正暦一九三七年 六月二四日 午前五時三〇分頃
ライヒ帝国 首都レルリン ゲーリッツ邸
その日、俺はゲーリッツ家の台所に立っていた。片手に包丁を持ち、帝国人の主食である馬鈴薯を切る。鍋に火を掛け、中では野菜を煮込んだスープがコトコトと音を立てていた。
そこに切った馬鈴薯を放り込んで蓋を閉じ、そのまま火を掛け続けていた。
十分ほどした後、火を止め、鍋の蓋を開けると出来上がったスープを皿に流し込んでさっき買ったパンと共にテーブルに出す。
「お待たせしました。義父さん、義姉さん」
そう言い、俺は机の上で新聞とラジオを聞く二人に朝食を出した。すると二人は出されたスープに口を付け、朝食をとっていた。
俺がゲーリッツ家の養子となって二週間。俺は順調に生活ができています。ゲーリッツ家に到着してまず最初に義姉の父、つまり俺の義父となる人と会いました。
帝国軍行政参謀次長 コルネリウス・フォン・ゲーリッツ
もうその肩書きだけで共和国軍捕虜のはずの自分の書いたレポートが参謀本部にまで行ったのか理解できた。義姉、偉い人の娘さんだったんですね・・・
そこで俺は義父となる人に挨拶をすると。義父は挨拶もそこそこに俺に聞いた。
「お前さんがあの論文を書いたのか?」
その問いに頷くと信じられないと言った表情を浮かべていた。まぁ、普通はそうなるわな。成人すらしていない十七歳の青年がこんな参謀本部を本気にさせる様な論文を書いたのかと。にわかには信じられないと思っている様だったが。義父に俺は意見を話す。
「自分は、最前線で砲兵隊が砲弾の補給の為に何も出来ず撃破されて行くのを見ました。
そして、塹壕戦において共和国軍の戦車が敵の鉄条網を破壊し、塹壕を進むも速度が遅く、対戦車砲によって撃破されるのを見ました。
それを見て自分が思った事を綴った迄です」
現状、俺が元共和国の捕虜だと言うのを知っている数少ない人物だ。始めは疑った様子だったが、俺の話を聞くと小さく笑い、次第にそれは大きくなった。
「そうか・・・現場を見たからこその意見か・・・」
「そうです」
「ふむ・・・実に面白い。カミラが気にかけるのも分かる。お前は失うには実に惜しい人材の様だ」
そう言うと義父は俺の肩を持つと俺に向かって言った。
「これから家族として、よろしく頼むぞ。ディルク」
「はい」
そう言うと義父は俺を見るとさぞ愉快そうに呟く。
「しかし、共和国も惜しい事をしたもんだ。こんな有能な人材を簡単に手放すとは」
そう言い、義父は俺の士官学校への入学手続きを始めた。その時、俺は義父に家族として認められたことに緊張が解れ、大きなため息を吐いた。
その後、俺はゲーリッツ家で家族として生活することとなった。写真立てには幼い頃の義姉と義父と綺麗な女性が映った写真があった。その女性は義父の妻、つまり義姉の血の繋がった母と言うことだ。エカテリーナと言ったその人は義姉がまだ幼い頃に病に倒れてしまったと言う。その事実を知り、思わず俯いてしまうと義姉は気にしなくていいと言っていたが、俺は養子でもゲーリッツ家の子。どうしても気になってしまうものだった。
それで俺はこの家でお世話になる間、何かできることをということで俺は軽く料理をしていた。
男が料理をしていたことに驚愕していた義父と義姉だったが、よくよく考えれば二人がよく行くレストランのコックも男性でしょう?と言うと納得したようだった。
日本でよく料理をしていた俺にしてみればこのくらいは朝飯前だった。食材は地球と変わらないから簡単に料理を作ると二人は目を丸くして出された料理を食べると美味いと言ってくれた。
それからと言うもの俺はこの家の台所に立つ機会しかなかった。そして今日も二人は食事を取るとそのまま家を後にする。二人とも軍人、行く場所はやや違うがほぼ同じといえよう。
今日は俺の士官学校の入学試験がある日だ。俺は二人を見送るとそのまま試験会場まで荷物を持って移動する。
現在の士官学校は戦力を求めている影響で月一で入学試験が行われていた。そして入学した時期によって授業進度もズレると言う少し独特な形式をとっていた。それほどまでに慢性的な人材不足なのかと思いつつ俺は試験を受ける。
試験会場に着き、俺は渡されたテスト用紙をすらすらと解く。
