火竜(サラマンダー)も異世界から来るそうですよ?   作:shoshohei

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『ギフトゲーム名 〝FAIRYTAIL in PRECIOUS〟

 ・プレイヤー一覧

 逆廻 十六夜
 久遠 飛鳥
 春日部 耀
 ナツ・ドラグニル
 ハッピー


 ・〝ノーネーム〟ゲームマスター ジン=ラッセル

 ・〝ペルセウス〟ゲームマスター ルイオス=ペルセウス


 ・クリア条件 ホスト側のメンバー全員の打倒
 ・敗北条件 プレイヤー側の降伏、及び戦闘不能


・舞台詳細、ルール

 ・ホスト側のゲームマスターは本拠・白亜の宮殿の最奥から出てはならない。
 ・ホスト側の参加者は最奥に入ってはいけない。
 ・プレイヤー達はホスト側の(ゲームマスターを除く)人間に姿を見られてはいけない。
 ・姿を見られたプレイヤー達は失格となり、ゲームマスターへの挑戦権を失う。
 ・失格となったプレイヤーは挑戦権を失うだけでゲームを続行する事はできる。


  宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、〝ノーネーム〟はギフトゲームに参加します。

                            〝ペルセウス〟印』







破滅の光

 ―――ルイオスとの会談から一週間。

 

 耀とナツの怪我が完治し、まさしく準備万端な〝ノーネーム〟一行は〝契約書類〟を渡されたと同時に転移させられた〝白亜の宮殿〟の巨大な門前で〝契約書類〟の文面に目を通していた。

 ここは箱庭であって箱庭にあらず、ギリシャ神話群の主神ゼウスの血を継ぐ英雄の名を冠するコミュニティの領土である。

 

「姿を見られれば失格、か。なるほど、つまりはペルセウスを暗殺しろってことか?」

 

「それならばルイオスも伝説に倣って睡眠中だということになりますよ。さすがにそこまで油断しているほど馬鹿ではないと思いますけど」

 

 門を見上げて楽しそうに呟く十六夜に、ジンが下顎に手を添えながら答える。此度のゲームは恐らくは、ペルセウスの伝承に倣って作られたものに違いない。故にルイオスが最奥で居座っているというのは道理だろう。

 

「YES。そのルイオスは奥で待ち構えているはずです。しかしこちらは不可視のギフトを持たず、相手に姿を見られてはいけません。となれば、綿密な作戦が必要でございます」

 

 黒ウサギの意見は尤もだと言えた。

 こちらが圧倒的に不利な状況にある以上、統率のとれない動きをすればそれは言うまでもなく烏合の衆になり下がる。なればこそ、こちらに優勢を持たせる作戦が必要だった。

 彼女の意見に頷きながら、飛鳥が難しい顔で復唱する。

 

「見つかった者はゲームマスターへの挑戦権を失う。ジンくんが最奥に辿りつく前に見つかれば私たちの敗北。なら最低でも三つの役割分担が必要になるわね」

 

 飛鳥の言葉に皆が頷き、視線を彼女に向けた瞬間。

 

 背後で響く鈍い音。絹を裂くような耳障りな雑音。

 皆が怪訝な瞳で音源を探せば、今まで〝契約書類〟に黙って目を通していたナツ・ドラグニルが、両手に持っていた羊皮紙を上下に破り裂いていた。

 皆の視線を浴びながらも、少年は燃え滓となり果てた残骸を放り投げ告げる。

 

「あの野朗……レティシアをあんな目に遭わした挙句、〝妖精の尻尾(フェアリーテイル)〟の名前まで使いやがって。どこまで舐め腐ってんだ。絶対に後悔させてやんよォッ!!」

 

 火を纏う右拳を握りしめ、憤怒に満ちた双眸で宮殿を睨みつけながらそう告げる。

 当たり前だ。その為に此処に来たのだから。皆が同意の意を以って彼の言葉に力強く頷くと、飛鳥が仕切りなおしと言わんばかりにもう一度口を開いた。

 

「先程も言ったけど、このゲームには三つの役割が必要となってくるわね。……ジン君と一緒にゲームマスターを倒す役割。見えない敵を撃退してジ君達をサポートする役割。失格覚悟で囮となって他の敵達を引き付ける役割。……こんな所かしら?」

 

「なら私とナツは策適役だね。動物と滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の五感なら、不可視の敵にも対応できる」

 

「黒ウサギは審判としてゲームに参加することはできません。ですからジン坊ちゃんと一緒にゲームマスターを倒す役割は十六夜さんにお願いします」

 

 黒ウサギの言葉に十六夜が頷く。そこに割り込む声があった。

 

「あら? なら私は囮と露払い役で決定、ということなのかしら?」

 

「オイラの役はー? ねえねえ、オイラは一体何すればいいのー?」

 

 不服とばかりに唇を尖らせる飛鳥と、自身の出番の少なさに危機感を覚えたのか、小学生のように自身の役割を尋ねてくるハッピー。彼女らにしみれば面白くないのは当然と言えた。謂わば決戦時では役に立たないのだから、おとなしく露払いに徹していろと言外に告げられているのだ。尤も、飛鳥の恩恵(ギフト)がルイオスに通じないというのは事実であるのだが。だとしても反感を覚えないというわけでもない。

 不満を漏らす彼らの言に、対応したのは苦笑を浮かべる十六夜だった。

 

「悪いなお嬢様、青猫。勝負は勝たなきゃ意味がない。お嬢様の場合、まずあの坊ちゃんにギフトが通じない。青猫の場合は武力を持たないから尚更だ。奴の相手はどう考えても俺の方が適任だ」

