一一六話
「君たち第五〇〇部隊は再編と拠点移動を行うことが決まった」
ペッツから聞かされたその話にディルクは納得しつつも、不満を持つ自分がいた。
「不満かね?」
「……いえ、そんな事は…」
「君の気持ちは十分理解できる」
ペッツ参謀総長も現場叩き上げの参謀総長だ。おそらく似たような経験を何度もしているのだろう。
「しかし、妻子持ちの兵士が家族を人質に取られたことは重く受け止めなければならない。
今回は隊員の勇敢な行動と運が良かったが、今度同じことが起これば部隊内で本物の裏切り物が出てくる可能性がある」
「えぇ…十分承知しています」
十分承知しているからこそ、今回の部隊再編に関して文句はない。
自分の場合、家族は二人とも軍人だからこそ安心できるが、コンラートやゲルハルト大尉のような普通の一般家庭を持つ隊員は人質に取られやすかった。
「今朝方、単独行動に出た隊員から退職願が出されたところだ」
「そうですか……」
「まだ承認したわけではない。が、二度とこのような事を起こさせないようにするために部隊の再編を行わなければならない」
特に自分たちの主な任務は非正規任務だったり、工作員が相手だ。当然、周辺の人物にも危害が加わる可能性はあったのだ。遅かれ早かれその問題は露呈する事だった。
「部隊の再編に伴って第五〇〇陸軍降下猟兵大隊は正式に解散し、本拠地の第五〇駐屯地は閉鎖する」
「了解しました」
命令書を受け取りながらディルクは答える。そしてディルクはペッツに詳しく書き上げた報告書を渡す。
「閣下、此方を」
十枚ほどの紙を受け取り、ペッツは軽く見ると軽く頷いた。
「うむ、確かに受け取った」
「では、私はこれにて。荷物の搬出作業がありますので」
そう言い、部屋を後にしようとした矢先。
「ああ、その前に……」
するとペッツは懐から一枚の封筒を手渡す。
「辞令だ。君は一ヶ月の休暇を与える」
「休暇……ですか?」
突然な話にディルクは目をぱちくりとさせた。
「君は働きすぎだと散々言われてね、ここの所忙しい日が続いたから君に休暇を与えることになった」
「あの……申し訳ありませんが、私はこれから駐屯地に向かうのですが?」
「荷物を搬出した後から君は休暇だ。言っておくが、これは君の精神的負荷を考えての休暇だ。間違えても仕事をするんじゃないぞ?」
「はっ……!!」
圧をかけられてディルクは背筋が伸びる。よっぽど自分は働いていると思わないのだが……だが、疲れているのは事実かもしれない。
「君の持つ部隊は一時解散する。緊急で呼ばれる心配はないと思っておいてくれ」
「その間に抵抗軍が暴れた時は如何なさるのです?」
「そのために空軍と海軍にも訓練を施したんだ。心配いらぬよ」
「しかし実戦で使えるとは……」
「もうすでに抵抗軍の鎮圧を何件かこなしておる」
「……」
「さぁ、これで言い訳はもう出来んな」
外堀を埋め、どこか得意げにペッツはディルクを見ると彼も観念した表情でソファーを立つ。
「では…お言葉に甘えて休暇を取らせて頂きます」
「ああ、そうすると良い」
そう言うと彼は最後に敬礼をして参謀総長室を出た。
命令書を受け取り、ディルクは司令部を出ると、そこでは一人の軍人が彼の到着を待っていた。
「閣下、駐屯地までお送りいたします」
「ああ、よろしく頼むよ」
待っていたのは頼れる副官のコンラート・ゲルニッツ大尉だった。
いくつかの勲章を付け、ディルクに敬礼した彼はそのままディルクを後部座席に乗せるとそのまま司令部を走り出す。
「……」
そして帝都郊外の駐屯地に向かう途中でコンラートが初めに聞いてきた。
「その命令書は……」
「ああ、大尉の想像通りのものだろうね」
「……不甲斐ないばかりです」
「いや、いずれこの問題は露呈すると思っていた…時間の問題だったさ」
そう言い、ディルクは流れていく街の光景を見ながら答える。
危険な任務を行う兵士にとって家族とは最大の弱点だ。特にそれが愛する者であればより大きな障害となる。
それ故に今回の再編ではかなりの数が弾かれる事だろう。特に妻子持ちを中心に……。
「……」
コンラートは自分の仕事に誇りを持っていた。とても褒められらものではないが、それでも家族を醜悪な脅威から排除できる事にコンラートはこの仕事を続けることができた。
するとコンラートの考えを遮るようにディルクが言う。
「大尉、間違っても奥さんと別れようと思うのはやめておけ」
「……」
心を読んだかのようにディルクは言うと、彼は続けて言う。
「大尉には大尉にしか出来ない事をすれば良い。目立たない薄汚れた仕事は俺みたいな奴がやれば良いのさ」
「…しかし、少佐殿にも家族はおります」
「そうだな…だが、ゲーリック家は軍人の家系だ。君のような幸せな一般家庭とは違う」
「閣下……」
するとディルクはコンラートに懇願するように言う。
「大尉、俺みたいな寂しい子供を増やさないでくれ」
「……」
「頼む…これ以上、戦いで遺される人達を増やしたくないんだ」
その声はコンラートに弱々しく願う子供のようだった。
それは親の愛情を受けている子供に嫉妬するかの如く、愛に飢えた声だった。
心の声が漏れ、彼自身に残っている優しさが生んだ言葉だった。
戦場という荒んだ場所から早く出ていってくれと願う彼の言葉はコンラートを驚愕させるには十分だったのかもしれない。
「第五〇〇陸軍降下猟兵大隊は再編に伴い解体。第五〇駐屯地も同時に閉鎖が決まった」
