「私ね、陽の光を浴びても上手く輝けないのよ。夜の世界でしか自分らしく居られそうにないの」
それはネオン煌めく夜の街。ムーンライトビューティという薄暗い店の中で高級な着物に身をまといそう語ったのはオーナーママの月夜ママだ。
「この間の取材でも言ったけど、お店が薄暗いのもわざとなのよ。」
「いや、ママは薄暗いところでは勿体ないくらい美しいよ。もっとライトを浴びてもいいような気がするけどな」
「先輩、月夜ママは夜空を照らす月ですからね。明るいところでは見つけられないものを持ってる、なんかそういうミステリアスな所にみんな惹かれてしまうんですよね、ママ」
ロックグラスを片手に持ちオーナーママと話しているのは、雑誌『東京ウィークデイズ』のライター蛙林と部下で入社3年目の井森だ。
「蛙林さんも井森くんも嬉しいこと言ってくださるのね。でもそれはあくまで仕事の話、私のことなんて仕事以外ちっとも知らないでしょ。だからミステリアスってわけね。」
「何回か雑誌の方で取材させてもらったけど、オーナーママとしての月夜しか話してくれないからね、って僕もその事しか質問してないんだけどね、あはは」
「働く方々のプライベートは東京ウィークエンドの方ですものね」
「そういや東京ウィークエンドには僕の同期がいるんです。牛村って言うんですけど。先輩、今度牛村に月夜ママのプライベートを取材してもらえないか連絡してみますね。あいつは僕よりも全然面白い記事を書くんですよ。きっと読者も喜ぶと思います。それに実は僕も聞いてみたいです、月夜ママのプライベート」
「やるね、井森。明日、牛村に連絡してみてもらえるかい」
「あら、取材していいなんて言ってないわよ。私はプライベートをあまり表に出したくないの。今までにも雑誌やテレビの取材は受けてきたけど、ここでの私を知ってもらえれば十分よ。」
「そんなこと言わないでよ、ママ。余計気になってしまうさ。その時は井森がここで一番高いボトルあけるって言ってるしね。そしたら少しはどうかな」
「ちょっと、先輩の方が稼ぎ良いのに何言ってるんですか。月夜ママもなんとか言ってくださいよ」
「女性というのはね、一つや二つ秘密を抱えて生きていくものなのよ。プライベートを聞いたって何が真実で何が嘘かなんて誰も分かりはしないでしょ。それに私のプライベートなんてたいして面白くないわよ、この仕事以外何も出来ないんだから。残念だけど今回その取材はお断りさせて頂きますわね。」
「月夜ママの言う通りですよ、先輩。きっと秘密は秘密のまま明かされな方がいいんです。それに僕たちが説得しようと、僕たちはウィークデイズで仕事の取材しか出来ないんですから。それに牛村に連絡しようと、ウィークエンドの編集長の許可も降りないといけないんですよ。ウィークエンドは今別の案件で忙しいみたいですし、なかなか難しいと思いますけどね」
「最初牛村に連絡取るって張り切ってたのは井森じゃないか。いやでも残念だな、いつかママの気持ちが変わったら聞かせてよ。それにしても秘密があるってなんか魅力的な響きだね。あえてプライベートを見せない、そういう所も含めてママはミステリアスってね。そうそう、さっき言ってた彼の同期の牛村くんね、僕なんかより全然話上手くて面白いやつなんですよ。あんまり話したことは無いけどね。ほら前ママに見せたウィークエンド十月号のバリスタの休日あったでしょ。ママが面白いってバリスタの休日の第二弾が出た時も雑誌を買ってくれてたじゃない。あれを書いたのが牛村なんだよ。彼だけはママに紹介しておきたいな。本当に面白いやつって井森も僕によく話してくれるからさ」
「まあ、その人なのね。バリスタの休日、本当に面白くて好きだったのよ。蛙林さんったら、意外と部下のこと良く知ってるのね。」
「意外とってなんだよ、大切な部下なんだから知ってるさ」
「いつか牛村さんを連れてきて下さいね。プライベートでなら連絡をとってもいいわ、井森くん」
「ありがとうございます。牛村本当に面白くて良いやつなんです。今度連れて来ますね、牛村には僕から連絡してみます」
「よろしく頼んだ、井森から誘っといてくれ。ほら俺から誘うと飲みハラって言われちゃう世代だからさ。井森くらいだよこんなにも一緒に飲んでくれるやつなんて」
「あれ、確か先輩ってウィークエンドの編集長と仲良いですよね。ここで一緒に飲まないんですか」
「あいつとは行ったとしても居酒屋だな。あいつ凄い酒癖悪いんだよ、そんなやつにママのこと紹介するのは勿体ないさ。親しき仲にも秘密ってもんがあるんだよ」
「あら、秘密にしてるのは奥様にここに来てること知られたくないからでしょ。奥様と編集長の奥様は仲良いんですものね、ここに来てること隠し通さないといけませんからね。」
「奥さんに言ってないんですか。先輩って悪い人」
「言えるわけないだろう。こう見えてカミさんとは喧嘩したことないんだよ」
「きっと先輩の奥さんってとても素敵な方なんでしょうね」
「もういい。井森、そろそろ帰るぞ。明日も朝から取材だろ」
「あら、今日はもうお帰りになるの。二人と話してるといつの間にか時間が過ぎちゃうのよね。今度の密会も楽しみにしてますからね。」
「ああ、楽しみにしていてよ。それじゃあママ、会計を」
AM12:05終電にはまだ間に合いそうだ。