火竜(サラマンダー)も異世界から来るそうですよ?   作:shoshohei

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修正2話目です。


白夜の世界

「……ひゃて」

 

 白夜叉が顔面を摩りながらそう呟く。

 きっと舌足らずなのは、恰好よく黒ウサギへダイビングした時に彼女の鳩尾に相当な速さで突っ込んだ挙句、更に痛みで呻く彼女の立派にみのっているたわわな女の子の象徴を、あんなことやこんなことを好き放題した報復として繰り出された、色々とオブラートに包まなければ問題発生的な黒ウサギの行動によるものかもしれない。

 

 仏頂面な女性店員をなんとか制して、現在〝ノーネーム〟一行は白夜叉の私室に招かれていた。

 辺りは見渡せば俗に言うわびさび、即ち和室である。どうにも異世界に居るという事実を感じさせない風情の部屋だった。

 白夜叉は少しだけ恨めしそうに黒ウサギへと視線を移したが、彼女は『何か問題でも?』とでも言いたげに無表情である。

 嘆息しながら、なんとか聞きとれる声までに回復した顔面を引き締め、パチンと扇子を閉じる。

 

「改めて自己紹介しておこうかの。私は四桁の門、三三四五外門に本拠を構えているサウザンドアイズ幹部の白夜叉だ。この黒ウサギとは少々縁があってな。コミュニティが崩壊してからもちょくちょく手を貸してやっている器の大きな美少女と認識しておいてくれ」

 

「はいはい、お世話になっております本当に」

 

 投げやりな言葉の黒ウサギ。その隣で耀が小首を傾げた。

 

「外門って何?」

 

「箱庭の階層を示す、外壁にある門のことですよ」

 

 簡易的に講釈を垂れる黒ウサギ。

 外門とは、数字が若いほど都市の中心部に近く、七桁の外門、六桁の外門、五桁の外門と、上層から下層までの七つの層に分かれており、その数字が若くなるに連れ力を持つ者たちが多く住む。白夜叉が本来存在しているはずの四桁の外門は、名のある修羅神仏が闊歩する完全な人外魔境と言って差し支えがないのだそうだ。

 

 やはりというか、なんというか。

 彼女が説明の途中であるにも関わらず、ナツとハッピーは戸惑いの表情で首を傾げた。

 

「……つ、つまりどういうことだ?」

 

 その手に関してはあまりにも残念なお頭である。

 黒ウサギは彼らの理解の悪さに軽く頬を痙攣させながら、幼稚園児でも分かりやすいようにとてつもなく噛み砕いて教えて差し上げた。

 

「えっと……つまり目の前のお方が居るべき階層は、すっごく強い方達が勢揃とということです」

 

「おおっ!? なんかスゲェとこじゃねえか! 行ってみてー!」

 

「あい!」

 

「NO! 絶対にダメですよ!?」

 

 ちぇーと唇を尖らせるナツ。

 黒ウサギは気が気でないのか、どうにもビクビクして見守っている。その一連の会話を白夜叉は愉快気に笑った。

 

「ふふっ、確かに四桁以下は中々の実力者ぞろいよ。私もその中の一人でな、色々なことができるぞ? 例えば―――そこの水樹の主に、神格を与えたりなどな」

 

 白夜叉は薄く笑って黒ウサギが抱える水樹に視線を向けた。

 

 神格とは種の最高位に体を変幻させるギフトを指す。

 蛇に神格を与えれば巨躯の蛇神に。

 人に神格を与えれば現人神や神童に。

 鬼に神格を与えれば天地を揺るがす鬼神と化す。

 神格を持てば他のギフトも強化されることから、コミュニティの多くは神格を持つことを第一目標に、上層を目指しているという。

 

「白夜叉様はあの蛇神様とお知り合いだったのですか?」

 

「知ってるもなにも、あ奴に神格を与えたのはこの私だぞ? もう何百年も前の話だがの」

 

「へえ? じゃあお前はあの蛇より強ェのか?」

 

 剣呑な光を宿す十六夜の瞳。

 否、彼だけにあらず。鋭利な光を双眸にて輝かせるのは、ナツや飛鳥、耀達とて同じことだった。

 白夜叉は呵々と大笑して返答。

 

