正暦一九三八年 一〇月
帝国領北部 アルプン山脈
標高三千メートル級の山々が連なるこの山脈は極寒の地としても有名だ。おまけに山頂から吹く風は時に台風並みの暴風となる。吹雪いた暁には視界が真っ白になり、前が何も見えなくなる。
山の麓は避暑地として人気だが、山頂は極寒地獄だ。
そんな山脈の中で、行軍する黒い影が幾つもあった。
「ゼェ・・・ゼェ・・・」
「はぁ・・・はぁ・・・」
肺も凍てつく寒さの中、必死に行軍するのは帝国軍の兵士だった。その上空では一人の青年が降下猟兵の軍服を着ていた。文字通り死にかけている兵士達を見ながら大尉の階級章を付けた軍人は叫ぶ。
「モタモタするな!倒れたらそこでリタイア判定だ!」
何せ現在行なっているのは訓練の一環だ。酸素が薄いこの場所で、摂氏マイナスの環境下で、山肌を歩く兵士たちは文字通り息絶え絶えだった。行軍する兵士達は演算機も使用せずにここまで総重量六〇キロの荷物を抱えて歩いていた。
「ゴホッ・・・黒い天使は何時間飛び続けているんだ?」
「魔力が底無しだ」
「少なくとも着陸しているのを見た事がない」
「いや、着陸はしていたぞ。リタイアが出た時はな」
下でそう呟く兵士達は降下猟兵ではなく、一般的な歩兵の野戦服を着て雪山を歩いていた。そう、防寒装備も何も無しでこの山を歩いていたのだ。寒さに耐えるだけで体温を持って行かれ、地獄の様な行軍をしていた。対して降下猟兵の野戦服は分厚く、暖かそうな格好をしていた。しかし、そこに文句を言うものはどこにもいなかった。
一般的に魔力消費は魔力以外にも精神的集中が必要な為、ただ歩くよりも疲労が溜まりやすい。しかし、目の前にいる大尉はリタイア者が出た時に一瞬だけ着陸し、後ろの後続にリタイア者を送り届け、トンボ帰りで戻ってくる。それを丸一日続けていた。一般の魔法兵は魔力切れの時の激しい頭痛を恐れて魔力使用は控える性質にある。しかし、目の前の大尉は頭痛を知らないかの様に平然と丸一日姿勢制御をしながら自分達を見て叫び続け、時には行軍の妨害をして来た。
自分達も新型演算機を背負っているが一度も姿勢制御の訓練をされていない。それどころか演算機を受け取った瞬間に自分達はこの山に連れて来させられた。
「さぁ、次の工程に行くとしよう。諸君、俺をガッカリさせる様な結末を見せるなよ」
その瞬間、自分たちの頭上にある雪目掛けて爆発魔法が放たれる。直後に、割れた雪が雪崩となってこちらに流れてくる。
「しょ、障壁魔法!!」
「や、やべぇ!!」
咄嗟に演算機の力を借り、紫色の透明な壁を目の前に作る。圧力を逃すために半円型にし、雪崩から身を守る。凄まじい轟音と共に雪の大群が雪崩れ込んでくる。今まで一睡もせず、行軍し続けていたので集中力も欠けて来ていた。だから・・・
「しまった・・・!!」
一人だけ、障壁魔法の展開に失敗した者がいた。咄嗟に自分は展開し忘れた兵士を見たが、雪崩の速度的に間に合わない。思わず目を閉じてしまうと上から影が降りて来て、障壁魔法を展開できなかった兵士の前に立ち、目の前に紫色の・・・自分達とは比べ物にならないくらい分厚い障壁を作り出していた。
「何をしている。このノロマ!自殺願望者か?!」
「も、申し訳ありません」
すごい、ほぼずっと飛んでいるのに疲れすら感じさせず、その上自分達よりも分厚い障壁魔法を展開するこれからの上官に自分達は改めて力量差を感じていた。
時は遡り、二週間ほど前。俺は大尉の階級となり、義父や参謀総長の提案する新部隊の編成の為に義姉に手伝ってもらいながら書類仕事を片付けていた。聞けば二人の提案する降下猟兵部隊は帝国陸軍参謀本部直轄の肝入り部隊だそうだ。なんでも参謀部の指示で自由に動かすことにできる部隊は前々から欲しかった様で、共和国に悟られない様にするために降下猟兵部隊の末尾に加えられる様だ。
部隊名『第五〇〇陸軍降下猟兵大隊』最も新しい降下猟兵部隊であり、参謀本部直轄の特別な部隊だ。構成は三個中隊で構成される極一般的な帝国軍の大隊編成だ。しかし、中身は今までのものとは全く違う。
《三八式魔導演算機》
俺の使う三七式魔導演算機を元に開発した廉価版だ。現在、この新しい陸軍降下猟兵大隊に配備が進んでいる新しい魔導演算機だ。ちなみに採用されたのは今年だが、三七式魔導演算機と混合する為一年ずらして命名していた。
外見状の特徴としては感応石板の取り付け場所が五箇所から三箇所に減らされ、背中のノズルが一本だけな事だろう。加速力、上昇力共に三七式に比べると下がっているが、その代わり魔力使用量が少なくなっている。
この大隊には隊員全員に三八式魔導演算機が配られ、飛行可能な魔法兵部隊が完成した。
隊員達の選別は基本的に西部戦線、及び徴用兵の中でも帝国への忠誠心。及び魔力量や頭脳などから選抜されていた。
そして、選抜された面々をさらに選りすぐる為、参謀本部からの命令で隊員達を扱き上げていた。
「君達の活躍に期待しているよ」
参謀総長にそう言われてしまっては気持ちが昂るのも当たり前。俺はいつもより緊張しつつも、興奮した気持ちで隊員達を締めていた。
