メジロラモーヌ「面白くない男」   作:お話下手

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両手に獣

 

 「やはり、そうだったか…」

 

 同日。メジロ家の客間でシリウスシンボリは俯きながら苛立ち気に呟く。額に手を当て顔を隠しているが、僅かに覗かせる隙間から歯軋りしているのが見えた。

 

 そしてルドルフ、シービー、クリスエスは顔を強張らせ、ラモーヌだけは何食わぬ顔で紅茶を口に含む。この五人が語った内容は当然ながら一つ。この場にいる全員が"同じ立場"であると互いに認識したことである。

 

 皆、嘗てトレーナーと契約しトゥインクルシリーズを過ごした深い関係性であると。そして。

 

 最後に彼が悲惨な末路を辿り、己もその傷を抱えたまま最期を遂げると、目を覚ました時…赤ん坊の姿…つまり、過去に戻ってしまったことに。

 

 それを知った時、メンバー全員が驚いたというよりも…やはりそうであったかという、納得だった。これまでに五人全員が薄々おかしいことは気づいていたのだ。

 

 例えばルドルフ、シリウス、ラモーヌの場合、幼少期の頃だろうか。一回目の子ども時代よりも、二回目の子ども時代、明らかにその歳にしては達観しすぎていたのである。しかし三人共元々聡明な子であったせいで、違和感程度に収まり今日まで目をそらしていた。

 

 そしてトレーナーとの再会。

 

 五人共、初対面である筈の彼と再び出会おうとしており、ラモーヌに至っては四人が探していたことを学園から聞き及んでいたため、既に全員が生まれ変わりだと確信していた。

 

 シリウスは額を擦る。まるで頭痛に耐えるかのように。

 

 「私の時、運が良かったのか悪かったのか…。あいつは記憶喪失ではなかった」

 

 ルドルフ、シービー、クリスエスとの記憶と想いを抱えたまま最期まで関係を取り戻そうとせずに死に至った。実に哀れな馬鹿だったとシリウスは歯軋りしながら語る。

 

 「それがどうだ? 今度はあいつとの記憶を持った私どころかルドルフ、シービー、クリスエス、おまけにラモーヌ全員が生まれ変わり?」

 

 吐き捨てる。あの男が逢いたくて仕方なかった彼女達が今勢揃いしている世界線。つくづくすれ違うしかない男だと。こんなことがあって良いのか。あんまりではないのか。

 

 「それは違うわ」

 

 ラモーヌは無表情のまま顔を歪めているシリウスに訂正する。

 

 「彼は彼よ。記憶は失ってもその存在は全く同じ」

 

 だからこそ、彼は紅茶の味を覚えていた。クリスエスは珈琲、シービーは料理。彼との繋がりが確かにある。

 

 「貴女も気づいていた筈」

 

 シリウスはトレーナーの記憶を取り戻したかった。初め再会した時、彼は『君、誰?』と一言。それを聞いて金槌で頭を殴られたようなショックを受けたのである。

 ああ、コイツは自分のトレーナーではないのだと。

 

 彼がルドルフに想いを馳せた苦しみを、今度は自分が味わっている。こんなにも苦しいのだと胸が張り裂けそうだった。

 

 しかし。

 

 「あいつは覚えていた…紅茶の好みも私への指導も…」

 

 この男は違う、自分が愛したあの男ではないと忘れてしまえば楽だというのに、何もかもが同じなのだ。だからこそ余計に憎らしくて、いじらしくて仕方なかった。あの時のように口付けをしたくてもプライドと後ろめたさがそれを邪魔をする。

 

 「シリウス。ラモーヌの言うとおり彼は間違いない、我々と共に過ごした彼本人だ。だからこそ…」

 

 自分達は再び契約を結んだ。もう一度やり直せると、今度は手放さないと。

 

 シリウスも諦めきれなかった。メンバーに入った理由など建前。本当はもう一度あの男と、彼と凱旋門で戦いたかった。

 

