いつの時代も戦争は起こる。かつての日本だって、一四〇年近くもの間内戦続きだった時代があったほどだ。
ただ人類全体を巻き込んだ世界大戦が起こっていないだけで、日本人が直接的に関わった戦争というものは憲法九条というアメリカ人が作った国を滅ぼす憲法という殻に閉じこもって自国すら満足に守る事の出来ない平和ボケの国を生み出した。おまけに購入兵器は
第二次世界大戦がアメリカにとってはファシストと言う共産主義の壁を失った上に、レンドリース法で当の共産主義に技術発展をさせただけの、くたびれ儲けの骨折り損となった為に冷戦にはとても苦労した。いったいどれだけの命と金が注ぎ込まれた事か……。
そしてその冷戦もソ連の崩壊という形で終えたが、冷戦期に膨張しすぎた軍事費や政治に大きく介入してきた軍需企業の次の戦争の捌け口は対テロ戦争だった。結局として二二四八名の戦死者をアメリカは出し、そのまま撤退という事実上の敗北を生んだ。
ベトナム戦争に負け、湾岸戦争にて勝利し、名誉回復を行なった米国はここでまた泥を被る事となった。
アメリカ最強の時代は終わった。
そんなふうに考える人も少なからずいるのでは無いだろうか。
ただでさえ、ウクライナに侵攻したロシア軍はここ最近では稀に見る総力戦という形で戦争をしている。初めはロシアの圧勝であると思われていたその予想が大いに覆された結果だ。この結果を受けてアメリカは名誉挽回のチャンスと考えて軍事支援を惜しみなく行なってきた。
しかし、その軍事支援もクリミヤ半島奪還という目にみえる勝利が見えなくなったから事からアメリカはすでに次の名誉挽回の機会を伺っている事だろう。
そしてその火種はちょうど自分の足元に転がっていた。
その国は不動産などで大規模な発展をし、周辺国にちょっかいを出していると来た。おまけに仲の良いと思われているロシアにまで領土問題で喧嘩を振った。東シナ海でも元々アメリカの植民地だった場所にお出かけし、現地の船にちょっかいを出している。
そしてその国は国内経済の先行きが怪しくなってきていた。
元々不動産で経済成長をした……日本のバブル景気と同じ状況で成り上がった国だ。いずれはそのバブルも弾ける時が来たという事だ。もしかすると日本と全く同じ状況になるかもしれない。
そして不況は戦争を起こさせるのに良い起爆剤となる。
太平洋戦争を起こした日本だって元は不況から始まったのだ。少なくとも好景気に戦争を起こそうだなんて普通は考えない。戦争を起こす理由なんて大体自国の経済回復を狙ったりすることが多いからだ。
もしかするとアメリカは待っているのかもしれない。中国の不動産バブルが崩壊し、国内経済の不安を煽って戦争を起こす事を……。
中国はあまりにも周囲の国々に喧嘩を売りすぎたことから協力も得やすい事だろう。そこでアメリカが仕切って多国籍軍を動かせば……ついでに二度と中国を作らせないように国を分割統治してそれぞれ独立国にすればアメリカは独立の英雄となるだろう。そうすればアメリカは再び世界の覇者となり得るだろう。実に素晴らしい物語だ。
時折、こうやって無駄に考えたりして自分は日本の帰還した先の事を考える。
そうでもしないと自分はこの世界に残ってしまいそうだから。
蓮子達には申し訳ない事だが、たまにここに残りたいと考える自分がいる。
自分で家族の墓参りをしたいと思っている身ではあるが、そう考えている自分の脳裏にはこの生活……帰る家があるこの生活に慣れきってしまった自分がいるのもまた事実。今更、帰る家も無いあの暗くてじめっとしたあの生活に戻るのはどうしても躊躇してしまう。
だが、言ってしまったからには今更引き返すなどの選択肢はない。
正直、毎日胃潰瘍にならないかが心配になってくるほどの重圧だ。戦時中でもこれほどのプレッシャーに押しつぶされそうになった事はない。隊員の前ではあまり不安にさせたくない為に隠して入るものの、何度か吐きかけたこともあるし最近は胃薬が手放せなくなってきた。
