地図を見る度に『あぁ、ここは本当に異世界なんだなぁ』とつくづく感じる。
巨大な大陸の地図だが、自分の知っているユーラシア大陸やアフリカ大陸などの見覚えのある形をした大陸は何処にも見当たらない。
「…」
だが、この世界は自分たちのいた地球と同じ武器がある。
自分たちも知っているような雰囲気の国がある。
暦の数え方と技術的な時期も似通っている。
「…」
だが、この世界にイギリスやアメリカといった大国は存在していない。
自分の知識と掛け合わせてもそれに似通っていた国はない。
本来アメリカがありそうな場所もドイツ帝国誕生前のプロイセンの頃のごとく小規模な領土が多数乱立をして小規模の紛争をし続けている状態であった。
「お客様。軽食をご用意いたしました」
「あぁ、これはどうも」
乗務員に話しかけられて彼は軽く頷くと、そこでサンドウィッチが手渡される。
ハムとパンで挟まれた簡単な軽食だが、本格的な機内食も無いのでこれが現状で最高級のものであった。というより、これは国内線なので食べる時間がほぼないのである。
「はぐっ」
これが長距離の飛行か、国際線であったならもっと豪華なコース料理だったのになぁ、と思いながらディルクはサンドウィッチを一口噛む。
現在、ディルク・フォン・ゲーリッツは機上の人間となっていた。
帝国の航空会社が運用する
この機体は軍用では哨戒機型も開発されている優秀な機体だ。
以前、
「…行けるものだな」
現在、東西戦争後に陸軍から分離・独立をした帝国空軍では四発以上の大型機として
自分は陸軍出身の人間であるので詳しい事情は知らないが、魔導演算機が全て空軍の所有となって人員含めて丸ごと持っていかれたと言うのをペッツ元帥がぐちぐちと文句を付いていた。何とか自分の部隊は手元に抑え込めたが、それ以外は丸ごと持っていかれてしまったと嘆いていた。
ただ冬の統合作戦本部の占拠事件で魔導演算機を有していた部隊が陸軍にいなかったことで初動が遅れたと言う反省から、再び魔導演算機の管轄は陸軍のものとなった。
陸軍→空軍→陸軍と、歴史的に見ても類を見ないというか…多分例外が他に生まれないであろう独特すぎる経歴を辿っている。
ここぞとばかりにペッツは空軍を詰っていたと言う噂なので、ディルクは内心『あーかわいそう!あーかわいそう!』と思っていた。
空軍も空軍でかなり無理強いを言って魔導演算機を陸軍から持っていったと言うので、そんなペッツの追求にほぼまともな反論もできなかったと言う話だ。
「はぁ…」
ディルクはそこで機内でも遠慮なく煙草を吸っている今の機内を前に時代を感じながら我慢して椅子に深く座り直してゆっくりと目を閉じた。
戦後、民間にモンキーモデルとして払い下げが行われた魔導レーダーのおかげで夜間でも航空機が安全に飛行可能になったことで航空会社が多く誕生していた。国も戦時中は機体を徴用する代わりに開業資金の援助をする法案を通したため、帝国国内では多くの航空会社が設立されていた。
「…」
ディルクはサンドウィッチを食べ終えると、そこで傍に置いてあった新聞を手に取って途中で止めていた新聞を読む。
片手には手に持てるほどの手帳サイズの地図帳を手に持っており、片手の親指で新聞と挟み込んでいた。地図帳は一般的に旅行者に売られていることが多く、こうした空を旅する観光客には売れている品であった。
無論ディルクもその地図帳を購入しており、そこに記された細かい地名などの街を見る。
彼は観光をしているのかと問われるとその点では外の景色の見えにくい通路側に座っており、尚且つ視界の遮られる胴体中央の座席に座っている。
そしてこの機体は観光を目的に飛行しているわけではない。至って普通の旅客便であった。
またディルクの持つ新聞と地図帳もそんな特別な細工が施してあるわけでもない、一般的に買えるごく普通の新聞と地図帳であった。
「全く。仕事がないのを良いことに小間使いとは…」
ディルクは軽く舌打ちをしてからこの機体が向かう先と、そこに届ける荷物を預けてきた依頼主に少々ため息を吐いた。
ディルク・フォン・ゲーリッツ陸軍中佐は異世界人、あるいは転移者の管理をペッツ陸軍元帥より極秘裏に一任されていた。
元より、ディルクは東西戦争中に共和国軍兵士の捕虜だった男。国籍も戦時中の混乱に合わせて彼の実力と自分個人への忠誠を見たペッツがほぼ完璧に近い偽の戸籍を作り上げていた。その国籍はまず簡単な調査で見抜かれる事はないと言われ、たとえバレたとしても国籍不明ということとなって逆に扱いやすい人間となる。なにせ共和国人の国籍は東西戦争中に戦死が確定しているのだから。
目下、帝国の保安局の人間が自分の事を調べているそうだが、逆にそのまま判明させて相手を混乱させるのが良いだろうとディルクは考えていた。
向こうが違法なことも含めた捜査を行い、相手が勝手に自滅をしてくれるのなら万々歳であった。
「しかし…」
戦時中より共和国内における禁術の使用の可能性を疑っていた帝国陸軍では、ペッツやコルネリウスを中心とした特別チームを策定。その後、無事の目的の異世界人の確保に成功をした。そして彼らの基本的人権と生存権を守る代わりに軍籍を与えた。
軍籍を与えられた異世界人たちは踏絵と能力を図るために帝国軍切手の精鋭部隊の監視付きでいくつか任務を熟す事となった。無論、この事実を本人たちが知る由もないが…。
「正直しくったな…」
小さくため息を吐いて彼は新聞の新しページを捲る。
戦時中と比べると随分と良くなった紙、少なくとも掴み方に慎重にならなくても良いその紙にディルクは『戦後』の一片を感じた。
戦後直後、確保した異世界人相手に自分の身分をバラしたことは正直痛手であった。
だが予想外でもあったのだ、まさか向こうが自分の顔すら覚えていないというのだから。何ヶ月も同じ教室にいたクラスメイトの顔なんて二年ほどで忘れるものなのか?
