『スパイは商人である。
売る物が国家の情報なだけであり、やる事は基本的に変わらないのだ。
交渉に失敗すれば絞首刑にされ、成功すれば莫大な金が入る。言ってしまえば会社員に過ぎないのだ』
エレニカ技師が俺に言った諜報員としての心構えである。まさかこの世界で同じようなことを聞くことになるとは……
どうも、現在共和国国防省の資料室で情報を頂いているディルク…いや、ヴァリであります。
現在自分はフランク共和国に輝……白い悪魔に関する情報を収集しています。
元々第三国であり、永世中立国家である教国から共和国が禁忌魔法を使用した疑いがあるという事でまだ証拠が無く、追及ができない状況。そこで教国は既に調査団を編成して調査を行ったそうだが、大した結果はなかった様だ。
そこで帝国はある程度当たりをつけ、白い悪魔と呼称する兵士の調査をする為に、マーチバルの悲劇の生き残り*1であるディルクを派遣していた。派遣時に、部隊を大尉に任せると、他の隊員達が心底ほっとした様子を見せていたのは見なかった事にしておこう……帰ったら如何してやろうか……
共和国に入るまでの過程として、まず帝国南東部の小さな新興国家、マチャ共和国を経由。教国を通過して共和国に入った。表向きはマチャ共和国の田舎の農村からの移民であり、国防省の募集要項に釣られたことになっている。名前はヴァリ・オートランドである。
現在、共和国や帝国では人員不足が徐々に深刻化しており、こうやって他国から人をかき集めていたのだ。その中の一人に自分が含まれていた。
厳密な検査をされた後、自分は国防省の戸籍管理部門に配属される事になった。他国から人を掻き入れてまでも国の重要機関に移民を配置するかと考えながら、運が良かったと思って仕事をしていた。
初めは新人で慣れないということから部長が色々と教えてくれて、そこで学んだ事をこなしていたが、慣れないからと言って残業をしていた。
残業を毎日繰り返していると次第に部長は自分に鍵を預ける様になった。あの人も妻子持ちだ。早く家に帰りたいのだろう。真剣に仕事に打ち込む姿を見て部長も信頼を置いてくれたようだった。酒の誘いも断らず、人当たりも良かったことから他の職員からの顔覚えは良かった。
鍵を預かるようになってから本格的に動くようになった。元々、戸籍管理部門は戦没者の名前の照会や戸籍消去をする場所な為、兵務局や作戦局より監視の目は段違いに緩かった。膨大な戸籍情報を管理し、毎日のようにやってくる募集兵の管理に戦没者の資料集め。名前と住所の称号の為に資料室の鍵は基本的に開けっ放しだった。最後に鍵を閉めるのは本来は部長の仕事だが、残業でいつも遅い自分を待っていられないので鍵を預ける様になった。
夜中に守衛に鍵を返しても文句も言われないので、ここ最近はずっと0時くらいまでずっと輝の情報を探していた。
正直これで見つかる気はほぼしないのだが……
自分がエリク・ピエールと言う偽名をもらったと言うことはおそらく輝達も偽名を貰っている筈。ならば、募集兵の中にある筈だと輝達が入隊したであろう時期の募集兵の資料がある場所を重点的に見ていた。
「(配属先は恐らく砲兵隊……。輝の適性から見て隊長を務める筈だ。砲兵隊隊長を務めるには階級は大尉か少佐ほどが必要だ。大尉に昇格した者は……)」
パタパタと勢い良く紙を捲り、経歴がある者を見つけて絞り込んで行く。大尉や少佐の経歴のある者は記憶して紙に全てを書き写す。現状、候補者は何千人。ここから更に絞り込みをして輝の偽名を探す必要がある。気が遠くなる様な作業だが、苦ではなかった。
ーーカチッ……カチッ
次に持っていた小型カメラを持ってシャッターを切り、後で現像するのだ。
数時間後
今日も調査を終え、職場を後にする。資料室の鍵を返して、借りたアパートまで歩き出す。
何年も続く戦争の影響はルテティアにも現れていた。
徴兵による人材不足から他国からの移民を大量に受け入れて生産力の確保を行い、街頭には戦時国債購入の広告が貼られていた。
「何処も限界か……」
ふと帰り際に呟く。何処に行っても同じ様な光景なのだと、感じざるを得ない。帝都でも国債を買わなければ非国民扱いをされ、買うことを強制される。そしてその戦時国債を買うのは今や周辺国家まで広がっていた。
共和国と帝国の不毛な戦争に、他国は介入しようとしなかった。いや、正確には戦争序盤は参戦しようとしたのだ。しかし、戦場を訪れた観戦武官がその地獄を見て非干渉の立場を取ったのだ。おかげで周辺国は兵を派遣する事なく二国間で戦争をする事になってしまった。
「まぁ、その方が良いかもしれんな…」
この世界はまだ世界大戦を経験していない。大勢の人が死に、世界中を戦火に巻き込んだ大戦争をこの世界は経験していない。
それはある意味でいい事なのかもしれない。この大陸にある数多の国家の中で帝国と共和国はいわゆる大国という分類に入る経済規模を有している。
現在、この戦争は総力戦に移行していると言えるだろう。言ってしまえば我慢勝負である。どっちの国が倒れるまで戦争を続けられるのかと言う……我慢勝負なのだ。終わりの見えない戦争に、切り札を打つための準備は着々と進んでいる。恐らくその前に自分は帰還する事になるだろう。そんな事を思いながら俺はアパートの扉に手を掛けた。
