正暦一九三八年 七月
ライヒ帝国 首都ベルリン 陸軍参謀本部
その日、参謀本部では定例会議が行われ、戦況の報告や今後の作戦を考えていた。
「現在、西部戦線全体は防衛線を引き。共和国軍の出血を強いる遅滞戦術を行っております」
報告官がそう伝えると参謀本部の一人が地図を見ながら聞く。
「北部管区の方は前進していると聞いているが?」
「はっ、現在北部管区では戦線を圧迫し、戦局は比較的優位に進んでおります」
「ふむ・・・例の新型が送られた場所だな」
「その新型機の成果はどうだ?」
そう言うと報告官が戦果を伝える。
「現在、確認されている戦果は戦車八両、火砲二四門、航空機三機撃墜であります」
「ほう・・・」
「勲章ものですな」
報告を聞いた将官達は興味深く結果を聞いた。
「あの三七式魔導演算機は大きな活躍をしている様ですな。コルネリウス中将」
「ええ、自慢の息子ですよ」
「勇猛果敢に戦場に突撃し、戦線を押し込む。前線では『黒い天使』なんて言われている様ですな」
「いやはや羨ましい限りです」
ここにいる将官達は知っていた。彼がいかに優秀で、最も
思い出すのは去年の事。あの時は彼は一般の帝国軍歩兵として前線で重傷を負い、後方で怪我を癒している時。あの画期的な論文を書いた。
『戦争の規格化』
そう銘打たれた論文は参謀本部に衝撃を齎した。全ての兵器を同じ物に統一することで単一辺りの価格を下げ、砲弾も統一化する事で価格を低下させる。財務大臣や会計参謀が泣いて喜んだこの論文は現在、前線で早速結果が出ていた。
恐ろしい密度の弾幕が塹壕に直撃し、混ぜ込んだ魔法砲弾で塹壕を地面から根こそぎ吹き飛ばした。迫撃砲も口径を統一したおかげで変わらない予算なのに弾薬の供給量が増えていた。補給将校からも管理がしやすいと喜ばれ、整備班などもいちいち部品毎に工具や整備方法を覚えなくていいので喜ばれていた。
「ディルク少尉はまもなく大尉に昇格する。その時に勲章も渡すとしよう」
「それが妥当でしょうな」
「私としては柏葉付きでも宜しいと思っていたのですがね」
参謀本部ではそんな話がされていると、ある参謀が聞いた。
「それで、例の新型戦車はどうなっている?」
「はっ、試作段階には終わりました。・・・ですがやはりエンジンの開発に遅れが出ているそうです」
その報告に将官達は渋い表情を浮かべる。ディルクが提唱する電撃戦に必要な戦車の諸元を見た時は驚愕してしまった。何せ、重戦車級の重さの戦車を時速六〇キロで走れる様にしろと言う半分無茶に聞こえる物だった。おまけにエンジンは相互性を持たせるために重戦車用にも作れる様にしろ?なんて考えだ。
想像の「そ」もしていなかった斬新な考えにその時の将官達はポンを手を当てていたが、現実はやはり遅れが出た。
「どうする?改造前のⅣ号戦車のエンジンを代替で載せるか?」
「それもやったが、車体が重すぎて時速一〇キロが限界だそうだ」
それでは遅すぎるのは全員が理解した。そしてまた一人が問いかける。
「エンジンの開発はどのくらいで完了するのだ?」
「最短でも後三ヶ月。長ければ半年だそうだ」
技術課を纏めている企画参謀が答えると作戦参謀が机に拳を置いて叫ぶ。
「それまでに共和国の大攻勢があったらどうする!?」
「そこは問題ないだろう。共和国の情報を集めているが人や物資の移動も確認されていない」
「しかしだな・・・」
情報参謀の報告などを聞き会議は困窮する。数ヶ月前から実しやかに囁かれている共和国が戦争を終わらせるために行う一大軍事行動。戦意が高まっている今、攻勢をかけられれば苦戦することは間違いない。互いに意見を言い合っている中、ペッツが口を開いた。
