火竜(サラマンダー)も異世界から来るそうですよ?   作:shoshohei

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 修正しました。……ふう、だんだんこの作業も終わりが見えてきたな。うん


ペルセウス

 「…………で? そこの美少女様は一体何だってんだ、黒ウサギ」

 

「あい。さっきレティシアって言ってたけど」

 

 要領を得ない事が不服なのか、ソファに腰掛け退屈そうな表情を浮かべる十六夜と、純粋に疑問を抱いた様子で小首を傾げるハッピーが問うた。

 質問を受けた当の彼女は、同じくソファへに座る少女へと持参したティーセットを置くと、失念していた事情を思い出し口元に手を当て恥じるように苦笑して返答。

 

「そう言えば、まだ皆さんにはお話していませんでしたね。この方が旧〝ノーネーム〟に在籍されていた仲間であり、元・魔王でもあるレティシア=ドラクレア様です!」

 

「様はよせ黒ウサギ。今の私は他者に所有される身分。〝箱庭の貴族〟が物に敬意を払っては嗤われてしまうぞ」

 

 大々的に紹介を受けた少女―――レティシア=ドラクレアは、苦笑して彼女を諌め、注がれたティーカップに手を付けた。

 一挙手一投足が絵になる可憐な容姿。更には己が美貌を鼻に掛けた傲慢さを微塵も見せない言動。黒ウサギに勝るとも劣らない美少女と言えよう。

 

「…………」

 

 そのような彼女に、先程から黙していた桜髪の少年の直線的な視線が注がれる。

 己に向けられる奇妙な双眸に気付いたレティシアは、小首を傾げてナツを見返した。

 

「どうした? 私の顔に何か付いているか?」

 

「……別に。ただ魔王ってのはちっこい奴がなるルールでもあんのかなーって思ってよ。白夜叉も小さかったからな」

 

 気軽な調子で口にされたナツの感想。レティシアは一瞬目を丸くすると、次いで噛み殺しながらも肩を震わして笑い始めた。

 突発的な彼女の反応に、ナツは眉間に皺を寄せて不愉快な感情を見せる。

 

「……なんだよ」

 

「ふふ……いや、済まない。あまりに話に聞いていた人物像と相違ないのでな。そうか、君がナツか。白夜叉の言う通り、自分を偽らない男だな。しかし魔王は体躯が小さい者がなるというルールはないよ。それに小さいからと言って闘えない訳でもない。安心すると良い」

 

「そォかい」

 

 鼻を鳴らしてそっぽを向くナツ。最早聞きたいことはないと暗に示していた。

 入れ替わって、今度は黒ウサギが彼女へと質問する。

 

「して、本日はどのようなご用件でしょうか?」

 

 レティシアは他者に所有されている身分である。主の命もなくこの場に現れたということは、何かしらのリスクを背負っているということになる。

 ただ会いに来た、ということでは無いだろう。それならば彼女はジンにも顔を見せない理由が見当たらない。

 ならば、彼には話せない事でもしに来たのか。黒ウサギの推測が混ぜられた問いかけに、レティシアは微笑して首を振った。

 

「それほど大層な事ではないさ。再始動した〝ノーネーム〟がどれほどの力を持っているか、それを見に来たんだ。ジンに会わないと言ったのは、単に合わす顔が無いだけだよ。お前達の仲間を、結果的に傷つける羽目になってしまったのだからな」

 

「耀の怪我はてめぇが…………ッ!!」

 

 犬歯を剥き出し、射殺さんばかりの眼光を少女に向けるナツ。

 今の話をそのままに取れば、つまるところガルドへを鬼種へと化し、耀が負傷する原因となった吸血鬼の正体はレティシアだったのだという。なればこそ、ナツ・ドラグニルは怒りを覚えずにはいられない。