「考えるほど困るものだな」
ふと呟く。現在、ディルクは抵抗軍の一人としてこの度拠点となっている古城に侵入していた。
ここの古城はフランスにあるシャンボール城にも似た構造をしており、二重螺旋階段などが置かれていた。ただ、中の装飾品などはそれほど豪華という訳でもなく甲冑や絵画が置かれており、いかにも西洋の貴族の城と言うような場所であった。
「何かあった?」
するとそんなディルクの呟きに横で歩くカセリーヌが話しかける。彼自身『従順な犬』と呼称した転移者達。彼らに反抗する様子も無く、ただ故郷に帰ると言う人参を下げられた彼らは本来であれば活かさず殺さずの状態で軟禁させるべきだろう。それは正直自分も思っている。ただ、三十名を匿ってそれを完全に秘匿する事は困難に等しい。と言うかこの時代では無理だろう。ネットがないとは言えあまりにも情報が回りやすい。
事実、訓練兵として雇っていたあの基地だって教国にはバレたのだ。抵抗軍が今の装備で仕掛けてきた場合、まず間違いなく転移者を奪われていただろう。だからこそ、常に自分たちの目に届く範囲である程度危険に身を犯しつつもすでに帝国に取り込んだ事を秘密裏に教え込んでいた。
「ん?あぁ、特に問題ないさ」
そんな彼女に答えながらディルクは再び前を向く。彼の肩からは短機関銃がぶら下げられ、カセリーヌ自身はスオミをぶら下げ、腰には銃剣がぶら下がっていた。
相手はまともな訓練を受けていない兵士もいる。そう言った奴らには拳銃よりナイフで攻撃する方が蓮子の場合は早い。と言うか、個人的にこっそり作って持っているガラス製ナイフは意外と見えないことに少し恐怖した。
「色々と悩んでいるんでしょう?」
「……」
「見ていればわかるよ。それくらいは」
物悲しげに彼女は言う。
「色々と抱え込みすぎたら大変な事になるのは君が最も知っている事でしょう?」
そう言い、彼女は過去の自分の姿が一瞬だけ過ぎる。あの頃、自分には逃げると言う手段があったからこそなんとかなったものの、今のディルクは逃げることも出来ない……いや、許されない状況にある。彼にかかる重圧は計り知れないものだろう。
彼女は気づいている、戦時下で再会したの頃よりも顔色が良くない事を。
彼女は知っている、自分たちが見ていない所で彼は薬が手放せなくなっているのを。
彼女は分かっている、日に日に彼の体が弱っている事を。
戦争と言うこの終わりの見えない闘争に明け暮れ、衰弱していくのを黙って見続けるのは自分の心がもたない。だからこそ……
「たまには甘えても良いんじゃない?」
かつて自分がそうであったように。自分自身の甘える、心の逃げ道を作って欲しい。
彼女は心の内にそのような事を思いながら抵抗軍内に居る協力者とのコンタクトを狙っていた。
現在、巨大なテロ組織となった抵抗軍はその内部に実に多くの国の工作員を紛れ込ませていた。
目的は抵抗軍のリーダー、ジュール・ファブールの持っている転移魔法、禁術である。
整地条約にて禁術に指定されている魔法はいくつもあり、どれも倫理的観点や魔法陣が破綻した際の代償の大きさなどから教国が決定したものは全て禁術とみなされた。一応、少し前に日本でも問題となった商標登録のような異議申し立て期間も存在しているが教国=世界最強の魔法師集団と行った印象もありよほど横暴な事でもしなければ異議申し立てもなかった。
しかし禁術の持つ威力はどの国も喉から手が出るほど欲しいが、持っているとわかるだけでも条約違反となる。
二律背反する思惑の中で大陸各国はとある案に乗り出した。それは『禁術の使用情報を回収し、その記録を閲覧する』事だった。
だいぶ黒寄りのグレーであるが、これだと条約違反にはならない。いわゆる解釈によってと言う方法だが……。
