「お待たせ、井森。雨、シャワーかってくらいにすごい降ってんな」
「今日はもう止まないってよ。え、牛村折り畳み傘じゃ濡れるぜ」
「傘忘れちゃったんだよ家に、朝降ってなかったろう。それにしても三枝さん居ないの残念だな。午後にアポが入ってるんだっけ。結構頼りになるのにな」
「今年上期の本の大賞発表がもうすぐだろ、第五十四回星ヶ浜賞。いつもホリデーで紹介するじゃん、その記事を書くために候補者の安室小路霧麿に話を聞きに行くって」
「ああ確か、『深海に底は見えぬが光』あれは僕も読んだよ。なんか体が浮くような感覚に陥ったな。寝てる間にどんどん海の底に沈んで行く話なんだけど進めば進むほど光が見えてくるんだよ。彼、受賞しそうな気がするんだけどな。で、井森は誰が受賞すると思う」
「そうだな、今年メディアが注目してる花川ルナかな。随分前に前編を出してから全く後編が出てなくて、今回二十三年越しに後編が出るって聞いて驚いたな、でもまだ後編描き終わってないらしいんだよ、間に合うのかな」
「初めて聞いた作家だな。たぶん作品も読んだことないな。一体どんな話なのさ」
「ノンフィクションのシリアスな話なんだけど『太陽の下で私は死す』って本。向日葵って女性が病気になって日光を浴びることが出来なくなっちゃう話。確か太陽って息子がいたんだけど、一緒に生活するのは困難で家族と別れる決断をする。前編では息子との暮らしぶりを多く描いていて、別れる決断をしてからの数年は息子のことしか描かれてないんだ。別れてからなんて知るはずも無いのにどうやって息子のこと書いたんだろうってメディアに注目されてさ。ノンフィクションなだけに向日葵のその後も知りたいって続編を期待されてたんだけど出なくて、だからこれは作者が向日葵で、彼女はもうこの世にいないのかもしれないって言われてたんだ。でも今年後編が出るって聞いて注目されてるんだよ」
「もし作者が向日葵なら、きっと今は会えてるんじゃないかな。会えたからこそ後編を書いたんだよ。俺もさ小さい頃に母親と別れてるし、複雑な家庭環境で育ってるから息子の気持ち分かるかもな。僕の名前の陽向とこの太陽って名前もなんか似てて親近感わいちゃうな。今度読んでみるよ」
「え、お前の家庭環境が複雑なことの方が驚きなんだけど。聞いたこと無かったし、そんな感じなかったからよ。いやなら牛村、絶対この本読むべきだよ、共感出来るところ結構あると思うし。この本持ってるから今度貸してやるよ。後編出る前に読んどかないとな」
「じゃあ借りさせてもらうよ。でも実は僕も母親と別れてから全く会ったことなくて、名前すらも知らないんだけど、今どこにいるかずっと気になってたんだ。物心着いた時から色んな人にも聞いて情報を集めてたんだけど全く出なくてね。これ以上探す方法なくて諦めてたんだ」
「それなら今良い方法見つけちゃったわ。これから会いに行く天照星さんに占って見てもらえばいいんだよ。それだよ、それしかないよ。あの人占いで外したことないんだよ、僕もこの前の取材の時に占ってもらったことあるから。僕も協力するよ、牛村の母親を探そう。」
「そしたら明日には本当の母親に会える可能性もあるってことか。ずっと会ってみたかったとは言えども、それはそれで緊張するな。いやでも僕たちは今日取材の挨拶と段取りをしに行くだけだ、そんな事まで頼めないだろ」
「牛村、お前は真面目過ぎるんだよ。何かしらの情報が出てくるかもしれないだろ、このままじゃ一生母親に会えないままだぞ、ママだけにってな。蛙林先輩も牛村は真面目なやつだからなって言ってたぞ」
「いや、蛙林さんと話したことあんまりないぞ。いつそんなこと言われたんだよ」
「さっき話してたんだよ。あ、忘れてた、蛙林先輩が今度牛村誘って三人で飲みに行きたいから誘っとけって言われたんだった。合言葉は男三人の密会な。先輩行きつけのクラブがあって、そこの月夜ママを紹介したいんだ」
「クラブに月夜ママなんて、僕そんな所に行ったこと一度もないよ。聞いただけで僕とは別世界な感じがする所だ。まさか仕事、それとも飲みニケーションってやつか」
「完全なるプライベートだよ。でも実はさ、その月夜ママってなんか凄くミステリアスな人でさ、全く仕事以外のプライベートを語らないんだよ。僕と先輩じゃあ昼間とか何してるか全然聞き出せなくてよ。でもたまになんか引っかかるようなこと言ったり、悲しそうな顔してるような気がしてさ。人間って一回気になるとずっと気になっちゃうじゃない」
「それってウィークエンドの僕にプライベートを取材しろってことじゃないか。それにお金ないし無理だよ」
「取材はもうウィークデイズで何回かしてるんだよ。でもウィークエンドには出れないって断られてて。でもちょっとでも聞いてみたいんだ。牛村は話すのが上手いって社内でも有名だろ。人のプライベートとか聞き出すの上手いってウィークエンドの編集長もこの前の飲み会で言ってだぜ。月夜ママも会ってみたいって言ってるし、お金は蛙林先輩が出すからさ」
「なんだよそれ。良いように使われてるだけじゃないか。まあとりあえず明日なら空いてるけど」
「よし、決まりな。この事誰にも言うなよ。特に部長には言うな、先輩の奥さんと部長の奥さん仲良いから知られたらまずいってさ」
「なんだよそれ。まあ、蛙林さんも井森となら行きやすいだろうな、絶対告げ口しないだろし。分かってるよ、誰もいわないよ」
「一度行ったら行きつけになっちゃうぞ。牛村も大人の仲間入りだな」
PM1:45 占い師との待ち合わせ時間まであと5分