「確かに共和国の大攻勢は脅威だが。攻勢をかけるにも準備が必要。事前に察知できる。心配なかろう・・・それに私はこの塹壕戦である提案が浮かんだ」
そう言うと将官達は一気に静まり返った。参謀総長の提案を聞く為に。すると総長はコルネリウスを一旦見ると数日前に二人で話して思い浮かんだある提案をした。
「諸君らも知っておる通り、ディルク少尉は華々しい戦果を上げつつある。そしてその前は三七式魔導演算機の実験を成功させた。現在魔導研究局はかの三七式魔導演算機を量産性に優れた廉価版を製作中だ。報告によれば後二ヶ月もすれば生産が開始されると言う」
元々、三七式魔導演算機は一品物の成功品だ。少なくとも量産性度外視のこの機械は大量生産しよう物なら財政が圧迫する事間違いなし。他の部門の予算を削らないといけない。そこで成功品の三七式魔導演算機のデータを元に廉価版を制作し、配備する事を既に決めていた。
「そこで私とコルネリウスの両名でこの魔導演算機を使用した新たな部隊を設立しようと考えているのだ」
「なんと!」
「新部隊ですか」
「それはつまり飛行可能な魔法兵を主体とした部隊でありますか?」
「そう言う事だ」
ペックの提案に将官達に質疑応答をするとある一人の参謀が聞く。
「閣下、その新部隊の提案でありますが・・・一体誰を任命するのですか?」
その問いにペッツはやや自身ありげに答える。
「私は・・・ディルク・フォン・ゲーリッツ少尉をこの部隊に任官しようと考えている」
そう言うと今度こそ将官達は驚いた声をした。ディルクの階級は少尉。それも士官学校を出たばかりの新人。そんな彼に指揮官をさせても大丈夫なのか?と思っているとペッツはその訳を話す。
「ディルク少尉は帝国にとって有益な存在、卓越した頭脳を持ち、着実に戦果を上げてきている。事実、彼の上官から彼の昇進願が届けられている程だ。
君達も知っている様に、ディルク少尉は三七式魔導演算機の唯一の使用者だ。いわば全てを切る名刀。その名刀を錆びさせるつもりかね?
だったら彼の能力を最大限活かそうではないか。幸いにも彼は指揮官としての才能を持ち合わせている。これほど新部隊にピッタリな人材もおらんだろう。反論はあるかね?」
その話に全員が頷いていた。
「ゴホッ!ゴホッ!」
「おいおい、風邪か?」
最前線でむせているディルクに、デニスは思わず彼から距離を取る。ここは西部戦線北部管区の後方。ここ最近の連勤から解放され、ようやく一息付けていた。魔力切れを起こしかけている自分だが、先ほど薬剤を飲んだので問題ない。今日の食事であるじゃがいものスープを飲みながらディルクは空を眺める。
「綺麗だ」
「本当だな」
空に浮かぶ星を見て思わずそう呟く。今日も今日とて前進する前線兵士のために戦線を走り回り、歩兵に随伴して塹壕戦を生き残っていた。
魔法兵のする事は本当に多様で、最前線で分厚い障壁魔法を展開して機関銃弾や、小銃弾を防いで歩兵の突撃を支援したり、魔法弾を用いて掩蔽壕の制圧。戦闘後の後続部隊が来るまで橋頭堡の確保。前に言ったこと以外にも仕事はあったのだ。共和国兵として戦っていた時の仕事はほんの一部でしかないんだと・・・
本来魔法兵と言うのはこう言う事を指すんだろう。新米だった自分に生き方を教えてくれてありがとうございます。軍曹・・・
昔の記憶を思い出しながら俺はスープを飲むと遠くから砲声が聞こえる。
「あー、あそこは第一三〇砲兵隊の辺りだな」
「じゃあ、俺たちの仕事はないな」
「勘弁してくれよ。こっちは一週間前線だったんだ。俺ももう少しで陸軍大学に行けるって言うのによ」