 「でもどうする? みんなの状況はわかったけど色々、問題残ってるよね」

 

 シービーの言う問題。記憶を取り戻す方法とシリウスが教えてくれた彼の周りを巻き込む不幸体質。そして謎の目覚まし時計だ。

 

 「殺人に自殺、安楽死に不審死、そして事故死。最早異常だ…!」

 

 ルドルフの上げた死因の他にシービーの事故、クリスエスの失明もある。それ故に記憶を取り戻していたシリウスの世界線で彼は他人と関わるのを避けていた。

 

 「やっぱり目覚まし時計が怪しいよね」

 

 シービーは思い出す。ルドルフがトレーナーの父親の形見だと教えてくれた目覚まし時計。先日も彼は何者かから夢で時計を壊せと警告を受けたばかりである。

 

 「―――トレーナーの父親も事故死、だった」

 

 「母親は病死だったな」

 

 クリスエスとシリウスはそれも目覚まし時計の影響ではないかと考えたが、ラモーヌはそれを否定した。

 

 「いえ、母親の死は目覚まし時計と関係無いわ」

 

 「何故だい?」

 

 確信を持つその言い様にルドルフは疑問に感じた。

 

 「彼の母親は遺伝的な癌で亡くなっている。それもメラノーマ、皮膚癌よ」

 

 悪性黒色腫と呼ばれる、その時代…莫大な資金が必要である先進医療で無ければ治療法が存在しない、癌の中でも非常に厄介な物だ。親族と絶縁状態であり、夫を早くに亡くし、けして裕福ではない家庭環境である親子。母親の心中は絶望的であったに違いない。

 

 「レースにしか興味がない君にしては詳しいな」

 

 ルドルフの言うとおり、本来ラモーヌにとって知る筈の無い知識である。

 

 「―――そうね」

 

 「遺伝的な癌となればトレーナー君の祖父か"祖母"が同じ病を患っていたかもしれないな」

 

 それならば不審死を与える目覚まし時計の影響ではないだろう。

 

 「じゃあ、早速。その目覚まし時計を取りに行こうよ」

 

 善は急げ。シービーは立ち上がり、トレーナーがかつて住んでいたというアパートに向かおうとしたが。

 

 「時計なら此処にあるわ」

 

 「「「「は?」」」」

 

 メンバー全員、間抜けな声が漏れる。ラモーヌはあろうことかこの客間の戸棚に向かうとごく当たり前に、一見変哲もない。あの目覚まし時計を取り出したのである。

 

 コトンと静かにテーブルへ置かれたそれに皆、硬直。

 

 「オイ」

 

 最初に正気を取り戻したのはシリウスだった。

 

 「何故お前が持っている」

 

 「彼からこの時計の話を聞いた後、直接取りに行ったわ」

 

 しかし、それにしたって他人の部屋である。アパートの鍵を開けるのは一体どうやったのか。

 

 「………それで時計の処分なのだけど、どうしたいかしら」

 

 「話し逸らした」

 

 当たり前のように会話を続けようとするラモーヌに流石のシービーも苦笑いをするしかない。

 

 「どうすると言われても…」

 

 「これは人生をやり直せる物よ。危険な物ではあるけど、使いようによっては―――」

 

 摩訶不思議なアイテム。恐らく全ての人間やウマ娘が喉から手が出る程欲しがる物だ。良い意味でも悪い意味でも、あの時あぁしてれば違う選択をしていれば…そんなもしもを叶えてくれる神にも等しいチカラ。ラモーヌは今一度、皆に本当に破壊するべきか問おうとしたが、一人…シンボリルドルフは表情を消すとハッキリと宣言した。

 

 「悪いが皆の意見など聞くつもりはない」

 

 冷たい声で拳を振り上げると、そのまま目覚まし時計に叩き付ける。

 

