「…」
研究所への襲撃が落ち着きを見せ始める頃。
「…」
崩壊し、業務が一時停止した帝国軍立魔導研究局の中で数少ない生き残りの建物。
研究局に所属している研究員の宿舎と食堂。そこで異世界人である転移者達は静かに出てきた食事をとっていた。
幸いにも食堂と宿舎が生き残っていたので、彼らは一旦次の移送先が決まるまで留め置かれることとなっていた。
研究員達の宿舎?元々彼らはあまりにも実験で忙しすぎてほぼ使ってきていないぞ。だから改築もせずに快く宿舎を貸したのだ。
彼らには新品の柔らかいベッドよりも新しい感応石や魔石、実験機材を供給する方が喜ぶというものだ。
「…なぁ」
「なんだよ」
しかし食堂の空気は、はっきり言うと最悪の一言。
一週間ほど前にエレニカ技師による実験体に慣れてきた頃合いなど、実験で散々扱かれた後に薬を飲んでその日の夜には街に飲みに出かける強さを見せていた。
それが今ではすっかり意気消沈していた。
「俺達…これからどうなると思う?」
「…」
「立川達が連れ去られてさ…」
彼らは五人のクラスメイトが抵抗軍によって連れ去られた。
抵抗軍の目的は自分達であると理解するのにそう時間はかからなかった。
「今、俺たちの車両の再編が行われるんだろう?」
「あぁ、何せ
厚木の口調になんとも言いにくい表情を浮かべて他のクラスメイト達は出された昼食を無理にでも摂る。
戦場で彼らは、どれだけ血肉の焼けた匂いがして吐き気を催しても。残すことは許させなかった…と言うより、残したら翌日がきついのだ。腹が鳴く事を忘れ、栄養不足から何も考えられず力が出なくなる。
それ故に彼らは食事を無理にでも喉に押し込む術を身に付けざるを得なかった。
「五人か…」
「ああ…」
元々自分達の生まれた国は、何十年も戦争をしてこなかった国だ。平和主義を世界に掲げる国だ。
そんな国で、孫の世代になってまで戦争をしてないような平和な国だ。自分達は戦争なんて遠い存在だったのだから。
故に異世界転移した最初期の頃、自分達に教育を施した訓練教官が思わず口にした。
『こいつら、軍というものをまるで分かっていない』
軍隊というのはハッキリと上下関係が如実に出る組織だ。
下のものが上に口答えすることは御法度で、何度張り倒されたことか。
「今日の夕飯までには配置換えが終わるんじゃねぇか?」
「どうする?賭けるか?」
「何を?」
食事の途中、横田が配置変えが張り出される時間帯で賭けをしようと提案した。
「この前配給されたショカコーラ」
「パスで。割に合わん」
「…」
あっけなく断られ、横田は軽くため息を吐いた。
自分達にとってかつての住処であった抵抗軍は、実は世界を敵に回す行為をしている極悪組織だったというのだから何も言えない。
この世界に来たことでやけに詳しくなった共和国語と帝国語の二つの言語。日本語も含めれば三つの言語を日常会話で使える程度には成熟していた。
「なんかもう…この世界の人になった気分だな」
「何言ってんだよ」
「はははっ、もうこっちに来て何年だ?五年経ってないか?」
「さぁな…数えたことがねぇ」
自分達がおかしくなっていると言われたらそうなのだろう。
誰を信じていいかもわからず、あまりにも生きていくには窮屈なこの世界。
だから、こうでもしなければ自分達はやってられなかった。
「所詮俺たちは異世界人だ…」
そこで築城は襲撃に遭った時に研究員から言われた言葉が脳裏に焼き付いていた。
「あれでさ…ちょっとだけ、俺達って期待されているのかなって。思っちまう自分もいるんだ」
「「「「…」」」」
このテーブルに座っているのは、全員同じ車両に乗り込む仲間だ。
風俗の問題からよほど慌てている時以外などでMボートに男女が乗り込むことはなかった。
初めは能力を中心にディルクが采配していたのだが、その際男女混合で車両に配置しており、その編成を見たペッツから苦言を呈されたことで後に編成が見直された経歴があった。
これが大体参謀本部に貴族派の暴動が起こった直後の時期である。
「立川達…生きているかな」
「殺すと思うか?」
「さぁな、魔法は俺たちの知らん領域だ」
何せ科学が発展した今の時代でも研究が続けられる代物であり、魔法そのものが架空の存在であった自分達の世界からすれば、正暦のこの世界はわからない事だらけであった。
「…生きていると思うか?連れ去ったのは抵抗軍だぞ?」
「「「「…」」」」
この際、自分たち四号車の面々は誰一人として欠けることがなかったのは幸いと言うべきなのだろう。
抵抗軍に連れ去られた五人の安否は不明。今も捜索が行われているが、打ち切られるのも時間の問題だろう。
彼らの最大の問題として、なまじ運が良く。彼らは誰一人として欠けることなくここまでやってきてしまったことが、彼らに最大の影を落としていた。
彼らは仲間を失う事に慣れていない。
戦時中は共和国の砲兵隊として。
戦後は帝国軍の兵士として。
国籍が無い事をいいことに彼等は非合法任務に何度も従事していた。
