古城から出てきた死にかけのディルクを見て懸命な治療を行なっているオードリーや衛生兵を見て皆が心配そうに見ていた。
死の淵スレスレを彷徨っている彼の体は腹部を中心に大小さまざまな傷を負っていた。
既に背中に背負っていた魔導演算機は取り除かれていたが、中の魔導核が丸見えになるほど損傷をしているあたり、よほどの戦闘があったのだと推測できた。
「中の止血しました」
「治癒魔法だ。血管を中心に徐々に切れた組織を回復させる」
「わかりました」
衛生兵の指示に従ってオードリーは綿密な治癒魔法を損傷した組織に向ける。治癒魔法は回復魔法の上位互換であり、主な用途は損傷した内部組織に修復に使われている。ただし、まともに使うには何度も訓練しないといけなかった。
衛生兵についていける知識や治癒魔法を使える技術にコンラートや他の転移者達もやや驚いていた。
「……」
そしてその横でディルクと同じ血液型という理由で寝そべって彼に血を供給しているハンスは転移者が来るまで部隊の中ではディルクに次いで最も若い兵士だった。
彼の一つ年上であり、部隊内ではディルクよりも可愛がられていた兵士だった。
そんな彼は横で死にかけているディルクを見て驚愕してしまった。普段からは想像がつかないような苦悶の表情を浮かべており、彼の中でのディルクのイメージは新進気鋭で戦闘を楽しむ戦闘狂だと思っていた。
しかしその反面、部下には温情溢れ、仕事も良くでき、隊員のことをよく覚えている。完璧にも近い軍人なイメージがあった。
勲章を持っていても特段違和感を感じていなかった今の彼は、とてもじゃ無いがいつもの隊長には見えなかった。
「頼むぞハンス」
「お前の血が頼りなんだ」
「少佐を救ってくれ」
周りでは輸血をしているハンスを激励するコンラート達の姿があり、ハンス自身もこの血が自分の上司の命がかかっている事に緊張感を表していた。
誰もが見守る中、治癒魔法と緊急キットを全て使って衛生兵が言う。
「とりあえずこれでトラックに乗せて治療ができる」
そう言うと、彼らは一瞬湧き立ちそうになるも、オードリーがそれを制するように言う。
「だけど油断はできない。あまりにも血が流れすぎた上に肝臓や胃が斬られている。運ぶ時は慎重に」
「わ、わかりました」
「輸血は繋いだままにしてくれ」
そうしてディルクとハンスは互いに担架で運ぶと、そのまま一台のトラックの荷台に乗せられる。
「司令部に緊急で連絡。近くの病院に連絡をしてくれ」
「わかりました」
「他の部隊にも撤収の連絡だ」
「はっ!」
コンラートはテキパキと指示を出して車両を走らせて古城より離れていく。
燃え盛る古城の奥から消防車の走ってくる音が聞こえ、その間に彼らは朝日の昇りつつあるロール地方を東に飛ばしていた。
移動中のトラックの中でも、緊急措置で血を抑えただけの状態のディルクを病院まで持たせるために延命措置を施していた。
「……」
血のついたガーゼを放り投げ、オードリーは土器色の顔のディルクの手を軽く握る。衛生兵が腹部の治療を進めている間、彼女はそのほかで負った大きな傷の治療を行なっていた。
腹部の次に大きな傷は左肩であり、一部金属片と火傷が残っている辺り手榴弾の攻撃が当たったのだろう。ピンセットでその金属片を取り除き、アルコールで消毒をすると次に治癒魔法を当てて傷口を塞ぐ。
普通ならこの痛みで呻き声が出るはずだが、それすら無いと言うことは気絶していると言うことだ。
担架は赤く染まり、ディルク自身上半身の戦闘服は鋏で斬られて上裸の状態で輸血を行なっていた。それくらいの出血だ、気絶しているのが当たり前の状態だった。
そして治療中の体には既に無数の古傷が残っており、今まで彼が経験してきた戦闘の激しさを物語っていた。
「(無事に目を覚ましなさいよ)」
今の自分たちがいるのも、これからの事も考えると彼には何としても目を覚ましてもらわなければならない。
恐る恐る胸に耳を当ててみると、わずかに聞こえる小さな鼓動を聞いていた。
風が吹き、桜が舞い。
赤く塗られた鳥居があり。
灯籠や手水舎、拝殿などがあり。
周りには木々が生えていた。
前にも同じ場所に来たことがある。そう、
ただ前回と違って、自分は鳥居の前の階段のところで立っていた。
「お久しぶりですね」
声をかけられ、後ろを振り向くとそこには一人の豪華な巫女服に身を包んだ一人の女性が立っていた。
前に自分に神託を行い、ついでに加護を与えた日本神話に出てくる太陽神であり、皇祖神。……天照大御神、その人だった。
「お久しぶりです。天照様」
咄嗟に頭を下げて南部は答える。
両親や育て親の祖父まで失い、頼りにならない親戚を持った彼にとって神道などの宗教が彼にとっての支えになっていた。
特に神道に関しては民族信仰の色合いや、他に類を見ない行事。その独自性から彼は元々好きだったミリタリーよりも執着し始めていた。
今の時代ではゲームに出てくる偉い神様程度の認識しか無いこの時代。これほど強い信仰心を持つのは珍しかった。いや、そうならざるを得ない環境に彼は置かれていた。
