戦場からこんにちは   作:Aa_おにぎり

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一四四話

魔導演算機

 

それは東西戦争後期、帝国が投入した新兵器の一つである。

従来、魔法や魔法弾を使用する際、兵士は呪文を唱えるか、魔力を直接流す必要があった。

そしてそこには大きなタイムラグがあり、その間に狙われて倒れると言うことも多くあった。

 

後に魔法弾・魔導レーダーに並ぶ魔学三大発明と呼ばれるものの中に組み込まれる魔導演算機であったが、同時に『遅過ぎた発明』とも揶揄されることがあった。

 

すでに時代は科学進歩激しい産業革命後。

多くの技術が既存の魔法技術を上回りつつある時代にあり、魔法技術は衰退の一途を辿り始めていた。

一部では魔法の延命がなされた技術だと言ったが、所詮は延命。数十年もしない内に魔導演算機もその使用機会を戦場で見かける事は減っていった。

 

元より、魔法と戦争というのは切り離せない代物であったのは今までの歴史を見ての通りである。

故に発明されるのはどれも殺傷能力を有するものばかり。しかし一部で、生活の役に立つものがあるのも事実。例えば魔導コンロなんかがいい例である。

火を使わずとも、人同じ火力で加熱可能なので、火を使うのことの危ない…化学工場や軍艦の台所と言った場所で使用可能だった。

 

「…」

 

最初の演算機にして、最強と後年も名高い三七式魔導演算機。

予備機含めて二機が存在しているが、所詮は一点物。まともに扱える人間は数少ない。少なくとも、記録上はただ一人が使えるエース専用の機体であった。

この時代において、魔導演算機は帝国陸軍の象徴的武器の一つとして、華々しい姿で喧伝されることはなかった。だが帝国軍将兵の間では幻の部隊として、公然の秘密として扱われていた。

Ⅴ号戦車群や魔導レーダーと並んで言われることの多い帝国軍の改革の象徴たる、分かりやすい新世代の兵器であった。

 

新年早々の帝国軍統合作戦本部のクーデター未遂事件に際し、突入した部隊は未だその全容を明らかにする事はない。

理由として兼任している任務が超法規的であるが故に迂闊に公開できないのだ。知られれば隊員の身の危険にも繋がり、同時にディルクというエースが今まで偽っていたメッキが剥がれる事となってしまう。

彼は軍内部では『触れざる者』と言った扱いをされ、存在自体がペッツの手によって揉み消されたような人間である。

 

「だから切り離したか…」

 

ディルクは魔導研究局の休憩室で一考する。

先の抵抗軍の襲撃で五名の異世界人を奪取された事は大きく、残った二四名の異世界人は宿舎に戻って軟禁状態にして待機させている。

今後、彼らをどのようにするのかはペッツやコルネリウスの判断に委ねられる事となる。

 

「浮かない顔だね」

 

するとそこでここの魔王を務めるエレニカがコーヒーを片手に持ってやってくる。

 

「何か困りごとでも?」

「えぇ、今起こっている全てですよ」

 

ディルクは苦笑混じりに大きくため息を漏らす。

 

「まあ今、抵抗軍やその他多くの国々は異世界人にお熱だ」

「単純に強いから?」

「それもあるが…私自身、優れた科学技術を有した世界というのがどうしても気になっていてね…」

「ええ、自分も正直信じられないというのが本音ですが…」

 

再び軽くため息をついてディルクはソファに深く座って天井を仰ぐ。

 

「その技術を持っていると思って狙っているんでしょう?」

「そうだな…抵抗軍以外はな」

「…?」

 

ディルクが首を傾げると、そこでエレニカは机に置いていた資料をディルクに見せる。

 

「これは?」

「抵抗軍が…いや、ジュール・ファブールが指示を出したであろう異世界転移魔法、その資料だ」

「…」

 

エレニカが見せた情報は確かに異世界転移魔法の発動に必要な魔力量や魔法陣、必要な機会と言ったその他諸々の情報が記されていた。

 

「これは…」

「まああくまで私が自力で計算を行った結果だ。伝手を使って最新の計算機を借りてな。あれば実に便利だ」

「…」

 

見るだけでわかる巨大装置。これでは確かに船に乗せて逃げ出すのが一番正しいだろう。

 

「私も、まさか敵が船に乗って逃げ出すとは到底思わなかったよ」

「自分も、共和国の一件がなければここまで行き着く事はなかったでしょうね…」

 

そこでディルクは今まで得てきた資料と、それまでの行動をふと思い返す。

全く、嫌というほど抵抗軍というのは…ヘイルダムという人間は理解ができない。一体何がしたいのか、

 

「(直接対決か?)」

 

前の宮殿の一件で、タイマン勝負の後にジュール・ファブールが現れた際に彼は激昂していたのを思い出す。

 

「…」

 

異世界転移魔法の資料。そこに必要なものは…。

 

「この人というのは?」

「文字通りだ。転移魔法を使用する際、そのナビゲーターとして位置座標を固定する上で人が必要になってくる」

「…」

 

異世界転移魔法というのは、数多の魔力と魔石を使用し、異次元と繋げて直接ワープホールを生成して全く違う場所から物や人を持ってくる事である。

ただ、そのワープホールの座標を固定するために天体観測などを行った人を必要としている。…とこの資料には書かれている。

 

「つまり、奴らがわざわざ異世界人を狙ったのは…」

案内人(パイロット)ということですか…」

「おそらくは」

 

そして座標をより鮮明にするために異世界人を使えば、より繊細に、より正確に転移魔法を使えることができる。

 