 何故ならナツにとって仲間とは、唯一無二の存在。みすみす失ってはならぬもの。仲間は守って当たり前。家族は助けて当然。どのようなことをしても手から零れ落としてはいけないのだ。一抹の疑問すら抱かず、傷つけられたのならば憤怒を抱かぬ道理はないと信じて疑ぬ故に。そうやって彼は妖精の尻尾(かぞく)に教えて貰ったから。

 

「……本当に申し訳ないことをした。怪我をしたその子にもよろしく頼む」

 

 怒気溢れる感情を受ける彼女は、心底申し訳なさげに頭を下げる。誠意が見てとれるその姿を見たナツは、怒りの行き場を失くした様に一瞬戸惑いの表情を浮かべ、ばつが悪そうに明後日の方角に向いて舌打ちするに留まった。

 

「……つまり、レティシアはオイラ達を試す為に今夜此処に来たってこと?」

 

 ナツの肩に攀じ登っているハッピーから、真剣な表情での質問が飛ぶ。下げていた頭を上げて、レティシアは首肯した。

 

「あぁ。実は黒ウサギ達がコミュニティの再建を掲げたと聞いてな。『何を馬鹿なことを』と憤ったよ。……黒ウサギ、それがどれだけ茨の道かを、お前はよく知っている筈だからな」

 

「………」

 

「黒ウサギに会って、解散するよう説得するチャンスを得た時………看過出来ぬ話を耳にした。神格級のギフトの保有者と、白夜叉の炎を喰らった大馬鹿者が加入したとな」

 

 黒ウサギの視線が自然と十六夜とナツへと移る。レティシアは白夜叉にでもその話を聞いたのだろう。

 恐らく本来四桁外門に本拠を持つ白夜叉が、最下層たる七桁にまで足を運んでいたのは、秘密裏にレティシアを運んでくるためだったのだ。

 

「そこで私は一つ試してみたくなった。その新人達がコミュニティを救えるだけの力を秘めているのかどうかを」

 

「……結果は?」

 

 真剣な双眸で問う黒ウサギ。レティシアはやはり苦笑して首を横に振るう。

 

「生憎だが、ガルド程度では当て馬にもならなかったよ。ゲームに参加した彼女達はまだまだ青い果実で判断に困る。精々判ったのはナツ・ドラグニルが白夜叉の炎を喰らったというだけのもの。……此処まで足を運んでみたが、さて私はどうするべきか」

 

「違うね」

 

 困惑的な口調で述べるレティシアの言葉を、十六夜は一言で断じた。

 彼は軽薄な笑みを浮かべて続ける。

 

「アンタは言葉を掛けたくて此処に足を運んだんじゃない。黒ウサギや御チビ達が今後、自立した組織としてやっていける姿を見て安心したかっただけだろ?」

 

「……ああ、そうかもしれないな」

 

 自嘲的に笑って肯定する吸血鬼。相も変わらず笑みを変えない十六夜は、気軽な声で続けた。

 

「その不安、払う方法が一つだけあるぜ」

 

「何?」

 

 急遽口に出された言葉の内容をレティシアは訝る。

 彼女に投げかけた台詞の主は、彼女の反応を楽しむようにより一層口の端を横に裂き、笑みを喜悦に滲ませ、静かに席から立って告げた。

 

 

「簡単な話だ。アンタは新生〝ノーネーム〟が魔王を相手に戦えるか不安で仕方ない。それならその身で、その力で試せば良い。―――どうだい、元・魔王様?」

 

 

 

 

 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

 

 時刻は夜の帳が下りる頃になっていた。

 本拠の外には寒々とした風が吹き付け、天上には麗らかに光輝を放つ満月が昇っている。絵画に描かれてもなんら不思議ではない月の下、月光に照らされた本拠の中庭に存在する複数の人影。内の二つは向かい合う形で対峙し、他はそれらから距離を取る位置に陣取っていた。

 

 一つは、漆黒の双翼を広げ宙に浮遊しているレティシア=ドラクレア。

 一つは、拳を握っては開いてを繰り返しながら、薄い笑みを浮かべる逆廻十六夜。

 そして、

 

