おまたせしました。小説としては第3話、スパスタ本編としては第1話の話になります。今回はかのんを主に描きました。暫くはかのんサイドのお話になるかと。前回前々回と所々に伏線ぽく盛り込んできたギーツ要素ですが、今回は珍しく一つも入れておりません。
そして今作ですが、すでに読者の皆さんがスパスタのすべての内容、設定を知っている前提で話を進めさせていただきますので、わからないところがあれば随時ググっていただくようにお願い致します。
それではどうぞ。
ちなみに今回から後書きの方にサブタイトルの2字熟語の意味を掲載しています。なお、各編の2字熟語(今回でいうと僥倖)は、その編が終了したときに掲載するつもりなのでお楽しみに。
ゆったりと息を吸い、弦をはじく。奏でられる音の一つ一が、音色を奏でる。その音色は、自分自身を己の世界に引き込む。少女が思う音楽というものは、そういうものであった。
「私の夢は、世界に歌を響かせること!」
かつてこのような夢を掲げた少女は高校生になった現在、
「ばーか、歌えたら苦労しないっつーの」
自室でもの見事にやさぐれていた。スマホを近くのソファに投げ、彼女は壁に向かい合う。
「お姉ちゃーん?お姉ちゃーん!」
声が聞こえた数秒後、ドアが開かれ妹のありあがやってきた。
「もう!いるんだったら返事してよ!」
ありあはてっきりいないものだと思っていたようだ。そんな心優しき妹に対し姉は
「あ~…」
なんとも適当な返事である。
「なに!?あ~…って!今日入学式でしょ?遅刻するよ!?」
今日は彼女の入学式の日。いや、正確には
「お兄ちゃんもうとっくにご飯食べ終わってるよ?」
『彼女と、もう一人の兄の』であるが。
制服に着替え、下に降りた彼女を待っていたのは母、妹。そしてつい先日、渋谷家の仲間入りを果たした青年だった。
「おはよう。渋谷」
「…おはよう」
彼女は青年と挨拶を交わすと、そのまま玄関の方へと向かう。玄関まで数センチまで迫った時、彼女は何かに気づいたように窓際にある止まり木へと移動する。
「マンマル。行ってくるね」
彼女にとっては現状唯一の味方。そしてこのコノハズク『マンマル』もまた、渋谷家の大切な一員である。
「お義母さん。いってきます」
なお、彼を除いては。
「…学科どこだっけ?」
「普通科」
「そっか」
会話が途切れる。不仲な相手とは会話が長く続かないとはよく聞く噂ではあったが、よもや自分がそういう状況になるなんて誰が予想したであろうか。
「わたし、こっちから行くから」
数分ほど歩いてとある交差点に差し掛かった時、彼女はそういった。青年は何も言わずに頷き、そのまま道を直進する。この道は、彼女だけしか知らない秘密の通学路。青年もその意図を察したである。
「よし…。」
青年が視界から消えたのを見届けると、彼女はリュックからヘッドホンを取り出し装着した。
「これで何も聞こえない」
そう呟いて歩きだす彼女がいるのは、流行の町『渋谷』。東京都の都心にあたる部分で、スクランブル交差点が有名なスポットである。町にはいろんなお店が立ち並び、ストリートミュージシャンが楽曲を披露している。
ところどころに備え付けられてあるモニターには、日々エンタメ系やスポーツ、刑事事件などのバリエーション豊かな情報が発信されている。
賑やかとは程遠い裏路地を早歩きで駆け抜け、目的の場所まであと少しというところで
「うわぁ!?」
『渋谷かのん』は、中学時代の同級生にであった。
「おはよう!春休み、あっという間だったねぇ…」
この女。適当である。
◇◇◇◇◇◇
「ありがとう。君のおかげで助かったよ…」
その後すぐ後ろを通過した猫により、事なきを得た彼女は暖かな目で感謝の意を述べた。
「んっ…」
ヘッドホンを再度つけ、髪を整えるためになびかせる。一歩。また一歩と近づく運命の時に向けて、彼女は足を運ぶ。いつものあの歌を歌いながら。
ほんのちょっぴり 悲しい時なら 背筋伸ばして 声を飛ばせば
ルルルル いつでもそばで 光をくれた歌 ルララ 手をつなごう
◇◇◇◇◇◇
「お前、俺で何してんの?」
「いいから静かにしてよ!」
『渋谷澪』は困惑せざるを得なかった。学校についたと思いきや、廊下で自分の妹が己を見つけるなり大慌てで後ろに隠れたではないか。そして数メートル先には。
「スバラシイコエノヒトー!」
グレーのボブカットの少女が何か言いながらこれまた何かを探している。
「あー…」
この状況で、全てを察してしまった自分が怖いと思ってしまった彼であるが、推測が正しければ恐らく彼女が探しているのは…
「あの子から逃げてんの?」
十中八九かのんだ。彼女は彼のリュックにしがみつきながら気まずそうな顔でコクコクと頷いている。どうやら澪と別れた後歌っていたら彼女に聞かれてしまい、出会い頭に中国語+追い回されるという人見知りにはタジタジのコンボをくらったらしい。
「とりあえずチャイムなるから中はいるぞ」