こちとら日本では高校で特待生になる為に必死に努力してきた身だ。このまま行けば大学も推薦で行くつもりだった男。全部帝国語ということを除けば問題自体はスラスラ解けた。そして何とまぁ仕事の早いことでその日の夕方には結果が出る。即戦力を求めているのか士官学校の筆記試験はとても単純だった。何せ、元々二年近かった士官学校の授業も一年に縮めて行なっている始末。士官学校を出れば初っ端から少尉となって戦場を走る。と言ってもまずは練習からだが・・・
あぁ、すぐにでも銃を持って前線に突撃してアイツの居る場所まで飛んで行きたい。奴の思惑が失敗して顔が歪むのを見てみたい。
そんな感情を抑えつつ、俺は士官学校の結果を見ていた。
正歴一九三七年 七月一七日
ライヒ帝国 陸軍士官学校
その日の昼。授業も終わり、午後から銃を持って操作方法を覚える実技訓練が行われる予定の中、学校の中庭で二人の青年達がベンチに座りながらチェスをしていた。その様子を少し遠くから生徒達が気まずそうに二人を見ていた。
「ーーーチェックメイト」
「があーーっ!!参った」
一人は黒い髪に白い肌と黒い瞳を持つディルク。そしてもう一人は縮毛の茶髪に青い目を持つ青年で、チェスで負けて頭に手を当てて悔しそうにしていた。彼の名はデニス・ハン・イリゴム。士官学校に入学したディルクの数少ない友人であり、彼の思想の理解者でもあった。
士官学校に入学したディルクは義父の命令の元、やっかみを回避する為にディルク・ゲーリックという偽名で学校に入学していた。試験の際に隣の席に座ったことから次第に仲良くなり、俺が提唱した電撃戦の話しを理解してくれた仲間だった。それ以降は同じ授業、同じ飯を食い、それぞれの進路を互いに話し合っていた。
この出会いをデニスはのちにこう語っている。
「彼と出会ったことは良くも悪くも自分の人生を大きく変えた。彼がいなかったら俺は恐らく自分の能力に気づいていなかっただろう・・・」
正歴一九三七年 九月一五日
秋の紅葉が綺麗に映え始めるこの時期、俺はある場所に召還されていた。その場所とは・・・
「ディルク士官候補生。入ります」
普通ならば自分みたいな下っ端にはありえない様な場所。
そう、帝国軍参謀本部だ。前々に提出した論文の説明のために俺はここに義姉と共に来ていた。途中、義姉と別れ、一人で陸軍参謀本部の会議場に入るとそこには大勢の将校が俺を見ていた。その中には義父の姿もあり、空気がとても重かった。
事前の写真付きの情報とは言え、十八になった青年があんな論文を書いた事にやはり嘘だったのではないかと感じていた。俺は緊張感から腹痛を起こしそうになるが質疑応答する。
「ディルク士官候補生。この・・・電撃戦について詳しい説明をしてくれ賜え」
「はっ!」
それから、俺は参謀本部の将官等にレポートで書いた電撃戦について詳しく説明をした。元が塹壕戦の弱点を一点突破する方法からの発展系のため、将官達は納得しつつも、質問が飛び交った。
「ーーーつまり、前線司令部からの発令で爆撃を行い、前線に穴を開けたところを機動力と装甲を併せ持った機械化部隊に突入させ、後方の前線司令部を破壊。指揮系統の混乱を呼び、戦線の崩壊を目指します」
「では、その攻撃の際。突出すると包囲される危険があるのではないかね?」
その問いかけに俺はこう答える。
「その為に事前に明確な目標を定め、あえて現地指揮官の判断を優先させる様にするのです。もちろん、攻撃を成功させる為に前線の戦意を削ぐ必要が有りますが・・・」
説明を終えると将官達は納得した上で資料を見ながら言う。
「なるほど、理に適っているとも言えるか・・・」
「そうですな。しかし、思いほのか準備が必要なのだな・・・」
「ですな・・・しかし、戦意を削ぐ方法など一体どうすれば・・・」
するとそこで一人の男が俺に質問をした。金髪に整えられた髪を持つ老紳士、陸軍参謀総長ヴィルヘルム・テオドール・ペック上級大将だった。
「ディルク候補生、敵の戦意を削ぐのは容易ではない。何しろ半年前のあの超巨大魔導砲撃の影響で共和国軍の戦意は高揚している。何か手立てはあるのかね?」
「その件に致しましては現在試行錯誤をしております」
「ふむ・・・」
そう言い、参謀本部での会議はこの後比較的早めに終了した。
会議が無事終わり、ふぅと一息つく間も無く俺は次の場所に呼び出された。
「いやはや、ここまでご苦労だった」
「いえいえ、自分のような候補生の意見を取り入れようとする参謀本部の視野に驚かされております」
俺は陸軍参謀総長ヴィルヘルム・テオドール・ペック氏の執務室に呼ばれていた。ペック上級大将は暖炉の火を付け、その中に火かき棒を入れ、火の調整をしながら俺に話しかける。