 

 真実である。彼女ではルイオスの打倒は成し得ない。これは覆りようのない厳然たるものだ。だからと言って飛鳥が完全な足手纏いというわけでもなく、少女の力は不特定多数の人数を相手にする際にとても効率が良い。ならば適材適所。久遠飛鳥に現在これほど見合った役割はないだろう。

 納得の得られるよう説明した十六夜。だが、途中で背後に浮かぶ仏頂面を視認するとあからさまなため息をついた。

 というのも、その仏頂面を形作っている当人が飛び切りの聞き分けの無い人物だと知っているからなのだが。

 

「よお。そこのさぞ不満ですって顔してるクソ炎。テメェもなんだ? 今の役割の意味を一から十まで説明しなきゃダメなのか?」

 

 問われたナツは、()()()()()()()()()()()()()()()、すぐさま十六夜を見据えて唇を尖らせた。

 

「……ンなんじゃねえョ。ただ俺は、ちょっとアイツの面に一発かませねえのかなぁって思っただけだ。本当は直接やりに行きてぇんだ。……まあ、今回のは忍者みたいなもんだし、そういうのなら良いけどよ」

 

「要らない心配をどーも。っつうか、本当にくだらねえことを気にしてんのな。俺を誰だと思ってやがる? 十六夜様だぜ? 失敗する要素が何処にあるってんだ。確実に勝ちに行くに決まってんだろ」

 

「マジだな?」

 

 ナツにしては本当に珍しく、十六夜の挑発には乗っからず静かに問う。声音は真摯で、ふざけた答えは許さないと言外に語っていた。

 問いに、快楽主義者は不敵に笑う。自信満々に、それこそ愚問と言わんばかりに。

 

「当たり前だ。この逆廻十六夜に二言はねえよ。必ずレティシアは助け出す。……だからまあ、なんだ―――」

 

 一瞬。

 言葉を選ぶように逡巡した後、一息ついて。

 

「―――任せたぜ、()()。これはお前らにしかできねえ仕事だ。あのボンボンに行くまでの道を、しっかりと作ってくれよ?」

  

「……へっ」

 

 威勢の良い笑声が漏れる。

 同時に口角を柔らかく吊り上げた桜髪の少年は、まるで頼まれたことがさぞ嬉しいとばかりに拳を掌に打ち付けた。

 恐らくは彼にとって、これ以上ない承諾の示しなのだろう。

 

「任せとけ、()()()。しっかりと露払いはこなしてやるよ。テメェも大口叩いといてあっさり負けんじゃねえぞ?」 

 

「言っただろうが。二言はねえよ。きっちりとあの坊ちゃんはシメてやる。安心してお掃除に励めや」

 

 憎まれ口を叩きあう二人。されど彼らの間には以前のような剣呑さは介在しなかった。あるのはただ、どこか穏やかさを感じさせる感情だけだ。

 少年二人のやり取りを目にした飛鳥とハッピーは、毒気が抜かれた様にため息を突く。どうにもこの中にあっても不満を漏らし続けるのは、無粋極まる気がしてならなかったから。

 

「……仕方が無いわね。今回は譲ってあげる」

 

「あい!! ちゃんとアイツを倒してね!!」

 

 飛鳥とハッピーの激励に、肩を竦めて応じる十六夜。

 士気高まる会話に割って入ったのは、対照的に少しばかり思いつめた表情の黒ウサギだった。

 

「残念ですが、必ず勝てるとは限りません。油断しているうちに倒さなければ厳しい戦いになると思います」

 

「……あの外道、それほどまでに強いの?」

 

「いえ、ルイオスさんご自身の力はさほどでも。ですが問題なのは、彼が所持しているギフトなのです。もしも黒ウサギの推測が正しければ―――」

 

「隷属させた元・魔王」

 

 先んじて述べた十六夜に、皆の心底不思議そうな視線が集中する。構わず十六夜は素知らぬ顔で続ける。

 

「もしもペルセウスの神話通りなら、戦神に献上されたはずのゴーゴンの生首がこの世界にあるはずがない。にも関わらず奴らは石化のギフトを使ってるってことは……大方奴らが使役してるのはアルゴルの悪魔ってところか」

 

「……あ、あるごるってなんだ?」

 

「あい?」

 

 その手の話に一番疎いナツとハッピーが首を傾げる。そんな彼らに呆然としながらも、黒ウサギはしっかりとレクチャーで対応した。

 

「アルゴルというのはペルセウス座の恒星の名前なのですが……まさか十六夜さん、箱庭の星々の秘密に…………?」

 

「まあな。この前星を見上げた時に推測して、ルイオスを見たときに確信した。その後に手が開いた時にアルゴルの星を観測して、答えを固めたってところだ。ま、機材とかは白夜叉が貸してくれたしなんとかなったからな」

 

 自慢げに笑う十六夜。何が凄いのか全く分からないナツだったが、取りあえず彼が凄いということだけは認識できた。

 ほぉー、と感心の声を上げてナツが十六夜の顔を覗き込む。

 

「よく分かんねえが、お前って頭いいんだな。たまにムカつくけど」

 

「一言余計だクソ野郎。それに俺は生粋の知能派だぞ? ドアだって、ドアノブなしでも開けられるしな」

 

「…………あれ? そんな開け方あったっけ? じゃあどうやってドアを開けるの?」

 

 興味深そうにハッピーが問う。他の面子も興味津々な様子で十六夜に視線を集めた。

 十六夜はそれに答えるように、ヤハハと笑って門前に立ち、

 

 

