二日後、カミラはコルネリウスに呼ばれた。いよいよこの時かと緊張しつつ執務室の扉を叩く。
「カミラ少佐、入ります」
そう言って扉を開けて中に入ると、カミラは顔を強張らせつつ、コルネリウスを見た。彼はいつも通り葉巻を吸いながら仕事をしていた。するとコルネリウスはカミラを見るとエリクの書いたレポートを渡した。
「あの少年のレポートを将官たちに見せた」
「・・・どうでしたか?」
冷や汗を一筋流ながらカミラが聞く。この結果次第でエリクの運命が左右するからだ。心拍数が上がっているとコルネリウスは一服した後に口を開いた。
「ふぅ……
『是非とも彼を招待すべき』と言う結論に至った」
「っ!!では・・・」
カミラは思わず気分がパァッっと晴れるとコルネリウスは言う。
「ああ、彼の了承が取れ次第。我々は彼を客人として迎え入れる事になる」
「ありがとうございます。御父様」
「俺のお陰じゃない。彼の実績とお前の説得あっての物だ」
そう言いながらコルネリウスは一昨日の参謀会議を思い出していた。
カミラから渡されたレポートを読んだ将官達は衝撃を受けていた。特にレポートを読んだ補給参謀は・・・
「素晴らしいアイデアだ!是非とも採用すべきだ!」
そう叫び、砲弾の規格化を推進した。聞けば前線では様々な口径の砲弾が転がり、補給がままならない事もあると言う。現場では砲弾の補給が追いつかなくて野砲を爆破して遺棄した事例もあった。
それが規格化された物であれば補給が極めて楽になり、管理もし易くなると言っていた。何より価格が下がると言う言葉に会計参謀も反応を示し、『実際に計算するので明日まで待ってほしい』と言った後、会議場を去って行った。
その翌日に将官達は驚くべき結果を聞いた。
「試算したら
砲弾に至ってはほぼ半額と言う試算となり、会計参謀と作戦参謀、補給参謀が別々の意味で沸いていた。とにかく最近の戦争は金が掛かる。少しでも予算を減らしたい会計参謀と、同じ予算で砲弾の大量供給ができると興奮する作戦参謀がやんややんやと盛り上がっていた。
しかし、将官達が最も評価した物。それは・・・
「この『塹壕戦の対処法』はやって見る価値があるかもしれん」
数日前に共和国に冷や汗をかかされた将官達は塹壕戦に対する回答を探っていた。そんな時に現れたのがこのレポートだ。将官達に衝撃が走った。直ちにこれを書いた人物に会いたいと所望していたが、生憎と前線で重傷をおって病院にいるから来れないと言って、会議を終わらせたと言う。
「・・・彼が共和国の軍人と言うことは伝えていない」
「そうですね。言ってしまうと多少なりとも亀裂が生じる可能性がありますし・・・・・・」
「会議の後、ペッツにだけは伝えといたさ」
「参謀総長閣下にですか?」
本名、ヴィルヘルム・テオドール・ペック。
参謀本部陸軍参謀総長を務める人物であり、コルネリウスとは同期の仲の人物だ。徹底した労働時間管理から部下からの人気は高く、帝国を支えて来た人物だ。そして、エリクのレポートを読んで参謀本部の中で戦車の集中運用にやや懐疑的な意見を持つ数少ない人物だった。
「ああ、ペッツなら誰にも言わないと言う自信があるし、規格化の話は賛同していた。まぁ、共和国の捕虜が考えたと知って微妙な表情をしていたがな・・・」
「・・・」
やや苦笑するコルネリウスにカミラはポカンとしてしまうと、コルネリウスはカミラに聞いた。
「カミラ、例の少年の事だが・・・」
「エリク・ピエールくんでしょうか?」
「ああ、参謀本部に招くとして。問題は彼が共和国人だと言うことだ・・・」
そこでカミラはしまったと思った。彼は共和国の捕虜。つまり共和国軍人と言うことになる。もし、共和国の人物と分かったら大惨事になるのは目に見え、もし仲違いでも起これば自分の今までの努力も水の泡。どうしようかと頭を軽く抱えてしまった。
「どうしましょう・・・」
