三月二五日
フランク共和国 西部
休暇も終わりを迎えた頃。南部達の姿は王国を離れ、共和国にあった。
場所は共和国中西部。彼はこれまでに無いほど彼はアクセルに力を入れていた。
「ちょっと!なんでこんな飛ばすのよ!!」
その横で軽く悲鳴を上げながら小山は車にしがみついていると、彼は何も言わずにハンドルを握る。それを見て彼女は軽くため息を漏らしていた。
「(全く…あの手紙を見てから目の色を変えて……)」
そう思うと、彼女は三日間飛ばしっぱなしの車内で流石に体の節々が悲鳴を上げていた。
「(まあ仕方ないんだけどさ……)」
しかしその内心、彼がこうも焦る理由も分かるので我慢するしかなかった。
三日前、あの厚紙の炙り出しをした南部はその言葉を見た。
『始まりの場所にて眠る』
小山にはその意味がよく分からなかった。
「どう言うこと?」
「……」
小山のそんな疑問をよそに南部は顎に手を当てて考えていた。
今まで変に小野寺の残していった文言は全て意図的に置かれたものだった。そして、自分の持つ豪運とも言うべきそれが今まで赴いた場所全てで見つけてきていた。
「(始まりは教国、継いで古城の写真……)」
思い返すのは教国の抵抗軍の事務所で見つけた『艦ノ煤煙ラシキモノ見ユ』と『タタタタタタタモ一二八OTセ』の暗号文。どちらも日本海海戦で信濃丸が打った有名な伝聞のオマージュだ。
世界初の近代戦とも目される日本海海戦、その通信文の意味は簡単だ。
そして古城の写真はフェロールの抵抗軍の格納庫の事を指していたのだろう。おそらく目的はこの厚紙を見せる為に。
「(始まりの地にて眠る……か)」
そこでその言葉の意味を考える。彼が何をしたいのかは分からないが、俺絵たちにヒントを与えて何かしらを教えようとしているのは確かだ。
「始まりの地……」
「心当たりがあるの?」
「……ああ、」
小山の問いかけに南部は間を開けながら頷く。
「どこ?」
すると彼は彼女に指を出した。
「場所は共和国領中西部、ラインランド地帯」
「……」
この写真を入れたのは半年前に撮られた写真、俺達が教国で任務をしていた時期の写真だ。この時から既に小野寺は黒い天使の正体が俺であることを薄々感じていたのだろう。でなければ日本人にしか分からない単語を連ねた暗号文を教国に残すはずがない。
そしてその暗号は歴史好きか、戦争好きであればほぼ確実に解ける暗号だ。この世界の住人には解けるはずがない。
そして始まりの地とは、俺と小野寺の戦争が始まった場所……教国で見つけた暗号の後者『タタタタタタタモ一二八OTセ』の意味は『一二八地点で敵を見ゆ』と言うもの。
小野寺にとっての敵は帝国軍でもなく、俺のことを指す。そして、一二八と言う単語で軍事好きが……特に日本人であれば真っ先に思い浮かぶのが、
マレー作戦と真珠湾攻撃
十二月八日……そう、開戦日だ。
こんな回りくどい方法での理解かよと、シャーロック・ホームズ並みの頭が無ければ分からんような証拠に南部も内心苦笑する。
そして俺と小野寺の戦争が始まった場所と言えば……
「そこはかつての戦場であり、エリク・ピエールという男がいた場所」
「っ!そこって……」
そこで察したのだろう、たちまち顔が青くなる小山に南部は少々悲しむように、懐かしむように、そして恐るように答えた。
「マーチバル、次の俺たちの目的地だ」
「もう少しで到着だ」
「はいよ」
車はオートルートと言う共和国の高速道路をエスパニア王国からほぼノンストップで飛ばしていた。
「が、その前に寄り道だけさせてくれ」
「え?どこ寄るの?」
「何、花屋だよ」
そう答えると、小山も納得した様子で短く頷いた。
そして車は近場の街に入り、花屋の前で止まると車を降りてそこで花束を一つ注文する。注文したのは赤いポピー、意味は『感謝』や『慰め』だ。
「ただいま」
「ん、お帰りー」
車に戻って助手席で座っていた小山は花束を見てこれから何をするのか容易に想像できた。
「誰に?」
「昔の上官達だ」
「…そう……」
初めての戦場、彼にとってそこは共和国側からの話だ。
元は共和国兵だった彼は転移者であることをこの四年間、相対する組織全てを騙してきた。転移者と言う大きな影を落としながら、事実上帝国軍を騙した事と同義だ。おそらくは世界で最も巨大な組織を相手に騙し切った詐欺師だろう。
どんな因果か、彼は後に帝国軍の一員として再び戦場に戻ってきていた。敵がかつての味方であろうと、彼にとってなんて障害たり得るものではなかった。
「さて、行こうか」
「うん」
その点に関して、私は時折恐ろしく感じる事がある。彼にとって、敵味方の概念という線引きはどこにあるのか。
少なくとも、共和国を裏切り。帝国に寝返った時点で、通常のソレとは別次元のレベルの位置になっている事だろう。
「案内は頼んだぞ」
「おっけ、任せな」
そしてエンジンをかけると、そのまま車は西へと向かって行った。
数時間後
空がだんだんと傾き始め、空模様も悪くなる。
あたりの景色は、まるで終末世界の如く今でもかなり多くが荒廃していた。この景色からしても、まだ復興は始まったばかりであった。
過去に見たことあるその景色になんとも言えない感情を秘め、車は走る。
