五四話
第五〇〇陸軍降下猟兵大隊は陸軍に組み込まれている飛行魔法兵を構成する部隊の一つだ。
その最初の部隊である第五〇〇陸軍降下猟兵大隊は参謀本部直轄のいわば参謀総長の命令で動く完全独立部隊である。その為、この大隊が『参謀総長の懐刀』と言われる所以はここにあった。東西戦争時代の名残ではあるが、後の時代の活躍もあり。その姿が表舞台に出る事は少なかった。
厳格な検査の後、部隊入隊時に恒例行事として行われるアルプン山脈行軍は他部隊をも絶句するレベルであり、その伝統は後の時代にも脈々と洗練されながら受け継がれていた。
五〇〇番代の魔導演算機を使用する降下猟兵大隊は第五一〇部隊まで編成され。第一降下魔法兵旅団、第二降下魔法兵旅団に分けられていた。
魔導演算機は帝国を象徴する技術であり、脅威である。魔導レーダーに反応するも、小銃弾では墜とせない強固で小さな的。堅牢な障壁魔法を展開されては対空砲でも落とすことは容易では無い。それは後の時代に登場するミサイルを持ってしても撃ち落とすことは困難であった。
その為、飛行魔法兵の対処は弾幕を作って近づけさせない事にあったが。そもそもとして魔法兵の能力は個々の保有する魔力によって違いが生じ、それによって戦闘能力に直結する欠点があった。
正暦一九三九年 八月七日
帝国北部のとある場所
夏も真っ只中というこの時期。コテージのような建物がポツンと建つこの場所の建物の中で、帝国陸軍少佐ディルク・フォン・ゲーリッツは共用のリビングでワイングラスを片手に外を見ていた。
外には亜寒帯気候特有の景色が見え、後は低い草の生える平原が広がっていた。
風が吹き、草木が波打つ光景を目にし。ディルクはその景色を肴代わりに一杯飲む。
すると横から彼は声をかけられた。
「そろそろ時間じゃない?」
そう言い、声を掛けたのは長袖を着ている小山蓮子であった。
そんな彼女に言われ、時計を確認すると茂は椅子から立ち上がる。
「もう、こんな時間だったか……そろそろ行くとしよう」
「気をつけてね」
「あぁ、大丈夫さ」
そう言うと彼は制服を着たまま外の駐車場に停まる車に乗りながらコテージを後にする。
その様子をリビングから見送った蓮子は次に後ろを振り向く。
「いよいよ始まるのかしら?」
そう言い、振り向いた先に現れたのは包帯が取れて二本足で立っている立川絵里であった。すると、蓮子は軽く敵対するような目で答える。
「えぇ、予定ではそう言う風らしいわ」
そう言うと立川は腕を伸ばしながら言う。
「じゃあ、みんな呼んでくるわね」
「ええ、頼むわ」
そう言うと、立川はリビングを後にする。それを見届けると、蓮子は空っぽになったワイングラスを持って片付け始めていた。
蓮子に言われコテージを出た俺はそのまま少し離れた所にある飛行場に向かう。
飛行場には格納庫と掘建て小屋みたいな小さい管制塔があるだけの簡素なものであり、人はなんといない。
飛行場の側で待っていると、遠くから一機のJu52が曇天の中から現れる。飛行場にしては異様に長い滑走路に、小型の輸送機が着陸する。
真偽は不明だがサッカーコート並みの長さの滑走路でも離陸ができるこの輸送機は自分の目の前で停車すると後方の扉が開けられ、一人の軍人が降りてきた。
「お待ちしておりました。大尉殿」
そう言い、ディルクは敬礼をするとその軍人は笑いながら言う。
「下の階級の者に敬礼をしなくてもいいだろう?君は少佐なのだから……」
そう言うも、ディルクは敬礼を崩さずに答える。
「いえ、私は大尉の元で従軍しました上に、年齢は大尉の方が上ですので」
「何とも変な気分だよ。帝国のエースに敬語を使われるなんて……」
そう言いながら、この簡素な飛行場に降り立ったヘルマン・シコルスキー大尉はディルクに敬礼する。
「ヘルマン・シコルスキー大尉。現時刻を持って特別編成部隊に教育官として着任致します」
「宜しくお願いします。大尉」
そう言うと、荷物を乗せて大尉を車に乗せるとそのまま補給を終えて離陸して行くJu52を見届けながら車を走らせていた。
ここは帝国北部にある半ば捨てられたような場所にあるとある未開拓の半島だ。
国有化していて放置されていたこの場所はまさに彼らを訓練するのにピッタリな場所であった。
現在、第五〇〇陸軍降下猟兵大隊の隊員達は休暇中であり、最後にこの場所に転移者である同級生を送り届けた後に輸送機に乗って本土に戻って行った。この半島に一人残った俺はそこで転移者達の生活を見るとともに訓練を施すことにしていた。
その際、俺は信用できる人を教官として呼びたく、真っ先の思いついたのがシコルスキー大尉だった。
そしてそのまま魔法兵部隊から歩兵部隊に異動していた大尉に連絡し、ここに来てもらっていた。
「今日から訓練するのが件の転移者達なのかね?」
「はい、これから顔合わせも兼ねて宿舎をご案内いたします」
この半島全体が軍事施設となっている為。ペッツ参謀総長は此処を飛行魔法兵の訓練場所に改装する思惑があるようで、飛行場はあの巨人機Ju390Aー2が離着陸できる大きさとなっていた。