「だぁぁぁぁッ! 離せってんだ黒ウサギ! マフラーを引っ張るんじゃねえッ!! 破けちまうだろ!?」

 

「NOですダメです断固として許しませんっ! だって手を離したらそんな怪我をしてるにも関わらず、ナツさんは御二人の間に突撃なさるでしょう!?」

 

「それの何がダメなんだよ!?」

 

「何がダメって……えぇ!?」 

 

「うーむ……ナツが無理に逃げられないようにマフラーを掴んで離さない、考えたね黒ウサギ。まだ会って間もないのにそこに目をつけるだなんて、きっと才能があるよ、あい!」

 

「心底どうでもいい賞賛ありがとうございます! できればそれよりも手伝って欲しいのですけどねッ!!」

 

 静謐な情景には似つかわしくないことこの上ないやり取りを繰り広げる二人と一匹。即ちはナツ・ドラグニルとハッピー、黒ウサギの三名である。

 こちらは今にも決闘の空気が充満しているというのに、お構いなしにぎゃーぎゃー喧しい喚き散らすマイペースな彼らにレティシアの口から苦笑が漏れる。全盛にあった〝ノーネーム〟のメンバーも飛びぬけて個性派ぞろいであったが、彼らもまた一段と濃い面子のようで。

 在りし日の記憶が掘り起こされ、吸血鬼は少しだけ過去を懐かしくむ。

 

「なんとも賑やかなものじゃないか。能天気と否定はされればそれまでだろうが、私としては随分と好ましいと思うよ」

 

「そりゃあどうも。若干一名と一匹、能天気を通り越して馬鹿としか言いようのないのが居るがな。……まあ面白いっちゃ面白いからいいんだけどよ」 

 

 飄々とした様相を崩さない十六夜は呆れた調子で肩を竦めた。どうやら少年二人の馬は、噛み合っているようで奇跡的に掛け違っているらしい。なるほど、確かにこれは面白い。窓際で聞いていた先ほどの論争のことも加味して、レティシアはクスリと微笑する。

 

「っつーか、ンなことよりさっきから気になってたんだが」

 

 彼女の内心知らずして、十六夜は一目で好奇が分かる双眸を背に生える漆黒の翼に向けた。

 

「箱庭の吸血鬼ってのは翼が生えてるもんなのか? 俺からしてみりゃ結構物珍しいぜ」

 

「あぁ。尤も翼で飛行しているわけではないのだがな。……制空権を握られることは不服かね?」

 

「いいや、問題ねえよ。第一『飛ぶのは反則』だなんてルールは無かったわけだしな。何より設けたところで無粋極まる」

 

 失笑して首を横に振る快楽主義者。上を取られるということは不利を受け入れるということなのだが、眼前の相手は歯牙にもかけずに構えている。この辺りはまず評価に値するべきかと、レティシアは己の中での採点を彼へ施す。

 そもギフトゲームにおいては、対戦者が未知数であると考えることは大前提であり常識だ。手の内を知り得ない相手が出す既知外の一手に、己の持つ力で如何に対抗するか。これこそがギフトゲームの真髄にして醍醐味であるのだから。

 

 ―――気概は十分。残るは実力が伴うかどうか。

 力はこの世界においては重要なファクターになる。それが全てだとは決して思わないが、さりとて必要なものは必要。故にここで見極めると意気込んで、満月を背に滞空しながら懐よりギフトカードを取り出した。

 金と紅と黒のコントラストで彩られた彼女の代物を見た黒ウサギは、綱引きの如く引っ張っていたナツの手を急遽手放す。

 

「がべっ!?」

 

「今の悲鳴ちょっと面白かったね」

 

 必然バランスを崩し、みっともない悲鳴を上げて地面と顔面からご対面するナツ。盛大に土気色とキスを果たした桜髪の少年と、場違いにも程がある感想をつぶやく彼の相棒を意識に入れた様子もなく。黒ウサギは戦慄き顔色を蒼白に変えて叫ぶ。

