三月二二日 夜
エスパニア王国 フェロール
陽が水平線の彼方に消え、暗闇が港を包んだ頃。
「……」
見張り役の抵抗軍の兵士はいつも以上に緊張した趣で倉庫の巡回をしていた。中に格納されている飛行艇は本部に向かうのに必要な足だ。失うわけにはいかなかった。
元々この場所にいたチンピラ達は抵抗軍と言う巨大な組織を前に膝をつくことを選択し、この埠頭に入りづらくしていた。そして時折派手な喧嘩を催してもらっていた。
「……来たか」
そして今日はいつも以上に重要な日だった。目の前に現れたのはトラックの車列だ、荷台には多くの木箱が積まれていた。
「作業開始!」
そしてトラックから多くの人員が降りると、すぐさま荷物を運び始める。
「ご苦労様です」
「うむ」
見張りの兵が敬礼をして、車列から降りた一人の抵抗軍の軍服を身に纏う士官も同様に敬礼を返す。
「中の様子は?」
「はっ!鼠一匹たりとも通しておりません」
「結構、作業急がせろ」
後ろでは大勢の人員が荷物を格納庫の中の飛行艇に積み込む。
「荷物を積み込み終えた機から随時飛ばしていけ」
「何かあったんですか?」
全体的に急いでいる様子の空気に見張りをしていた兵が気になった様子で聞くと、その士官は心優しかったのか訳を教えてくれた。
「王国に匿名で通報があったそうだ。近々ここに警察を送れとな」
「……」
「即座にここを撤収し、次回から予備施設にて補給を行う」
「了解しました。感謝いたします」
まだ心に余裕のある抵抗軍士官に見張り兵は敬礼して返すと、その士官は言った。
「早く作業を終わらせたい、札持ちの君も手伝ってくれ」
「はっ!」
札持ちとは抵抗軍内部でのある種のスラングであり、正式な抵抗軍兵士である事を示すステータスのような物だった。
現在抵抗軍の目的は共和国の現政権に対する継戦を訴えるための組織であったが、最近ではその色合いが徐々に変わりつつあった。
軍内部の最高権力者であるジュール・ファブールは狙われる事を恐れて滅多に表に出てこない。代わりに代表を務めているのはこの前准将に任命された副司令のヘイルダム・ルメイだった。
彼は東西戦争中にマーチバル攻勢の超強力な魔導砲撃を行った本人であり、敵からは白い悪魔と呼ばれているそうだ。
アシューデル要塞の砲撃では、当時名乗りを上げつつあった黒い天使にその強力な砲撃を防がれてしまったが、それでも彼の卓越した砲撃能力は健在だ。抵抗軍の最高戦力と言っても過言ではなかった。
「一番機、出ます!!」
そして格納庫からリオレ・エ・オリビエ H-246が四つのエンジンをかけながら兵士に押されて海に出る。
この格納庫には同型二機が格納され、護衛兼連絡機としてロワール130が四機格納されていた。
「ウヒョー、やってるやってる」
そして倉庫から荷物満載の飛行艇が出ていくのを遠くからディルク達も見ていた。
「ねえ、ほんとにいくの?出払った後に行った方が……」
「何、バレなければ問題ない。それに……」
そして海に着水し、そのまま海を滑走していく飛行艇を見ながら彼は言う。
「どうして奴等が飛行艇を使っているのかが気になったもんでね」
そう答えると、抵抗軍の飛行艇は民間機を装ったまま夜の海に消えていく。
「夜間離水とはまぁ……よくやるもんだ」
「それってそんなに難しいの?」
「ああ、当たり前だ」
倉庫の屋根に登りながら二人は話す。街に車を停めて、武器を持った状態で二人はこの埠頭に一っ飛びしていた。座標はディルクの記憶をカセリーヌが自前の高度な自白魔法を用いて見てから使っていた。
「しかし、相変わらずの魔法制度だ。惚れ惚れする」
「ふふっ、神様には感謝しないとね」
「その分俺たちは仕事をせにゃならんがな」
そう言い神託の話をしながら屋根に登ると、昨日と同じ順路で二人は倉庫の屋根を進む。