半島は比較的平坦で近くにある街ですら車を出して三時間とかかかるレベルのド田舎も良い場所だ。
物資は定期的に輸送機が届けに飛行し、建設資材として送り届けられていた。デニスに電話すれば翌日に届く実に便利な配達だ。
電話越しにブチギレられる事もあるが、戦争が終わった事もあってまだ戦線移動の為の兵員輸送の時よりはマシな様だった。
「しかし、まさか退役して予備役になった途端にこの任務とはな……」
「申し訳ありません」
「んあぁ、いいさ。無職になるよりは断然マシだ」
そう言うと、シコルスキーは半島の遠くにうっすらと見える水平線を見る。
戦争が終わり、軍縮の影響で軍の再編が行われている現在。シコルスキー大尉のように予備役に回される兵士も多くいた。
そんな彼らは戦場跡地の復興の為の工事会社に就職を勧められたりして転職をしたりしていた。
両国は戦場地域では武装解除をしているので襲ってくるのであれば軍人崩れか、強盗か殺人鬼だけであった。
講和会議もいよいよ大詰めとなり、帝国側の文書もある命令のお陰で今までのが嘘の様に進んでいた。
その一件で昨日電話越しで義父が俺に電話をかけてきた。
『お前が勅命を提案したおかげで官僚どもが黙りよったわ!ハッハッハッ!!』
それはもう嬉しそうに小躍りしそうな声色でこっちの耳がツーンとなりそうな声だった。
講和条約も順調に進み、賠償金と領土の国境配分は決定した。
初めは膨大な賠償金を提出したが、徐々に金額を下げて行った事で賠償金は決定し、領土は共和国側のロール地方の一部分割で終わった。
日本人の俺としてはサンフランシスコ平和条約見たいにして欲しいと思っていたが、流石に先進的すぎて義父も受け入れられなかった。
また戦争がいずれ起こってしまうかもしれないと言う不安感を抱えつつも、同時に結ばれた貿易条約に俺は心底ホッとしていた。
『軍需物資等貿易に関する条約』
それは共和国と帝国で採掘される感応石、魔石の国際的区分を決め。公正な取引をしようと言う条約だった。
そもそもこの戦争が起こった発端としてそれぞれの国の物資不足があった。
魔石と感応石はどれも魔法兵を生かす為に必要な物資であり、戦場での必需品でもあった。
いずれはずる賢い奴が騙す可能性も考慮し、互いに監視し合えるようにお互いの国から人が派遣されることが決まっていた。
まぁ、前線が崩壊している物の兵隊は壊滅した状態では無い為にまだ最低限の戦力は残された共和国。
帝国側もそんな共和国と対峙する為の兵力や金もなかった為にルテティアを制圧した時に降伏してくれたのは実に有難いと思っていた。
どっちかと言うとポーツマス条約に近い形だろう。日比谷焼打ち事件みたいな事が起こらなきゃいいけど……
まぁ、少量とはいえ賠償金は貰っているのだからマスコミが煽動する事も無いと信じたい……
既に帝国軍はルテティアから撤退し、国境付近まで戻っていた。
これでいよいよ本当に終わるのかと思いながら俺は車をコテージの前に止めた。
「こちらです、大尉」
「ほぅ…このような場所か……」
そう言いながら車を降りた大尉を俺は案内する。
実を言うと、『軍需物資等貿易に関する条約』が結ばれたのは教国の存在があったからだ。
共和国、帝国ともに教国の越権行為には警戒しており。特にこの戦争で共和国が使用したと噂の転移魔法の一件で毎日催促状が送られてくるようで、向こうも参っているそうだ。
それに、共和国は何より我が物顔で感応石を明らかに法外な低価格で取引された過去があるようで、帝国も似たような事をされた為に両国はこの条約を結んだ流れにあった。『真っ向に戦った相手が最も信用できる』と言うどっかのバトル漫画かよと言うような光景が広がっていたのだ。
まぁ、帝国相手ならば変な動きをしても戦争時に送った諜報員を使って察知できるかと思いながら大尉を施設の中に入れる。
「こちらが大尉の部屋です。鍵はこちらに」
そう言い、大尉は部屋を案内され、最近流行りの完全防音を備えた士官室を案内する。
中を見て思わず大尉が呟く。
「こ、こんなにいい部屋なのか……?」
少なくともずっと戦場で最高級と言われたあのバリ硬ベット、若しくは雑魚寝で過ごしていた大尉に目の前の部屋は強烈だったようだ。
そんな固まっている大尉に、俺はこの施設での規則を説明する。
「ここでは基本的に共同生活をしていますので、食事を作るのも転移者達と自分がしています」
「そ、そうなのか……」
そう言い、なんとか答えた大尉を横に荷物を置くと俺は案内を続けようと思ったが。建物の向こうに蓮子達が映り、集まった事を報告していた。
「シコルスキー
「あ、あぁ。分かった……」
そう言うと、シコルスキーはされるがままにディルクの後を追いかけてこの施設の前にある広場に向かった。
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