そして生まれた狂信にも近い信仰心を彼女は確かに感じていた。
しからば、その者に見合う恩寵を与えなければならない。
第一、こちらからお願いをしている身なのだ。彼は実に献身的に働いているのは見ていた。だからこそ……
「ごめんなさいね。体に相当な負荷をかけてしまっているようで……」
「いえ、そんなことは……」
しかし彼女は気づいていた。彼の精神的負荷、それに伴う魔力の浪費。今までの戦闘のよる負荷は確実に彼の体を蝕んでいる事を……。
「少し休憩なさってくださいな」
「私にはまだ仕事が残っていますので……」
「休むことも、あなたのような人には必要なのですよ?」
やや強めの口調で『休め』と言われ、南部は返す言葉も無くそのまま言う通りにしていた。
「向こうに帰っても休まらないでしょう。報告を聞きながらゆっくりして行ってください」
「……わかりました」
渋々といった様子で彼はそのまま石階段を登るとそのまま鳥居を潜っていた。
「ーーなるほど、では転移装置は別の場所に移動したと……」
「はい、元々機械の置かれていた場所は特定したのですが……」
「そうですか…」
拝殿の横にあった社務所のような畳の敷かれた古民家の中でお茶と茶菓子を差し出された南部はそこで天照に今まで起こった事を報告していた。
ただ正直に、今まで自分の身に起こった事全てを伝えていた。
ここに来たのは二度目であり、まだ緊張が解ける程ではなかった。
やはり知っている神様には敬意が生まれると言うものだ。ゆっくりできる気がし無い。
「おかしな話ですね。転移術式は必然的に巨大な装置になる上に、大量の電力と魔力を消費します。我々の世界に転移術式を放った時も相当無理をして発動をした傾向がありましたしね……」
「……天照様」
そこで南部は天照にある意味で禁忌に近いかもしれない質問をした。それは、今までずっと気になっていた事だった。
「天照様は私を見ていると前におっしゃいました。それほどの能力があれば我々のいる世界からその装置を探すことはできないのですか?」
その質問に天照は少しの驚きと納得をした表情を浮かべた。
「そう言えばそうですね……一番重要な話でしたね。いけませんね、歳をとると物忘れが激しい」
自分で納得すると南部にその訳を話した。
「貴方のいる世界に私のような神がいる事は既に承知のはずです」
「はい……」
転移した先の世界では天照や神道、キリスト教やイスラーム教などの宗教はなかった。ただ一つ、教国と言う聖地を信仰する宗教が存在していた。
「そして異世界にも異世界の神がおり、あの世界にもその世界を管理している神がおります」
「例の神話ですね」
「左様、そして神話にある通り。あの世界の神は山を切り取って大の人嫌いになってしまったのです」
「はい……」
なんと無く嫌な予感を感じながら南部は話を聞いていた。
「そしてあの世界の神は非協力的であり、我々の能力を使おうとするとひどく反発をするのです」
「は、はぁ……」
「転移術式で世界の崩壊の恐れがあると言っても『それは自分が犯した過ちであり、自業自得である』と言って一切我々の言い分を聞く事が無く……」
「……」
南部は一瞬天を仰ぎそうになった。人嫌いの神様がよりにもよって邪魔をしているのかと……。よっぽど神話の様に酷いことをされたんだろうな。
「その神の名はフィブラ。我々と共に転移魔法の捜索をする事を拒絶している男神です」
「よく覚えておきます」
「まぁ、彼の言い分も分からない訳ではありません」
「あぁ……」
南部はそこで一瞬で見当がついた。それに天照も頷いた。
「そう、須佐男の一件で私も散々煮湯を飲まされましたから」
彼女はそう言うと、忌々しげに湯呑みから茶を飲んでいた。そりゃ誰でも怒るよ、畑ぶっ壊してそこらじゅうに糞便を撒き散らされたら……。
「こほん……兎も角、詳しい事情は聞きました。貴方に与える神託は引き続き変わりません。転移術式の発動の阻止、その発動の関係者及び術式に関係ある物の全ての破壊。ジュール・ファブール並びに小野寺輝を斃してください」
「分かりました」
お茶と出された茶菓子を全て食し、南部はそこで天照に聞く。
「転移装置を見つけた後、我々はどの様に帰還すれは?」
「簡単な話です。転移装置に暴走を起こしてください。その際に我々が貴方たちを回収できます」
「……承知しました」
転移装置を見つけた後に帰還する方法など、とりあえず思いつく限りで聞いておきたい情報を聞き終えた南部は社務所を出ていく。
社務所の玄関で靴を履き、南部はそのまま引き戸に手を伸ばす。この感覚も祖父の家で暮らしていた頃を彷彿とさせた。あの家はもうすでに売られており、すでに別の人間が住んでいるはずだった。
「では、よろしく頼みますね」
「はい」
そして引き戸を引いた先が真っ白な空間であるのを見て、南部はその先にそのまま家を出るかのように進んで行った。
お気に入り登録、高評価をよろしくお願いします。