目的の倉庫からは光が漏れており、その下では喧騒が聞こえる。
「二番機の準備はまだか!?」
「もう少しでいけます!」
「護衛機を先に一機出せ!」
下では木箱を運びながら抵抗軍の兵士たちが指示を飛ばす。
「何しているの?」
「分からん。ただの運送とは思えんがな」
窓からこっそりと覗き込む二人は下の喧騒を盗み聞きしていると、抵抗軍の制服を着ている士官らしき人物が叫んだ。
「急げよ!ここでの補給便はこれが最後だ。証拠は一切残すな!」
その指示を聞き、ディルクは呟く。
「どうやら、あまりチンタラしてはいられないようだ」
「どうする?」
「海側から行こう」
そして二人は無音で屋根を渡ると、そのまま地面に飛び降りる。
魔法のおかげで無音で着地し、そのまま扉の開いていた格納庫の入り口の端から中に入る。
前に見た時は暗くてほぼ見えなかったが、予想以上にここの倉庫には大量の物資が置かれているようで、身を隠せるほどの荷物が所狭しと並んでいた。
「(マジか、ロワールにも載っけるのかよ)」
元はと言えば艦載水上偵察機のロワール130。そんな飛行艇にも人を減らしてまで荷物を入れている姿があった。するとロワール130の一発のエンジンが周り出し、格納庫を出ていく。
「(人数は二、三十人か……)」
二人では少々きつい相手だとディルクは思う。元々魔導演算機がない現状、魔法兵で相手できるのはせいぜい五人が限界だ。
「(くそう、魔導演算機さえあればなあ……)」
無い物強請りしてもしょうがないと割り切って彼は反対側に忍び込んだカセリーヌとハンドサインで荷物の裏に隠れながら移動する。目ぼしいものは無いか確認するためだ。
「(写真はこの事を伝えたかったのか……)」
それにしてはなんと言うか浅い気がしてならなかった。今までの経験が脳裏でそう訴えていた。
そしてそのまま倉庫の陸地側に移動すると、トラックが直接格納庫に入って荷物の搬入作業を行なっていた。
この飛行艇がどこに飛んでいくのかは甚だ疑問ではあるが、今のところこれだけの相手に勝てる未来が見えないので見送るしかできなかった。
「(何か良さげなものは……)」
魔法で完全に気配を隠せている上に認識阻害も発動できているカセリーヌとは裏腹にディルクは自力で人目につかないように動いていた。
元々魔導適正が絶望的に悪い彼は逆位相眼鏡をかけているからこそレーダーには映らないが、下手に魔法を使うと魔法兵であれば一瞬で感じてしまうほどの溢れる魔力を持っていた。
戦場で魔力切れになった事は無いと言わしめた彼の持つ膨大な魔力保有量はどれだけ魔法を撃っても問題ない代わりにこう言った隠密戦では圧倒的に不利だった。
「(あっ、さっきの士官……)」
そして視線の先では先ほど指示を出していた一番偉そうな士官が部下とバインダー片手に何やら話していた。そしてその会話を彼は物陰に隠れながら聞き耳を立てていた。
「大尉、予定時刻よりやや遅れています」
「できる限り急がせろ。王国の軍が出たと言う情報もある」
「はっ!残った荷物を片付け次第、随時撤収させます」
敬礼してツナギを着た一人は消えると、その士官は別の人間に聞いた。
「残り何機だ?」
「あと二機です!」
「よし、燃料は本部に到着できるギリギリの量でかまわん。帰りは向こうで貰え」
「はっ!」
そしてその人物も敬礼をすると、士官は言う。
「残りの書類は事務室にまとめてあるか?」
「はっ!問題ありません」
「(事務室……)」
有力な情報を聞いた彼はすぐさま行動に移った。辺りを見回し、様子を窺っているカセリーヌに精霊石を使って念話魔法を使った。
『(情報は事務室だ)』
短く言うと、反対にいたカセリーヌは一瞬見回した後に軽く頷いて、倉庫を見た。ちょうど事務室と思わしき部屋は彼女の方にあった。