森の木々は全てが奇妙に手前側に倒れ、地面の草などは徐々に新しい芽を出し始めていた。
「四年ぶりのこの戦場だ」
「ええ……思い出すわ」
始まりの場所のマーチバル、あれから四年。私たちは世界は大きく変わった。
少なくともあの時の同級生達は小野寺が敵側に付き、自分達が帝国軍の兵士となるとは誰も思っていなかったはずだ。
「でもあの頃と違ってとても静かよ」
「ああ、そうだな」
そして私はあの時、失意のどん底にあって、何もやる気が起きなかった。体調がすぐれない事は見るからに明らかで、それでいてその中で私の心の中にあったのは嫌悪と復讐、そして願望だった。
小野寺がなぜそこまでして南部を排除したかったのか、その理由がただの恋煩いだったなんて知った時は末恐ろしかった。
金と愛は人を殺すとはよくできた言葉だ。先人の知恵を厳かにするべからずとは、まさにこの事だと思った。
「そろそろ降りよう」
「うん」
そして道端に車を止め、花束を手に持ってディルク達は車を降りる。
休暇も終わりかけ、情報に関しては保安局に転移魔法で片付けられるし、もし聞かれても言い訳ができた。
「まずはこれを置いてからでいいか?」
「ええ、全然いいわよ。時間はまだあるし」
いまだに黒い地面を歩きながら二人は野原を歩く。荒野とも言えるその景色に、二人は戦争の現実を改めて噛み締めていた。
「悲惨ね……」
「だから戦争は忌避されるべき事案だ」
黒焦げた木々はあえて残しているのだろうか、燃え尽きた森林は今もなお地面に佇んでいた。
ここは帝国との国境地帯、すぐそばには帝国との国境を示す石標が設置されていた。しかしここは戦時中に大規模な被害を受けた事から戦争遺構の一環として国境を跨いで博物館になる事が予定されていた。
「ここで、ショーク偵察隊二名がまとまって戦死していた」
そう言い、花束の中から二本のポピーを取り出すと、地面にそっと置く。
かつての塹壕跡、かなり腐食している塹壕を固めていた丸太は当時の惨劇を残したままだった。
「ドム突撃分隊の五名はこの塹壕にて、伍長は砲撃の衝撃波で顔が半分抉れていた……まぁ、二・三名は数が少なかったがな」
そして別の場所で五本のポピーを献花する。
「俺が確認できた遺体はソレほど多くなかった」
そして塹壕跡を歩きながら彼は語る。
「この塹壕は元は帝国軍の塹壕だったが、その時は共和孤軍と乱闘をしていた」
そして塹壕の土砂崩れを起こした道をカセリーヌの手を引きながら簡単にのぼる。
「その最中に雨の降っていた空が突如真っ白に輝き、そこで一瞬視界が暗転していた」
そう言うと、塹壕を登った先でディルクは足を止める。
「ここでは分隊長をしていたコードル軍曹と言う一兵士が倒れていた。妻子持ちだと聞いていた……」
「……」
妻子持ち、その時点で彼女からすると何も言えなかった、そしてそこで彼はポピーを一本置いた。そして今までで一番長い黙祷をした後に次の場所に移動した。
「……ここだ」
そしてマーチバルの小高い丘に残った一本の木。わずかに木の枝に新芽が出ており、復活の兆しを見せていた。
眼下には土色のクレーターが出来上がっており、綺麗な楕円形が見下ろせた。そしてソレを囲うように周辺の森は外側に仰け反っていた。
「ここって……?」
「ここでエリク・ピエールと言う一兵士が、この木の根元で死んだ」
「……」
彼の話を聞き、一瞬だけ彼女の目が驚いた後に静かにその根元を見ていた。
「当時、突撃分隊の新米魔法兵として配備されたその三等兵はとある雨の日の攻勢。半自動小銃を持って前線に突撃を敢行した」
膝を地に付けながら花束の中から最後のポピーを取り出し、根元に置いた。
「(軍曹、あれから色々と変わりましたよ)」
戦争の景色しかり、自分の数奇な運命しかり。あの頃から戦争は大きく変化を見せていた。
木の根元でかつての自分に慰問をし、そのまま献花を終えた二人はかつての共和国の砲陣地に移動する。
「砲の場所は覚えているか?」
「ええもちろん。景色もソレほど変わっていないしね」
そう言い、元来た道を戻る二人は南部の予想している場所に向かう。
「マーチバルとは言え、何かしらの証拠を残しているとすればいくつか候補をしなければいけないが……」
「まああいつの考える事なら、多分……あそこじゃない?」
そう話しながら二人はある場所に移動する。
「かつて、マーチバルを砲撃する時に小野寺が使っていた大砲が置かれていた場所……」
「ここがそうよ」
そう言い、わずかに土嚢が残っているその場所に到着する。
「……さて、探すか」
そこで地面に手を当てた彼はそのまま目を閉じると、地中に魔力を流す。まるでソナーの如く魔力の波を地面に当てて地中を探る。
「……あった」
そして見つけた痕跡。地中に自然物ではない異質な物が埋まっているのを感じ取った。
「掘れる?」
「ああ、この程度の深さならな」
そう答えると、彼は少し移動して地面を手で掘ると簡単にソレは出てきた。
「これ?」
「ああ」
視線の先でうっすらと鈍く光るは金属の箱だった。
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