「っ!それは……」
「荷物を運び出したら、俺は何もない軍人になるのさ」
淡々と彼は答えると、コンラートは一瞬唖然となってしまった。するとディルクが叫ぶ。
「大尉!前だ!!」
「え?っ!!」
目の前に人がおり、急ブレーキをかけた。危うく人を一人轢く所だった。
淡々と話したディルクに動揺してしまった。今まで自分たちが死ぬ気で働いてきた職場や居場所がなくなる事実に、コンラートはハンドルを持つ手が軽く震えていた。
「行けませんね。つい動揺してしまいました」
「大丈夫だ。俺も同じ事を思っている」
「……寂しいです」
「ああ、本当にな……」
そして前の信号が変わるまで待っている間、コンラートは聞く。
「あの隊員達はどうするんです?」
それは転移者達で構成された部隊の事だった。彼らは再編するにしたってまとめていた方が得策であるというのは全員の共通認識だ。
するとディルクは持っていた命令書を読みながら答えた。
「彼らは再編が終わるまでの間、一時的に魔導研究局のテストパイロットとなる」
「そうですか……」
とりあえずほっとした表情を浮かべて彼はハンドルを持つ。
「そしてMボートもついでに回収し、改修を施すそうだ」
「この前の戦闘で空に徹甲榴弾を撃っていましたからね」
「ああ、あの戦闘で色々と問題点が出てきたからな」
そう言い、二人は駐屯地に入る最後の道を曲がる。奥に駐屯地が見えてくると、ディルクがつぶやく。
「さて、これから大仕事だぞ」
「そうですね」
「積み込める荷物は全て持って行け。ここは取り壊されるからな」
そう言うと、二人はそのまま駐屯地の中に入っていった。
ディルクが帰還し、次の命令があると言う事で一旦全員が駐屯地の食堂に集まった。
「諸君、次の命令が降った」
食堂の戦闘に立ち、ディルクは言う。その言葉に誰もが一瞬緊張したのち、彼はその内容を伝えた。
「総員、直ちに荷物を全て纏めてトラックに乗せろ。以上だ」
すると食堂がざわつき、ハンスが手を挙げて聞いた。
「少佐殿、その命令はつまり……我々の部隊はどこかに移動するのですか?」
「そうだ」
すると今度はハインリムが聞く。
「少佐殿。我々の部隊が解散すると言う噂があるのですが、事実でしょうか?」
「事実だ」
「「「「「?!」」」」」
その話を聞き、納得半分動揺半分の感情が巻き起こる。
「なぜですか?!」
「前回の戦闘の教訓。そして……五名の隊員が戦死したことに由来する」
そう言い、ディルクはここにいなくなった五人の兵士の顔を思い出していた。
そう、あの古城の戦闘で抵抗軍の集中砲火を浴びて五人の兵士が天へと旅立った。二名は遺体の回収ができたが、三名は遺体の回収すらできなかった。
一個大隊、五〇名を相手に取って全滅させたにしては損害比は十分すぎるものだが、元々の隊員数が少ないこの部隊にとっては大きな痛手だった。
戦時中の死者に比べれば圧倒的に少ないが、戦後の戦闘の中ではまず間違いなく多い戦死者数だった。
「そして、それら損害や戦闘での教訓を踏まえ、この部隊は解散・再編され。この駐屯地も閉鎖する」
「「「「「……」」」」」
全員が暗い表情をする中で、特に暗かったのがゲルハルトだった。無理もない、彼の家族がスパイによって人質にされた張本人だったのだから。
「一週間後には取り壊し作業が始まる。明後日までに荷物をまとめてくれ」
そう言い残すとディルクは食堂を後にした。
食堂を後にし、ディルクは一人士官室で手紙を書いていた。送り先は今回戦死した五名の戦死者の家族だ。
戦争が終わって、ようやく平和な暮らしができると思った矢先にこの報告だ。
「もう書く事は無いと思っていたが……」
戦時中、何度も書くことのあった手紙だ。あの頃は戦時中という、一種の麻薬のような環境にいた為にこれほど書くのに苦労することはなかった。
コンラートが下書きを書いてくれて正直ありがたかった。自分たちの部隊は特殊な事情があって手紙を送る際にそれらを書く仕事も含まれていたのだ。本来であれば、こういった仕事は司令部がやってくれるらしい。
「……」
下では喧騒が起きており、部隊の解散に悲しむ者や現実を受け入れて荷物を纏め始める隊員達の声が聞こえてきた。
これから抵抗軍にどう対処するのかなど、自分も気になる疑問も飛び交っていた。
手書きで書いているのも、死んでいった隊員達に少しでも誠意を向ける為だ。こうしないと、正直自分も辛いからだ。
ある意味で甘いのだろう。そう言われても仕方がないと思っていた。
すると士官室に一人、誰かが入ってきた。
「お疲れ様」
そう言い、横にコーヒーを置いたのはカセリーヌだった。
「あぁ、すまない」
わざわざ入れてくれた事にディルクは軽く答えると、彼女は外の様子を教えてにきたようだった。
「みんな悲しんでいたわ。もう一つの家みたいな場所だったから……」
「そりゃそうだ。俺だってきついところがある」
ペンを走らせ、手紙を書き続けているとカセリーヌはディルクに伝えた。
「明日の朝、駐屯地の門で写真撮影するって」
「そうか……わかった」
「……じゃあ、あたしたちも荷物を纏めておくね」
「ああ、そのように頼む」
そう答えると彼女は部屋を後にしていき、ディルクは置いていったコーヒーを飲むが。
いつもは美味いと感じていた味が美味しく感じれ無かった。
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