「(情報は事務室ね……)」
念話で反対にいるディルクから情報を受け取った彼女は目の前にある小さめの入り口を見た。
「……仕方ない、行きますか」
思いっきり私服姿だが、荷物を運び入れている人員も偽装のために私服姿が多く。もういっそ飛び出ても問題なさそうな雰囲気だが、それでも警戒することに越した事はなく。魔法を重複展開しながら彼女は倉庫の事務室に入る。
「……」
部屋の中は妙に生活臭が漂う部屋であり、食い散らかされた包み紙がところどころに散乱していた。
「あった」
そして卓上には雑多に置かれた書類があり、その一枚一枚を彼女は見ていく。
瞬間記憶能力でまるで写真のように書類を一斉に見ていく彼女、事務室の入り口はディルクが監視をしていた。
「(書類は何かの記録ばかりね……)」
あと搬入された物資の記録……と言ってもほぼほぼ武器や食料ばかりだが。
「そもそもなんで飛行艇なんて使うのかしら……」
積み込んでいる荷物も水や缶詰や生鮮食品などの食料ばかりだ。
「どこか島にでも立てこもっているのかしら?」
抵抗軍が隠れられそうな島は死ぬほどある。その中に潜伏しているのであれば、探すのは相当苦労する。
「(なんで船の修理明細があるのかしら)」
船の修理工場の事務所は隣だぞと少し疑問に思ったが、何かしら関係があるかもと思いながらざっと読んだ。
そしてそんな書類に紛れ込んでいたのは大量の資源を使った船の修理明細だった。
「船の修理にしては部品が多すぎるわね」
素人目でもわかる程、その工程は複雑で尚且つ大量の資材を投入していた。その船の修理明細は古い客船の近代化改装だった。
「客船はS.S.ルテティア…今は大型貨客船ヌヴォ・モーンドゥって言う名前……」
元は共和国の古い客船で、機関の改装でこんなに大量に工程が増えていたらしい。道理で大量に資材を使うわけだと内心納得していると、念話魔法でディルクが叫んだ。
『(そっちに人が行ったぞ)』
「っ!!」
この事務室は密室状態だ、窓もあるが咄嗟に逃げるには無理だ。どこかに隠れなければと考え、一瞬で彼女は行動に出た。
「すぐに出る。急いで書類を片付けるぞ」
「はっ!」
事務室に入った士官は部下に指示を出して散らばった書類を持ってきた革鞄に押し込む。
「……結局現れなかったか」
書類を書き入れる途中、士官は小さく呟く。
「ああ、例の人物ですか?」
そんな士官の呟きに部下が答える。
「ああ、ヘイルダム准将閣下が言っていた好敵手……結局合わずじまいとはな」
「メモ書きでも置いておきますか?」
そんな部下の提案に士官は首を横に振った。
「いや、構わん。壁を見ればわかる話だろう」
そして士官は書類を片付け終えると言った。
「さて、我々も出発だ」
「はっ!」
慌てて部屋を出て行った彼らは勢いよく扉を閉めると、エンジン音がどんどん遠ざかり。同時にトラックも走り去って消えた。
そして静かになったところで机の下からカセリーヌは慎重に顔を覗かせた。
「あっっっぶねぇ……」
そこで大きく息をついて顔を見せると、その後事務室の扉が開き。反射的に彼女は持っていたM712を向けた。
「おっと、俺だよ俺」
電源の落ちた部屋で声が聞こえると、彼女は安堵して銃を下ろしていた。
「他の奴らは?」
「一斉に逃げた。綺麗に荷物を持ち去って行ってな」
「よくバレなかったね」
「先に倉庫の外に出てやり過ごしたさ」
彼はそう言うと、小山の手を取って立たせた。
「さて、俺たちも撤収しよう」
「待って」
その時、南部の手を小山は掴んで先ほどの話を彼にしていた。
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