「さて、ディルク候補生・・・君に改めて聞きたいことがある」
「・・・?何でございましょうか?」
するとペック氏は熱せられ、真っ赤かになった火かき棒を俺の目の前に出しながら聞いた。
「君はどう言うつもりかね?」
「・・・と言いますと?」
そう聞き返すとペック氏はふっと乾いた笑いをしながら返す。
「文字通りだ。お前さん、共和国の兵士だったそうじゃないか。ここでスパイでもするつもりかね?」
その問いかけに『あぁ、やっぱりこういう事か・・・』と思いつつ、俺は相手を激昂させない様に反論する。
「・・・閣下、もし自分が諜報員の役目を仰るなら。あの様な論文を外に出す必要がおありでしょうか?」
「我々の信用を得る為という可能性もある」
「では、なぜ敵国であるはずの私目の論文を真摯に受け止めれおられるのですか?」
「事前にコルネリウスが伝えておらんかったからな。それと、会計参謀や補給参謀、運輸参謀などが必死に推し進めたからだ。陸軍参謀本部としては一理あると判断した結果だ」
火かき棒の熱が喉元を温める中、二人は質疑応答をする。するとペックは俺の顔をじっと見つめながら聞いた。
「貴様は何を望んでいる・・・?」
「・・・(なるほど本心はそう言う事か・・・)」
敵の捕虜であるはずの自分が敵に塩を送る様な真似をする理由が、その真意が知りたかったのか・・・
ここで下手に嘘をつくと自分はこの熱々の鉄棒で喉元を焼かれ、俺は諜報員の容疑で捕まり、収容所行き。
まぁ、俺の望みは達成されなくなることは確実。それだけは避けたい。
しかし、これは他人にあまり言いふらしたくもない。
だが、この状況は仕方あるまい。
俺は少し考えたのち、息を少し大きめに吸うと端的に答える。
「ーーー復讐の為」
「・・・何?」
端的に答えられた回答に、ペッツは驚いた様子を見せる。そして俺は正直な自分の思いを告げる。
「自分は、あの前線で慕っていた上官をあの魔導砲撃で失いました。慕っていた上官は新米だった自分に戦争で生き残る術を教えてくれました。しかし、共和国の司令部は味方を巻き込んであの砲撃を行った。
全ては戦争に勝つ為。
帝国を倒す為。
生き残った自分の目に映った光景は今でも忘れられません。慕っていた上官や、戦線を走った仲間も全員が死にました。その時自分は思ったんです。味方を大勢巻き込んでの砲撃で得た勝利は果たして正義なのか?
前線兵士を使い捨てて得た勝利とは何なのか?正義とは何なのか?
共和国にとっても、帝国にとっても所詮前線兵士は書類でしか見ない存在、戦死すれば名前が慰霊碑に刻まれてお終い。あの戦場では命が軽いんです。ですが、自分にとってあの大規模魔導砲撃は許しがたい物です。例えそれが味方の砲撃であろうとも・・・
有体に申しますと私は敵味方関係なく砲撃する許可を出した共和国に呆れたのです」
そう言い、また息を吸うと目の奥で青い『復讐』という名の炎を焚かせながらペッツに話す。
「ーー小官は嘗ての上官や味方の兵士を無作為に殺したあの大規模魔道砲撃を行った者を殺す為に今を生きています。その為に自分はあの戦場から
時々、その時のディルク・フォン・ゲーリッツを思い出す。あの時の目と言い、宿る感情と言い、全てにおいて彼は復讐に駆られていた。
共和国への復讐。
上官を殺した共和国魔法師への復讐。
自分は長年生きていきたつもりだったが、あそこまでの黒さを持つ感情を見たのは中々なかった。並大抵の事では生まれないであろうあの純黒の・・・黒曜石の様な瞳を今でも思い出す。
まるで神託を受けたかの如く、彼は恐るべき頭脳を我々に提供した。そこに帝国への忠誠心などかけらもなかった。
恐らく彼にとって帝国軍というのはあくまで己の目的を達成する為に必要な
言って仕舞えば自分のついた陣営を勝たせる為。目的の為なら何をしても構わないと言う執念を感じた。その真意を知った自分はあの後激しい後悔をした。手放すべきとも考えたが、彼の功績がそれを上回った。
彼は一般の兵士としても、指揮官としても、設計家としても。彼は全てにおいて天才だった。まさに戦神アレースの産んだ子供の様だった・・・
思わずその時の自分も彼の思想にいつの間にか引き込まれてしまった。
だから自分はより彼を
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