正暦一九四〇年 三月四日
帝都レルリン 第五〇駐屯地
ディルクが退院と帰還を果たしてから二日後。ディルクは駐屯地の司令室で報告書を事細かに書き留めていた。
「相変わらずマメな奴だな。こんなに細かく書かずともすでに他の奴の報告で詳しい事は知っているよ」
すると書き終えた報告書を読んでデニスがそう答える。足の骨を怪我している彼を見舞うのと同時に、彼が無茶しないためのお目付役として派遣されていた。
そう答えるデニスにディルクは反論する。
「それは敵が魔導演算機を使ってきた報告書だろ?俺のは古城の中での戦闘だよ」
「あぁ、敵の親玉が出てきたあれか……」
少なくとも今まで見たことがないほど負傷したディルクの姿から余程のものだったのだろうと感じていた。
事実、いつもは痛々しいほど綺麗に着ているディルクの軍服姿が、今日はボタンを開けていたりとラフな格好になっていた。
「大変だったんだな」
「あぁ、優秀な部下がいたから俺は生き残ったもんだ」
「そうか……」
未だ包帯を巻いている彼の体はデニスにとっても痛々しいものだった。
自分も何度か戦闘で負傷はしているが、ディルクほどの全身に渡る怪我は負ったことがなかった。
「血をくれたハンス少尉には勲章を与えたいくらいだ」
「事実、帰ってきた瞬間にそう言ってたしな」
「彼が血をくれなかったら俺は死んでいたよ」
血を与えすぎて貧血になったと言うくらいだし、彼には鉄十字勲章を与えたいくらいだ。
すると報告書を読むデニスがディルクに話しかける。
「今回の戦闘で敵が魔導演算機を生産していたことに上はひたすら混乱状態だ」
「この前の司令部占拠事件が落ち着いてきた頃合いにこれだもんな」
「おかげで参謀総長閣下とお前の親父さんは死にかけだよ」
「そいつは大変だ」
そう答えるとデニスは愚痴るようにディルクに言う。
「運輸課も忙しくなってきている。前に飛行魔法兵を使った列車強盗があったせいで、緊急で解体中だったⅣ号戦車を流用した重装甲列車を生産して。それを客車に繋げなきゃいけないし、その分のダイヤ編成のために運輸省の応援に向かっているよ」
「運輸省に?」
「ああ、列車の運行は運輸省じゃないか」
「それはそうだが……」
軍人がわざわざ運輸省に応援に行かねばならないほどのことなのかと疑問に思っていると、デニスはディルクが書き上げた最新の報告書の確認をしながら答えた。
「今、全体的に国営機関は人手不足だ。戦後だからこそ、抵抗軍の攻撃で軍部はただでさえ少ない予算をやりくりしなきゃならない。
一応、募集兵を転職させてはいるらしいがそれでも足りないのが現状。だから運輸課とかの後方任務をする場所はちょくちょく駆り出されるのよ」
「なるほど、忙しいな」
ディルクはそういうと、デニスは顔をやや顰めた。
「そりゃ、特別手当が欲しくなるくらいさ」
「戦争は終わったはずなのにな……」
「なっ、本当に迷惑な話さ」
そう言い彼は書き上げた報告書読み終えた。
「良し、報告書に問題なし。相変わらずの素晴らしい出来栄えだよ」
「ふぅ、終わった……」
タイプライターを打ち終え、息を整えて椅子に大きくもたれたディルクを労うようにデニスは冷水で冷やしていた瓶ビールを手渡した。
この時代、電気冷蔵庫なんて言う洒落たモダンな家電は軍部内でも司令部くらいしか無く。時折義父や義姉、参謀総長まで置いてある高性能な冷蔵庫に酒を入れて冷やしていた。くそぅ、いつでも冷たいのが飲めるなんて羨ましい……。
「かぁ〜、仕事終わりの一杯は最高だ」
「お前は報告書を読みに来ただけだろうが」
「それでも十分仕事だよ。司令部から車を走らせて三十分、そのあとは俺の嫌いな報告書なんだ。見るだけで疲れる仕事だよ」
そう言い、デニスは軽く一本を飲み切ってしまうとディルクを見て今日の予定を伝えた。
「このあと、お前を司令部に連れていく。参謀総長直々のお呼び出しだ」
「そうか……」
「多分、
「だろうな、それ以外に俺を呼び出す理由が思い浮かばない」
そう言うと、ディルクはビールを飲み干すと席を立った。
「さて、行こうか」
「あいよ」
そして駐屯地を出ると、外では訓練中の隊員達がおり、出てきたディルクを一瞥すると軽く会釈をしていた。
「みんな、お前の無事を喜んでいるんだな」
「当たり前さ。戦時中からの戦友だからな」
「それだけ結束力もあるわけだ……」
そう話すと、二人は駐屯地に停められていた駐屯地御用達のTyp82Eに乗り込んだ。
元々こう言った都市部への移動の際に車体が市販車と同じこの車両は兵士たちから重宝されていた。
郊外だと普通にキューベルワーゲンが走っていたりする事が多いが、大きな都市部では市民に威圧感を与える可能性があるとして移動の際は極力この車両を使いように言われていた。どういう理由だよ……。
「ったく、キューベルワーゲンでもいいだろうに」
「俺は嫌だぞ。あのバケットシートは足と尻が痛くなる」
運転席にデニスが座り、ディルクは報告書の入った鞄を持って助手席に座っていた。