「妙なことを聞くな青猫。そんなもん――――――こうやって開けるに決まってんだろォッ!!!」

 

 何とも単純明快なことか、豪快に巨大な門を蹴り破った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

 

 

 

 

 

 

 五階建ての作りとなっている〝白亜の宮殿〟。

 その正面玄関に位置する場所に、怒声を飛び交わせながら騎士たちが集結していた。

 

「何をしている! 小娘一人取り押さえることもできんのか!?」

 

「不可視のギフトを持つ者は残りのメンバーを探しに行け!! ここは我々で十分だ!」

 

 門が倒壊する音を聞きつけやってきた騎士たち。

 彼らが取り囲んでいるのは、ワインレッドのドレスを纏い、挑発的な笑みを浮かべる久遠飛鳥だった。

 鼻を鳴らして口角を上げる彼女。それが騎士たちの神経を逆なでにし、いきり立った表情のままに武具を向け、背後から来る号令と共に呵成な勢いを以って少女に殺到していく。

 

「―――ハッピー!」

 

「あいさー!」

 

 突如、少女の背中から純白の翼が顕現した。

 目を剥く騎士たち。一瞬幻獣か何かの類かと疑ったが、その正体が彼女の背に張り付いている青い猫だと知って更に目を見開いた。

 しかし飛鳥にとっては瑣末ごと。飛鳥は下方にいる騎士たちに向けてギフトカードを翳し、一喝。

 

()()()()()()()ッ!」

 

 中に収納された水樹から放たれるは、凄まじい勢いを伴った激流。さながら蛇のように多大な水量で以って場を侵し、武具を携えて襲い来る敵群を呑み込んでいく。

 何の前触れも無く出現した水流を辛うじて回避した騎士たちは、地上にいては敵わないと判断したのか。いつぞやのように脚に翼を生やして、上空に回避。逃れた彼らは群れを成し、飛鳥とハッピーへと片手にした槍を躊躇なく投擲した。

 降り注ぐ凶器の雨も、ハッピーはシニカルに笑うと彼女を背負いながら危なげなく連撃を掻い潜っていく。その様を唖然とした顔で見つめる騎士たちを差し置き、再び飛鳥はカードを騎士たちへと向け、そこから高速の水刃を騎士たちへと襲わせた。騎士たちは我に返ると、その迅速且つ殺傷力が強大な刃を慌てて回避していく。

 その隙に飛鳥はカードから巨大な水樹を出現させ、ハッピーと共にそこに降り立つ。またもや襲い来る騎士たちへ水流を飛ばしながら、飛鳥は内心でぼんやりと思考していた。

 

(ギフトを支配するギフト……か)

 

 久遠飛鳥の持つ〝威光〟とは、『支配する』という属性に傾いたほぼ手付かずの原石である。

 彼女の強い意志と高い素養が加わり、動植物や現象に力を与えていたのだ。増してや力を与えることができるのは動植物のみならず、勿論のことギフトにもその効果範囲は及ぶ。

 

 それが彼女が望まぬことであるにも関わらず、だ。

 彼女が口にした言葉は、彼女の意志に関わらず他人の意志を捻じ曲げて〝是〟と答えさせてきた。

 自身の言葉に常に頷く周囲。そんな世界に飛鳥は鮮やかさを感じることができなかった。そんな世界に嫌気が射して、飛鳥はこうしてここまで来たのだ。

 そうして来てみれば、自身の思い通りにならないことが数多起こったではないか。更にこの世界で仲間が、たくさんの友人が出来た。これで歓喜せずにどうしろという。

 

 故に飛鳥は彼らの意志を二度と剥奪せぬように、二度と彼女から色のある世界を奪わないために。人心を操る方向に力を伸ばすのではなく、また別の対策を講じた。

 それこそが、ギフトを支配することによってギフトに宿る力を引き出すというもの。根底に秘められた強力性を開花させることによって、仲間たちの助けになろうというものだった。これならば春日部耀や逆廻十六夜、ナツ・ドラグニルやハッピーらの心を捻じ曲げてしまうことも無いだろう。

 

(……だけどそれはそれ。今はこの水樹を操るのが精一杯というのは頂けないわ)

 

 新たな己の才能の活路を見出したというのに、飛鳥の顔には不満の色があった。

 もしも彼女の〝威光〟がもっと支配力が強いギフトへと成長を遂げていたのならば、彼女は〝ノーネーム〟の宝物庫にあるという武具を多数持ちだしていたはずだ。

 そうしないのも、彼女に従うギフトが水樹しかないからだ。些か高慢とも言えるほどにプライドが高い飛鳥からしてみれば、自身の手が行き届かない物があるというのは理解はしているが、やはり不満だった。

 

(けれど今はいいでしょう。今まで周囲が首を縦に振るしかなかった世界ですもの。これぐらい反発してくれないと張り合いがないわ)

 

 飛鳥は不満な表情を一転させ、不敵な笑みで眼下の騎士たちを見下ろす。

 その横でハッピーが丸い尻を騎士たちに向けながら、馬鹿にしたように尻を叩く。

 加え挑発。

 

「や~い、悔しかったらここまでおいで~!!」

 

 ハッピーの小学生ばりに子供じみた挑発に騎士達は憤慨の念を見せつけるも、何もできずにただただ木の上を睨みつけるだけ。

 今にも地団太を踏みかねない彼らを愉快気に見下し、飛鳥は言葉を放つ。

 

「全く、こんな猫一匹と小娘一人に振り回されているようでは〝ペルセウス〟の名が泣きましてよ? もう少し頑張ってみてはいかがかしら?」

 

「小娘が………ッ!!!」

 