 

「れ、レティシア様!? そのカードは―――」

 

「下がっていろ黒ウサギ。力試しとはいえ、これは決闘に他ならない」

 

 カードが輝きを放ち、封印されていたギフトが顕現する。爆ぜたように吸血鬼の手元に姿を見せるは、小柄な彼女の体躯を超える長柄の武具。つまるところは投擲用のランスだ。

 

「ルールを確認するぞ? 互いにランスを一打ずつ投擲する。受け止められねば敗北。悪いが先手はこちらからだ」

 

「好きにしな」

 

 頓着の様子を見せず、ひらひらと片手を振って十六夜は返答。

 落ち着いた雰囲気を醸し出す根源は自信か、はたまた慢心か。正体を見定めるべく真紅の双眸に火を灯し、金髪の少女はランスを掲げる。

 

「ふっ――――――」

 

 息を整える意味を込めて、大きく呼吸。

 そして一閃。双翼を広げ、総身を弓の如く撓らせた反動で撃ち出されたランスは、大気に可視の波紋を打ち立てて降下。空気中の摩擦により高熱を帯びた凶器の姿はさながら流星。月夜の中に紅い軌跡を描きながら、酸素を震わして少年を強襲した。

 迫る一撃。標的たる快楽主義者は、重圧を携えて堕ちる武具に微塵も気圧されず、

 

 

「―――しゃらくせえんだョ」

 

 

 拳の一打。引き絞って突き出された剛腕の凶撃によって、真正面から打破してみせた。

 

「はっ?」

 

「なっ……!」

 

「あい!」

 

「……あん?」

 

 驚嘆する二人。疑問と元気の良い声を上げる一人と一匹。後者の者らはともかく、レティシアは十六夜が生み出した現象の荒唐無稽さを理解して硬直した。黒ウサギも同様だろう。

 当然である。音速に比する速度の物質を、生身の人間の腕一つで破られたのだ。これで驚かず何時驚くというのか。更に拳撃の影響は留まらず、鋭利な先端も巧緻に作成された長柄も総じて拉げて鉄塊と化し、第三宇宙速度を維持した散弾銃の雨となって吸血鬼へと撃ち返された。

 

「…………ッ!!」

 

 近づいてくるのは凶弾の群れ。今の己では回避不可能な攻性事象に思わず失笑した。

 これほどか。これほどのものなのか。自身が見測ろうとした新人(ルーキー)は、予測の遥か上を飛び越えるほどの実力者だったのか。さすがは神格を身一つで打ち破っただけのことはある。現在のレティシアでは太刀打ちできぬのが道理であろう。

 

 だからこそ安堵する。尋常外の才能を有する彼らならば或いは―――。

 自分が傷つけてしまった彼女ら、そして試そうとしてた彼らに想いを馳せ、吸血鬼は血みどろとなって堕ちる覚悟を決め瞼を閉じた。

 その時だった。

 

「レティシア様ッ!!!」

 

 耳朶を叩くかつての後輩の声が、意識を現実へと再起させる。

 双眸を音源に向ければ、いつの間にか飛び出した黒ウサギを瞬時に払落し、レティシアを中空で抱きとめていた。加え手際のよい事に、彼女の懐よりギフトカードを手早く掠め取っていた。

 

「く、黒ウサギ! 何を……!」

 

 抗議の声に返された物は律儀な返答ではなく、悲痛な瞳と震える声音だった。

 

「ギフトネーム〝純血の吸血姫(ロード・オブ・ヴァンパイア)〟。……やっぱり、ギフトネームが変わっている。鬼種は残っているものの、神格が残っていない」

 

「…………ッ」

 

 目を背けるレティシア。近寄った十六夜とナツ達は、彼女と黒ウサギの顔を交互に見やり怪訝だとばかりに問うた。

 

「……なんか良くわかんねーが、つまり今のこいつは昔みたいに強くはねえってことか?」

 

「あい。さっきのを見るとそうっぽいね」

 

