんじゃないのか?」

 

 「あら。エースってば親友のシービーよりあたしを応援してくれるのかしら?」

 

 別に応援というわけではない。エースは単純にメンバーみんなが幸せなら嬉しいのである。いつもみたいにワイワイガヤガヤ、馬鹿なことで騒いでアホみたいなことで笑ってほしい。

 

 「そういえば、トレーナー君がトレセン学園から去ろうとした時、引き留めたのはエースだったわね」

 

 マルゼンスキーは思い出す。彼が赴任してすぐ、ルドルフやクリスエス、ラモーヌ、シービーから一斉に担当になってほしいと頼まれた騒動を。全員が全員才能に溢れたウマ娘だというのに新人の彼に其処まで頼み込むことに、彼自身が酷く困惑していたのだ。

 

 そしてトドメがシリウスの存在。彼女は全く覚えがないトレーナーに対して殴りかかると、恨み辛みの罵倒を投げつけた。マルゼンスキーのその近くにいたため記憶に新しい。

 

 お前のせいで私の人生はメチャクチャ、お前さえいなければ、何故私の前から消えた、何故私を裏切ったと。当然ながらトレーナーは記憶喪失のせいで知らなかったそうだが、シリウスのあまりに必死な姿に嘘ではないと感じとり、此処にいてはいけないと去ろうとしたがそれを止めて尚且つ、メンバーの中で"一番最初に契約した"のがカツラギエースだった。

 

 「え? そうだったのか?」

 

 「知らなかったの!?」

 

 初耳だと逆に驚いているエース。マルゼンスキーも流石に目を見開いた。

 

 「じゃあ、なんで契約したのかしら。やっぱりエースが頼み込んで?」

 

 「いや、違うけど」

 

 「…ってことはトレーナー君がってことかしら」

 

 「いーや、それも違うぜ」

 

 困惑してしまうマルゼンスキー。自分の時はトレーナーが頼み込む…どころか告白紛いな説得により契約を結んだのだが、ルドルフ達のようでもなく、自分のようでもない。エースとトレーナーが如何にして契約に至ったのか全くわからなかった。

 

 「別に大したことじゃない。多分、わりと"普通"だったと思うけどな」

 

 「普通。それって…「ねぇねぇ!エース!走っているところ見せてー!」

 

 その時、メジロアサマが一息ついているとまだまだ遊び足りないのか少年がエースに駆け寄り、ウマ娘の速さを見せてほしいと頼む。メジロ家の庭は広大であり、浦和レース場程の大きさ。

 

 マルゼンスキーとエースがメジロアサマに目を向けると、構いませんよと頷いてメジロ家に常備されている蹄鉄付きの靴に履き替えることにした。

 

 「トレーナーさんは本当にレース見るの好きだな」

 

 「僕トレーナーじゃないよ?」

 

 「ははっ、そうだったな!」

 

 「でも!僕、大きくなったらトレーナーになるよ!トレーナーになりたい!」

 

 キラキラとした黒い瞳に見つめられてエースは力強く頷く。自分の知っているトレーナーは記憶を無くしたせいで、何故トレーナーになったのか、なんの為にトレーナーになったのか全く覚えていなかった。けれど、やっぱり。そうなのだ。

 

 トレーナーさんはこんなに小さい頃からトレーナーに憧れていた、ずっとウマ娘が大好きだった。あの時、引き留めたのは間違いではなかったとエース自身、自分が誇らしかった。

 

 「よっしゃ!マルゼンスキー、準備は良いか!」

 

 「ええ!モチのロンよ!ちっちゃいトレーナー君にも格好いいところ見せなくちゃ!」

 

 約1200メートルの短い距離、どちらも逃げの脚質。少年の掛け声と共にスタートとしたレース。少年にとっては生で初めてみるウマ娘のレース。

 

 「凄い!凄い!」

 

 並みのウマ娘よりも圧倒的速度を持つ二人に目は釘付けだった。

 

 「ねぇ、お婆ちゃん」

 

 「どうしました?」

 

 「僕、トレーナーになれるかな…」

 

 不安そうにしたから見上げてくる少年。メジロアサマは頭に手を乗せると優しく撫でる。

 

 「えぇ…貴方なら、必ず素晴らしいトレーナーになれますよ」

 

 噛み締めるようなその言葉に少年は嬉しそうに頷いた。

 

 レースの結果はマルゼンスキーの圧勝であった。

 

 「いえーい!」

 

 「ぜぇ…ぜぇ…」

 

 彼女の方が短距離適正があるとはいえ、エースとは違い、まるで息を切らした様子がない。スーパーカーの異名を持つそのスペックはやはり伊達ではなかった。

 

 「どうどうトレーナー君、あたしカッコ良かったかしら?」

 

 「うん!格好いい!」

 

 「きゃー!すきー!」

 

 可愛らしい少年にまっすぐな称賛を貰い、彼女の母性が刺激される。小さなその姿にぎゅっと抱き締めると頬擦りをした。

 くすぐったいと身をよじって抜け出すと、未だに肩で息をしているエースのもとにも向かう。

 

 「エース凄かったよ!」

 

 「へへっ、ありがとな。でもやっぱり…まだまだだ…」

 

 はにかんで答えるエースだが、此処まで壁が高いのかと握り拳を作る。トレーナーのもとでかなりのチカラをつけたつもりだったか、このままではシービーやルドルフに勝つなど不可能だろう。

 

 「じゃあ、僕が強くしてあげる!」

 

 「え…」

 

 突然、少年から意外なことを言われてポカンとしてしまうエース。しかし、すぐにニヤリと意地悪そうな笑顔を見せると少年の肩を組んだ。

 

 「出来るのかぁ~?」

 

 「出来る!僕、トレーナーになってエースを絶対強くする!」

 

 「あっはっはっ!」

 

 息を巻くその姿にエースは爆笑した。そんな顔も出来たのかと。自信を無くしたようなあの大人の姿からは想像もつかない。

 

 「いいぜ、待ってるからな」

 

 エースは知っているこの子が大きくなった時、自分の前に現れることを。自分にとっては過去。この子にとっては未来の光景に想いを馳せた。

 

 「なぁ、トレーナーさん」

 

 「なーにー?」

 

 「アンタ、トレーナーになったら何をしたい? 今なら覚えているんだろ?」

 

 エースに言われたことの半分もあまり理解出来ていないのか首を傾げる。覚えているも何も、トレーナーになってからの夢など今も胸に秘めている。忘れるわけがないというのに。

 

 「僕ね…」

 

 エースの耳元に小さく囁いて、マルゼンスキーやメジロアサマにも聞こえなかったが、エースはそれを聞いて困惑した様子だった。

 

 「え?―――それだけ? そんだけで良いのか?」

 

 「やっぱり変?」

 

 「変じゃないけど、意外というかなんというか。あたしはてっきりトリプルティアラや三冠バを育てるのが夢かと…」

 

 しかし、トリプルティアラや三冠バと聞いても頭にハテナを浮かべるだけ。よくよく考えればこんなに小さい子どもがそれらの栄誉を理解している筈もない。だからこそ、この子の夢はトレーナーとしては本当に些細な物だった。

 

 『ずっとそばで支えてあげたい』

 

 孤独な男の子。病弱な母親を大切にし、優しい彼が本当に望んだこと。それは大好きな者の、大好きな人のそばで助けてあげることだった。

 

 「大丈夫さ。アンタなら必ず…」

 

 

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