「その小娘に指一本触れらないなんて、オイラ情けなさ過ぎて涙がでてくるよ。ぐすんっ」

 

「あら、上手いことを言うわねハッピー。本当にその通りだわ」

 

 正しく言いたい放題。思うがままに罵倒を振われ更にいきり立つ騎士たち。傍目から見ても更に殺気立った英雄の子孫たちに、嘆きの如き蔑みを止め、少女と猫は毅然とした瞳で向き直った。

 その場を代表して飛鳥が告げる。

 

「〝名無し風情〟に喧嘩を売るなんて、百億年早くってよ? 今からそれを思い知らせて差し上げるから、どうぞゆっくりしていきなさいな」

 

 

 

 

 

 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

 

 

 

 二手に分かれた片割れ。つまるところは陽動作戦を担う少女とは反対に、最奥を目指す別動隊である十六夜たちは、宮殿に配置された備品や建造物の物陰に隠れて行動していた。

 慌ただしく鳴る騎士たちの足音。擦れて響く甲冑の音。それらが耳朶を叩く中でも誰にも見つかることは無く、ここまで誰一人として失格者を出さずに踏み込むことに成功している。飛鳥たちの陽動作戦が功を奏しているという証明であろう。ナツ達の索敵を未だ使う必要性も無く、〝ノーネーム〟一行は密やかに、されど確実に歩を進めていた。

 その中で。

 

「……ねえ、ナツ。さっきからずっと思っていたんだけど」

 

「しーっ。声を上げてはいけないでござるよ、耀。ニンニン」

 

「あ、ごめん。……って、そうじゃなくて」

 

 柱の陰で身を屈め、集団の先頭に立って警戒態勢に入っている春日部耀は、懐疑と困惑。更に特大の馬鹿馬鹿しさを含んだ視線を隣へと向ける。何故そのようになるまでに至ったのか。甚だ分からぬと、少しばかりのため息を小口から漏らしながら。

 

「その『ござる』って語尾と顔に巻いたマフラー。……何?」

 

「何って、バッカお前分かんねえの? でござる」

 

 分からないから聞いているのだ。内心で抑えながらも、仕方がないと言わんばかりに首を横に振るナツ・ドラグニルの返答を待つ。

 現在彼の風貌は異様の一言に尽きた。否、異様というよりは場違い感丸出しと言うべきか。とにもかくにも実用性皆無の状態で、大凡意味など欠片も見いだせない。傍から見て完全に遊んでいると言う他ないだろう。

 

 目だけを残して顔全体を覆った、親から貰ったという鱗模様のマフラー。

 全体の服装としては変わりはない物の、両手を胸の前で組んで両方の人差し指と中指を立てながら『にんにん』と吐かれる、どこかで聞いたことのあるようなフレーズ。

 全く以って意図が理解できない格好をした魔導士は、無駄にキッと眦を決して、

 

「ルールには〝姿を見られてはいけない〟と書かれていた。じゃあ見つからないようにしなきゃいけねえ。だとすれば隠れる。隠れると言えば忍者! 俺の好きな忍者ッ!! だったらやらないわけにはいかねえだろッ!? でござる」

 

「煩いから少し黙ろうか。ナツ」

 

「役割分担、間違えちまったかなぁ……」

 

「あ、あはは……」

 

 本当に間違えたかもしれない。

 背後で漏らされる十六夜のぼやきに、耀は思わず賛同してしまいそうになった。だってジンもフォローできずに完全に愛想笑い全開という状況だ。行動全てに喧しい要素が付随してしまう馬鹿(ナツ)に、隠密行動に同伴させたことは間違いと難易度を跳ね上げるだけの行為に等しいと言える。これならば飛鳥たちと一緒に大暴れしてくれていた方がまだ安心だった。

 しかし、ハッピーという騒音増幅器が居ないだけマシというもの。無理やり思考をポジティブな方向に持ち直しながらも、若干の疲労感を得てしまって少々のため息を漏らす耀。

 

 ―――直後、鼻に付く他者の匂い。耳朶に届く別の足音を、彼女の鋭敏な五感が逃さず捉えた。

 

「……ナツ」

 

「おう。分かってるでござる」

 

 語尾はそのままの彼を気にしていては時間の無駄なので取り合わず、確認を取りつつも耀は背後の十六夜たちに振り返らずに告げた。

 

「二人とも、隠れて」

 

 同時に飛び出す。狩りをする獣の如く腰を屈め、ナツと耀は柱の陰から一斉に表へと躍り出た。

 相手は不可視。されど匂いや行動に付与される物音までも消すわけではない。故に、五感全てが常人とかけ離れた彼らにとっては相手方へのアドバンテージになり得ない。見えようが見えまいが、位置を寸分違わず把握することが可能である。

 

「そこだァッ!!」

 

 虚空へと右腕を突き出し、掌中より人の顔と同等の体躯を持つ炎弾を射出するナツ。一見すれば的外れな攻撃だが耀には分かる。

 ()()()()、弾の射線上に。 

 

「何……!?」

 

 その証明として上がる驚愕の声。炎弾は一顧だにせず音速を超える速度で直進し、敵手の腹部と思わしき箇所で着弾し爆発。生まれた衝撃で以って壁際へと勢いよく叩き付けた。

 反響する苦悶と、ひび割れる壁面。相手方へと痛撃を与えたこの瞬間を、春日部耀は確実に物にする。

 

「逃がさない」

 

 研ぎ澄まされた五感で正確に不可視の騎士を捉え、間髪入れずに強襲。感覚を信じて回し蹴りを見舞えば、確かな手応えと共に色のついた騎士が姿を現し地に伏す。完全に意識を絶ったとみて間違いないだろう。