そう、士官学校を卒業し、一定以上の戦役を潜り抜けたものには陸軍大学への進学ができる権利が与えられる。自分は参謀総長から陸軍大学の免除がすでに確定されているので俺もこの戦役を終えたらすぐに中尉だ。聞けばデニスは内地の方で仕事をしたいらしい。
「だったら俺が父に頼んで配置してもらおうか?」
「いやぁ、それもいいかなって思ったけどよ。そうなると色々とやっかみ受けそうじゃん?だったら実力で行こうかなって・・・」
「なるほど・・・」
「できれば運輸課か、通信課がいいなぁ・・・」
デニスの呟きも半分に、俺は食事を終えると三七式魔導演算機を整備する為に皿を片付けると自分に割り当てられたテントに入った。
三七式魔導演算機のフルメンテは後方でなければ無理だが、通常の整備は俺もマニュアルを覚えさせられた。
機械の中から感応石板を全部抜くと中身を開けて整備をしていた。
整備をする事。十分ほど、日々のメンテは大事なので入念に行なっていると俺は声をかけられた。
「ディルク少尉」
「はっ!」
「君に渡す物が届いている。来たまえ」
「はっ!」
こんな時間に電報とは・・・義姉のいつもの電報だろうかと思いながら俺はテントを出て隊長用の通信機のあるテントに向かう。テントに入るとそこで俺は大尉から紙箱と共に紙を渡される。
「これは・・・」
「おめでとう。君の活躍を参謀本部は認めて君にこれを渡す事を決めたそうだ」
そう言い、紙箱を開けると中には一級鉄十字章と二級鉄十字章が入っていた。俺は箱をそっとしまうと大尉は俺に不満げな表情を浮かべながら言った。
「やれやれ、私としては騎士鉄十字章を授けたい気分なんだがね」
「大尉殿、それではこの戦争に参加したすべての者が騎士鉄十字章を受ける事になります」
そういうと大尉は笑いながら俺の肩を叩くと言った。
「はっはっはっ!何をいうかね。君は既に戦車を八両撃破。おまけにこの一週間でさらに砲撃陣地を二つも撃破した。味方の前進に寄与し、航空機まで墜したのだぞ?これだけ戦果をあげれば、私だったら騎士鉄十字章を推薦する」
「お褒めに預かり光栄です。ですがそれはあの新型演算機あってのことであります」
「いやぁ、私には到底使えんよ。やはり小銃に魔力を注いで発射するのに慣れてしまっている。それに姿勢制御なんて私には無理だ。慣性操作術式を使いこなせる気がしない」
そういうと大尉はテントからゴソゴソと何かを取り出した。取り出したものを見て俺は思わず驚いてしまった。
「大尉殿・・・それは・・・」
「私の好きな銘柄だ。私からの騎士鉄十字章だと思ってくれ」
そう言い赤ワインを取り出した大尉は同じ様に出したグラスにワインを注ぐと俺に差し出した。人生初酒に俺は少々ビビるも、この国で酒が飲めるのは十六歳から。つまり俺は酒すら飲まない未熟者ということになる。ここで断っても大尉の気を悪くしてしまう。だから俺は渡されたグラスを持つと、グラスを傾けて中の赤ワインを口に入れる。
「ーーおぉ、これは・・・」
初めてワインを飲んだ感想と言うと、とても美味かった。香りが良く、葡萄の香りとワインのアルコールの味が整っており、不味さもなく、濃厚だった。
一口飲んだ後、大尉が俺の表情を見て満足そうに言った。
「どうだ?美味いだろう?」
「はい・・・とても味わい深くて。濃厚で、香りも良いですね」
「だろう?私のお気に入りだ。たまにしか飲まないが、良いワインなんだ。これでも開けてから二、三ヶ月はたっているんだが風味が落ちないんだ」
「すごいですね」
「ああ、まさに戦場にはうってつけの一本だ」
そういうと俺は初めて飲んだワインの美味さに驚きつつ、大尉の自慢のワインを堪能していた。
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