正暦一九三九年 六月二〇日
帝都郊外 第四帝都飛行場
その日、帝都郊外の高原で二機の航空機が並列に飛行していた。
その機内で、黒い目出し帽に降下用シュターヘルムを被った一人の降下猟兵がコックピットに向かって叫んだ。
「ハッチオープン」
「了解、ハッチ開けます」
すると機体後部の扉が開き、下には森もある長閑な平原が拝める。開いたハッチを確認するとその兵士が叫んだ。
「降下開始」
現在、大攻勢の準備も大詰めのこの日。
平原に降ろされ、基地に戻って行く装甲車の上に乗りながら俺は懐中時計を開く。
この懐中時計が当日の作戦の要である。大攻勢の際に俺たちは独立魔導砲兵大隊の捕捉からの拿捕を目的に動く事になるが……
「大隊長殿」
「?」
帰還途中、通信兵が俺に一枚の印刷された紙を渡してきた。
彼の使用する三八式魔導演算機は通信兵仕様のⅡ型であり、印刷機と暗号化装置を装備していた。
元々ブロック工法で製作されている三八式魔導演算機は様々な派生系が生まれていた。
純粋な戦闘用であるⅠ型
通信機器を備えたⅡ型
レーダー装置を備えたⅢ型
ざっと大まかなところで言えば重火器兵用のⅠ/B型や狙撃兵用のⅠ/C型。ユニグモ暗号機を搭載しているⅡ/B型や逆探知搭載型のⅢ/B型などなど、細かく分けるともう際限がないので触れないようにしてた。
さらに個人で演算機に積む感応石棒の組み合わせも違うので全く同じ個体、と言うのはなかなか無かった。
俺は通信兵から受け取った電文を読む。これも暗号化された通信を受信した通信機が自動的に翻訳、印刷される優れものだった。
参謀本部直属という事もあっていい装備がそろっていると思いつつも、その分過酷な命令がやってくる事の多い我が部隊。しかし今回は訳が違った。
「ハハハ……嘘だろ?」
命令書を読み、思わず俺は呟いてしまう。
すると俺の絶句に他の隊員が気付き、持っていた命令書を覗き込むと同様に苦笑していた。
「これが次の命令……」
「冗談でしょう……?」
「いや、名前見ろ。こりゃ本物だぜ……」
そう言うと今度こそ全員が絶句した。何故ならそこには……
「レーダー施設を破壊し、その隙間に入って南方司令部破壊だぁ?!俺たちに死にに行けってか?!」
命令書をざっくり要約した俺に思わず他の者も苦笑してしまう。
「一番キツイ命令だろ、これ……」
思わずそう呟くと隊員達から聞かれる。
「どうされますか?」
「恐らく断っても無理だろう……」
「では、命令書の通りに?」
「仕方あるまい。それにここを見ろ」
そう言うとディルクは命令書の最後の文を指差す。
「ここにある通り、俺達には自由裁量権が与えられている。と言うことは最終目標である通信施設さえ破壊できればどんな方法でもいいと言うことだ」
「では……」
「作戦を考える。訓練も終わりかけだ。作戦開始前に一休みと行こうか」
そう言うとピューマを先頭に続く三両の車両。そして空を警戒するように飛ぶ小隊は飛行場に帰還して行った。
数日後
帝国軍統合作戦参謀本部 参謀会議
その日、参謀本部の一室では数名の人が駒の並べられた地図を見ながら頭を回していた。
「降下猟兵大隊の偵察で各戦線の脆弱点を纏めたが……」
「突破点は五箇所。これは各機甲師団を当てるが……」
ペッツとコルネリウスが地図を指差しながら、もう直ぐ行われる一大作戦『作戦名:ミョルニル』の概要を眺めていた。
「なるべく諸外国に付け入る隙を与えたくない。戦後の事も考えてな……」
「そうだな……」
コルネリウスは行政参謀らしく、戦後の補償、及び統治に関する対策を考えていた。
おそらく共和国の旗色が悪くなれば、勝ち馬に乗ったつもりで諸外国が共和国の一部地域を支配しようとするはず。おまけに地元愛に溢れた共和国国民が抵抗団体として地下組織となってしまうと、面倒この上ない。
その為先に共和国側の諸外国との国境地帯を占領し、他国に付け入る隙を与えず。その後に内地の占領を始める。
戦線を突破した後、後方に控えている演算機持ちの魔法兵部隊を発進させ、国境沿いの各街に向かわせる。
そうすれば戦後処理の際、帝国は『共和国の利権を守る為に戦った』と主張し、国の分割を防いだとキャンペーンを行って共和国内の抵抗を和らげる目的があった。
この作戦は幾つかの段階で分けられているが、まずは戦線を突破する所から始まる。話はそれからだった。