ここで目の前のグレーボブの女の子の味方をしてもよかったのだが、これ以上彼女との関係が劣悪になるのはさすがにまずいと感じたため、今の体制を崩さずにスライドするように教室に駆け込んだ。
◇◇◇◇◇◇
入学式が終わり、新年度恒例の自己紹介の時間となった。
「外苑西中学から来ました。渋谷かのんです。えっとぉ…」
自己紹介で何を話そうかを考えていなかったかのん。口ごもりながらあたりを見回してみると
「ヒィッ!?」
「スバラシイコエノヒトォ…」
目を輝かせてこちらを見てくるグレーのボブっ娘がいた。一刻も早くこの自己紹介を終えなければ、また放課後に追い回される羽目になってしまう。かといって一言情報を添えなければ、感じが悪い人みたいに思われてしまう。思考を重ねた結果
「夢は、猫を飼うことで~す…」
この女。適当である。
「渋谷澪です。知ってる人もいるとは思いますが、この学校のテスト生として皆さんと3年間を一緒に過ごさせてもらうことになりました。俺自身この学校唯一の男子ということで、慣れないこともありますがよろしくお願いします」
簡潔かつ丁寧に自己紹介を終え、席に座る。ちなみに席順は言わずもがなかのんの後ろ。
「平安名すみれです。よろしく」
後に続く人たちの自己紹介は、聞き流していた。そして例のボブっ娘の番となり、彼女は「ハイッ!」と元気良く返事をしながら立ち上がった。
「はじめマシて。上海から来まシた。
◇◇◇◇◇◇
時は一刻を争った。彼女はこの瞬間にすべてを賭けた。何としても誰よりも早く、この教室から脱出しなければならない。彼女は横目でボブっ娘もとい可可と名乗った少女を見据える。彼女は買ったばかりの教材をリュックに詰め込んでいる。
好機は、今!
「ぬおおおおおおおッッ!!」
かのんは一目散にドアに向かって走り出す。すぐ後ろで「アッ!」と声がしたが、気に掛けたら終わりだ。ドアの先は一直線の廊下。すぐ近くに隠れられそうな場所を発見してそこに一目散に逃げ込む。
「あれ?スバラシイコエノヒト?」
可可が廊下に出たとき、彼女の姿は見えなかったという。あたりを見回している隙をつき、彼女は階段を降り一息ついた。
「あの娘、同じクラスかぁ…大変そう」
それが息を整えて出た最初の一言だった。
◇◇◇◇◇◇
「えっと…。吹奏楽部にテニス部。演劇部…」
場所は変わって下駄箱前の掲示板。ここでは新入生のために様々な部活がポスターを張り出している。ラインナップは新設校というだけあって今のところ4つの部活しかない。一つ一つ読み上げながらポスターを熟読していると
「皆サンはスクールアイドルに興味ありまセンか?!スクールアイドルに興味ありまセンかぁ?!」
体が一瞬固まった。恐る恐る後ろを振り返ってみると、
「可可は皆サンと一緒にスクールアイドルがしたいデス!」
明らかに自作であろう『Let'sスクールアイドル』とかわいらしく書かれた看板を手に、スクールアイドルなるものを勧誘する可可の姿があった。
(見つかりませんように…)
そう祈りつつ別ルートに向かって体を向けた。…のだが
「アッ!!」
「ヒっ!?」
見つかった。
「怖い怖いぃぃぃ!!」
「为什么要跑啊!人家只是和你一起做学园偶像而已啊。和我一起做学园偶像好不好嘛!(なんで逃げるのですか!私はあなたと一緒にスクールアイドルがしたいだけなのに。一緒にスクールアイドルやってくれますよね?!)」
怒涛の中国語ラッシュが襲う。順番は違えど。朝に喰らったコンボを再度喰らったことにより痺れを切らしたのか、とうとう叫ぶに至った。
「何言ってるかわかんないよぉ!!」
彼女の必死な叫びを聞き、我に返った可可は「失礼しマシタ」と言って目尻に溜まっていた涙を拭うと、朝の自己紹介と変わらぬトーンで挨拶を始めた。
「改めマシテ、ワタシ可可。唐可可と言いマス!」
「渋谷…かのんです…」
再度の自己紹介を聞き終えた可可は看板を持ち、かのんと向かい合う
「かのんサン!あなたの歌はスバラシイです。なので可可と、スクールアイドルを初めてみまセンか?」
「スクールアイドルって、学校でアイドルってやつでしょ?」
かのんも一応スクールアイドルの知識は頭の片隅にあった程度だったが、そのスクールアイドルに自分が誘われているという状況に困惑しながらも、とりあえず彼女の話を聞いてみることにした。
「スクールアイドルに憧れて日本に来マシタ!かのんサンの歌はスバラシイです。是非、ワタシと一緒にスクールアイドルを…」
自分の歌をスバラシイと称されたかのんだが、一瞬表情を曇らせるもすぐに可可に向き直った。
「ごめんね。やっぱり私は遠慮しておく」
「なぜデスか?」
「こういうの、やるタイプじゃないっていうか…」
口ではこうは言っているものの、本当は幼少期のころに抱えたトラウマがあるからだ。だが、そんなことは知る由もない可可はかのんへの勧誘を続行する。