「当然だ。私は東側の〝階層支配者(フロアマスター)〟だぞ。この東側の四桁以下では並ぶ者がいない、最強の主催者(ホスト)なのだからのう」

 

 『最強の主催者』。

 

 その言葉を引き金に十六夜、飛鳥、耀、ナツとハッピーの四人と一匹は一斉に立ち上がった。

 

「そう……ふふ、では貴女のゲームをクリアできれば、私達が東側で最強のコミュニティ。そういうことになるのかしら?」

 

「無論、そうなるのう」

 

「そりゃ景気のいい話だ」

 

「へへっ。さっきの蛇も横取りされちまったからな。ここらで一気にストレス発散できるってわけか。燃えてきたぞ!」

 

 彼らは剥き出しの闘争心を視線に込めて白夜叉を見る。

 ナツに至っては、体からユラユラと熱気が立ちこめる始末である。彼は全然暴れていないのがとてつもなく不満だった。

 唯一その場の空気に置いてけぼりな少女黒ウサギは、戸惑いながらも静止を勧告。

 

「え? ちょ、ちょっと皆さん!? 少しお待ちください! それとナツさんは本当に燃えないでください! 店が燃えてしまいます!」

 

「よいよ黒ウサギ。私も遊び相手には飢えておる」

 

「ノリがいいわね、そういうのは好きよ」

 

「そうかい。───だが、ゲームの前に一つ確認しておくことがある」

 

「なんだよ」

 

 微笑する白夜叉。

 彼女は着物の裾から〝サウザンドアイズ〟の旗印───向かい合う双女神の紋が入ったカードを取りだし、壮絶な笑みで一言。

 

「おんしらが望むのは〝挑戦〟か? もしくは対等な〝決闘〟か?」

 

 刹那、視界が暗転した。

 

 

 

  ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

 

 皆の脳裏に、様々な情景が駆け巡る。

 黄金色の稲穂が垂れ下がる草原、白い地平線を覗く丘。森の湖畔。様々な風景が流星群の様に過ぎ去っていく。気が付けば、地に脚を付けていたその場所は、白い雪原と凍る湖畔――――そして水平に太陽が廻る世界だった。

 

「……っ!??」

 

 あまりの異常さに、十六夜達は息を飲む。

 今までに見たことがない、まさしく天地がひっくり返るに等しい所業。遠く薄明にある星は只一つ、ゆるく世界を回る白い太陽のみ。まるで星を一つ、世界を一つ作りだすかのような奇跡の顕現。

 皆が一様に息を飲む中、皆を連れてきた張本人の声だけが響く。

 

「今一度、名乗り直し、問おうかの。私は〝白き夜の魔王〟――――太陽と白夜の星霊、白夜叉。おんしらが望むのは試練への挑戦か? 対等な〝決闘〟か?」

 

 星霊。

 その単語が耳に入った途端、今まで呆気に取られていたナツはピクリと反応を示した。

 

「星霊……? お前もロキや牛見てーな星霊なのか?」

 

 ナツが知る星霊。

 それは星霊魔導士と契約を交わし、所有者(オーナー)の呼び声に応じて〝鍵〟を使い、(ゲート)を潜って星霊界から人間界に召喚される存在。

 彼らの力は強力で、また星霊魔導士の魔力量によって召喚される人数が異なる。そんな彼らの内の『黄道十二門』という、星霊の中の一体である獅子宮のレオや金牛宮のタウロスをナツは想い浮かべて、同じく〝星霊〟である白夜叉に問うた。

 異世界であるので、彼らと白夜叉が同じ生命体であるという保証は今のところないのだが、ナツはそのことを吟味していなかった。

 素直な疑問に白夜叉は少々思わせぶりに笑う。

 

「はてさて、どうだったかの? 」

 

「「???」」

 

 勿体ぶった言い方で、のらりくらりと躱す白夜叉。二人は更に眉を顰めたが、白夜叉はもう話す気はないのか話を変えてしまった。

 