戦争は事実上の帝国の勝利に終わった今、また彼等転移者はペッツ率いる改革派からクーデターの要員としての素質を見出され、帝国軍に保護されていた。
帝国軍のエースは生きる部隊を知っている以上、帝国軍から抜け出すこともできないしまたその為に憲兵達は目を光らせていた。
幻の異世界人に関しても、彼等の口からいうことは不思議と憚られていた。
全員があのコテージで訓練をさせられていた時に自ら名乗った彼は、その時にある呪いをかけていたからだ。
ーーこの世界で生き残りたくば、口を噤め。
この時期、最早達人の領域まで達していた彼の技前は、息をつくように南部茂と言う高校生とディルク・フォン・ゲーリッツと言う帝国軍エースの顔を使い分けていた。
一部同郷であるはずの異世界人からも『アイツは本当に南部なのか?』と思わせるほど、彼は徹底していた。
その姿は異世界人達にこの世界での生き方をまざまざと教え、また彼に対する一種の恐怖心を植え付けていた。
「そもそも何でアイツら、俺たちを狙うんだ?」
「さぁな」
厚木の疑問に築城はやや適当に返した。
「異世界人だからじゃねぇの?」
「俺たちはアイツらのボスの顔を知っているわけだし」
そんな疑問に横田と清洲が答えた。
抵抗軍のリーダーを務めている男は、かつて自分たちを呼び出した張本人である。
帝国と共和国がテロ組織であると宣言し、今や大陸中の天敵となった抵抗軍。共和国軍敗残兵の面影は最早消え去っていた。
「でもなんで全員連れて行かなかったんだよ」
そんな清洲の疑問に横田は言う。
「全員、帝国の黒天使に召されたからだろ」
自分たちを管理し、必ず日本に返すと宣言したあの男に。
「っ!…」
唐突に目が覚めた。例えるなら、熟睡状態から目を覚ましたあれに近い。
「私は…ぐっ…」
立川は体を起こそうとした時、少しばかりくらりとくる頭痛に襲われる。魔力切れの痛みではなく、貧血の時の頭痛に近い。
「…」
頭に手を当て、布団を握る彼女は周囲を見回すと、そこは嫌に設備の整った部屋だった。
ベッドはフカフカ、調度品も揃えられたもので、少なくとも帝国軍にいた時とは比べ物にならないほど豪華な部屋だった。
「…?」
どういう事だと混乱する立川。
自分が最後に覚えている記憶は、あの研究所で霧の中を頭の後ろから気絶弾を撃ちこかれた時特有の、耳元でシンバルを叩かれたような衝撃だった。
「私は…」
あそこで自分達を襲撃したのはあの抵抗軍である。
今や立派な犯罪組織として大陸中に知れ渡っているその組織が、大部隊を率いて自分達の住処を襲ってきた。
連中のした事を前に立川は当然、他のクラスメイトと同様に警戒をし、敵対視もしていた。
自分達をこんな世界に飛ばし、尚且つ戦争という地獄に協力させたあの男の皮を剥がなければ、今の自分は気が収まらなかった。
「ちっ、ここは…」
軽く舌打ちをしてベッドの横に置いてあったライトを見ていると、
「思っていたよりも早いな」
「っ!?」
知っている声が聞こえ、日本語で話しかけられたことで咄嗟にその方を見ると、
「気絶弾でこんなに短いとはな…」
そこでは寝室の机に座って書類作業を淡々とこなしている白い軍服が特徴的な
「…」
「流石、場数を踏んできただけはある」
立川は彼を見て警戒を崩さずに近くにある武器になりそうなものを探す。
彼は背を向けており、見えていない。
「まぁ正直驚いたよ。まさかあそこまで魔力が増えているとはね」
「…でしょうね」
ここでようやく立川はゆっくりと口をひらく。その手には万年筆が一本握られていた。
今着ている服は女性用のパジャマであり、帝国軍のフィールドグレー色の軍服はどこにもなかった。
「まぁ今はベッドに座っていてくれ、武器を持った女性だと流石に自分も対処せざるを得ない」
「…」
彼の話で立川はため息をついて万年筆を元あった場所に戻す。
するとそんな立川の仕草に小野寺はやや苦笑気味に話す。
「変わったな…」
「えぇ、あなたに一回道路に放り出された身ですもの」
「…」
立川は恨み目で小野寺を見ると、彼はそこでペンを置いて振り返った。
相変わらず彼はいい顔で、イケメンと持て囃されるあの学校生活を思い起こす。
まぁ自分の場合は千年の恋も冷めるような事をされたわけなのだが。
「その事に関してはすまなかった」
すると小野寺は流れるように立ち上がって立川に頭を下げた。
あまりにも滑らかなその動作に立川も思わず唖然となってしまう。
「…どうしたの?何か変なものでも食ったかしら?」
そんな小野寺に立川は思わず言ってしまう。
こんな事を言うようなキャラだったかとふと過去を思い返す。
「そんなに変か?」
「ええ、あなただってそう言うキャラじゃないし」
「…」
その時、小野寺の顔は驚愕しているた。どうやら自分自身がどのように映っていたのか、彼は勘違いをしていたようだったので立川はそこで小野寺に言う。
「学校じゃああまり問題になかったけど、あなた結構プライドが高い人間だったわよ?」
「…」
容赦なく言われ、小野寺は絶句していた。
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