「中の人は?」

「最悪魔力波に晒されて死ぬ」

「…」

 

エレニカの断言にディルクは思考する。

 

「上からは?」

「まだ何も…おそらく異世界人が数名居なくなったことでの影響をまだ計りかねていると言ったところでしょうか…」

「なるほどね…」

 

エレニカはそこでディルクと反対の席に座ると、そこで自分なりの意見を言う。

 

「多分だけど、これで抵抗軍の連中は勢いづくことになる」

「でしょうね…」

 

現在の抵抗軍の活動理由は、講和条約への不満である。

この囁きは共和国・帝国の強硬派・拡大派にとって魅惑の提案でもあった。

前者は奪われた領土の奪還、後者は共和国を打倒して大陸最大の国家を作る。どちらも飽くなき欲望の一つであり、彼らは抵抗軍に密かに接触を試みていた。

 

「面倒なことになった…」

「私も、せっかくの魔導具が破壊されてしまったのが悔やまれる」

 

その時のエレニカの怒りというのは恐ろしいものがあった。

 

「おかげで人口魔石の研究が一旦中止だ。研究資料も一部吹き飛んで大騒ぎだ」

「おおぅ…」

 

そうですかとエレニカから沸々と湧き上がる黒い怒りを前にディルクも軽く相槌を打って答えるしか宥める方法が思いつかなかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

用意された通信兵用の軍服を着て、広々とした廊下を歩く。

 

「…」

 

元は客船だったと言うこの船。

豪華客船の名残で廊下の装飾や、あのヘイルダムの書斎などは煌びやかな装飾を残したままだった。

しかしそれ以外ではほぼほぼ豪華な装備は全て取り払われ、海を移動する移動司令部として通信機能の強化・対空火器の増設などが行われ、補給は超大型飛行艇(ラテコエール631)小型飛行艇(ロワール130)、或いは何処とも知り得ぬ補給艦がやって来て補給を行う。何処の誰が支援者なのかはこの際知る由もないが、きっとろくな場所じゃないし、碌な奴じゃないだろう。

 

「(また戦争を起こす気なの?)」

 

船体側面の、かつての渡り廊下を潰して設置されている高射砲(75 CA Mle 40)がいくつも並び、いつでも戦闘が行えるようにされている。

あくまでも偽装するためにこれらの砲は蓋をされて隠されている。いざという時は押し出して、一昔前の戦列艦のように狭間から砲口を覗かせるのだ。

そして甲板には主砲代わりに防楯で覆われたカノン砲(GPF 155mm)を前後に一門ずつ装備している。

どうやら海軍の一部兵士も混ざっている様子で、この仮装貨客船は今日も問題なく動いていた。

 

共和国の革命の歴史は一通り学んで目を通した。

血塗られた革命と、土着の人々が成し遂げて来たかつての栄光。王政復古の後の二回目の共和革命。

苦難の道を歩いたのは誰がどう見てもそうだった。

 

「…」

 

船内で、なるべく人気のない場所を選んで歩く立川。今の身分は抵抗軍の名簿にも記載されない無名の兵士であるが、抵抗軍の制服は着て移動している。

通信兵の制服を与えられ、広義的にはヘイルダムの秘書ということになって見られている。

 

「ご苦労様です」

「どうも」

 

狭い通路で敬礼をし、そこで抵抗軍の兵士たちも敬礼で返した後に通路を歩く。

 

「…」

 

ヘイルダムの秘書として彼の後を追うことの多くなった彼女は、そこで一度もジュール・ファブールの姿を見ていないことに疑問を感じた。

かつては広間につながっていたという螺旋階段を通り、数名の抵抗軍兵士たちとも会釈をしながらその手にバインダーを持ってヘイルダムの執務室のある一等客室の場所に向かう。

 

「オードリー大尉です」

『入ってくれ』

 

三回扉の前でノックし、その後に部屋に入ると、そこでは相変わらず真っ白の軍服を着て書類整理を行なっていたヘイルダム・ルメイその人がいた。

この見た目で准将の階級章を下げており、抵抗軍の中では副司令の立場にある。

 

「頼まれていた資料です」

「ありがとう」

 

勝手に中将を名乗るジュール・ファブールの姿は、今まで一度も見たことがない。

 

「…一つ聞いても?」

「何かな?」

 

秘書として、今はこの場所に収められている自分。

変な話だが、今の自分というのは誘拐された先で、自分を高速道路に突き落とした男の秘書として衣食住を与えられている。

 

「ジュール・ファブール中将はどこに?」

 

あくまで仕事人としての声色で問うと、それに合わせるように小野寺は言う。

 

「分からない」

「分からない…?」

 

どう言うことだと疑問に思っていると、彼は言う。

 

「私自身、司令官閣下はこの移動司令部を私に預けた後、ずっと船内に篭りきりでね」

「…」

 

怪しい話だ。立川の疑念に小野寺も軽く頷いた。

 

「私でも入室が許可されていない場所がある。そこはこの船の第一船倉だ」

 

わざわざそんな細かい場所まで伝えてくるあたり、彼の考えていることは容易に想像できた。

 

「(貴方は調べるつもりなの?)」

「(いや、まだ今は行く気はないさ)」

 

目線だけで会話を成立させた二人は、その後に口を開く。

 

「そんな場所があるんですか…」

「ああ、たまに出て来てくれるんだがね。心配で仕方ないよ」

 

本音と建前とはよく言ったものだ、と軽く立川は呆れていた。




第十章『異世界人』完

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