正暦一九三九年 一二月二四日
帝都レルリン ゲーリッツ邸
数日前、久しぶりにこの家に帰って来ていたディルクは、そこで年明けまで休暇が言い渡された。
転移者達の監視は情報部と蓮子に任せ、俺は単身帝都に帰還していた。そして実家で生誕祭を堪能していた。
「「「プロージット」」」
家のリビングでグラスを傾けると、三人は一気にシャンパンを飲む。今日は聖夜でもある事から三人は生誕祭を楽しんでいた。
「(本当は蓮子と過ごしたかったけど……)」
しかし、蓮子との関係は体外には極秘にしてある。まぁ、そっから探られて俺が転移者である事が発覚した場合が面倒だ……
俺が転移者である事はもう隠し通すしか無い。もうそこまでの段階まで来ているのだ。後は……
「どうしたの。ディルク?」
「?」
「なんか深刻そうだけど……」
「あっ…いや、なんでも無いです」
考えすぎていたかと思いながら、ディルクはシャンパンを飲み込む。
奮発したと言うだけあって良い味だ、魚料理とよく合う。特に白身魚とはよく合いそうだ。
今頃、向こうではパーティー開いてドンチャンしているのかと想像しながらディルクはふとこの一年を思い返していた。
思えば年明け早々に共和国に諜報員として放り投げられ、帰って来たら帰って来たでそのまま大攻勢の作戦に参加する為にウォーミングアップ代わりの戦闘。
おまけに作戦時は司令部に突撃し、その後飛び回って転移者達の捜索。そんで転移者達を捉えた後は帝国に戻って彼らから情報を収集。ただ飯食わせるかと言う参謀総長の意向で彼等を訓練施設に送って突貫で訓練を行い、戦後の部隊編成で秘匿しながら部隊をあっちこっちに移動させていた。
そんでもって共和国に不正入国し、国内で暴れるだけ暴れて目下戦前からの捕縛対象であるヘイルダム・ルメイを追いかけっこ。
そして、追いかけるために教国にも突撃して彼の国の秘密を知る。結果としてヘイルダムを拿捕できなかったが、代わりにパンドラの箱を開けた気分だ。
「……はぁ…」
思わずそんなため息がこぼれてしまう。そりゃそうだろう。少なくとも自分がこの世界に転移してから確実に濃い一年を過ごした。と言うか戦争が終わって半年も経つのかと、感慨深くと思ってしまった。
普段、特殊な任務についてドンぱちしているからあれだが、世間一般的にはあの地獄のような戦争は終わったのだ。そう、平和な時代である。人類と戦争は切っても切り離せない繋がりがあるが、それでも平和な時代というのは素晴らしいと改めて思う。
ここに帰って来た道でもそうだ。共和国から来た国家間特急から降りてくる乗客が、帝国の駅で待っていた人物とハグをして泣きながら喜びを体で表現していた。
街を歩く子ども達が親の手を握り、元兵士だったのだろう父親は戦争で皮の分厚くなった手に『硬い手だね』などと言っていた。
それを思うと、日本は八〇年近くも平和を保ち続けているのは歴史上稀に見る長い平和な時代なのだと感じられる。いやぁ、憲法九条様々ですな。……まぁ、正直今のご時世なら変えた方がいいんだけど。
そんな街の光景を思い返していると、義姉がディルクにある提案を持ちかける。
「あぁ、そうそう。ディルクが帰って来たら見せようと思っていたものがあるのよ」
「?」
そう言い、義姉は机の横から一つのアルバムを取り出した。中を見ると、そこには多数の女性の写真が並べられていた。
「えっと…これは……」
「お見合いの写真よ。戦争も終わったし、そろそろディルクも良い年だと思ってね」
「義姉上、御冗談ですか?」
そう言い思わず言い返してしまうが、姉の目はガチなご様子。そうだった……この時代、俺のような年齢はそろそろ結婚なんて考える年齢だ。ついうっかり現代日本の感覚を引きずってしまっていた……
「……また、考えておきます。まだ、自分は仕事が残っていますので」
「あら、そう……せっかく良い人が居たと思ったんだけどね……」
そう言い、やや残念そうにする義姉。やけにすんなりと引き下がったなと思いながら、ディルクは興味のないお見合い相手のアルバムを片付けていた。俺には既に蓮子と言う相手がいるんだ。浮気なんて男の恥だし、他の女性に興味が持てない……
俺は取り敢えずお見合いの事は姉には一旦酒で忘れてもらおうと思いながら、義姉のグラスにシャンパンを注ぎ込んでいた。
食事が終わり、片付けも終え。ディルクは自分用に割り当てられた部屋に入る。
殆ど使ったことがない部屋だが、綺麗に整頓されており。義姉がこまめにやってくれているのだろうと思うと、有り難く思う。
一般的に見れば戦争が終わったと言うのに家にも帰らない薄情者と思われるかもしれないが、家族は事情を知っているが為に咎めるそぶりすらしない。それは有難いのだが、事情を知らない面々から言われるのは結構厄介だと思ってしまう。
この前帰った時だって、報告書を届けるために参謀本部に行ったら後ろ指を刺された物だ。転移魔法対策班に選抜されたーーディルクが是非ともとペッツに推薦したーーデニスは俺に忠告するように言ってくれた。なお、俺が推薦したことで婚期を逃しそうになると言って会うたびにコニャックを奢らせるのはどうかと思うが……