「すみません」
「?」
ディルクは一人の兵に向かって声をかける。
「記録課のクルトって何処に居ます?」
「クルト?あいつなら下に居るはずだ」
「ありがとうございます」
何処から持って来たか分からないオリーブドラブ色の革ジャンと言う市販品に身を包んだ兵士に教えてもらいながら二人はそのまま城内を歩く。
曲がりなりにも軍を自称してるだけあって一丁前にドックタグを制作していた。そしてそれらドックタグを作るために記録課というものが存在し、各抵抗軍の拠点にその認識票を作る設備がある。そしてそれら設備に入って抵抗軍の名簿管理をしているのが記録課だ。テロリストが一丁前に人数確認なんてよくやるよ……。
戦時末期よりジュール・ファブールについて調べがついていた帝国は抵抗軍内部にも協力者を忍ばせていた。
「協力者って地下にいるの?」
「そうらしい。記録課にいて、認識票を手渡す約束だ」
「ついでに情報もな」
「大変だねぇ。帰るってのも」
「仕方あるまい」
城の階段を降りながら二人は地下にあるワイン保管庫に向かう。ほどほどに冷えており、ワインの保管に最適な温度で昔ながらの煉瓦作りの場所に来ていた。樽が置かれていた跡があり、残っているのも空のものばかりであった。
「失礼」
「?」
そんな煉瓦造りの部屋の一角でさぼっている様子の一人の抵抗軍兵士に声をかける。
「クルトは何処にいるか知っていますか?」
「ん?クルトは俺だ、何だ?」
クルトと名乗ったその男に魔法使用の様子はない。あれば後ろで隠れているカセリーヌがこれまた禁術である念話で通報してくれる。顔写真も事前にもらったものと同じ。しかし上は彼の情報を疑問に思っていたのはなぜだろうか……?
「失礼、クルトさんはゲーテがお好きだと耳にしたものですから」
「ああそうさ、ゲーテは俺のお気に入りさ。君も好きなのかい?」
「ええ、特に私は『さすらい人の夜の歌』が好きですね」
「あぁ、よく分かる。仲間がいてくれて嬉しいよ」
そう答えると、クルトは薄暗いワイン部屋を軽く左右確認した後にディルクに手招きする。
「こっちにこいよ」
そう言い、クルトはディルクを連れて貯蔵室の入り口にある空き部屋に入るとクルトは扉を持ったままディルクに話しかける。
「手短にな」
「会議は?」
「十時、北の大広間だ」
「認識票は?」
「ほらよ」
クルトはそこでディルクに数枚の金属板を渡す。人数分を確認し、ディルクは頷く。
「確認した」
するとクルトはやや焦った表情でディルクに言う。
「気をつけろ、事前に聞いてた警備より数が多い。明らかに異常だ」
「それはつまり……」
大物が来る。二人の間に共通の認識が生まれた瞬間だ。するとクルトはディルクにある小包を渡す。布と紙で厳重に包まれた物だった。何かと聞く前にクルトが言った。
「連中が言う『新型ワクチン』だ。頼む、そいつを本国に持ち帰ってくれ」
「そうか」
彼が焦っていた理由が分かった。今まで何人もの抵抗軍兵を捕らえてきたが、結局屍人となって襲いかかってくるあの魔法の正体は掴めていない。しかしコイツがあれば……。
「これだけじゃ無い。他にもっとでかい情報を掴んだんだ」
「中身を見る時間が無かった」
「中身?」
ものと言うことか、焦っていたのか。少なくとも知るに値する情報なのかもしれない。
「俺の鞄に入ってる……後で俺の机に来い。そこで渡す」
「どこだ?」
「反対側の作業場だ。元は武器庫だった場所」
「了解した」
「ではまた会おう」
そう言いクルトが扉を開けてディルクが部屋を出ていく時、クルトは最後にこう言い残す。
「もし何処の者か聞かれたらポテ司令に報告に行くと言え」
そう言うと、ディルクは短く頷いてそのまま部屋を後にしていった。
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