「YES。当時の武具は多少は残してありますが、身に宿る恩恵(ギフト)は……」

 

「ハッ、とんだ肩透かしを食らったもんだ。残ってるのは数えて吸血鬼のギフトってところか」

 

 目に見えて弱体化した状態で挑まれたことが気に食わなかったのか、十六夜は気遣いの一つもなく舌打ちして、

 

「歯ごたえがないのは当たり前ってか? 他人に所有されたらギフトまで奪われるのかよ」

 

「いいえ。魔王がコミュニティから奪ったのは人材であってギフトではありません。武具などの顕現しているギフトとは違い、〝恩恵〟とは様々な神仏や精霊から受けた奇跡、云わば魂の一部。隷属させた相手から合意無しにギフトを奪うことは不可能です」

 

 ならばこそ、彼女が神格を失った理由。レティシアが著しく弱った因果などは幾許も考えるまでもなく明白で。頭の回る十六夜でなくとも容易く導き出せるというもの。

 事実この中でお世辞にも知的とは言い難いナツ・ドラグニルは、黒ウサギの言葉を聞いた直後雷を浴びたかのようにハッとして吸血鬼を見ていた。

 

「お前……まさか、自分の力を差し出してまで、仲間のところに来ようとしてたのか?」

 

「………それは」

 

 打ち明けてしまおうか。

 脳裏過るその考えを、しかしレティシアはかぶりを振って妥協案を否定する。なにも彼女は、仲間のお涙頂戴を貰うためにここまで立ち寄った訳ではないのだ。

 されど、ここまで明かされてしまっては今更繕うことにも無理がある。身の振り方に迷い苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるレティシア。

 ナツが未だに真剣な表情でレティシアの回答を待っている中、十六夜は空気に耐えられなくなったのか、面倒くさそうに頭を掻きながら提案する。

 

「まあ、なんだ。積もる話が結構あるみたいだし、続きは屋敷に戻ってからでもいいんじゃねえか?」

 

「……そう、ですね」

 

「あい」

 

「……、」

 

 急転直下した気勢のまま一同は同意の表明として首肯した。このままでは埒が明かない。ならば一旦落ち着いて事情を聴くことが得策であろう。一応の納得を見せ、沈鬱したまま歩き出す問題児たち。

 

 ―――褐色の光が遠方から差し込んだのは、三人が歩み始めて僅か数分後のことだった。

 

「あれは……ゴーゴンの威光!? まずい、見つかった!」

 

 焦燥の声音でレティシアが叫ぶ。その間にも閃光は闇夜を裂いて直進し、先頭を歩いていた桜髪の少年に向けて真っ先に距離を詰める。当の本人は飛来する光が有害か無害かを判断しかねているのか、眉を潜めて棒立ちになっている始末。

 

「くそッ!!!」

 

「だっ、ダメですレティシア様! あれはゴーゴンの首を掲げた旗印で……!」

 

 あの光が何であるのかは重々承知。だからとて、彼をここで失うわけには行かぬのだ。

 黒ウサギの制止を知らぬ聞こえぬの姿勢で押し通し、己が持ち得る身体能力の全てを使って全力疾走。神格を失ったとはいえ、鬼種の純血である彼女の身体能力は常識外の速度を生み出した。

 褐色の光がナツを侵すよりも速くたどり着き、勢いを用いて射線軸上から押し出した。

 

「テメェッ、何を――――――」

 

「すまないな。あまり厚かましくお願いを出来る義理ではないのだが」

 

 そこで区切って。

 力を抜き、謝罪と感謝と。言葉にならぬ桁の期待と願いを込めて弱弱しく笑う。

 もしかしたら、彼らならばできるかもしれぬから。

 

〝ノーネーム(彼ら)〟を頼む」

 

 直後。

 レティシア=ドラクレアは、暗転する自意識諸共褐色の中へと呑み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

  ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

 

