三月八日
共和国南部マッサリア サン・マッサリア駅
共和国製のリベット留めの目立つコンパートメント客車が目立つこの場所で一人、喪服のような服装の男が列車を降りていた。
「やっと着いたか……」
その男、ディルク・フォン・ゲーリッツはそのまま駅のホームを歩く。
先日、自分をつけまわしていたストーカーを追い払い、彼は一人共和国屈指のバカンススポットに訪れていた。
「いい景色だ……」
まだ海開きの季節ではないから人も少なく、駅は比較的閑散としていた。
抵抗軍のテロ事件が多発しているからか、観光客の姿はあまり見えなかった。夕方に乗ったこともあり、一夜経ってマッサリアに到着していた。
「まずは車だな……」
カートレインの受け取り場所に移動し、切符を見せると係員が確認を取ってディルクは車の鍵を渡した。
そして待つこと五分。これからのモータリゼーションに対抗するために共和国国鉄や帝国国鉄が始めたカートレイン制度は同距離を高速道路で走るよりも安く、その認知度も徐々に増えていた。
元々戦車などを運ぶ長物貨車を流用しており、車を止めるのも元々は後方で従事していた人間だという。
抵抗軍のテロ攻撃があるとはいえ、軍全体としては軍縮傾向にあり。共和国と帝国は『開かれた国境政策』により、国内経済の回復を目的とした物流の行き来を加速させており、国境の検問も比較的緩くなっていた。
おかげでパスポート検査も簡単に済ませられ、共和国に簡単に入国出来た。
そして駅の外に出るとロータリーで170Dが停まっており、鍵を返却された。
そしてそのまま車に乗り込んでエンジンをかけると、後ろから悲鳴のような声が聞こえた。
「あぁ、ひっどい旅だった……」
そこでは疲れた様子の小山が寝そべっていた。
「お疲れ様」
「今度からこんなのはゴメンだわ」
いかんせん彼女の行動を秘匿するために一人で行動しなければならず、そのために最大限の配慮をしたと思っていたが……。
「貨物列車の揺れること揺れること」
「あぁ……」
カートレインは貨物列車に連結されている。そのため、中に人が乗っていることなんて考えなくていい運転だったのだ。
「すまんな。もうすぐで目的地だ」
「こんな時ほど転移者を恨んだ事は無いわ」
彼女はそう答えると、懐からM712シュネルフォイヤーを取り出した。
かのマシンピストルは携帯性に優れている事から小山の愛用する銃であった。
「魔法弾は?」
「問題無し」
二〇発入り弾倉の中身を確認しながら彼女は拳銃をしまう。
基本的に部隊内での銃弾は統一しており、拳銃は九ミリで統一していた。
かく言う南部自身もハイパワーを常に懐に所持していた。
「これからホテルに向かう」
「開いてるの?」
「多分な……」
幸いにも佐官故にローンを組んでもそれなりに給料はあるし、何よりこの前の任務と司令部の事件で危険手当をたんまり貰っていた。
「この時期はオフシーズンだ。滅多に満室な事もないだろう」
彼はそう呟くと車を走らせていた。
「申し訳ありません。ただいま当ホテルは全面改装中でして、開いているのはこの部屋しか……」
ホテルのロビーに到着した矢先、そんな事を言われてしまった。
ディルクとカセリーヌはその返答に困りながら聞く。
「他は空いていないんですか?」
「えぇ、何せこの時期はオフシーズンで何処も改装中ですし、何より戦争が終わって資材もようやく入ってきましたからね」
「あぁ……」
話を聞き、ディルクは妙に納得できた。
戦時中はとにかくありとあらゆるものが戦争に送り込まれた。それはもちろん、要塞などを形成する建材も然り。
そして戦争が終わり、それら建材は市井に出回るようになってこうした工事に使われるようになっていた。
元々戦線があって破壊されてていた村や街では建設ラッシュが起こっており、鉄道路線もより強固なものへと改修が進んでいた。
そしてホテルも回ってきた建材を使って今までできなかった建物の修復を行なっていたのだ。
「今やここは何処も工事ばかりですよ。そろそろ観光客が戻ってくる頃合いですしね」
「そうなんですか……」
仕方なくサインをしながらディルクとカセリーヌはホテルの部屋を借りると従業員がやや乗り気で聞いてくる。
「今日はお二人で観光ですか?」
「ええ、そんな所です」
そう言い、書き終えるとそのまま従業員は鍵を手渡した。
「本日のお部屋です。くれぐれも無くさないようお願いします」
「わかりました」
そう言うとディルクは鍵を受け取ってそのままカセリーヌと共にエレベーターで登って行った。
「しかし参ったな……」
「あら、いいんじゃない?二人でくっついて寝れば」
ホテルの金網で覆われた木造のエレベーターを登りながら、中で二人はそんな事を言う。
チンッと言う音と共にエレベータを降りて部屋に入ると、そこには一通りの設備にダブルベットの置かれた部屋があった。
バルコニーからは海が一望でき、下を車や人が歩いていた。
「わぁ〜、綺麗!」
「いい部屋にしてくれたんだな……」