「さて、しつこいようだがもう一度聞くぞ。〝挑戦〟ならば手慰み程度に遊んでやる。───だが〝決闘〟を選ぶならば、魔王として、私の持てる力を持ってして全力で闘おうではないか」

 

 皆がしん、と静寂を破れないでいた。一目瞭然の決定的な力の壁。それを痛感させられていると感じている。

 しかし自分達が売った喧嘩をこのまま引き下げるのは彼らのプライドが許さない。しばしの静寂の後───十六夜が諦めた笑いと共に両手を上げた。

 

「参った、降参だ白夜叉。これだけのモンを見せてくれたんだ。今回は黙って試されてやるよ(・・・・・・・)、魔王様」

 

「ふむ……それは試練を受ける、ということでいいのかの?」

 

 苦笑と共に頷く十六夜。

 しかしながら、これが彼にできる最大限の譲歩だった。その証拠に十六夜は『試されてやる』と言った。あの十六夜がだ。天上天下唯我独尊を体現したような十六夜がだ。

 彼にしてみれば、それは随分と可愛らしい意地の張り方である。

 

「く、くく………して、残りの童達も同じか」

 

「……ええ。私も、試されてあげてるわ」

 

「右に同じ」

 

 耀と飛鳥。二人の少女は対照的に少し悔しそうな顔で答えを返す。

 相手との力量が違いすぎるとはいえ、やはり一種のプライドのようなものがあったのだろう。渋々従うといった感じだ。問題児三名が決闘を挑んでくれなくて安心したのか、ホッっとため息をつく黒ウサギ。

 

 しかし運命と言うのはどこまでも残酷だったらしい。

 皆諦めの姿勢を見せる中、ナツだけが違った、違ってしまった。

 

「何だよ、皆ビビっちまったのか? かっかっかっかっか! それじゃあ白夜叉との決闘はオレがもらったぁ!!」

 

 腰に手を当て呵々大笑するナツ。

 辞退する皆を見て、どうやら論悦に浸っているようだ。黒ウサギは、想定しうる最悪の事態が実現しつつあることに一気に血の気を引いていくことを感じ、真っ青な顔で悲鳴混じりに叫んだ。

 

「な、ナツさん!? 話を聞いていなかったんですか!?? 〝決闘〟をするということは、今の(・・)全力の白夜叉様と闘うということなんですよっ!?」

 

「ナツにこんなの見せて、闘うなっていう方が無理だよね」

 

「こんなに強い奴と本気で()れんだろ? 燃えてくるじゃねえか!」

 

 左の掌に右の拳を打ち付けながらそう答える。

 ナツにしてみれば、自分よりも強い者と闘えることは喜びしかない。自分より強い奴と闘いたい、自分よりも強い奴の力がどれほどものか見てみたい、自分がどれほどその相手に通用するのか試したい。

 故に、ナツは白夜叉であろうとイグニールであろうと、誰かれ構わず闘いたいと思っている。本気の闘争を求める。全力で全霊の闘争を求める。

 故に、それは彼が全くもってどうしようもない戦闘狂であると言わざるを得ない性質を持っていると言えた。純粋な闘争を求める、一種の生物であるとも言えた。

 

「…………っ」

 

 あまりに子供のような清々しい雰囲気を纏うので、どうにもその勢いに押されて諌めることが憚られる黒ウサギ。

 それを見ていた白夜叉は、小さく笑った。

 

(おんしなら、そう言うと思っていたよ。だって、それがおんしだものな。)

 

 その内情は聞こえる筈もなく、彼女は聞かせるつもりもなく。

 開いた扇子でその笑みを隠していた白夜叉は、尚も喰い下がろうとしている黒ウサギを遮るように扇子を勢いよく閉じた。

 

「よかろう。その〝決闘〟を受けようではないか」

 

「白夜叉様ッ!? 本気ですか!?」

 

 悲鳴の様な声を黒ウサギが張り上げる。

 白夜叉はなんてことのない様に手をヒラヒラと振りながら、

 

「本人がやると言っているのだ、仕方があるまい?」

 

「ですが……!」

 