『皆んな、お前の功績を妬んでいる。無駄なイデオロギーの張り合いでディルクは妬みの対象だ。
あんまり此処に来ない方が良いぞ。下手した後ろから刺されるかもな。全く、ディルクの実力を知らん阿呆どもが……』
そう言い、嫌味を凝縮しまくった様子で言う彼に少しだけありがたみを感じていた。
つまり、一般的な評価でいうとこんなところだ。俺は引き取ってもらったのに親孝行しないヤベェ奴という扱いになっていた。仕方ないっちゃ仕方ないが、半分妬みも含まれているんだろうと予想しながらディルクは机に座るとランプをつけて教国で仕入れたあのメモを眺めていた。
「『艦ノ煤煙ラシキモノ見ユ』と、『タタタタタタタモ一二八OTセ』か……」
正直、これを書いたのは一人しかいないだろう。よっぽど、日露戦争と全く同じ状況の戦争が起こってそれをイキって真似たやつが居るのかもしれないが、そんなのは天文学的確率な訳だし。有り得ないわけで…そもそもこの世界に日本語らしきものも無いし……
「奴か……」
正直、あの女たらしがミリタリー好きなのか?なんて考えながらも、この暗号の意図を考えていた。
正直、さっぱりというのが結論だが、一つだけ推測が浮かぶ。
もし、このメッセージが転移装置のある場所を示すのであれば、ある程度どこに何があるのか分かるだろう。
史実通りであれば、二つ目のメッセージ『タタタタタタタモ一二八OTセ』は暗号で有り、そのままの意味で訳すなら『一二八地点で敵を見ゆ』と言った所だろうか。
正直、史実の暗号を捩っただけなので自信はないのだが……多分、これであっている。どうせなら合わせろよと思いながらも、茂はそもそも漢字で書かれていたら分からないかと思った。知らない言語ならそれでも十分暗号になる……というか最強の暗号だ。
日本語は今の自分たちで隠したい話をするときに最適な暗号ではないか。一々訳さなくても理解できる上に、この世界の住人は日本語を知らない。つまりは最強の暗号表では無いか。何せ、会話をするために必要な単純な漢字ですら六年かけてじっくりと覚えなければならない言語だ。これを解読するなんて不可能な話だ。
「(まぁ、そもそもそんな機会がないに等しいかもしれんが……)」
少なくとも表向きには作戦時の説明や指示位でしか話さないレベルの関係(となってる)ので、やらないだろう。と言うか、そんな事したら俺が転移者であるとバレる可能性がグッと上がるから、絶対にしない。
なんて考えていると部屋の扉がノックされる。
『ディルク、お茶を淹れたのだけど。要るかしら?』
部屋をノックしたのは義姉だ。俺はメモをしまった後。そのまま義姉を部屋に招き入れると、義姉は両手にコップを持ってそのうち一つを机の上に置いた。中に入っているのはどうやらハーブティーの様で、漢方薬のような香りが鼻腔を通過していった。
「喉にいいんだって。この前教えてもらったのよ」
「あぁ、なるほど。それでですか……」
義姉も義父の秘書として頑張っているが、そろそろ良い年だ。先ほど自分がされたように、義姉もきっと義父から見合いの写真を受け取っているに違いない。自分と違い、義姉は義父と血のつながった本物の家族だ。正直、自分は義姉の提案で家に転がり込んだ所詮他人だ。
戦争も終わり、俺の様に抵抗軍に手を焼いているわけでもなく。義姉は此処で平穏に仕事をして暮らしている。
一時期は一兵士として戦場で俺を拾ってくれたりもしたが、義姉はどちらかと言うとデスクワークの方が似合っている。何かと戦うイメージの多い軍部だが、勿論資料を扱う仕事もある。義姉はそこで職場からも良い印象を持たれるほどしっかり働いているとデニスからよく聞く。と言うか、義姉に求婚しようとした人同士で喧嘩になったとも聞いた。
そんな義姉がわざわざ自分の部屋に来て、ベットの上に座るとややため息じみた様子でディルクに言う。
「全く、ディルクは戦争が終わっても忙しいのね……」
「それは仕方ありません。抵抗軍がテロ活動を行っている時点で、自分は職責を果たさなければいけませんから……」
「でも、私としては少し寂しいけどね……」
「……ごめん」
何とも言えないが、俺は少しだけ申し訳なさが生まれる。自分はまだ、義姉に自分が転移者である事は伝えていない。いや、言えないところまで来てしまったと言うのが正しいだろう。
言うチャンスがなかったと言うのが正しいか。少なくともあの状況で言っても意味不明で終わっていただろうし、言っていたらすくなくともこんな生活はできなかっただろう。
かつて、ゲッペルスが言っていた『大きな嘘を繰り返し続けると、やがて人々はそれを信じる様になる』と言う言葉がある。もう此処まで来たならいっその事嘘を墓まで持って行こうと思っていた。そうした方がお互いに気持ちがスッキリするだろうから……
その後、お茶を届けに来た義姉は少し不完全燃焼気味にそのまま部屋を出て行った。
第六章『魔法の国』完
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