 横たわると時同じくして敵の頭から離れ、カランと乾いた音を立てて落ちる兜。恐らくは例の不可視のギフトでに違いない。これを使って相手は姿を隠していたのだ。

 敵の危険性の排除を確認してか、柱の陰に隠れていた十六夜たちもこちらへと歩み寄ってきていた。

 

「ホレ、御チビ。被っとけ」

 

「わっ」

 

 転がっていた兜を拾い上げ、乱雑な仕草でジンに被せる十六夜。瞬間、少年の姿は周囲の色と同化して掻き消えた。これで現状、真っ先に危険視すべき要因である『〝ノーネーム〟側のゲームマスターの発見』は潰すことに成功したと言えよう。

 

「現状速攻で敗ける確率は限りなく低くなった訳だが……まだ安心できねえ。最低でもあと一つ、あのボンボンを相手する俺の分が欲しいところだな」

 

「任せて。私たちが確保する。二人もいれば多分どうにか出来ると思うしね」

 

「忍者は素早く、そしてコッソリと相手をぶっ飛ばすべし」

 

「さっきのは全然忍者っぽくなかったけどな。……まあいい。ソコんところは二人で頼んだぜ」

 

 耀たちに檄を入れ、再び柱の陰へと十六夜は走っていく。彼の姿が完全に隠れたことを確認した耀は、未だ見様見真似の忍者スタイルを貫いているナツへと向き直った。勢い余って何処ぞへと飛び出していきかねない彼には、今のうちにこれからの方針を離しておかなければならない。

 

「まずは最奥への道を見つけよう。きっと見張りがルイオスへ続く階段を守っているはず。私たちで道を開ければ、少なくとも十六夜たちが行ける可能性は増えるし、探し回っている間に兜を回収できると思う」

 

「敵の親玉への手がかりを探す……更に忍者っぽいな! ニンニンっ」

 

「あぁ、うん……そうだね」

 

「よっしゃ燃えてきたァァッ!! 取り合えず片っ端からぶん殴りまくって―――」

 

「いたぞ! 名無しどもだ!」

 

 勝手に燃えているナツの大声を聞きつけたのか、少年の言葉を遮る形で数十人の騎士たちが騒がしい足音を立てて迫ってきていた。

 馬鹿の行動に気を取られ思わず遠い目をしていた耀は、ハッと我に返り迎撃準備を整える。周囲には不可視の敵の姿は確認できないが、このようなところで時間を潰すつもりもない。迅速に突破するべく両脚に力を籠めるも、彼女よりも先に火竜(サラマンダー)が抜刀する騎士たちへと突撃していた。

 

「速い……」

 

 率直に舌を巻いた。白夜叉の決闘の際に見たあの半身を竜の物とした速度には及ばないものの、されど耀の目からしても彼の走力は常軌を逸していた。音速を遥か後方に置き去りにする速力で一つの砲弾と化したナツは、騎士たちが抜き放った剣を振り下ろすよりも先に懐へと飛び込む。

 

「貴様…………っ!?」

 

「忍法ぶっ飛ばしの術ゥッ!!」

 

 ―――それ絶対忍法じゃないよね。ただの体当たりだよね。

 

 内心で現状を的確に得た感想を抱く耀の心情を知らずして、身一つを用いた突撃で大気に波紋を引き起こしたナツは、騎士の集団を苦も無く弾き飛ばす。敵手は悲鳴を上げながら天井を、壁を、四方八方に顕在する障壁を宇宙速度を維持しながら幾重にも突き破り吹き飛んでいった。

 まるでボーリングで転倒するピンの様に集団を薙ぎ倒した竜の魔導士は、足でブレーキを掛けた後腰に手を当て愉快とばかりに胸を逸らして呵々と大笑。

 

「かーっかっか! 見たか俺の忍法をッ!!」

 

 フロア全体に響かんばかりの笑声。悩みなんてこれっぽっちもございませんと言外に語る意気揚々とした姿勢に、頭が痛くなってくるような気がして額に手を当ててかぶりを振った。

 本当にこの男は、いつも威勢の良さと能天気ぶりだけはメンバーの中で飛びぬけている。本当にそれだけだが。

 

「……ナツ、忍法は忍ぶ技のことを言うんだよ? 全然忍んでないよね、滅茶苦茶目立ちまくりだよね。全く以って忍者っぽくないよね」

 

「何ィッ!? これって忍者っぽくねーのか!?」

 

 本気で忍者になり切れていると思っていたらしい。どこまでもおめでたい思考に、ドッと疲労感を感じて肩を落とした。しかしこれ以上目立たれては敵わないので、此処は一旦お手本でも教えて落ち着いて貰わねば状況は好転しない。

 耀は忍者の何たるかを教えるために口を開いた。

 

「……あのね、忍者っていうのは、」

 

 

 言葉を紡ごうとした刹那。

 視界が急激に揺れると共に、春日部耀の総身を莫大な衝撃が襲う。眼前からナツの姿が消えたと思ったら、間を空けずに軽い浮遊感が去来する。羽毛の如き軽さも一瞬で、僅かなタイムラグを経てやってきたのは固い感触と激痛だった

 二度、三度と物理的に脳を激しく揺さぶられ、そこでようやく自身が吹き飛ばされ床を転げまわっているのだと自覚する。

 

「耀――――――ッ!?」

 