 未だに納得ができない黒ウサギ。

 ここでかなりの確率で同士を失うことは、献身が服を着て歩いているような〝月の兎〟の血統である彼女には耐えられない。否、それを抜きにしたとしても、同士がこのような馬鹿馬鹿しい理由で命を落とすなど、考えられないものだ。

 下唇を噛んで、苦虫を噛み潰したかのように端正な顔を歪める黒ウサギ。彼女には、ナツを押し留めるだけの理由が思い当たらなかった。

 

 苦悶の表情を見せる少女に、白髪の魔王はやれやれと嘆息する。

 

「案ずるな黒ウサギ。なぁに、もしや奇跡でも起きて、あ奴の命もあって助かるかもしれんぞ? ならば最低限助かる可能性の残る決闘にするか?」

 

「……、」

 

「それともおんしは、仲間の力が信じられんか?」

 

「―――そんなことはッ!!」

 

 弾かれるように叫びがあがる。それは反射的なもので、後に黒ウサギはハッとなって俯いた。

 否、それは断じて否だ。黒ウサギは、一度たりとも実力を疑った訳ではない。信頼していない訳ではない。 

 その意志を読み取ったのか、白夜叉は少し満足気に頷いた。

 

「ならばよいだろう。決闘は成立じゃな」

 

 決定した。決定してしまった。

 納得がいかなそうだが、渋々頷く黒ウサギ。まだまだ不安が残るのだが、ここはもうナツの命運に掛けるしかないのかもしれない。黒ウサギは、半ば無理やりに己を納得させた。

 苦渋の表情を作る彼女に僅かに嘆息した後、朗らかに笑って白夜叉はナツへと向き直る。

 

「〝決闘〟は〝試練〟の後でよいかな?」

 

「おう、ゆっくりしっかりとやりてぇからな!」

 

「そうかそうか」

 

 無邪気に答えるナツに、まるで祖母が孫に向けるかのようにほほ笑む白夜叉。

 その時、彼方にある山脈から甲高い叫び声が聞こえた。獣とも、野鳥とも思える叫び声に反応したのは春日部耀だった。

 

「何……今の鳴き声」

 

「ふむ……あやつか。おんしらを試すには打って付けかもしれんの」

 

 叫び声の発信源に向けて手招きする白夜叉。

 すると、体長5mはあろうかという巨躯と、鷲の翼を広げ、獅子の下半身を持つ獣が滑空して現れた。緩く地に降り立つその獣を見て、春日部耀は驚愕と歓喜の籠もった声を上げた。

 

「グリフォン……嘘、本物!?」

 

「如何にも。あ奴こそ鳥の王にして獣の王。さて、肝心の試練だがの、おんしら三人とこのグリフォンで〝力〟 〝知恵〟〝勇気〟の何れかを比べ合ってもらうとするかの」

 

 白夜叉が先ほどのカードを取りだした直後、〝主催者権限(ホストマスター)〟にのみ許された輝く羊皮紙が現れる。

 

 

『ギフトゲーム〝鷲獅子の手綱〟

 

・プレイヤー一覧

 ・逆廻十六夜

 ・久遠飛鳥

 ・春日部耀

 

・クリア条件

 グリフォンの背に跨り、湖畔を舞う

 

・クリア条件

 〝力〟〝知恵〟〝勇気〟の何れかでグリフォンに認められる

 

・敗北条件

 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します

                            〝サウザンドアイズ〟印』

 

 

「私がやる」

 

 真っ先に名乗り出る耀。

 その瞳は、まるで宝物を見つけた子供のようにきらきらと輝いていた。

 

『にゃ、にゃあ?』

 

「大丈夫だよ、三毛猫」

 

「ふむ。自信があるようだが、これは結構な難物だぞ? 失敗すれば大怪我では済まんが」

 

「大丈夫、問題ない」

 

 揺らぐことのない声音でそう告げる耀。瞳は逃すことなくグリフォンへと向いていた。

 いざ赴こうとする彼女に、皆が檄を送る。

 

「OK、先手は譲ってやるよ」

 

「気をつけてね、春日部さん」

 

「あい。頑張ってね」

 