しかも改修工事を終えた直後で綺麗になっている部屋だった。一応他にも数組の客がいるようだが、そこまでの大人数というわけでもないのか人は疎だった。
「ねぇ、これから何処に行く?」
「とりあえず海を見に行くか……」
「そうだね」
二人は荷物を置き、部屋を出る。
三月ではまだまだマッサリアはよく冷えており、海に入ると寒すぎて死ぬと思った。
「せっかく水着も選んだんだけどな……」
「もっと南に移動するか?」
「んー、いいかな。移動するだけで疲れちゃったし……」
貨物列車で一夜揺らされていた彼女はそう答えると、ヨットやボートが出ていく港を見てふと呟く。
「静か。とても情勢が不安定とは思えないくらい」
「ああ、そうだな……」
鴎が鳴き、港を飛ぶ。
海を見ている後ろで車や人が歩き、バスが走り去っていく。
共和国で過ごす平和な時はとても優雅なものだった。
「……行くか」
「そうだね」
海を見て、二人は街を観光する。
「こういう街並みっていいよね」
「ああ、いかにも異世界って感じだ」
そう言い、欧州風情溢れる街を歩いていた。このマッサリアも地中海の海辺の街によく似ており、日本人からしてみれば常に観光をしているような気分だった。
「あっ、これお土産に良いかも」
そう呟き、彼女はとある店に入っていく。看板を見てディルクは軽く首を傾げた。
「……石鹸?」
そこにはマッサリア石鹸と書かれた看板があった。
店に入ると、そこには石鹸特有の香りが漂い、棚には大量の石鹸が置かれていた。
「石鹸か……」
どうやらマッサリアの名産品らしく、観光客の姿が確認できた。
「これとかどう?」
「なんの匂いだ?」
「無香料だね」
ヤシ油を使ったやや茶色のような緑のような色をしたブロック状の石鹸が置かれていた。
他にも丸く形取られた石鹸なども置かれており、観光客向けに色とりどりの石鹸が置かれていた。
「石鹸か……」
戦場ではよく後方で見かける代物だったと思い出す。
シャワーなんてオサレな物が無かったあの戦場で時折衛生上の観点から後方に下がった時は風呂に入る事が義務付けられていた。…と言っても川に飛び込んで支給された石鹸で洗っていた時もあったが……。
石鹸は戦場で大量に補給を受けていた。あの塹壕戦の中で感染症や食中毒を起こされるくらいならと何故か石鹸水をわざわざ掩蔽壕に撒いていたところもあるとか……。
後方に下がった時はシャワーを借りられたが、それはまあ地獄のシャワーの如く冷たい物だった。だから温かいシャワーを浴びた時に少し違和感を感じたのは職業病だろうか……?
「これお願いします」
「あいよっ!」
籠一杯に詰め込まれた石鹸を見て店主も上機嫌に会計をする。
「そんなに買ってどうする気だ?」
「お土産。良い匂いがするしね」
「はい、お会計ね」
店主の親父はそう言い、俺を見た。その目は『お前が払え』という物だった。
おそらく二人で入った事から店主も関係を察して女に払わせるのかという表情だった。
「はい、これで?」
「毎度!こいつはオマケな」
そう言い、店主は大量に買った石鹸の袋におまけで石鹸をさらに入れた。そりゃこんなけ買ってればおまけもつけてくれるか。
「わぁ!おじさん太っ腹〜!」
「はっはっはっ!嬢ちゃんに言われるともっと入れたくなっちゃうね」
カセリーヌそう言い、気分を良くした店主はもう一つ石鹸を入れるとそのまま紙袋を持ってディルクと店を出た。
「煽上手だな」
「それがうまく生きるコツってやつよ」
彼女はそう答え、荷物を持つディルクは悲鳴をあげているようにも聞こえる紙袋を見た。
「いつか破けそう……」
「あっ、袋二重にして貰えばよかったね」
なにせ大きめの紙袋が埋まるほど大量に石鹸を買っていた。そりゃ破けそうにもなるよ……
「さて、ホテルに戻るか……」
「夕食はどうするの?」
「ホテの近くにレストランがあったはずだ」
「おぉ!どんな料理かな〜」
カセリーヌはそう言い、夕食を楽しみにしているとディルクは公衆電話の近くで足を止めた。
「悪い、ちょっと電話するわ」
「ん?分かった」
そう言い、彼は荷物を置くとそのまま中の電話を掛ける。
数コールの後、電話に義姉がでた。
『もしもし?』
「あっ、義姉?今時間ある?」
『ええ、今日は非番だから』
電話の向こうで家に居る彼女は答えると、ディルクは聞く。
「今、マッセリアに来ているんだけど」
『あっ!マッセリアなの?じゃあ石鹸買って石鹸!!』
「あー、うん。分かった」
義姉までも欲しがるマッセリアの石鹸……よほど有名な物なのだとわかると、ディルクは最後にカミラに言う。
「二週間後くらいには帰ると思うから。何かあったらーーホテルに連絡して」
『ええ、分かったわ。気をつけてね、結構保安局も躍起になっているみたいだから』
「ありがとう」
そう言い、電話を切ると公衆電話の扉を押して出る。
「家族?」
「ストーカーに気をつけろだってさ」
「うわっ、まだ諦めてなかったの?」
半分呆れた表情でカセリーヌはゲンナリした表情を浮かべていた。
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