ここは一般的に神界と呼ばれる場所。人の感覚知能では認識することすらも不可能とされる場所。異次元空間に存在するのかも良くわからない極めて曖昧な場所だ。
そんな場所の一角では、巫女服に身を包んだ天照大御神が銅鏡を手に持って少し愉快げに見ていた。
銅鏡にはメトロに蓮子と共に乗り込む茂の姿が映されていた。
「……」
その映像を眺めていると横から声がかけられる。
「何しているのだ?」
そこには三叉槍と盾を手に持ち、頭に兜を被った女性がそんな天照大御神に話しかけていた。
「これを見ているのよ、ブリタニア」
そう言い、天照大御神はブリタニアに銅に映る映像を見せる。するとブリタニアは興味深く映像を見ていた。正確に言うと茂の方を……
「此奴は?」
「前に私の加護を授けた者」
「なるほど…神託を授けた者か……」
ブリタニアがそう呟くと、天照大御神は映像を見ながら腰をかける。
「もう少しお手伝いをしてあげましょうか……」
そう呟き、天照大御神はさぞ愉快げな笑みを浮かべながら銅鏡に映る二人を見ていた。
そんな天照大御神を見て何をするのだろうかと、興味深くなるブリタニアであった……
その日、ヴァリはルテティア市内のワイン店に足を運んでいた。
現在の任務を切り上げるまで残り三週間。それまでに調べる必要がある輝に関する情報と転移魔法に関する情報。時間が圧倒的に足りないの一言だが、前者に関しては大きな進展があった。
彼の近くにいるであろう人物との接触だ。帝国名称『白い悪魔』は不定期的な連絡によると現在は南部戦域にてその存在が確認できているとの事。相変わらず前進後退を続けている戦線だが、義父からの直での連絡がこの前あった。
『貴官に期日まで共和国での調査を命ずる。戦線は膠着。目立った戦闘起こらず静寂そのものである』
何でもここ数ヶ月中部戦域と北部戦域は目立った戦闘が起こっていないそうだ。死者も出ておらず、奇妙な静粛が戦場を覆っているらしい。
参謀本部は共和国の大攻勢を警戒しながらも、この機に乗じて部隊再編を行っているそうだ。
コンラート大尉から手紙で部隊は損失なくやって行けてるとの連絡もあり、もうこれ自分要らないんじゃないかと思っていた。あぁ、早く帰りたい……
そんな事を考えながら店の扉を開け、中に入ると。ヴァリは店主に聞いた。
「店主、御目当てラントヴァインが入ったって?」
ラントヴァインというのは所謂帝国の地酒である。俺はシコルスキー大佐から貰ったあの一杯のワインが忘れられず、ルテティアに入った時に真っ先に取り寄せをお願いしたワインだった。銘柄はダイヤモンドリリーという物だ。
俺が店主に聞くと、頷きながら台の上に一本のワインボトルを置いた。
「ほらよ、お前さんの御目当てはこれなんだろ?」
そう言い、ラベルにネリネの花のイラストがあしらわれたボトルを置いた。俺は店主に勘定を聞き、その分のフランを出して袋に入れられる時。店主に言われてしまった。
「お前さん、これを注文なんてなかなか通な奴だ。……誰かに聞いたのか?」
「ええ、前の上司がうまいと言って持ってきたんです」
「ほぅ……ならそいつぁワインを良く知ってる奴だな」
そう言うと、店主はこのワインの話をし出した。
「このワインは帝国と共和国の国境で作られたブドウで作られたワインだ。
あそこは元々鉄分が多い土壌な上にちょくちょく戦闘が起こっていた影響で地面に滴り落ちた血の鉄分がそのままブドウにも混ざっているんだ。
その影響で混ざった酸素が含まれている高い鉄分に吸い込まれてそのまま酸化が止まる。これがまた酸化した後が一番うまいんだ」
聞けば、どうやら店主もこのワインの旨さを知っていたようで、熱く語っていた。
「まっ、そんな訳でコイツの別名は『戦争のワイン』やら『吸血ワイン』なんて言われている。その名前の影響で全く売れねぇんだ……残念なことにな。それに、常温で飲むのが一番うまいし、鉄分が多いからまさに貧血女性にうってつけのワインなのさ。……ほいよ」
ワインの説明をしてくれながら、やや小太りの店主は俺に梱包したボトルを渡した。俺はワインの説明に感謝すると共に代金を置いて店を後にした。
帝国製だった事もあってやや高くついたが、それでも嬉しくなってしまう。
「今日は何をお供にしようか…やはりさっぱりとした料理が良いか……」
今日の夕食のメニューを考えながら街を歩いているとそこで不意に思わぬ人物と出くわした。
「あれ、カセリーヌさん?」
視界の遠くに映る一人の女性……そう小山蓮子ことカセリーヌ・モンローがこちらに向かって歩いて来ていた。
「そういやぁ結局あの後会っていなかったな……」
声をかけるべきか否かを迷っているとカセリーヌが俺に気づいた様で、真っ直ぐこちらに近づいて来た。ただ、その足取りは少し重くも感じるが……
戦時中の影響なのか、街を歩く人の数はやや少なく。街灯や壁には募兵ポスターが貼られている中、俺はカセリーヌと挨拶をする。
「どうも、一週間ぶりですね」
「あ、どうも……オートランドさん」