 案じた声を挙げて駆け寄ろうとするナツ。しかし最中、彼の頭部が前触れもなく鈍い音を立てて急激に仰け反る。

 よろめき後退した続けざまに、今度は右へ左へ前方へと奇怪な動きで身体を前傾させて踊り始めた。傍から見れば御ふざけにしか見えぬ奇行は、総身をくの字に折り曲げ、表情を歪め壁際まで吹き飛ぶ一人芝居に早変わりする。

 

「ガッ…………!」

 

 苦悶の声を漏らして膝を折るナツ。第三者から見れば挙動不審極まりない光景だが、耀は既に行動の起因が何であるかを看破していた。

 

 ―――このフロアに居るのだ。不可視のギフトを持った騎士が、ナツに攻撃を加え続けていると理解できる。尋常ではない頑丈さを持つ少年に痛痒を加えていることから察するに、限りなく鈍重な武具を装備していることが分かる。鈍器の類に違いないだろう。

 

「どう、やって……」

 

 痛む腹部を押さえ、咳き込みながらも周囲を探るが、臭気や呼吸の動き、熱量や物音までも微塵として感じられない。殴られるまで接敵に気づけないとなると、敵が使用している物はレプリカなどでは断じて無く、死の国の加護を持つと言われるハデスの兜の本物と見て間違いはない。相手は此処に来て、動物や竜の五感をもすり抜ける完全な気配遮断を可能とする手札を投入してきたのである。 

 

(不味い……速く手を打たないと)

 

 現状十六夜たちは発見されていないだろうが、このまま敵を阻めねば時間の問題だ。

 ジンと十六夜、彼ら二人を見つかることなく最奥まで送り届けねばならないというのだから、状況は最悪の一言に尽きる。ジンが見つかる可能性はほぼ無いとはいえ、十六夜と言う直接対決の戦力を失格にされては元も子もない。早急に打破しなければ敗北は確実と言えるだろう。

 故に春日部耀は、自身が持つ恩恵の中から最適な能力を詮索する。己が紡いだ数々の出会いで得た軌跡(キズナ)の中から、この困難に相応しい能力を記憶より掴み取ろうとして、

 

 

(いて)ェ…………」

 

 

 鉄塊を振り下ろすが如き、重低な暴獣の唸りを聞いた。耳にするだけである種の束縛さえ感じさせ、思考を無理やりに断絶させてしまう言い難い暴力を内包した獣の声を。

 同時に肌に絡みつく熱量。ひらひらと中空に舞う数々の火花。気流の元を辿って振り返れば、衰える余地を感じさせない灼熱を纏う怪物の姿。

 足元の床を融解させ犬歯を剥きだし、双眼の持つ威圧的な眼光を絶やさない竜殺しに、耀は一つの種のイメージを連想する。

 

「ドラ、ゴン…………」

 

 ドラゴン。竜。外界の数多の世界に置いても最強の幻想種と名高い力の象徴。

 少女の目は今、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)が、幻獣の頂点に君臨する生命体の容姿を映し出している。

 あれだけ打撃を受けておきながら、傷一つない身体よりも。痣の欠片さえ見当たらない総身の堅牢さよりも。

 春日部耀には、眼前の錯覚がより強烈さを放っていた。

 

「皆伏せろォオ!!!」

 

「…………ッ!」

 

 一帯を震わせる大喝で我に返る。発せられた言の意味を即座に察し、耀は痛みが残った体を無理やりに動かし、迅速な手際で丸まり蹲った。十六夜やジンも、ナツの性格が分かっているが故に同じ行動をとっているだろう。

 だが襲撃者だけは違う。彼の人となりを知らない者が、両腕を勢いよく身体に引き寄せる行動の意義も、先ほどの言葉に含まれた考えを即座に理解することなど出来るはずがない。

 

 だから、勝機は此処にある。

 だから、回避の暇を与える理由などどこにもない。

 

「―――火竜の翼撃ッ!!!」

 

 総身の回転と共に振るわれる剛腕。二つの腕に纏わりついた竜炎は、巨木の倍以上の太さと質量を有する炎翼となり第三宇宙速度で柱を、壁を、フロアの上半部分を塵灰へと化して尚止まらず、更に壁の向こう側にある部屋を二つ、三つと粉砕して穴を穿つ。

 破壊音が鳴りやみ、ようやく攻撃が終わったと安堵して恐る恐る顔を上げる。パラパラと落ちる瓦礫の音と粉塵が立ち込める中、耀は立ち上がりすかさず周囲に索敵能力を及ばせた。その際に見覚えのない気配を感知した彼女は、未だ痛みが残る脇腹を抑えながら匂いの元へとゆっくりとした足取りで接近。

 

「ぐっ、ぬゥ…………!」

 

 壁にでも激突したのか、瓦礫に埋もれ呻きを上げる一人の騎士。直ぐ傍にハデスの兜や、半ばから真っ二つに折れた鈍器らしきものが転がっているところから、彼が不可視の騎士の正体とみて相違ないだろう。他の騎士たちよりも豪奢な装飾を見る限り、隊長格の地位にでも就いていると察せた。

 静かに歩み寄って兜を拾い上げる耀に、顔面に皴を多分に寄せた騎士が吐き捨てるように告げた。

 

「な、なんと荒唐無稽なことを……! ()()()()()()()()()()()()()()()など無茶にもほどがある、下手を打てば部屋が崩れていたやもしれぬというのに…………!」

 

「……それは、私も思う」

 

 心底からの同意を込めて返答。ナツ・ドラグニルという人物に『やり過ぎる』きらいがあることは、接する誰しもが感じて否めないこと請負である。今回だってちゃんと分かってやっていたのかさえ心配になってくる。