「そんなことありまセン。スクールアイドルは誰だってなれマス」
新手の宗教団体よろしく何事もポジティブ方向へと持っていく可可VSトラウマのために絶対になりたくはないかのん。ここで可可がとてつもない一手を繰り出す。
「それにかのんサン。すごくカワイイです!」
「はぁ!?///」
まさか自身の顔をこのように称されるとは思っていなかった故、顔を真っ赤にして驚愕の意を示す。
「可愛くは、ないと思うけど…///」
多少羞恥しながらも、否定の言葉を何とかだすかのん。
「歌がお好きなんでしょう?」
ハッと息をのむ。まさか初対面の人に自分の好きなことを見透かされるとは。
「嫌いじゃ…ないけど…」
ここは素直に答えることにした。すると可可はスカイブルーの瞳にさらなる光を宿し、語り掛ける。
「絶対好きデス。可可分かりマス!だからかのんサンと一緒に始めたい。そのスバラシイ歌声を是非、スクールアイドルに…」
「このチラシを配っているのはあなたですね?」
まだ続くと思われていた可可による勧誘は、一人の少女によって中断された。かのんたち2人とは違い上を白一色で包まれた制服に身を包んだ彼女は、ポニーテールを揺らしながら2人の前にくると、とあるチラシを目の前に掲げた。
「勝手にこんな勧誘を…。理事長の許可はとったのですか?」
「アッ…スミマセン。可可はただ、スクールアイドルを始めたいと思いマシテ」
スクールアイドルという単語を聞いた途端、表情が曇る。
「いけまセンでしたか?この学校は音楽に力を入れると聞きマシタので、可可はここに」
可可は考えていた。音楽に力を入れているこの学校だからこそ、スクールアイドルの活動が許されるのではないかと。だが、割り込んで帰ってきた答えは想像とは真逆のものだった。
「音楽に力を入れているからこそ、勝手なことはやらないでほしいのです」
可可がやりたいと思い始めた行動を勝手なことと言い捨てられたことに少しばかりの苛立ちを覚えたかのんは、自ら先陣を切って反論しようと前にでた。
「ちょっといい?いきなりそんなこと言ったら、可哀そうなんじゃないかな?海外からきたばかりなのに」
だが、この少女。そんな彼女の反論も気にもせず、冷たい目で言葉を続ける。
「あなたは?この生徒と関係があるのですか?」
彼女の問いに先ほどの追い回しがフラッシュバックしたが、もう名前を知っている以上関係はあると判断し答える。
「関係…まあ、なくはないというか…」
「それならあなたにも言っておきます。この学校にとって音楽はとても大切なものです。生半可な気持ちで勝手に行動するのは謹んでください」
言うべきことを全て言い終えたのか、背を向けて去っていく。だが、彼女のあまりの理不尽かつ身勝手な態度にかのんもさすがにムッとなり言葉を強く返す。
「生半可かどうかなんてわからないでしょ!?なんでスクールアイドルがダメか、ちゃんと説明してあげなよ!!頭ごなしに駄目だなんて可哀そうでしょ!?」
かのんの言葉に反応し、こちらに振り向く少女。そして出てきた言葉はただ一言
「相応しくないからです」
「相応しいってなに?スクールアイドルのどこが相応しくないって言うの?」
「少なくともこの学校にとっていいものとは言えない」
「どうしてそんなこと言い切れるの!!」
徐々にヒートアップしていく会話だが、ここで少女が一言。
「あなたはどうなの?」
「え?」
「あなたもやりたいのですか?スクールアイドル」
熱くなっていた心が一気に冷やされる感覚がした。かのんは可可を庇おうと反論しているのはスクールアイドルがしたいのではないかという考えがあったが、彼女の反応を見てそうではないらしいと判断した少女は今日は帰るよう苦言を呈してこの場を去っていった。
「かのんサン。ありがとう」
「いいよ。気にしないで」
かのんはリュックを拾い上げると、おもむろに口を開く。
「私ね?音楽科の受験落ちたんだ」
この結ヶ丘女子高等学校は、音楽に力を入れている学校。故に学部は普通科と音楽科の2つしか存在しない。もともとかのんの目標は、音楽科に受かることだったのだ。
「大好きなんだけどね。才能ないんだよきっと。だからもう…歌はおしまい」
どこか悲しそうな眼をしてそう呟くかのんに可可は心の中で何かが沸き上がるのを感じた。階段を上り始めて残り数段に差し掛かったころ、可可は意を決したようにかのんに呼びかける。
「かのんサン!!」
「ん?」
呼び止められ、顔だけを後ろに向ける。可可は看板を抱え、大きく息を吸い
「オシマイなんてあるんデスか!?」
「え?」
目がかすかに見開いた
「好きなことを頑張ることにオシマイなんてあるんデスかぁ!?」
後に、かのんは語った。この時からすでに、かすかに自分の中に存在していたという。芽吹いたばかりの、まだ名もないキモチが。
思い立ったが吉日。
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