「南部国境方面の突破を最優先としたい。兵員の移動はどうなっている?」
「運輸参謀と補給参謀が怒鳴り込んできたが。まぁ、何とかなりそうだ」
「移動手段の方は?」
「民間のバスすら徴用している始末だ。一部じゃ馬車も動員している」
現在帝国は航空機よりは遅いものの、車よりは速い飛行魔法兵の育成と魔導演算機の量産を急かしている。魔導レーダーに映ってしまう欠点があるが、それでも車よりも早く戦闘ができ、いち早く占領ができる飛行魔法兵は何よりも速度が命となる今作戦において非常に重要であった。
作戦の詳しい詰めをしているとコルネリウスはペッツに聞く。
「ディルク達を向かわせなくて良かったのか?」
現在、ディルク達には転移者達のいる部隊を捕縛する任務が与えられている。彼らの戦闘力を生かして先に国境地帯を占領させなくて良かったのかと聞くとペッツは答える。
「国境地帯を取られるより白い悪魔を確保できない方が余程危険だ。あの者の本気の砲撃は戦線に風穴を開ける。下手しなくとも機甲師団が全滅する可能性がある。
ならば過去にあの砲撃を叩き落としたディルク少佐に対応させた方が儂の心情も落ち着く」
「二度目のマーチバルは避けなければならない……か」
コルネリウスが言うと、ペッツは頷く。
「ああ、そうだ。幸いにも白い悪魔は南部方面で確認されている。南部の司令所を破壊するついでに彼らを捉える」
「捕捉できるだろうか……」
「最悪、見つからない場合は他部隊と同様。国境沿いに向かわせる。逃げ道を減らす意味も含めてな」
「それが最も正しい判断だな……」
そう言うと駒が並べられた地図を見ながら二人は作戦の最終段階に入っていた。
今度の作戦の為の訓練も終わり、大攻勢の為の準備がいよいよ整ったと連絡があった。計画発動の日付は後日送られてくるそうだが、俺はその話を聞いて思わず武者震いをする。
この世界に来て三年、いよいよ俺の目的の為。与えられた神託の為に本格的に動く日が来るのだと……
今の俺に元の世界に帰る為の能力は有していない。その為、転移装置のある場所に行き、それを破壊した時にその能力を得ることができると推測している。
ジュール・ファブールは帰れる方法はあると言ったものの、それが
元々転移魔法を使用する際に次元を無理矢理捻じ曲げて繋ぐ為に、もしかしなくともフィラデルフィア計画の様な事故が起こってしまう可能性があった。一種のワープに近いものかも知れない。
ジュール・ファブールも中々狡猾な男だ。警戒心も強く、蓮子達の前にもあまり姿を現さないそうだ。自分の死おも偽装するあたり余程心配性なのだろう。
まぁ、世界中を敵に回す様な事をしている訳だからそうなるのも当たり前か……
一番面倒なのは今回の転移魔法事件でジュール・ファブールと共和国が連んでいた時だ。
限りなくその可能性は低いが、もしジュール・ファブールが国家絡みで犯罪をしていたとなると国は彼を裏切る事もできずに匿うしか無くなる。
そうなった場合、探すのも一苦労してしまう。
今時計を確認すると方角は南西を示していた。南はこれから自分達が向かう場所だ。そしてロンネル中将が戦線突破を担当する箇所でもあった。
色々と話がしやすいと感じつつ、俺はJu390Aー2に乗り込む。これから帝都から南部戦域に移動する為だ。
空挺用にもはや形式変更レベルの改修が加えられた二機の輸送機は、中に自分を含めた総勢五九名の兵士と四台の戦闘車を乗せて離陸を始める。
我々は間も無く戦場の真っ只中に突入する。戦争の命運が決まる一大決戦を前に隊員達も強張った表情で航空機に乗り込む。
「乗り遅れた者は居ないな?」
「はっ!総員搭乗完了致しました」
全員が搭乗したことを確認し、ハッチが閉じるとパイロットが操縦桿を握る。
エンジンが回転数を上げて滑走路を走る。
この巨体の影響で長めの滑走路を必要とするが、南部地域にはコイツを停められる空港がある。そこで作戦が始まるまで我々は待機する事になる。
間も無く七月に入る。季節は夏に変わり、八年目に突入しようとしているこの戦争を終わらせるための切り札。ミョルニル作戦の開始はもう秒読みであった……
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