 軽く息を吐く少女の返しに騎士は、苦笑をもって応えた。馬鹿馬鹿しくて最早笑いが漏れたとでも言いたげな、そんな失笑を。

 

「まったく、このような無鉄砲な奴らに敗北しようとは、な…………」

 

 捨て台詞を残して、騎士はゆっくりと瞼を閉じた。言葉とは裏腹に悔恨の念があまり見られない彼を一瞥して、耀は兜をしっかりと持って背を向ける。もう一つの不可視のギフトの奪取には成功した。ならばここで時間を食うことは得策ではない。歩調を速めて戻った先には、巻き添えを食って少し汚れたであろう十六夜が、肩に掛かった埃を払いながら渋い顔をして柱の陰から姿を現していた。事前に分かっていたとはいえ、割を食ったことが少々面白くないと表情に書いてある。

 ナツに文句の一つでも言いたげに口を結ぶ十六夜に、耀は兜を手渡す。それで不満が緩和でもされたか、仕方なしとばかりに十六夜は軽く息を吐き兜を受け取る。

 

「隠密行動もへったくれもねえ感じだったが……ま、結果オーライってところか」

 

 両手に持ち直して被る動作を行いながら、十六夜は双眸を耀とナツに向けた。

 

「一応大まかな目的は果たせた。俺と御チビはこれからあの坊ちゃんのトコへ向かうわけだが、お前らはどうする?」

 

 十六夜の言う通り、これでナツと耀の大方の役割は終わったと言っても過言ではない。彼女らは既にゲームマスターへの参加資格を失っているため、十六夜たちの加勢は不可能である。ならば必然、役目を十分に果たした耀達は、今のところは行動の指針がないことになる。翻してそれは自由行動の権利を得たと言うことでもあるのだ。

 故に十六夜は訊いたのだろう。どうするのか、と。

 

「……んー。もうここには敵の匂いはねぇし、いてもつまんねーな」

 

 うーん、と腕を組んでナツは軽く唸る。言葉通り現在近辺に敵の気配を感ずることは出来ないので、確かにここでゲーム終了まで待機していたとしても仕方がないと言えよう。

 ……正確には、敵の気配を感じることは出来るものの、先ほどの一撃で周辺の大多数の騎士たちを壁諸共薙ぎ払い昏倒させているので、意識を保っている敵がいないという表現が正しいのだが。きっとナツはそのことを欠片も認知していないのだろうと耀は言葉を呑み込んだ。巻き添えを喰らった騎士たちには思わず同情を禁じ得ない。

 

「―――お、そうだ。飛鳥達んトコに行くか。きっとまだやってるだろうし、手伝うついでにもう一暴れも出来るしな!」

 

「……まだ暴れ足りないんだね」

 

「当たり前ぇだろそんなの! 丁度体が温まってきたトコだっつーの! それにあと数十人はぶっ飛ばさねえと割に合わねえ」

 

 シュッシュッと、シャドーボクシングで己の盛況さをアピールする破壊魔兼弁償増額魔ことナツ・ドラグニル。未だ威勢の衰えを見せない桜髪と、最早呆れるしか無くなっている耀に苦笑いを零しながら、十六夜は兜を被る。

 

「まあ、ここからは特に作戦もねえしな。…………気晴らしも兼ねて、〝ノーネーム(名無し)〟に喧嘩を売ったってことがどういうことか。そいつをたっぷりと後悔させてやれよ」

 

「うん。それに、レティシア(仲間)に手を出したこともね」

 

「任せとけよ。人生で一番ビビる瞬間って奴を味あわせてやる」

 

 刹那、姿形を視界から消す快楽主義者。先ほどの騎士と同じく、最早臭気や息遣い、何気のない気配すら全くうかがい知ることが出来ない。

 十六夜の行方を文字通り完全に見失った二人は、用はないと言わんばかりに踵を返す。

 

「さてと。んじゃあ、第二ラウンド開始と行くか」

 

「ねえ。折角だし、ゲームをしない?」

 

「あん? ゲーム中にゲームかよ」

 

「うん。どっちが多く敵を倒せるかっていうやつなんだけど」

 

 突飛な少女の提案に、訝し気な色を竜殺しは瞳に映す。彼女がそのような提案をするようには見えなかったのだろう、心底意外であると視線が告げていた。

 されど耀とて、先ほどから僅かながらにも鬱憤が溜まっていたのだ。いきなり殴り飛ばされるわ頭の螺子の外れた行動に肝を冷やさるわ、下世話な表現をすれば欲求不満が高まっているのである。

 なので。ちょっとでもここいらで発散しておかねば割に合わないという物。

 

「やる?」

 

「面白ェ、やってやろうじゃねえかッ! スゲェ差をつけて圧勝してやるよ!!」

 

「それは無理。勝つのは私」

 

「ハッ、寝言ほざいてんなァ――――!」

 

 意気揚々と約束事を交わした少年少女二人は、決まった傍から即決即断。行きつく間もなく駆け出し、今も奮闘しているであろう仲間たちの下へと向かって行く。

 

 

 

 

 

 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

 

 

 正面玄関の床は既に、大半が開始以前とは比較できないまでに水で濡れていた。

 騎士たちの軍靴が踏みしめる度に響く音は乾いたものではなく、代わりに水溜りを跳ねさせる粘着質かつ耳障りな大音が周囲に木霊する。

 尤も、今や〝ペルセウス〟の騎士たちに音の変化を気にする余地などありはしないのであろうが。

 

「左方から来るわよ、()()()()()()()!」

 