「…ああいや、忘れるか」
何事も『される方は覚えているが、した方は忘れることが多い』世の中だ。向こうがやらかしたことだって向こうは都合よく忘れてるか。
おかげで自分の仕事が増えてしまった上に、自分の存在が露呈する可能性をつくってしまった。
「臭いものには蓋をしろってか…はっ、忘れてたなぁ」
ディルクは小さく一人で溢す。
現在彼は、運輸課経由で渡されたある資料を革製のキャリーケースに入れて運んでいた。中身は統合作戦本部の重要資料であると聞いている。
それ以上深く聞いても意味がないことはディルクも、これを渡してきたデニスも分かっていた。
「(そもそもデニスが渡してくる時点で相手がなぁ…)」
色々と参謀本部で目立たない小間使いだと思われ、冬の事件の影響で哀れにもペッツと義父に目をつけられた哀れな同期に黙祷を捧げながらも、よくよく考えれば今の自分もそれに巻き込まれていると気付いて途端に自分の上司を恨みたくなった。
完全に妄想の範疇であるが、あの笑顔の裏で大体面倒なことをおっしゃる腹黒元帥の顔面を真正面から殴りたいと思った。世間一般では戦争を勝利へと導いた英雄とされているが、あの御仁とよくあってきた自分から言わせてもらうと『甘党腹黒親父』と言う診断をさせて貰いたい。
「(やれやれ、まあクラスメイト達の面倒を博士に任せようと提案したのは自分だしな…)」
ディルクは今後の動向を色々と思考していると、機内にアナウンスが入った。
「間も無く…」
「そろそろか…」
着陸の合図だとすぐに理解すると、ディルクは着陸の準備をする。
魔導研究局から呼び戻され、直接運輸課まで足を運んだディルクはデニスから有無を言わさず鞄をチケットを渡された。
チケットは首都郊外の空港から帝国の一地方に一本で飛べる航空便であった。ご丁寧なことに鉄道旅が好きなディルクのために帰りは鉄道便で帰ってこいという言付けとともに荷物を渡された。
「ご搭乗、ありがとうございました」
長い滑走路に着陸後、機体後部のドアが開いて階段がかけられると、そこで乗客たちは滑走路に降りる。
場所は帝国のとある地方空港。現在、多くが国内に整備された飛行場の中でも滑走路がコンクリートで舗装された立派なものであり、大型機もこのように離着陸できるほどの施設だった。
「…」
白い羽を挟んだ中折れ帽に羊毛のコートを羽織り、片手に手錠付きの鞄を持ってディルクは空港に足を付ける。ここまでで何処からか情報が漏れている、と言ったことも無さそうで安堵していた。
何せ異世界人五名を向こうに持って行かれた以上、何をしでかすかわかったものでは無いし、向こうは禁術を使ってくる影響で何処から情報が漏れたかわかったものでは無い。
帝国と共和国が戦後すぐだと言うのに手を取り合うほどの問題の種である彼らは、大陸中に恐怖と不安の種を撒く悪の権化であった。
「…土産屋まであるのか」
ディクルはそこで空港内の施設の充実度に軽く舌を巻きながら出店のレモネードを一つ購入。一地方の空港とはいえ、空港周辺は賑わいを見せていた。
「賑わっている」
ディルクはそう呟くと、彼は隣から話しかけられた。
「失礼、近く景色の良い川は知りませんか?」
聞いてきたのは少し若めの男だった。その質問にディルクは答える。
「さぁ?西の方に行けばあるのは無いでしょうか?」
彼は答えると男は続けて返す。
「では、案内していただけますか?」
「勿論」
ディルクはそこで男について行くと、そのまま黒塗りの車に乗せられて空港を後にした。
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