 周囲を照らし尽す鈍色の輝き。直視すれば視力を奪うだろう光量に、思わずナツ達は顔面を腕で覆った。

 暫しの後、光が止んだと自覚して一行は腕を下す。視界の先には美麗な金髪を靡かせる吸血鬼の姿は既に無く。

 代わりに、彼女そっくりに象られた石像が立っているだけだった。

 

「――――――――、」

 

 もはや言葉も出ず、一瞬だが呼吸することさえ忘れて、ナツはその石像に見入っている。

 光が少女を覆う前の光景を何度も繰り返し脳裏で再生し、目の前の石像と照らし合わせる。いくら単純に物事を考えるナツとは言え、これだけ明確な現状証拠が揃っていれば、少女がどうなったかなど考え出すのに時間はかからなかった。

 

 そのようなナツのことなど露知らず、光が射しこんだ方角から、翼の生えた靴を装着した騎士風の男たちが大挙して押し寄せてきた。

 

「ゴーゴンの首を掲げた刻印……やはり〝ペルセウス〟!!」

 

 黒ウサギが忌々しげに叫ぶも、男たちは一同で取り合わず、身内だけで業務確認をするが如く冷徹に話し合った。

 

「吸血鬼は石化させた。これより捕獲する」

 

「例の〝ノーネーム〟は如何します?」

 

「邪魔するようならば構わん。斬り捨ててしまえ」

 

 腰の剣を抜き、ナツ達を威嚇するようにちらつかせながら降りる男たち。その者たちの言葉を訊いた十六夜は不機嫌そうに、尚且つ獰猛に笑った。

 

「参ったな、生まれて初めておまけに扱われたぜ。手を叩いて喜べばいいのか、はたまた怒りに任せて叩き潰しちまえばいいのか。黒ウサギはどっちだと思う?」

 

「な、何をバカなことを言っているんですか! とりあえず、一旦本拠に戻ってください!」

 

 レティシアのことが気がかりで仕方が無い黒ウサギだったが、さきほど確認した男達が持っていた刻印からから察するに、相手は〝サウザンドアイズ〟の傘下コミュニティ〝ペルセウス〟。男達の言動から推測すれば、レティシアは〝ペルセウス〟の所有物ということになる。相手が〝サウザンドアイズ〟の幹部である以上、敵に回すのは黒ウサギ達の現状とてもよろしくない。だから、今は手を出したくても出せない状況にあった。

 

 黒ウサギが慌ててナツ達を本拠へと引っ張っていこうとする中、空の軍団の中から三人の騎士がレティシアの下へと降り立ち、レティシアを取り囲む。騎士たちは安堵の息を漏らしながらその石となった体に縄を掛ける。

 縄を掛けながらふと、騎士のひとりがこんな言葉を漏らした。

 

「まったく………手間をかけてくれる」

 

「危うく、ゲームを中止してまで交渉した商談が台無しになるところだったな。万が一、もしそうなればサウザンドアイズでの我々の居場所は無いわけだが」

 

「本当に面倒事を押しつけてくれるな、この吸血鬼は。もしもこのことが取引先の箱庭の外の相手にでも知れたら―――」

 

「箱庭の外ですって!?」

 

 男たちの言葉に反応して、黒ウサギが悲鳴のような声を上げる。

 彼女の声に鬱陶しげに振り返った男たちに向かって、黒ウサギが走り寄って講義を申し立てた。

 

「どういうことですか!? ヴァンパイアは―――〝箱庭の騎士〟は、箱庭の中でしか太陽の光を浴びられないのですよ!?」

 

「首領が決めたことだ。部外者は黙っていて貰おうか」

 

「っ、なんですかその態度は! ここは我々の敷地です! 勝手に入っておきながら、非礼を詫びる一言もないのですか!」

 

 喰らいつく黒ウサギ。このまま彼らの行動を許してしまえば、間違いなく石化されたレティシアは箱庭の外へと連れて行かれる。それだけは阻止しなくてはならない。

 しかし騎士たちは、その冷徹な表情を初めて侮蔑に塗れた表情に変えた。

 