 ―――破砕音が轟いた。

 

 彼女の圧倒的なパワーで時計はバラバラに吹き飛び、勢いは止まらず、時計が置かれていたテーブルも真っ二つにへし折れる。

 

 「こんな物。百害あって一利なし。神のごときチカラなど不要だ」

 

 普段の温和な生徒会長ではなく絶対強者の皇帝が其処にいた。やり直しという目先の幸せを見せておきながら地獄を見せるなど言語道断。あまりにも質が悪い。

 自らもやり直しを与えられた存在とはいえ、元を辿れば此れが仕向けた物だとしたら馬鹿げた話しである。

 

 彼女の右手は破壊した影響で切ってしまったのか血が滴っていた。

 

 ルドルフのその姿にクリスエスは目を瞑ったまま何も語らない。肯定と見て良いだろう。シービーはルドルフの馬鹿力に感心しながらも真っ二つになったテーブルに渇いた笑い声を上げた。

 

 「こりゃ派手にやったな皇帝様よ」

 

 呆れた声のシリウス。彼女もルドルフと同じように問答無用で目覚まし時計は破壊するつもりだったのだが、幼馴染みに先を越されたのが気に食わないようである。此方の意見など聞くつもりもない傲慢なその気質が余計に勘に障る。

 

 「すまないラモーヌ。壊したテーブルの埋め合わせはしよう」

 

 頭に血が昇っていたとはいえ、少々派手にやりすぎた。片付けは此方に任せてほしいとラモーヌに目を向けると、何故か彼女はクスクスと嬉しそうに笑っている。

 

 「今の貴女、とっても素敵よ」

 

 恍惚とした顔でルドルフにしなだれかかる。野性的な彼女の姿に感情が昂ったようだ。

 

 「君にそう言われると悪い気はしないな」

 

 普段、剣山のような薔薇であるラモーヌから甘えられて嬉しいのか、ルドルフに戸惑った様子がない。

 

 「さぁ、トレーナーのもとへ行きましょう。そろそろ戻るわ」

 

 「あぁ」

 

 ルドルフと腕を組み、ピッタリとくっついたまま部屋を出ていくラモーヌ。まるで熟年夫婦のようなその後ろ姿にシリウスはげんなりとした表情だった。

 

 「…ねぇ、トレーナー危なくない?」

 

 シービーの言うとおり。多くは語らずとも、あれは利害が一致した二人が手を組んだと見て良いだろう。トレーナーにとっては両手に花どころか両手にライオン。

 百獣の王、二匹に狙われては最早彼は逃げられない。

 

 「アイツ、終わったな…」

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

 「お婆様、あの子は何処です?」

 

 ラモーヌとルドルフがメジロアサマのものへ訪れると、少年、トレーナーの姿はなくエースとマルゼンスキーと共にお菓子を食べていた。

 

 「あの子は遊び疲れたようでラモーヌさんの部屋で寝かせてますよ」

 

 メジロアサマは何故か異様にピンク色の雰囲気を纏う、ラモーヌとルドルフに違和感を覚えながらも伝えると、二人はすぐさま部屋へと向かう。

 

 其処にはやはりと言うべきか。

 

 少年ではなく、彼が、トレーナーがラモーヌのベッドで眠っていたのである。身体が元に戻ったせいか、少年状態で着ていた服は引きちぎれほぼ生まれたままの姿。

 

 ラモーヌとルドルフは微笑むと互いの顔を見合せ、共にベッドの上に乗る。

 

 「起きて、私達の愛…」

 

 ラモーヌが未だに眠っている彼の額に口付けをすると、幼子のようにむずがりながらその瞼を開けた。

 

 「…ん? あれ?」

 

 起きて早々、目の前にラモーヌとルドルフが見下げているのだから彼が混乱するのも無理はない。辺りを見渡すと何故かラモーヌの自室で更に拍車をかける。タキオンのもとで身体能力が強化される薬を飲んだ後の記憶がない。

