正暦一九三九年 七月三〇日
帝都 帝国軍統合作戦参謀本部
その日、一人で車を運転して来たディルクは片手に手錠付きの鞄を持って今は空席の義父の仕事場に入る。
義父は現在、共和国との講和会議のために国境地帯に飛んでいる。そのためこの部屋には誰もいないのだが、今日は違った。
「あぁ、やっと来たか」
部屋に入ると、そこではいつもは義父の座っているソファにペッツ参謀総長が座っていた。そして、部屋には義姉も居た。俺は義姉に挨拶をしつつ、持っていた鞄をソファの前に置いて蓋を開けた。
「こちらが転移者達から集めた情報をまとめた物です」
「予想外に少ないな……」
そう言いながら一冊にまとめられた報告書を見ながら言う。
「同じ内容のものをまとめた結果です。転移装置に関しては皆覚えていないと言っていましたから……」
「ふむ…目覚めた時はすでに別の建物に移動していたのか……」
「はい」
そう言うと、報告書を提出した俺はそのまま義姉の入れてくれたコーヒーを口にしながらペッツに話す。
「医者から報告がありました。間も無く投薬治療を終えると……」
「そうか、例の重傷者も回復していると言う。……そろそろ潮時だな」
「了解しました。……準備を始めます」
そう言い、参謀総長は俺に一枚の地図を渡した。
「彼等を守るためだ。宜しく頼むぞ」
「はっ!」
そう言うとディルクは敬礼をした後。鞄に地図を入れ、ついでに命令書を受け取るとそのまま部屋を後にした。
報告書を直接提出し終え、参謀本部から出て行くディルクはそのまま車に乗る。
すでに部隊内のネズミの炙り出しは完了し、薬物の治療も予定よりも早く終わりそうだ。
その為、現在帝国の極一部の人間が進めている転移魔法追跡任務は次の段階に進む。
「……付けられているか…」
バックミラー越しに乗っている車を追いかけてくる一台の民間車を確認する。
「ちょっとばかしお相手しますか……」
そう呟くとクラッチを動かして速度を上げる。すると向こうも追跡を始め、速度を上げる。
此処は帝都、何度も訪れていれば道も自然と覚えていた。
曲がりくねった道を縫うように走り、後続も負けじと付いてくる。
「……」
車がギリギリ通れる一本道をしっかりついて来ているのを確認するとディルクはそこでハンドルを切るとそのまま建物スレスレで車を曲げた。
サスが悲鳴を上げる音が聞こえ、そこで急ブレーキを踏むと、後ろから大きな音が響き、次に水の音が聞こえた。何事かと市民が川の方に集まっていた。カーブを曲がり切れずに川に突っ込んだ尾行の車を見届けたディルクはそのまま何食わぬ顔で川沿いの道を走って行った。
尾行を撒き、転移者が収容されている病院に戻ったディルクはコンラートの出迎えを受ける。
「お疲れ様です。少佐殿」
「ああ、異常はなかったか?」
「はっ!今の所以上は見当たりません」
報告を聞いたディルクはコンラートに命令する。
「コンラート大尉、そろそろ準備を始めてくれ。二日後に此処を発つ」
「はっ!荷物の積み込みを行います」
「気を付けろ。俺もさっき尾行されていた。迅速に警戒して行動せよ」
「了解っ!」
敬礼をしてコンラートが答えるとディルクは病院内に入って行った。
時刻は午後五時、まだ空には陽が登っている。
朝に出てこの時間に戻って来たのかと考えながら俺は立川の入室する病室に入る。
「入るぞ」
扉を数回ノックし、扉を開けるとそこではベットで横になっている立川の姿があった。
彼女は部屋に入って来た俺を見ると端的に答える。
「あぁ、なんだ南部か……」
そう答えるとまた立川は首を動かして外の景色を眺める。
夕日が街の隅に落ちていく光景を目にし、転移前は俺を直接虐めてきた一人だと言うのに茂が同じ部屋にいることに嫌悪感を表す事も無かった。
意識を取り戻した翌日に茂から聴取を行われ、簡単な問答をした後。毎日茂は見舞いに来ていた。と言うか、会える人が茂しかいなかったのだ。
そろそろ同じ施設にいる同級生の元に連れて行く頃合いだろうと考えていると、立川が茂に聞いて来た。
「ねぇ、少し聞いてもいい?」
「……何だ?」
「南部はウチらの事を恨んではいないのか?」
立川は茂の顔を見ながら不思議そうに聞いてくる。
蓮子以外で最初に俺が南部茂であると分かったのは彼女だ。他の奴らは一部は疑問に思う奴もいるようだが、基本的に気付いていない者もいる始末。そこまで俺の影薄かったんですかと思いながら過去一心が傷ついた記憶を思い出していた。
「私は今不自由だ。今までの鬱憤を晴らそうとは思わないの?」
立川の言う事に俺は一瞬だけ間を置いた後に彼女に言う。
「その行動に意味はあるのか?」
「え?」
俺の返しに立川はキョトンとした表情を浮かべた。そんな彼女に俺は純粋に思う事を答える。
「たとえ、もし君に憂さ晴らしの要領で暴行を加えたとしよう。その分の体力が無駄だし、時間も勿体無い。そんな事するくらいなら俺は仕事をしていたほうが何倍も生産的だ。
そもそも、君達は確かに虐めをしていたのかも知れないが、手を出した事はあるか?」
「……どうだったかしらね?」
そう答え、転移前の光景を思い出していると、茂が言う。
「言葉で責める事はあっても手が出ることはなかった。実害が出ていないなら俺にとって言葉の攻撃は虐めにはならない。
元々他人に興味がわかなかったからな。他人が何を言っていようとそもそも耳に入ってこなかったし、その言葉の攻撃で君達の鬱憤が晴らされるならWin-Winの関係とは思わんか?」