「非礼だと? このような名無しのコミュニティに詫びては、我らの御旗に傷がつく。身の程を知れ、この名無しが」

 

「な、なんですって…………!?」

 

 黒ウサギの長髪が戦慄く。

 レティシアの尊厳を無視した扱いや、コミュニティを侮辱する言動の数々。ここまでくればさすがの黒ウサギの堪忍袋も限界だった。

 怒りに震える黒ウサギは、礼儀をわきまえぬ騎士たちに天誅を下そうとギフトカードを取りだした。しかそそれすらも騎士たちは鼻で笑う。

 

「闘うと言うのか?」

 

「賢明とは言えんな。自軍の旗も守ることができなかった貴様たちでは、我々とは勝負にすらなりはしないぞ?」

 

「恥を知らぬ名無しどもめ。我らに斬り捨てたくなければ、口を挟む―――」

 

 差別や侮辱といった、相手を見下した念が込められた言葉を騎士たちが口々に吐き捨て、最後にひと際豪奢な鎧を着込んだ男が言葉を吐き捨て、剣を黒ウサギ達へと向ける。

 瞬間。

 

 

「――――黙れえぇェェェッッ!!!」

 

 叫びが響いたと同時に。

 気付けば、最後の言葉を放とうとした騎士を、いつの間にか眼前まで移動していたナツが殴り飛ばしていた。顔面に拳を叩きつけられた騎士は轟音を響かせながら激突し、倒れて立ち上がる気配はない。気配を失ったとみていいだろう。

 まさか名無し風情に後れを取るとは微塵も思ってはいなかった騎士たちは、一瞬にして目の前へと移動した少年に気後れしてしまう。黒ウサギも呆気に取られて動けなかった。

 殴り飛ばされた騎士と少年を交互に見て、ようやく事態を認識して激昂し、ナツへと向けて剣を振りあげた。

 

「き、貴様…………!?」

 

「なんということをッ!!」

 

 振り上げられる剣。しかしその切っ先が、ナツへと向かって振り下ろされることはなかった。

 否、振り下ろすことができなかった、とする方が正しいか。

 

 ナツが、眼球を動かす。騎士たちを双眸が捉える。

 ただ、それだけのことで騎士たちは剣を振り下ろす動作を中断せざるを得なかった。その場にいた騎士たちだけではなく、百をも超える軍団が気後れしていたのだ。

 眼光に燃え滾る激情を宿す、怪物(ナツ)に見られたことによって。

 握っている拳がメキメキと悲鳴を上げるほどの力で握りしめる、火竜の視線によって。

 まるで石にでもなったかのように、呼吸すら意識しなければ困難になってしまうほどの緊張に苛まれた騎士たちは、振り上げた動作のままで硬直する。

 

「―――あ、れは」

 

 果てに見た。幻視であろうと、幻覚だったとしても確かに見たのだ。事実として認識したのだ。

 少年の総身より溢れ出る炎熱が形を成す時を。

 滅竜の魔炎から形成された怪物(ドラゴン)が、自身たちを睥睨する時を。

 咢がゆっくりと開かれ、自分たちへと咆哮している様を。

 冷たさを感じさせる夜風は竜炎により熱風と化し、地表を溶解し始めた火竜の雄たけびが物語る。

 

 ―――貴様ら、一体誰に縄を掛けたと思っている。

 何故この地に無遠慮に足を踏み入れた。何故我らの仲間に手を出している。

 喰われたいのか? 五体残さず破壊し尽して欲しいのか? つまるところ、潰されたいのか?