その時、ふとあるアイデアが浮かんだ。しかし、それはカミラの独断で決める訳にはいかなかった。だから目の前にいる人物に聞いた。
「お父様。私に良い考えがあります」
「・・・何を思いついたんだ?」
コルネリウスはカミラの母親譲りのやや悪い笑みを見て嫌な予感がしていた。
病院で治療中の俺は今日で帝国に来て一ヶ月となった。骨はつながったが、まだ動かせる状態では無いので相変わらずベットで安静にしている訳だが・・・
どうやら数日前にカミラさんがまた見舞い(捕虜の監視)に来た様で、挨拶出来なかったのは少々申し訳なかったし、レポートを見られた様で恥ずかしかった。しかも持って行かれたのは一番初めに書いたイキリ文章だった。次にカミラさんが来た時にレポートを返してほしいと思いつつ、俺は今後の過ごし方を考えていた。どうにかしてフランク共和国に戻りたいと考えているとカーテンの奥からカミラさんが現れた。
「あ、カミラさん」
「やぁ、元気にしている様だね。エリクくん」
そう言うと自分は早速レポートの件を話した。
「あの・・・勝手に書いていたあの紙・・・もし出来れば返して貰っても良いでしょうか?」
そう言うとカミラさんは俺の顔を見ると少々申し訳なさそうに言った。
「・・・すまないが。それは出来ないな」
「そうですか・・・」
あの内容を読まれていると思うと心底恥ずかしかった。だから俺が返して欲しいと言おうとした時。カミラさんが口を開いた。
「エリクくん・・・もし良ければ家の養子にならないか?」
「・・・・・・え?」
カミラさんが言うには俺のレポートがなんと参謀本部まで送られ、レポートを書いた本人という事で俺を呼んでいるそうだ。しかし、共和国兵士という事から立場が危うくなる可能性があり、命も危なくなる。そこで、自分の立場を証明する為にカミラさんの家の養子となってみてはどうかと言う話だった。
「もちろん君の意見を優先する。参謀本部が君を呼ぶくらいあのレポートは画期的な物だったと言う事だ」
勝手な事をして申し訳ないと言い頭を下げるカミラさん。しかし俺は内心とても焦っていた。なんで俺の落書きに近いレポートが参謀本部なんて場所に行ったのか。それをする事ができるカミラさんは一体何者なのか。俺は思考が停止していた。
そしてハッとなった後、俺はまた頭を回転させていた。
「(俺のレポートがどうこうはまた後で考えるとして・・・とにかく今はカミラさんの家の養子になるか否かを考えなければ・・・)」
取り敢えずレポートの件は後回しにして今はカミラさんの養子になるかどうかだ。このまま捕虜収容所に行けば恐らく地獄が待っている。それに、養子になれば帝国の籍を貰え、軍にまた入る事ができる。そうすれば共和国と砲火を交えることになり、運良く輝を見つける事ができるかもしれない。それに共和国と戦争中ということは輝の情報も入ってくる可能性がある。
はっきり言って利点が多い。このままカミラさんの義弟となって帝国軍に入隊すれば輝の情報を手に入れられる機会が増える。それに俺は帝国軍に命を救われた。
だったらやる事は一つ。
「・・・カミラさん」
「何かしら?」
「俺、その話。受けようと思います」
そう言うとカミラさんは驚いた様子を見せ、俺に聞いて来た。
「良いの?貴方、共和国に親御さんとかは・・・」
「親なんて居ませんよ」
「・・・」
即答した俺に思わず言葉を失っているカミラさんを見てすこしだけ申し訳なく思いつつ、俺は言う。
「俺に親は居ません。幼い頃に事故で死んだそうで・・・それに、共和国では俺は死亡した事になっているでしょうし、共和国に戻りたいとも思いませんから・・・」
少なくとも、共和国に戻って面倒なクラスメイトに会おうとは思わない。だったら一人の方が色々と制約がなくて良い。
そう考えると俺はカミラさんの提案を受ける事にした。カミラさんは俺の要望を聞くと小さく頷くと俺を見ながら言った。
「・・・分かったわ。過去に何があったか、今は詳しくは聞かない。だけど・・・」