茂がそう答えると立川は笑い声を上げた。
「ふっ…あはははははは………」
「何が可笑しい?」
「ん?いやぁ、南部の答えにね……その言い方じゃ、ウチらの暴言の嵐が無駄だ言っているようじゃないの」
「実際無駄だろ?あの時の俺は内心馬鹿馬鹿しいと思っていたぞ?」
そう言うと、立川は茂を見ながら呟く。
「南部はやっぱりウチらと感覚が違うんだな。いやはや…これじゃあ虐めてたこっちの方が傷つくよ……」
そう言うと、彼女は疲れたように話す。
「私達は、輝に騙されていたのかしら……?」
「そうだな。特に意味もなく小野寺輝の口車に乗って無駄な行動ばかりをしていた」
「ええ、車から突き落とされた時のあの顔は形容し難いくらい恐ろしかった……」
落とされる直前に締められたという首を摩りながら立川は言う。小野寺親衛隊とも言われる部類だった奴が此処まで怯える様になるとは……余程それが衝撃的な事だったのだろう。
内心やっと化けの皮が剥がれ始めたかと思うと、立川はポツポツと思い返す様に呟く。
「私達がこの世界に来た時、私達の心の拠り所は学校でも人気者だった小野寺輝だった……
皆んながあの人を慕っていた。恐らく其の心の隙間を突かれた形なのでしょうね……」
「……まるで独裁者だな」
「否定できないわね」
二人はそう話すと、夕日が落ち。辺りは暗くなって街灯が照らされる。
戦争が終結し、灯火管制が緩まった現在、街の明かりはとても輝いていた。
「はぁ…まさかあの人があんな事をするとはね……」
「人は見かけによらないの代表例だな」
そう言うと立川は頷いた。
「全くもってそうだわ。いままでお熱になっていたのが馬鹿馬鹿しく思っちゃう」
「こっちとしては『ようやく化けの皮が剥がれたか』って気分だがな」
「南部は気付いていたのね……」
「昔から人を見るのが癖だったからな」
「それって変態?」
「だぁほ、んな訳あるかよ。生きていく上で必要なスキルだ」
茂がそう言うと、立川は少しだけ微笑むと茂に言った。
「私、南部
そう言い、立川はちょっとだけ面白そうな表情を浮かべ、茂を見ていた。
しかし茂はそんな立川を見ながら次の話題に移った。
「……さ、そろそろ顔を合わせた方が良いだろう」
「そうね、私も良い加減この景色は見飽きたわ」
「骨は繋がっているんだろう?」
「ええ、回復魔法の多重掛けと南部くんがいつも飲ませた薬のお陰でね」
「そりゃどうも」
そう言うと茂はベットで横になっている立川を車椅子に移す為に介護をする。
但し、立川をお姫様抱っこをする様にしながら……
「よっと……」
軽々と立川をベットから持ち上げると、茂は立川に聞く。
「痛くないか?」
「えぇ、大丈夫」
「じゃ、下すぞ」
「うん」
確認を取りながら茂はそっと立川を車椅子に乗せると、そのまま病室を出る。
彼女が車に乗っていた時、小野寺は行き先を運転手に伝えていたらしいが。其の時は興奮と、落とされた時のショックで薄ぼんやりとしてしまっているらしい。今はジュール・ファブールと行動を共にしていると推察され、何処に居るのかは不明だ。
車椅子を押して食堂に行く途中、立川は聞いて来た。
「貴方が南部君である事実は皆んな知っているの?」
彼女は俺と聴取や話をしている時にこの施設の情報などを把握していたのだ。
「いや、気づいたのはお前と蓮子だけだ」
「あら、蓮子が……」
そこで茂は他には言うなよと言うと了解と立川は返した。
認識阻害の魔法を展開しているが、それを突破した立川は意外と魔法に対する耐性があるのかもしれない。あるいは俺をアホみたいによく見ていたか……
「話だと、蓮子に変わって欲しいと言われたらしいが……」
怨恨とかは無いのかと聞くと、彼女はやや呆れた様子で答える。
「いやぁ、あれは自己責任よ。別に恨みとかは無いわ。あの人にお熱で周りが見えてなかっただけだし……」
「そうか……」
二人は病院内でそう話すと、食堂の出入り口で蓮子が待っていた。
「待たせたな」
「大丈夫大丈夫、まだみんな集まっているから」
そう言い、車椅子から手を離すと蓮子は立川にまずは謝罪をした。
「ごめんなさい、絵里……」
「良いわよ全然。私が安易にあの人を驚かそうとしたのが悪いんだから」
「だけど……」
そう言い、申し訳なくなっている蓮子を見て立川は彼女にある提案をした。
「じゃあ、彼と一緒になる時間を作って貰う。それで許してあげる」
「……分かったわ」
蓮子はそう言い、渋々と言った様子で承諾すると立川も納得した様子で蓮子を見ていた。
「後を頼むぞ。こっちは話さなきゃならない事があるからな」
「ええ、任せて」
そう言うとディルクは食堂に入っていく。
立川を見つけた報告と彼女自身の口から何があったのかを話して貰う為に……
食堂に入ると、俺の後に続いて入ってきた立川の姿に驚く者が大半だった。
心配の声が立川にかけられる中、ディルクは食堂に立つと口を開いた。
「諸君、君たちの探していた女性は見つかったが、この有様だ。皆思うこともあるかもしれんが、まずは彼女から話があるとの事だ」
一部では帝国がやったんじゃ無いかと言う輩までいる中、立川は車椅子に乗りながら口を開いた。
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