 ならば良し。望むならば我が竜炎を以って、魂魄の欠片も残さず灰燼に還してやろう。塵一つ証明としてこの世に存在を許しはしない。

 

 その怒気。その憤怒。周囲の空間が悲鳴を上げる激情を惜しみなく放出させるナツは、胸の裡で激動する意志に逆らわず行動する。

 歯軋りを起こして、堪えに堪えられない激怒を拳に込めて。

 微かな声で、訴える。

 

「テメェらが勝手に決めんじゃねえ―――」

 

 そして動く。

 

「―――レティシアの未来(あした)はレティシアのモノだッ!!!」   

 

 文字通り怒りに燃えた火竜は、レティシアを彼らに渡さないために轟々と燃え盛る炎を拳に宿し、咆哮を上げて騎士たちへと走り出す。

 しかし、

 

 

「落ち着けって」

 

 誰もが驚愕で動けない中、一人だけ平常心でいたもう一人の少年の飛び蹴りがナツへと向かって放たれる。横合いから予期せぬ攻撃を受けたナツは、砲弾のように吹き飛びながらも空中でくるりと回転して威力を殺し切り事なきを得る。

 まさか味方から蹴られるとは思ってもみなかったナツは、犬歯を剥き出しにしてその張本人────十六夜へと叫ぶ。

 

「……ってぇな、何しやがる!!」

 

「だから落ち着けって。〝サウザンドアイズ〟……白夜叉と問題を起こすのはまずいだろ? つか俺が我慢してんだ、お前も我慢しろよ」

 

「テメェ……! じゃあ目の前にいるアイツらを黙って見過ごせっていうのかよ!?」

 

「ああ、ソイツらな。もう帰ったぞ」

 

 軽く告げられた事実に、拍子抜けるナツ。

 十六夜が親指でその方向を示せば、まるで軍団など初めからいなかったかのように、綺麗な星空が広がっていた。石化されたレティシアも忽然と消えている。意識を失った騎士のひとりも、クレーターを残して消えていた。

 ナツは思わず立ち上がり、辺りを見回して捜した。しかし人っ子一人見当たらない。そんな中、黒ウサギだけがその原因を看破した。

 

「まさかあれは……不可視のギフト!?」

 

「〝ペルセウス〟が俺が想像しているのと同じなら間違いなくそうだろうな……しかし、箱庭は広いな。まさか空飛ぶ靴や透明になる兜が実在するとは」

 

「………ッ!」

 

 僅かに残った軍団の匂いを感じ取りながら、ナツは奥歯を強く、強く噛み締めた。

 匂いの残り香から推測するに、もう軍団はこの近辺からレティシアを連れて脱出してしまったのだろう。今動いたとしても、恐らく彼らには追いつけない。

 

 守れなかった。

 

 その残酷なまでに厳正な現実が、ナツの心を抉り取る。

 地団駄を踏み、癇癪を起したいほどに内心荒れているだろうナツに、十六夜がなんてことのないように告げた。

 

「おい、これから〝サウザンドアイズ〟に行くぞ。レティシアを取り戻すために」

 

「……は?」

 

「まずは手順を踏むって言ってんだ。オイ御チビ、俺達はこれから出かけてくる。春日部を頼めるか?」

 

「は、はい」

 

「もしかしたらその場で即ゲーム、なんてことになりかねないからな。御チビを本拠の護衛に残して、俺たちだけで乗り込む。どうだ、これなら文句はねえだろ?」

 

 悪戯っ子のように口角を吊り上げる十六夜を、ナツは茫然と見た。彼の言葉を己の内で必死に噛み砕き、そして僅かに瞳に希望の光を宿す。

 

「まさか……レティシアを取り戻す方法があんのか?」

 

「その方法を知ってそうな奴のところにいくんだよ。レティシアをここへ連れてきた奴なら、詳しい事情を色々知ってんだろ?」

 

 確かに。

 白夜叉の知恵を借りれば、レティシアを〝ペルセウス〟から取り戻す案が見つかるかも知れない。彼女を取り戻す希望が見えたナツは、決意を込めた表情で静かに、そして力強く頷いた。

 それを見て満足気に頷く十六夜。

 

「よし、それじゃあ礼儀知らずの騎士様達に、ひと泡吹かせる方法を探しに行こうぜ」

 

 

 

 

 

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