二一時五分
統合作戦本部 一階ホール
突入作戦が事前に止められ、外では交渉役のロンネル中将率いる第七機甲師団が今度は帝室にも交渉する有様となっていた。
現在は司令部を占拠した強硬派による兵士が武装しており、主に半自動小銃や短機関銃を手に持っていた。
「そろそろ交代か……」
時計を確認し、ホールで待機していた兵が席を立つ。彼は貴族出身の兵士であり、この前の東西戦争時は後方の補給任務に従事していた。
「おい、交代だ」
階段で一番遊ぶ事ができる場所で生真面目にも地下の護衛をしていたと思われる二人の兵士を見た。
「ふぅ……」
地下に続く階段は中央階段からやや外れた位置にあるので警備もあまり強くなかった。
臆病な公爵のおかげですでに五回も交代しており、面倒この上無かった。
階段に腰掛け、懐からショカコーラを取り出す。この司令部は火気厳禁で煙草が吸えないのでつまらない事この上無かった。そして配給された食料の摘み食いをしようとした瞬間、
「!?!?」
突如視界が真っ暗になり、意識が吹っ飛んだ。
後ろから気絶弾による効果で気絶し、階段から転げ落ちそうになった所を複数の影が抱える。
するとそれを見ていた築城が思わず呟く。
「ゴキブリホイホイ……」
「ちょっと、私も思ってたんだから言わないでよ」
そう言い、突っ込むのは舞鶴であった。地下を一瞬で制圧した第四中隊はそのまま交代でやって来る兵士を襲い、気絶させた状態でそのまま上着を拝借して成りすまして司令部内に展開していた。
「よし、次行ってきて」
「はいよ」
そこで蓮子が指示を出して次の人員を入れ替えて送り出す。元は茂……ディルク少佐発案の作戦だがなかなかにゲスいやり方だ。
「偽旗作戦?」
「に似たようなものね」
築城が言うと横で前橋が頷いた。現在強襲した兵士の数は十四名。部隊の半数以上が既に司令部を移動していた。目的は三回の食堂と執務室に立て籠る各参謀長達の救出にあった。
今、地下には蓮子、築城、舞鶴、前橋の四人が残っており、残り人員が来るのを待っていた。
「公爵のドラ息子はこっちの作戦に引っ掛かったわけか……」
「それ思うとつくづく南部って天才なんだな」
そう言うと蓮子が言う。
「そりゃそうよ。成績でも二番手だったの知っているでしょ?」
どこか誇らしげに話す彼女。少なくともここにいるクラスメイトは彼女と茂の関係を知っていた。
短機関銃を奪い、顔を隠す様に認識阻害の魔法を薄く展開する。これも隠密戦に特化する為にあの訓練施設で茂に鍛え上げられた賜物。正直、このまま階段から時間を立てて出て行っても良かったが、敏感な奴らに気づかれない様にするための安全策であった。
縛り上げた貴族は既に地下に展開中の第三中隊の人に投げつけ、そのまま縛られていた。
「すんげぇ手際」
「あいつ等に任せて正解でしたね」
「あぁ…そうだな……」
それにしては気絶した人の扱い方が酷いと思うが……。
「人をゴミみたいに扱っているな」
「ご尤も」
そう言い、残った四人は最後に一回の様子を確認するとこっちに報告して来た。
「周囲に人がいません。作戦開始の合図があるまで宜しくお願いします」
「お、おぅ……頑張れよ」
そう言うと彼等は短機関銃を片手に一階に出て行った。そして貴族のお粗末さにも呆れていた。
強硬派によって占拠されている司令部。その中を蓮子は舞鶴と共に司令部を歩く。本当は茂と歩きたいものだが、彼は帝国の指揮官であり転移者と言う余所者と行動していると何かと勘ぐられる可能性がある。
彼が転移者である事はさまざまな事情から隠す必要があると言う。だからあまり彼と接触する事はできない。それが生殺しの様で辛かった。
「(絶好のチャンスだったんだけどね……)」
蓮子は内心そう思いながらクラスメイトの舞鶴と共に目的地に向かって階段を登っていた。
この世界において女性軍人というのは当たり前にいた。理由は簡単で魔法兵の採用に性別云々とかどうても良いくらい枯渇していたからだ。
帝国や共和国の様な大国ですら魔法兵の適性があれば採用に通りやすいと言うものであり、こう言った魔法兵はたとえ魔法兵同士が子を産んでもその能力が発言しないこともあると言う。だから希少な存在であり、軍部内でも重宝される戦力であった。
そして今回の事件でも女性士官が加担しており、その女性士官になりすまして蓮子達は堂々と司令所を歩いていた。
そしてそれら魔法兵の需要は消えることは無い為、人工的に能力を発現させるための実験も嘗てから行われて来ていると言う。ここ最近は人道的見地より人体実験はあまり進んでいないと言うが、その人工的な能力発芽の手段の一つとして転移魔法があった。
日本ではよくラノベや漫画などで見かける光景ではあったものの、まさかその様な物が本当になるなんて思いもよらなかった。事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。
この世界に来て四年目。一九三六年に転移した私達は此処での生活にも慣れていた。ただ、皆が皆あの世界に帰りたいと望んでいた。そりゃそうだ。私だって家族の元に帰りたい。お婆ちゃんの家に戻りたい。
茂くん……ディルクと言う名で帝国のとある家族の養子に入った彼に対する羨ましさはある。だけどそれは、彼には親しい家族が居なかったからこそ成り立った関係だ。
「(……あれ?)」
その時ふと蓮子は思った。
彼は本当に日本に帰りたいと思っているのか?
