「ただいま戻りました。ずぶ濡れですよ、急に雨降ってきちゃって大変だったんすから」
「おつかれ井森、東京ホリデーの三枝からお前に電話あったぞ。後で掛け直すって言っておいたからな」
「後でかけ直します。あ、立花さんすいません、タオルありがとうございます。」
「機材も資料も濡れて欲しくないんでね、しっかり拭いてくださいよ。あ、さっき電話で蛙林さん喜んでましたよ。ついに井森にも忙しいくらいに仕事が舞い込んできたなって」
「先輩からは有望な新人って言われてたからな、まあ大袈裟なんすよあの人は」
ここは都内にある少し古びたビルの6階、東京ウィークデイズの編集部。
東京ウィークデイズとは東京ライダーズ社が手がける雑誌の一つだ。
僕、井森権蔵は東京ライダーズ社に入社して3年、東京ウィークデイズでライターをしている。小さな頃の夢は小説家や詩人になることだった。昔から読書や、人の話を聞くのが好きで、色んな人の話を聞いては刺激をもらっているような子供だった。中学生の頃、僕が人生で聞いた話の中で特に響いた名言をまとめて、いつか本にしたいとノートに書いたのだが、担任の先生からそんな詩人はいない、仕事にならないと言われて落ち込んだのは今でも覚えている。
けれどそんな僕が本格的にライターを目指すようになったのは高校生最後の夏休み。友達と行った本屋で卒業旅行先を決めている時に東京ライダーズ社の雑誌に出会った。友達が手に取った雑誌、東京ホリデーは様々な観光地やグルメの紹介が載った普通の旅行雑誌だった。けれどなぜか僕はその雑誌に惹き付けられてしまった。写真だけではない、そこに書いてある紹介文や感想、全てが僕にとって魅力的だったのだ。ライターの名前には蛙林幸盛と書いてあった。小説家を夢みていた僕だったが、こんな風に記事を書いてみたいと、この時初めて雑誌のライターになるのも良いなと思った。
夏休み明け久しぶりに東京ホリデー八月号を手に取った時、一つだけ付箋が無いページを見つけた。そこには東京ウィークデイズ八月号の紹介と書かれていて、東京ライダーズ社ライターの一週間に密着とあった。気になった僕は学校の帰り道に古本屋へ走り、東京ウィークデイズの八月号を買いに行った。
東京ウィークデイズで密着されていたライターはあの蛙林幸盛だった。まだその頃は、ライターといえば寝る暇も惜しんで書き仕事をしている忙しい職業だと思っていたのだが、その記事はあまりにも真逆だった。それは今までに聞いた言葉の中でも何故か一番に響いていて、読めば読むほどライターに魅力されてしまっていた。それから僕は何度もライターになるための本を読んでは勉強をして、蛙林幸盛に会うためにも大学を卒業したらそこへ就職しようと決めた。
大学生の夏、東京ライダーズに入社するために三回もインターンシップに行った。三回行ったにも関わらず蛙林幸盛には会えなかったが、ここで働きたいという気持ちはますます強くなった。就職の面接も東京ライダーズ社しか受けていない。面接の中で、どうしてここで働きたいのかを聞かれた時、蛙林幸盛に憧れた話をして会いたいと言ったら、蛙林なんかに憧れたのかと盛り上がったのは覚えている。そんな僕も東京ライダーズ社に合格して、入社式の日にやっと蛙林幸盛に会うことが出来た。だが実際会ってみて、雑誌で読んだ蛙林幸盛と実際の蛙林幸盛は全くの別人と気づいた。
「おーい井森、ホリデーとの件は何だったんだよ」
「それなんですけど、今雨続きでホリデーの売れ行きが伸び悩んでるらしくて、前ウィークデイズで紹介した占い師の天照星さんをまた紹介したいと。」
「確か、その占い師って井森が初めて書いた1日密着の記事か。何でも当てちゃうんだよな。秘密も全て見透かされてしまうんだったら俺は占いはいやだな。でもあの占い師は今でもなかなか予約取れないほどの人気って噂だぞ。でもなんで占い師なんだ」
「ホームページのアンケートに天照星さんをもっと知りたいって声が多かったみたいなんですよ。そこで今回は天照星さんを今話題の人として大きく取上げて、ウィークデイズが占い師の一週間を取材して、ウィークエンドでは休日を、ホリデーでは家でも簡単に占える天照星占いを載せようとのことみたいです。ていうかあれだけ人の秘密は探りたいくせに、自分の秘密は探られたくないんですね」
「もういいんだよ、それは。仕事しろ仕事。そんで天照星さんとは取材交渉降りてるのか」
「ホリデーの三枝さんが取材交渉してくれて既に降りてるそうです。でも三枝さんはこの後に別のアポがあるらしくて、これから、ウィークエンドの牛村と挨拶いってきます」
「そうか、行ってらっしゃい。そうだ井森、牛村に会ったら男三人の密会の話もちゃんとしとけよ。忘れてないだろうな」
「しときますよ。でもなんで先輩はそんなに牛村を誘おうとしてるんですか。」
「あいつはウィークエンドの中でも話が上手いって言われてるだろ。あいつにかかればみんなプライベートを話したくなっちまうんだってよ」
「どんだけ知りたいんですか、月夜ママのプライベート」
「いや、夜にしか輝けないって所にどうも引っかかるんだよな。ママが昼間何してるとか知らないだろ」
「それは僕もなんか引っかかってました。任してください、先輩。牛村には絶対参加するよう言っておきます」
「あくまでプライベートで、これは仕事じゃないぞ。あいつ真面目そうだから、な」
PM12:15 まだ雨は降り続いている。