選抜隊員一〇〇名の内、大隊になれる人数はおよそ五〇名。つまりこのなかから半分を落とさなければならない。
その為に落とす為の訓練をしていた。魔導演算機は指向性、魔法を使うと機械が作動してしまう為。魔法制限をかけることができる。そしてそれを背負わせて山を登らせる。もちろん他に必要なものも全部持たせてだ。途中で倒れたり自己申請でリタイア者を出させ、現在残っているのは五九名。思っていたよりも残ったと言うべきだろう。山登りの途中で時々妨害を入れ、半分ほど来たところで魔法使用を解禁させるが、最低限のみ。妨害の回数を増やして魔力使用を強制させ、節約させる様にしていた。流石に死人を出すわけには行かないので死にそうになった場合はケアをするがそれ以外は基本的に自己の判断で動かせる様にしていた。
正暦一九三八年一〇月一〇日
ライヒ帝国 ノルデア山脈 八合目付近
訓練も終わりを迎えつつある中、残った隊員達はこの場所にテントを建てて、その中で暖を取っていた。
「今日、これで何人落とされた?」
「四人だな・・・初日一八人、二日目で十六人、昨日で三人だ」
「えーっと、残り何人だ?」
「ちょっと待ってろ。計算する」
疲労や寒さ、酸素が薄いお陰で簡単な引き算すらできていない。隊員達は満身創痍と言っても過言ではないだろう。薄れる意識の中、計算を終えると一人が呟く。
「あと、五九人だ」
「じゃあ、後九人落とされるまでこの行軍は続くのか・・・」
この地獄のごとき演習が始まる前、ディルク大尉が言っていた事だ。
「この訓練は君たちを合格させるための訓練ではない!落とすための訓練だ!
私は貴様等を殺しにかかる敵兵だ!
貴様等は銃を撃てない敗残兵だ!
この行軍で生き残ることだけを考えるように」
小童が何を言うかとその時は舐めていた。その時、俺たちは数少ない演習弾の入った数クリップと帝国製半自動小銃だけを渡され、山登りをさせられた。新型機だと言うのにその訓練すらさせてもらえず、空中で飛ぶ大尉を見ながら言われた通りに登山ルートを歩いていた。
しかし、行軍は初っ端から地獄絵図だった。
降り続く魔法弾の雨、落石、雪崩に足場が悪い中での接近戦。
大尉に体術で勝った者を見ていない。突然上空から急襲し、足場の悪い中をゴムナイフで切り付ける。中には疲労が祟って山道から足を滑らせて滑落していく者もいた。そう言った者は大尉が飛んできて掴み、隊列に投げ飛ばされる。え?銃はどうしたかって?登山ルートが狭くて振り回せないんだよ。実質ただの棒とかしている。銃が使えるのは幅が広いテントを張る場所でしか撃てないよ。
階級がどうであれ皆同じ訓練をさせられていた。しかも、夜になっても訓練は終わらず。夜襲を受けたこともしばしば。ほんと、いつ寝ているんだろうか。あの若い大尉は・・・
そんな魔法禁止令は山道の半分を来たところでようやく解除された。姿勢制御の訓練はもちろんさせて貰えなかったが、魔法が使えると言うだけでどれほど救われたか・・・
と、思っていたその時の自分が恥ずかしい。
魔法解禁の翌日からの訓練はさらに厳しくなった。夜まで永遠と続く魔法弾での攻撃に、石も紛れた雪崩。ここの山脈特有の暴風にさらされながら六〇キロの荷物を持っての行軍。崖ギリギリの道を歩きながら襲撃に怯える日々。恐怖と命の危機を感じて自主的にリタイアをする者。ここまでの出来事を起こしながらも死者が出ていないのは流石と言えたところだろう。
そして今日も夜襲に怯えながら数少ない食事と共に寝れない夜を過ごすのだった。
翌日、朝に起こされた自分達は大尉から次なる指令を受ける。
「今日まで生き残った諸君。今日から訓練内容を変更する」
すると大尉はこう仰った。
「諸君等は今日から隊を組んで山頂まで来て貰う」
そう言うと大尉殿は生き残った我々を五人一組。合計11組を組むと時間内までに山頂に姿を現すように指示を出された。一組だけ四人だが、それ以外は全て五人編成だった。
それと、魔導演算機を外された。持っているのは新たに渡された食料と武器とチームリーダーに渡される無線機だけ。これで魔法を使うにも媒介を必要とし、魔法弾を使用せざるを得ない。つまり、魔法弾の数だけしか魔法を放てないと言うことだ。今までは己の魔力量で魔法を使えたが、これからは魔法の使用頻度すら考えなければならないと言うことだ。
すでにボロボロの自分がここまで考えられただけで合格点だったと思いたい。
何せ満足に寝れずに五日が経った。判断力や思考力を落ちているのは当たり前。それなのにどんどん縛られていく条件。この行軍はまさに
「ここから期日までに山頂に辿り着ければ合格だ。それまで自由に山頂を目指してくれ。どこで休憩を取ってもらっても構わないし、どこで寝ていてもらっても構わない。
ああ但し、山頂までの道のりでも襲撃はいつも通り行う。君達が山頂からの景色を眺められることを祈っているよ」
そう言い残すと大尉殿はいつも通り何処かに飛んでいってしまった。
半ば絶望する様に俺たちはテントを片付けて山頂までの道を目指した。
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