 凛とした大喝を起点として、少女へ迫る騎士へと水樹より激流が迸る。

 軍靴による上空への回避の為の暇など無論与えず、飛鳥の命令に従うがまま膨大な水量で十数人を纏めて強引に後方へと押し流していく。

 滝にも匹敵する長大さで、正面玄関を武具や人員諸共飲み込む浸す大波。その行く先には、同じく騎士たちを蹴散らすナツの姿があった。

 

「飛鳥テメェッ! ()(コレ)を向けてんじゃねえよ――――嫌味かァッ!!」

 

 罵声を飛ばしながら、右の炎拳を直下へと叩き付ける。

 刹那、宮殿全体を揺らす衝撃と共に大熱量が暴発。まるで噴火の如く閃熱を噴き上げ床を容易く溶解させながら、数人の敵を巻き込み相殺する形で波を打ち消し、水蒸気爆発を引き起こす。飲まれていた騎士たちは当然中空へと弾かれ、ある者は重力に従い堕ち、ある者は天井を突き破り上の階へと消えていく。

 辺りに蔓延する霧。視界を間違いなく阻害するそれに、残存した四人の敵兵はどよめいた。

 

「視界が…………!」

 

「狼狽えるな! 水蒸気の中といえど姿が消えるわけではない! 敵影を探り集団で―――」

 

 必死に統制を取ろうと、己らを落ち着けるために出来た一瞬の空隙。

 それを突く様に、彼らを強襲する影が一人。

 

「これで最後、かな」

 

 霧を突き破って春日部耀が接近する。

 完全に死角を突いた彼女は、グリフォンより授かった旋風を以って内の三人を旋風で四方に吹き散らし、像より授かった重量を生かし最後の一人を渾身で壁面へと蹴り飛ばした。

 背中を打ち付け崩れていく騎士たち。沈黙する敵を視認して、少女は一息ついた。

 

 ―――ほぼ王手(チェックメイト)。少なくとも、この正面玄関の制圧は完了したと言って過言ではない。

 

「…………ナツ、何人倒した?」

 

「えぇっと、そうだな……二十人ってトコか。そっちは?」

 

「二十人」

 

「はぁ!? 同点じゃねえかふざけんな! お前ちゃんと数えてたんだろーなァ?」

 

 不満たっぷりの言いがかりを付けてくるナツ。決着が着かないことが余程不満であるらしい。

 されど耀も黙ってはいない。不正など行ってはいないのだから、あらぬ疑りを掛けられたことに唇を尖らせながら真っ向から反論する。 

 

「勿論数えてた。ナツこそ、しっかり計算してる? 1+1は2って分かる?」

 

「喧嘩売ってんのかコラァッ!! 上等だ今度はガチンコでケリ着けてやらァッ!!!」

 

「…………貴方達、敵地の中だというのに随分と余裕ね」

 

「あい。ナツは大体いつもこんな感じです」

 

 水樹を収納した飛鳥は、何とも不毛な言い争いに嘆息しながら歩み寄る。魔力温存のため、彼女の腕に抱えられたハッピーもやれやれと言わんばかりに被りを振っていた。

 本来であれば勝ちの目は限りなく小さいゲームであった筈なのだが、どういう訳かいつの間にやら彼と彼女の間では何やら敵の撃破数を競うゲームらしきものが始まっていたらしい。全く以てこんな時でもマイペースと言うべきか、呑気と言うべきか。

 しかし物事には限度と言うものがある。自分を貫くことは飛鳥にとっては嫌いではないが、行き過ぎれば我執となる。今は全体としての最終目標を忘れてもらっては困るのだ。 

 

「まったく……ほら、春日部さん。ナツくん。喧嘩は本拠に戻ってからにしましょう。まだゲームは終わっていないのだから、気を引き締めて―――」

 

 望みましょう。言葉はそのように続くはずだった。そう、続くはずだったのだ。

 しかして少女の声は、中途半端な部分で強引に中断されることとなる。

 では、一体何に?

 

 回答は、不可視の形を取ってやって来た。

 

 

    

 ────RaaaaaaaaaaaaaaAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッ!!!!

 

 宮殿全体を震わす不協和音のような音が、突如として皆の鼓膜を叩く。

 あまりの不快な音に皆が両手で耳を塞ぐ。その中でも(ドラゴン)と同質の五感を備えたナツは、噛みつくようにその叫びへと声を張り上げた。

 

「ぐあああああああ!! うるっせえ!! なんだよこれは!?」

 

「何かの……叫び………?」

 

「こんな声、今まで訊いたこともないわ…………」

 

「もしかして、黒ウサギが言ってた元・魔王のものなのかな……」

 

 

 ハッピーが少し不安げに呟いた。

 その時だった。

 

 宮殿の奥に蔓延る闇を強引に引き裂く閃光が。

 触れたもの全ての生命(いのち)の時を止める、褐色を帯びた破滅の光が這い出してきた。 

 

 

 

 

 

 

 




今回は前作と対して変化がなくて誠に申し訳ありません。
まあ実はナツが本物のハデスの兜の敵を破る時、耀ちゃんと協力して風と炎でフロア全体を吹っ飛ばす、なんて案や

 もういっそ耀や飛鳥やナツの三人一緒に大暴れしてもいいんじゃねえか? 
 なんて案もあったりしたんですが、前者の場合だとナツだけでも別に大丈夫じゃね?ってな感じになったのでおじゃんに。まあぶっちゃけこの章だと飛鳥とか耀の出番ってちょっと少ないっていうかほとんどないんですが……申し訳ない。


 ここらへんでなんとか修正しております。この先もこの巻はさくさく終わる感じにしていこうかなー、なんて感じでやっていきます。誠に申し訳ないです。


 
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