この世界に転移し、あの地獄の戦場を生き残り、その先で新たな家族と出会った。
もしかすると、彼は帰りたいと思っていないんじゃ無いかとも思ってしまう。あのお爺さんの消息は分からないが、おそらく彼と出会った時の表情からして鬼籍に入ってしまった可能性が高い。とするとあの世界に茂は未練がない事になり、この世界での生活の方が彼にとっては幸せなのでは無いかと思ってしまう。
「(今度聞いてみよう)」
彼の性格上、自分達を必ず転移魔法装置の元に連れてってくれるのは確か。だがその先、彼が転移魔法を使わずにこの世界に残留する可能性が生まれた。
もしそうなら、私はどうすれば良いのだろうか。
「蓮子?」
「ふゃっ!?」
声を掛けられ、一瞬変な声が漏れてしまうと横で舞鶴が自分の顔をやや心配そうに見ていた。
「大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫」
慌てて気持ちを落ち着かせると舞鶴はそこで言う。
「もうそろそろ着くよ」
「うん、分かった」
そう言い、蓮子は帽子を深く被り直すと遠くに映る観音開きの堅牢な扉を見た。此処は司令所三階、八階まである司令所のうち此処に勤める職員が食事を摂る事のできる数ある食堂のうちの一つ。参謀長等が集められていると推測される場所であった。
作戦の前、憔悴と焦りに駆られている筈の強硬派は頻繁に人員交代をしており、そこを突いて地下から素知らぬ顔で侵入するべきと言う計画であったが、彼等が烏合の衆であると分かり、まともに管理できていないと分かると現場にて蓮子は人員になりすまして侵入していた。
一応、階級章や所属章でバレる危険から制服は全て貰っていた。正直貫通力のある突撃銃で武装したいが、それはまだ配備が進んでいなかった為に危険度が増す可能性があった。
それを思うと最新の武器を余所者の自分達に回してくれるなんて、南部の上司はよほど器が広いのだろうか?
「……」
食堂の前、頻繁に交代しているからここで交代と言ってもバレないだろう。そう思って声をかけようとした時、
「ねぇ」
自分達に声をかける……正確に言うと舞鶴の方を。
「ちょっと良い?」
「えぇ…何でしょうか……?」
するとその男は舞鶴に聞く。
「名前は?」
「……ジーン・ガードナー曹長です」
「なるほど……ごめん、今から少し話をしたいんだけど良いかな?」
そう言い、その若い貴族の青年は舞鶴に陽気に話しかける。
それを見て二人はあぁ…と察した。この男、舞鶴にナンパを掛けているのだ。さすがは好色男子、ナンパなんぞしてる場合かーーーっ!!
軽くあしらおうとするも、その男はしつこく舞鶴に詰めよる。
「すみません。今は仕事中ですので……」
「大丈夫だよ。どうせ暇なんだし」
余りにしつこいので舞鶴は他の場所に移動としたが、そこで蓮子が耳打ちする。
「……良いの?」
「大丈夫」
首を傾げる舞鶴に蓮子は小さく頷いた。
「じゃあ、頼むわね」
そう言うと彼女はくるりとその男を見ると答える。
「まぁ、短くお話をする程度であれば……」
「おお本当かい!!」
パァっと明るくなった顔でその男は舞鶴を連れて司令部を歩いた。
「あ、あがが……」
司令部の隅の中庭を一望出来るバルコニーに出た舞鶴とその貴族の男。しかし、ナンパが目的であったその男は失禁しながら白目を剥き、泡を吹いてバルコニーの柵のもたれかかる様に倒れていた。そしてその男を犬の糞を見る様な目で見下す舞鶴。
「ごめんなさいね。ズボンのチャックの緩い男には興味がない物ですから」
そう言い、彼女はそのまま懐から拳銃を取り出すとキッチリ男を気絶させてそのままバルコニーに続く窓を閉じて鍵を閉めていた。
「うわぁ…痛そう……」
そしてそれを見ていた蓮子は想像できない痛みに南無三しながら舞鶴と合流する。
ナンパでバルコニーに出た二人はしばらく適当に会話をした後、舞鶴が好意を抱いているふりをしてそのナンパ男の股を盛大に膝蹴りしていた。そしてあの有様だ。
「小野寺輝でもあそこまで粗相をしなかったぞ」
そう言った行為に関してはしないと決めていた小野寺。それ以下の人間だと評する舞鶴に蓮子も納得しつつ苦笑していた。
今では皆が毛嫌いしている奴ではあるが、歴史上の人物でもよくある再評価という形で色々と人を見て考える様になった舞鶴達は小野寺輝と言う男を改めて思い返しながらその人物像を考える様になっていた。
まぁ、実態は次の指令が来るまでの暇つぶしではあったのだが……。だって共和国じゃあ半分軟禁されてたし、武器の整備ばっかしてても部屋に持ち込んだボードゲームやトランプで遊んでいても飽きてくるわけで。次にみんな勉強しだしたのだから大分参っていたのだろう。
「行くわよ。無駄な時間を取られたから巻かないと」
「うん、そうだね」
そして二人は部屋から去っていくとそのまま食堂の方へ戻って行った。
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