するとカミラさんは俺の手を取ると優しく言った。
「貴方に何かあっても。私が貴方を守るから・・・」
そう言うとカミラさんは病室を後にした。
アレからは色々と忙しかった。俺はカミラさんの家の養子となる手続きを取る為に俺のカバーストーリーをカミラさんと作ったり、必要書類にサインをしたり、まぁ目が回る様な忙しさだった。
だけど、籍を作り、書類も通った事で俺は正式にカミラさんの家、ゲーリッツ家の養子になった。元々ヨーロッパの雰囲気が強いこの国だが、それは貴族においても同じ様で、養子に関しても寛容な部分が見られた。帝国生まれという事になった為、俺はまた新しく名前を貰う事になった。
正暦一九三七年 六月十日
ライヒ帝国 首都レルリン 帝国中央病院
その日、俺は退院する事になった。骨折は三ヶ月で治り、一ヶ月の地獄の様なリハビリをした。これであの不味い病院食から解放されると思うとそれはもう感慨深いものがあった。俺はまだカミラさん以外のゲーリッツ家の人と顔を合わせていない。理由としては俺の体調が回復した後でしっかりと話をしたいからだと言う。そして今日も俺は義姉となったカミラさんと病院を歩いていた。
「いやぁ、あんな大怪我から良くここまで回復したものね」
「そうですね。今でも驚きます」
「まぁ、
ディルク・フォン・ゲーリッツ
それが新しく貰った俺の名前。南部、エリクと続く三つの目の名前。この帝国で生きる為に義姉から貰った大事な名前だ。帝国籍を貰う際にカミラさんが考えてくれた名前だ。ディルクというのは人々の指導者という意味があるそうで、俺の頭の良さを活かして幸せに生活して欲しいという意味があるらしい。俺はありがたくその名前を貰うとその日からディルクと名乗り、この国で生活をする。
俺がこの世界に召喚されて一年以上経過した。色々と紆余曲折あって俺は現在召喚した共和国の敵である帝国の民となっていた。
「(世の中不思議な縁があったもんだ)」
俺はそう思いながら病院の玄関を歩く。広く開放的な作りに、豪華な装飾の施されたその場所には空から太陽の光が差し込んでいた。現在俺はカミラさんから買って貰った服を着ている。その服は俺の体にぴったりとはまり、ちょうど良い大きさだった。今までの持ち物は蓮子のくれたブローチ以外全部処分してもらっていた。と言っても共和国の野戦服で尚且つ泥まみれの血まみれ。匂いもアレだったから義姉もせっせと処分してくれた。エリク・ピエールは捕虜となったが治療も虚しく死亡した事になり、帝国軍からの情報もこれで消える事となった。
「今度何か奢りますね」
「あぁ、良いよ良いよ。退院祝いだと思ってくれれば」
そう言い、お礼はいらないと義姉は言うが高そうな服を見て申し訳なくなってしまったが、そこで義姉が言う。
「良い?うちは生粋の武人しかいない貴族だけど、貴族だからこそ見栄えは重要なの。要は初手の印象づけが大事ってことよ」
「はぁ・・・」
「ま、そこら辺はおいおい分かるわ」
そう言うと俺と義姉は病院を出る。目の前には車が止まり、運転手が乗り込んでいた。車に乗り込むと義姉が問いかける。
「この後はやっぱり士官学校に?」
「ええ、その方が色々とやり甲斐がありますから」
そう言う俺を見て義姉はやや残念そうな表情を浮かべるも納得した表情を浮かべていた。
「仕方ないわね。特にあの検査結果を見たら・・・」
「軍は常に魔法師を必要としていますから。それに自分は自信もありますし」
そう言うと俺は胸に手を当てながら言うと、義姉はやや苦笑しつつ俺を見た。そして車はベルリン市内のある邸宅の前に到着する。
「じゃあ、これからも宜しくね。ディルク」
「はい、宜しくお願いします。義姉」
そう言うと俺は車を下りてゲーリッツ家の子として生きていく事となった。
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