 

 「おや、トレーナー君…その顔…」

 

 ルドルフとラモーヌは戸惑っているトレーナーの顔色を見て驚いた。

 

 「貴方、本当はそんな顔をしていたのね…」

 

 彼の顔色はあの死にかけのような物が少し薄れ、血が通った生気が戻っているのである。ラモーヌにとっては初めての顔つき、ルドルフにとっては久しい、あの頃の彼の姿が僅かにでも其処にあった。

 

 どうやらアグネスタキオンの実験は成功したらしい。強い精神を肉体に還元する効果は確かだった。

 

 「トレーナー君、良かった…っ」

 

 メンバーの中で唯一、彼の薬事情を知っているルドルフとしては肩の荷が少し降りた気持ちである。元凶となる目覚まし時計を破壊した今、もう脅威となる物は何もない。

 泣きそうな顔でトレーナーを抱き締めると、何故か彼は遠くを見つめていた。

 

 「どうしたのかしら」

 

 ラモーヌに訪ねられてトレーナーはポツリと呟く。

 

 「夢を見ていたんだ」

 

 「夢?」

 

 「内容は覚えていない。でも…」

 

 何か温かい者に包まれていたような、懐かしく、切なくなる、不思議な感覚だったと。ルドルフとラモーヌの手前、口には出さなかったが、彼は最近恐ろしい夢ばかり見ていた。

 

 眠れない。眠ったとしてもフラッシュバックのように叩き起こされる。眠るのも怖くて仕方なかった死ぬ夢。しかし。

 

 「幸せな夢だった…」

 

 言葉に出来ない幸福感と安心感。もう忘れてしまった大切な何かをちょっとだけ思い出させた。そんな夢だった。

 

 「まだ見ていたい?」

 

 ラモーヌの心配そうな声に彼は頭を振る。

 

 「いや、大丈夫。夢は覚める物だ」

 

 目尻から涙をポロポロ溢しながらも、その顔は晴れやかだった。にこやかに笑うその姿にルドルフも安心した。そして。

 

 「元気になったのならば、やることは一つね」

 

 「え?」

 

 間抜けな声が出た瞬間、ラモーヌとルドルフに押し倒される。

 

 「何々!? 何がどうして…って!なんじゃこりゃあああ!?」

 

 凄まじいチカラで押さえつけられ赤面しながら戸惑っていると、何故か自分がほぼ裸であることに漸く気づく。

 

 「安心してほしい、トレーナー君。私達に任せてくれ」

 

 「安心する目付きじゃないんですけど!? どういう状況なの!?」

 

 完全に捕食者としての目付きである皇帝と女王に戦々恐々。服を脱ぎ出した二人に恥ずかしながら目を瞑るしか抵抗出来なかった。あぁ…私は今日花を散らせます。

 

 その時。

 

 「ラモーヌさん、そろそろあの子を起こしてください。あまり昼寝を、させては…夜……」

 

 最悪のタイミング。メジロ家の当主であるメジロアサマが現れた。

 

 部屋の鍵を閉めるのを忘れていたラモーヌ。普段はノックしてから入室するメジロアサマだが、少年を起こすためだけに尋ねただけであり、何も考えずにそのまま扉を開けたのだが、まさか血の繋がった孫同士が情事を致そうなどまるで考えておらず、素っ裸の三人を見てひきつった表情のまま固まってしまう。

 

 それはトレーナーも同じであり、ルドルフも流石に顔をひきつらせていた。唯一冷静だったのはラモーヌだけ。

 

 「ご、ご当主!? ここここれは誤解です!」

 

 「……」

 

 メジロアサマは硬直したまま何も見なかったといわんばかりに扉を静かに閉めると、ショックのあまり呆然とした様子で立ち去ってしまった。

 

 「ご当主ーーー!? 御待ちくださあああい!?」

 

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