街中を移動する中、デニスは話題を切り替えてディルクに聞いてきた。
「んで、お前さんの部隊。隊員が裏切った疑惑があるけど、実際のところどうなんだ?」
そう、作戦中にゲルハルト大尉が仲間に一切の報告をせずに独自の作戦行動をとっていた事だった。
彼の家族が新大陸から来たスパイによって人質に取られ、ゲルハルト大尉はそれに従うふりをしてスパイを倒した。わざわざ家族を危険な目に晒したのだ。
家の場所がアルプン山脈に近いこともあり、訓練中だった第三中隊が訓練を切り上げて彼の家族の救出に向かい、家族の無事を確認していた。
「実際に兵から聞いた情報だと、彼は息も絶え絶えに血のついたナイフを持っていたらしい」
「裏切ったって言う情報があるのはなんでだ?」
「仕方ないだろう。ゲルハルト大尉は誰にも言わずに単独行動に出たんだ。まず裏切ったと思うだろう」
ディルクは当時の聞いただけの状況をデニスに話すと、彼も報告書を読んでいたのだろう。納得した上でさらに聞いてきた。
「まぁ…俺も当時の状況を想像すれば、確かに家族を危険に晒しても転移者が他国に渡ることを防いだ勇敢な兵士に見えるさ。
だが、ゲルハルト大尉は愛妻家であるし、家族の関係は非常に良好だった。そんな彼が転移者の命を優先すると思うか?」
「俺に言われても……」
事前情報との違和感をデニスは口にするとディルクも困った表情になる。
赤信号で停車し、前を大勢の人が行き交う中。デニスは前を見たまま両手をハンドルに置いて言う。
「まぁ、俺も優秀な兵士を失いたくないからあまり追及しないけどさ」
「ああ、是非ともそのまま忘れてほしいね」
そう言うと、信号が青になってデニスはハンドルを握る。
「大尉はこの前、査問会で三ヶ月の減給が言い渡された。元は優秀な魔法兵だ、上も極刑にはしたくなかったんだろうな」
「というか、秘密部隊の隊員を処罰できなかったの間違いじゃないのか?」
「それはまず間違い無いだろうな」
そう答えるとデニスはハンドルを回してそのまま司令部の駐車場に停まった。
注目を避けるためにあえて騎士鉄十字章をつけておらず、勲章も少々つけた状態で司令部をデニスと共に歩く。
前回来たときは司令部占拠事件の時だったと思いながら、修復された様子の新司令部を歩く。
七階建ての司令所ではあるが、陸軍参謀総長の部屋は五階に存在していた。上の二階は下の建物から飛び出るように設計されていた。
そのため上から見ると飛び出た部分が帝国を表す鉄十字を模倣した形をしており、周辺の土地の形は最も位の高い勲章。大鉄十字星章を模ったものとなっていた。
よくまぁこんな土地が空いていたと思っていたが、元はここに巨大な自動車工場があったそうだ。だからこれだけ大きな施設を作れたわけだ。
「ディルク・フォン・ゲーリッツ少佐であります」
今度は窓からではなく、正式な扉から入るディルク。三回ノックした後に張りのある声で言うと部屋が空いた。
中に入ると、そこでは書類に塗れたペッツがディルクを出迎えた。
「おお少佐!無事なようだな」
「はっ!お陰様で無事に退院ができました」
「お前さんが倒れたと聞いた時は心配したものだ」
掛けてくれと言い、秘書がコーヒーを持ってくる。すでに何度も足を運んでおり、二人の関係を知っている秘書はそのまま部屋を後にすると参謀総長は任せられる書類を部下に丸投げしてソファーにどかッと座り込んだ。
「全く、抵抗軍の攻撃の影響で警察からも訓練要求された」
「仕方ありません。抵抗軍が魔導演算機を持ち出した以上。我々にできるのはその対応だけなのですから」
「だが、魔導演算機は最高機密
そう答えると彼は一口、コーヒーを飲む。するとその話にディルクはペッツに問いかけた。
「それは……より高性能な演算機が出てくる事を予想してのことでしょうか?」
「そうだ。我々の最大の懸念は、抵抗軍の生産している魔導演算機が我々のものよりも高性能になった場合のことだ」
それは悲惨なことになる。例えるならガン○ムみたいな状態になる可能性があると言うことだ。
そんな懸念を感じているとペッツはディルクに言う。
「少佐、先の戦闘では随分と暴れたそうじゃないか」
「はっ、申し訳ありません」
「仕方あるまい。白い悪魔がいた以上、こうなるのはある程度予想がついた」
そう言い、あの古城での戦闘が一面に載った新聞を見た。
流石にあれだけの騒動を事故で済ませるわけにもいかず、軍は抵抗軍拠点の摘発を行ったところ激しい戦闘となったと発表していた。
ただ、事前に警察や消防に伝えていたおかげかMボートや、自分たちの存在が露呈することはなかった。それよりも問題なのは……
「そしてこの戦闘で、君たち第五〇〇部隊は再編と拠点移動を行うことが決まった。……事実上の部隊解散だ」
そう、今まで自分に従って戦ってきた隊員達と別れなければならない可能性が出てきたことだった。
第八章『テロリズム』完
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