短く挨拶を済ませた俺はカセリーヌさんに聞かれる。
「今日はどうなさったので?」
「あぁ、自分の頼んでいたワインが届いたので、取りに来たんです」
そう言いながら先ほど買ったワインを見せるとカセリーヌはやや驚いた様子を見せるも、相手は二〇歳なのだから問題ないのかと納得していた。
まぁ、本当は一九歳なんだけどな。帝国と共和国じゃあ一六から酒が飲めるし、うまい酒は子供が飲んでもうまいんだ。高い食材がうまいのと同じ様に……
「わぁ、綺麗なラベルですね」
そう言い、カセリーヌはボトルに貼られた花を見てそう呟くと、思わず俺も答えてしまう。
「このワインはダイヤモンドリリーという銘柄なんですけどね。まぁ、たまらなく味が良いんですよ」
「へぇ、そうなんですね〜」
是非ともこの味は体験してほしいと思いながら俺はカセリーヌと共に街を歩くと、カセリーヌに聞いた。
「カセリーヌさんは如何してここへ?」
「あぁ、気分転換です。家でずっと横になっているのも暇ですから」
「なるほど……」
どうやらカセリーヌも息が詰まって出て来たらしい。まぁ、元々戦場から休暇でこっちに来たと言うのだからしっかり休んで欲しいものだ。
するとそこで俺はふと思い付いた。
「……よかったらどうですか?一杯」
「え?!」
まさかの提案にカセリーヌから驚いた声が漏れてしまっていた。しかし、俺はそんな彼女にさらに続けて話す。
「あまり同じワインを飲む人が居なかったんですよ。だからこの機会にどうかと……」
「え、でも私お酒は……」
「大丈夫ですよ。味は保証します」
そう言い、俺の押しもあってカセリーヌはやや気まずそうに答える。
「じゃ、じゃあ一杯だけ……」
そう言う訳で俺達はそのまま俺が借りているアパートに向かう事となった。
俺の借りているアパートは俺が個人で借りた物。その為、監視役の人員が来る回数は多い方だ。
念のため事前に連絡を入れているので問題ないとはいえ……そもそも自分の部屋に女性なんて入れるのは初めてだからどうすれば良いんだろうか……
「どうぞ……」
「あ、お邪魔します……」
ワインを飲んで欲しいからとはいえこれはやりすぎた……
帰る途中、ワインに合う食材を探す為に屋台を巡り、今両手には買って来たつまみの入った紙袋が握られていた。
今日もし監視が来たとしても接触はどうせ深夜だろうし、まず郵便が届くわ。
小さな部屋だが、食事をする為の用意は揃っているので荷物を机の上に置くとそのまま準備をしていた。
「そこの椅子に座っていてください」
「あ、はい。有難うございます」
そう言い、カセリーヌはヴァリに言われた通りに席に座るとそのまま外を見ていた。
俺は台所に立ち、買ってきたつまみを並べていた。
「(どうしよう…ついノリで来ちゃったけど……)」
窓から外の景色を眺めながら私は心が熱くなってしまう。
直接聞く絶好のチャンスだが、もし違った場合のショックも計り知れない。それが怖いからなかなか聞き出せない。
今からヴァリさんのおすすめのワインを貰うのだが、このまま全部やらせるのも忍びなく思う私は思わず部屋をジロジロと眺める。
「(綺麗に整えられてる……)」
整頓され切った部屋を見ながらカセリーヌは思わずそう感じながら台所に入る。
「何か手伝いますよ」
「あぁ……有難うございます」
そう言い、二人は買って来たつまみを皿に盛り付けるとそのままテーブルの上に置き、椅子に座り込んだ。
ヴァリがコルクを開けるとほのかにやや鉄っぽい香りのする葡萄の香りが漂い、一瞬だけ戦場が思い浮かぶもすぐに芳醇な香りに変わり。ワイン特有の匂いがする。
自分は実を言うとあまり酒を飲まなかった。飲める年齢ではあるものの何か粗相があるといけないし、何より酒には抵抗感があったからだ。
どうしても酒と聞くと酒で酔った勢いで殴って来ていた父親を思い出し、軽くトラウマが出来ていたのだ。
祖母の家でずっと暮らして来た影響もあってそのトラウマは薄れてはいるものの、やはり顔が引き攣ってしまう。
グラスにやや赤に近いワインが注がれ、ヴァリさんが私に手渡して来た。グラスを持った私とヴァリさんは席に深く座るとグラスを掲げた。
「じゃあ……乾杯」
「乾杯……」
特に話すことも無く私とヴァリさんは注がれたワインを飲むと、思わず私は少しだけ驚いた声が漏れてしまう。
「っ!……美味しい」
開けたばかりだが、驚くほどに甘い。それこそ子供が葡萄ジュースとして飲んでしまいそうなくらい……。
思わず漏れた声にヴァリさんも嬉しそうに言う。
「そうでしょう?でもこれが酸化するとその甘さにキレが入るのでまた良い味になるんですよ」
「そうなんですね……」
私はヴァリさんからこのワインの話を聞いていたが、ヴァリさん自身について頭がいっぱいで殆ど頭に入って来なかった。
そして、結局この日も何も聞く事なく終わってしまった。
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