数日後、俺は野戦病院で重傷になりつつ尋問を受けていた。尋問と言っても一般的に想像するような拷問とかは無く、幾つかの質問を受け、それに答えていた。喋るたびに肺が痛いから何もしなくても拷問もどきを受けているが…。
「ーーー成程、つまり塹壕の真上に魔導砲の攻撃が飛んで来た。と言うことでいいんだね?」
「はい…」
何とか返事をすると目の前にいる女性軍人、帝国軍魔法師カミラ・フォン・ゲーリッツ少佐は手元のボードに話した内容を書き終えると俺にの顔を見て言った。
「有難う。君の証言を参考にさせてもらうよ。君も、ゆっくり休んでくれ」
そう言ってカミラさんは部屋を出て行った。
あの後、意識を失っていた俺は野戦病院からさらに後方の病院に移送されており、絶賛治療中です。まだ入院してから一週間と言うこともあり、全然痛みが収まらない。ゆっくりと呼吸をするので精一杯の俺は医師から今の自分の体について詳しく教えてもらった。
右大腿骨の骨折、左上腕部の骨折、肋骨に複数のヒビ。
腹部貫通による内出血と数えきれない程ある身体中の切傷と裂傷。
止めに右肩の脱臼。
正直生きているのがおかしいくらいで、俺を看た医者から『神様に愛されとんねぇ』と言われてしまった。因みに帝国公用語…地球でいうところのドイツ語を流暢に話している事にカミラさんは驚いていた。
元々俺は軍事が好きだったから簡単に覚えていたのだ。カミラさん曰く本物の帝国人のようだとお墨付きをもらうくらいには…。
兎も角、今は治療に専念するとして…今の自分の状況を把握しつつあった。現在、自分は輝の魔導砲撃で生き残った唯一の捕虜であり、重要な情報源である事。
自分が転移した人間である事と小野寺達の情報以外、西部戦線で起こったことを全部話すとカミラさんは満足した様子で病室を出て行った。ここの病院は地球ほどいい医療施設とは言えず、鎮痛剤も打たれないから痛いこと痛いこと。
カミラさんは毎日見に来るということで俺はベッドで動かせる左腕を動かせる範囲で振っていた。筋肉痛ということもありまたしても痛かった…。
「閣下、捕虜への尋問が終わりました」
重傷の共和国一般兵、エリク・ピエールの尋問(動けないので実質質疑応答)を終えたカミラは調書を書き終えて上官に提出していた。目の前に座る鉄色の角刈りの髪で、葉巻に火を付けて結果を読んでいる男は帝国軍行政参謀次長コルネリウス・フォン・ゲーリッツ。
かれはカミラの提出した報告書に目を通すと口から煙を吐きながら呟くように言う。
「ふむ…やはり下っ端の兵…分かるのは現場で起こった物のみか…」
「現地で見た光景は事前の報告書通り、損害のほどは…」
「今、ペッツが悲鳴を上げている。何せあの攻撃で失ったのは三個師団。おまけに五百メートルの戦線後退…戦線は中央部に瘤を作る形となり、塹壕陣地の建設と部隊の再配置に躍起になっている。攻勢に出ようにもあの攻撃が連発される恐怖で作戦局も脚が竦んでおる」
そう言うと葉巻を灰皿に押し込むとカミラの目を見てやや問いかける様に聞く。
「どうしたカミラ?」
「あ、いえ……」
カミラの表情を見て、コルネリウスは彼女が何を思ったのか想像できてしまった。
「捕虜に情が湧いたか?」
「…いえ、そのような事は」
「はぁ…」
コルネリウスは『はぁ』と溜息を吐くと席を立ち、カミラの肩を叩いた。
「お前の優しさは分かっている。だが、あの青年が共和国のスパイだったらどうする?」
「しかし、お父様……」
カミラは自分よりも年下の青年が過酷な生活を強いられる事を想像していた。しかしコルネリウスの言っている事も一理あった。共和国のスパイにあんな青年が務まるはずがないが、もしもの事もある。
実際、数ヶ月前にも共和国の諜報員だったと言う事で参謀部から一人逮捕者が出ていた。そんな事もあり、現在の参謀部はピリピリした雰囲気だと言うのもよく知っていた。
カミラはどうにかしてあげたいが、危険もある二つの感情で揺らぎながら報告を終えて執務室を後にしていた。
俺が帝国軍の捕虜となって既に二週間が経過した。昇天しそうな程薄味でマズイ病院食を食べながら療養をしていた。怪我が治れば、俺は捕虜収容所に連行されるそうだ。そこでの生活を考えればここは案外平和な暮らしなのかもしれない。
少なくともこの世界での捕虜の扱い方は条約がある影響でマシだと言えるが、収容所内での喧嘩は絶えないだろう。特に俺みたいな若い奴なんか大の大人にかかれば一捻りだ。よくない未来が見える見える。
この後の生活をどう切り抜けようか考えながら今日も俺は用紙に文章を書いていた。
俺が現在最も望むものは輝を殺す事。その為なら何をしても構わないと思っている。俺は輝が今後どんな行動を取るか想像している。
あの砲撃魔法を使って上層部に取り入って地位向上?