数日後、長めの休暇を貰った俺は共和国の海岸線を車で走っていた。近くの駅まで向かった後。近くに車貸し店があったので、そこで車を借りたのだ。
理由は簡単、俺がこの世界に召喚された時に一時的に住んでいた建物を探すためだ。
車窓の景色は覚えていたので、その記憶を頼りに道を探していた。
「ここか……」
一本の畦道を見つけ、俺は離れた小高い崖上で車を止め、望遠鏡を取り出す。
視線の先にある灯台のある煉瓦作りの建物、見える範囲で何があるのかを確認していた。
「灯は付いていないか……」
真っ暗で、建物の中を見ると暫く使われていないことを暗示していた。場所は記録したし、後は不動産やらに照会をかければいい。これ以上首を突っ込んで拘束される訳にも行かないので、俺は車をそのまま走らせて行った。
帰る途中、俺は調査で気になった事を思い出す。
「ジュール・ファーブルは一体何処に行ったんだ?」
そう、俺たちを呼び出した張本人。ジュール・ファーブルの名前が調べても出て来なかったのだ。
いや、正確に言うと死亡した事になっていた。と言う方が正しい。将官の情報を調べている中、ついでにジュール・ファーブルについて戸籍情報を調べたのだ。すると二年前に死んでいる事になっていたのだ。
「あの体格や年齢的に死亡したとは考え難い……しかし、急死した可能性もあるか……」
そんな風に考えながら俺は車を走らせて休暇を満喫していた。元々移民と言うこともあって戦争に参加する事は出来ないが、俺の今の仕事場は国防省人事部戸籍管理課である。輝を探し出すまで俺は足を止めない。
現在、輝……《白い悪魔》と思わしき人物は共和国にある帝国御用達の店に頼み。所属と名前を伝え、照会をかけてもらっている最中だ。
結果が出るのは早くても一週間後、それまでは真面目に仕事をこなして行こうと思う。
「さて……骨が折れそうだ……」
そう呟くと俺は車を走らせ、帰って行った。
それからというもの、三月に入ったが進展は無かった。理由としては候補者全てが白い悪魔では無かったからだ。裏付けも取れている。
「候補者は全て白か……」
では、もっと捜索の幅を広げてみるかと思いつつ、廊下を歩いているとふとあることが思い浮かんだ。
そう言えば自分はどうなっているんだ?
自分の第二の名前、エリク・ピエールはどこから持って来たのだろうか。
死亡している事になっているはずだから、まだ記録には残っているはずだ。もしかするとそこから辿れば輝を見つけられるかもしれない。
「やってみる価値はあるか……」
そう呟くとヴァリは来た道を戻るとそのまま死亡者記録保管室に向かった。
保管室に入った俺は過去の自分の名前を探し出す。エリク・ピエールと言うありきたりな名前だがら所属していた部隊を元に探し出す。
「第七師団隷下第12歩兵旅団第43歩兵連隊第8大隊所属……
コードル小隊」
あぁ、懐かしい響きだ。もうあれから二年以上経つだろうか。
あの時の戦場は今でも思い出せる。
思わず溢れそうになる涙を堪えながら俺はその人物の経歴を辿る。
「エリク・ピエール…共和国の田舎生まれの一九歳の志願兵……」
どうやらカバーストーリーはきっちり作られているようだ。
読んでいて違和感がない。ただ一つを除いて……
「(魔法兵の記述がないだと?誰かと間違えたわけでもないし……)」
そう、この資料には魔法兵ではなく通常の歩兵として記録されていたのだ。どう言うことだろうかと思いつつ、俺はその資料を記憶する。
流石にこれはカメラには収められないので自分の脳内に記録をしておくとそのまま部屋を出る。
自分が魔法兵に登録されていなかった事実に疑問に思うも、よくよく考えてみると納得がいった。
そもそも転移術式は禁術使ってはならない魔法であり、教国の調査でばれなかったのだ。何かしらの証拠隠滅を図っているはずだから魔法兵の記述が無いのもその一環だろう。
「はぁ…厄介なことを……」
気持ちはわかるからアレだが、面倒にしやがってと内心で愚痴を吐きながら保管室を出るとそのまま自分の仕事場に戻っていく。
通路を今日も山のようにやってくる戦死者の個人情報を抱えていると、不意に誰かとぶつかってしまったようだ。
それほどの衝撃でも無かったので書類を落とすようなことをは無かったが、思わずぶつかって来た人に声をかけた。
「あっ、申し訳ありません」
すると相手も同じように声をかけて来た。
「だ、大丈夫ですか?」
ぶつかって来たのは女性のようで、ブラウンヘアの短髪で、自分より少し低いほどの身長だった。
謝罪しながら顔を上げたその女性の顔を見て、俺は一瞬だけギョッとなってしまった。そして、その女性も俺の顔を見て驚いた様な顔をしていた。
「(は、蓮子……?!)」
「え…茂くん……?」
そこには二年前よりも大人びた姿の同級生、小山蓮子がいた。
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