そんなぬるい事だけをするはずがない。恐らく小野寺は俺と同様
だったら名声を集めるのにこの戦争はうってつけだ。強力な力は味方から尊敬され、敵からは畏怖される。自ら力の防波堤となってその内側で立場を強固なものにして行き、下手すれば政界入りするかもしれない。
奴の目的を阻止するにはやはりこの終わりなき消耗戦をとっとと終わらせる必要がある。
幸いにもこの世界に戦車はある。だったら戦線を崩壊させ、共和国を迅速に、可及的速やかに制圧する力が必要だ。とすると必要なのは…。
「電撃戦か……」
電撃戦。
それは、第二次世界大戦序盤から中盤にかけてドイツの進撃を支え続けた戦術。その切れ味はソ連という広大な大地で切れ味を失い、結局は戦争に負けてしまった。だが、それでもほんの一ヶ月ほどでフランスを下した実績がある。この世界で電撃戦を理解する者も少ないだろうが、この戦場においては効果的とも言えるだろう。
その為に必要なのは機械化した歩兵と自走砲、装甲を持ち機動力に優れ、量産性・稼働率ともに優れた戦車だ。
もしこの世界にグデーリアンが居たらごめんなさい。
そう思いながら俺は思いつく限りで貰ったレポート用紙に文章を書き綴っていた。
「おはよう。エリクくん」
カミラは監視も兼ねてエリク・ピエールの入院している軍病院にかなりの頻度で来ていた。いつもは返事をしてくれるのだが、今日はどうやら寝てしまっている様だ。
彼はまだ全快というわけでは無いが、経過は良好。順調に回復していると聞いている。骨折しているので治るまでここにいる事になるが、リハビリもあるので捕虜収容所に移送されるまで時間はまだあった。
私はそれまでに彼をどうにか出来ないかと策を練っていた。そんな時だった。私は彼のベッドの横に転がっているペンやその下にある紙を見た。
『戦争の規格化』
そう書かれたレポート用紙には何枚にも渡って様々なことが書かれていた。
『戦争に使われる砲弾の大きさを全て同じ大きさの物で規格を作り。大砲も同じ物を生産すれば単体でも価格が下がり、大砲の増備、および砲弾の大量配備が可能である』
これを読んだ時、自分は持っている手が震えていた。
一体、このエリク・ピエールと言う青年はどんな子なのか。そもそもこんな若者がこんな論文を書ける事が衝撃的だった。
そして他にも机の上に乱雑に置かれたレポートには驚くべき内容が記されていた。
戦車の集中運用による塹壕戦の突破戦術や、砲兵隊による対戦車戦の運用方法など、その分野は多岐に渡っていた。
「これを彼が…?」
カミラは乱雑に置かれたレポート用紙を見て、エリクを見る。ベッドの上で寝息を立てて寝ている彼は何を考えているのだろうか。
少なくとも前線にいる様な一般兵士では収まりきらない程の頭脳を持っているのは確かだ。でなければこんな論文を書くはずが無い。丁寧に帝国語で書かれたそれは、あの消耗戦を打開するチャンスだと感じた。
「ごめんなさい。借りて行くわね…」
そう呟くとカミラはエリクの書いたレポート数枚を持って病院を後にする。
これを見せればもしかしたら……。
カサッ…
病院からトンボ帰りで帝国軍参謀本部庁舎に戻ってきたカミラはエリクの書いた論文を見せていた。カミラは内心祈りながら結果を待っていた。
カサッ…
病院から持ってきたレポートをコルネリウスは興味深そうに読む。
カサッ…
そして数枚のレポートを読んだ後、紙を机の上に置くとカミラは頭をフル回転させてコルネリウスを説得する。
「彼はこの様な事を考える頭脳を持っています。それをわざわざ収容所で揉み潰すは勿体無いと存じます。
とすれば、我々の保護下で飼い殺しにするのは如何でしょうか?彼の生活と身分を保証する代わりに彼の持つ能力を最大限活かすのです」
そう言うとコルネリウスはチラリとカミラを見た後、再びレポートに目を通す。暫く吟味した後、コルネリウスはカミラを見て口を開いた。
「…お前の意見はよく分かった。取り敢えずこのレポートは参謀会議で出してみるとしよう。実に興味深い話だ」
「ありがとうございます」
「……随分と口が達者になったな、カミラ」
そう言うとコルネリウスはカミラを見ながら何処か頼もしそうに見ていた。
カミラに渡されたレポートを読んだ時は驚いた。たった十七歳の青年。それもついこの前まで前線で小銃片手に突撃をしていた歩兵がこんな斬新な論文を書くとは…。
「共和国も惜しい事をした物だ」
そう思わざるを得なかった。この歳でこんな論文を書ける程の頭脳を持った共和国の兵士。人材として手放したく無い。
それにスパイだと言うのならこんな帝国に有利に動く様な話を持ってきるはずが無い。我々を信用させる為の罠かも知れないが、それでも余るほどこの論文は有用な物だと感じた。
「砲弾価格の低下など会計参謀が飛び付くだろうな…それに大量生産ができれば前線への火力支援増強が出来るか…」
そして何より最も気になったのが…。
『塹壕戦への対処法』
数多の論文の中でも特に目を惹き、興味を持った理由はこれに尽きる。
現在の西部戦線の状況を知っているからこそ、参謀本部としては興味を示す内容だ。
むしろそれ程までに切羽詰まっているとも言える。共和国の大規模魔導砲撃の影響はそれ程の影響だった。葉巻を目一杯吸うとコルネリウスはレポートを持って執務室の扉を開け、参謀会議が行われる会議室に向かった。
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