「どーんと行って来いって!」

 

「うん、頑張る」

 

 皆からの声援を受けて、動物と会話し、動物と絆を結べる少女はグリフォンへと駆け寄った。

 

 

 

 ☆ ★ ☆ ★ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

 

 

 

「あっ、耀が戻ってきたよ!」

 

 ハッピーが元気な声で叫び、湖畔の傍に聳え立つ氷山を指差す。

 見れば彼女は、気温がマイナスに達し、酸素も満足に補給できない中、必死の形相でグリフォンへとしがみつきながら、そのまま湖畔の中心まで飛行していた。

 残るはただまっすぐと飛ぶのみ、酸素も気温も平常と変わらない。残る距離ももう無く、もはや目と鼻の先まで迫ったのを見て皆が安堵の表情を浮かべる中。

 

 春日部耀の両手が、手綱から外れた。

 

「春日部さん!?」

 

「耀ッ!!」

 

 息を飲む展開。

 ナツやハッピーが駆けだす中、十六夜の声がそれを制す。

 

「待て! まだ終わってない!」

 

 

 その言葉の意味を皆が知る。

 焦って駆けだすその前に、事態は急変した。

 春日部耀は頭からまっさかさまに落下する体勢から立て直し、彼女の周囲に風が纏う。

 皆が絶句していた。無理もない、今まで飛ぶ素振りを見せなかった人間が、風を纏って浮いているのだ。

 彼女はまるで空気を踏みしめるようにおぼ付かない足取りでゆっくりと歩き続け、なんとかナツ達の元へと着地した。

 ナツとハッピーが興奮気味に耀に駆け寄った。

 

「スッゲェな耀! 今のどうやったんだ!?」

 

「ふわふわーって空中を歩いてたよね!?」

 

「うん。これはいつも友達になった時に、その友達が貸してくれるの」

 

「そういうことか。ならお前のギフトはさしづめ他の生物の特性を手に入れる類ってとこか?」

 

 隣の十六夜が聞く。

 耀はむすっとして表情で反論した。

 

「違う。さっきも言ったけど、これは友達になった証。けど何時から知ってたの?」

 

「ただの推測だ。黒ウサギと会った時に『風上に立たれたらわかる』って言ってただろ? そんな芸当には人間にはできない、だから春日部のギフトは他種の生物とコミュニケーションがとれるわけじゃなく、他種のギフトをなんらかの形で手に入れるものなんじゃないかと推測したわけだ。まぁ、あの速度に耐えられる生物は地球上にはいないから……それだけじゃなさそうだけどな」

 

 興味津々な十六夜の視線をフイっと避ける。その後ろで、白夜叉が柏手を打って近づいてきていた。

 

「いやはや大したものだ。あ奴に食らいついていけるとは中々に見どころのある娘だの。このゲームはおんしの勝利だ」

 

 心からの称賛を込めて白夜叉は笑う。それに伴い、皆が彼女を称えるように周囲で囃したてた。あの問題児達が称賛するほどの行いを、彼女は残したのだ。

 それを一身に向けられる少女も、いつもの無表情がどこか満更でもないように崩れている様に見える。

 先ほどまで緊迫していた周囲の空気が、ほんの些細に柔和なものへと変化しつつあった。

 

 その時。

 

「さて。それではお待ちかねの〝決闘〟を始めようではない」

 

 唐突に。

 白夜叉は皆からゆっくりと離れ、双女神の紋が入った扇子を大きく開く。挑発的な笑みを浮かべるその口元を扇子で隠し、ナツへと視線を向けた。

 そのナツは彼女の視線に気付くと、さきほどの子供のような興奮した一転、口角を上げてよほど嬉しいとばかりに歓喜を表出させる。

 

「やーっとかよ、待ちくたびれたぜッ!」

 

 笑って、彼は白夜叉と対峙するために駆けだす。距離を対等に保ち、皆を巻きこまない様な場所へと立った。

 二人が真正面から向かい合う。

 

「ナツー! 頑張れー!!」

 

 ハッピーの声援に、ナツは白い歯を剥き、笑みで返した。

 蒼い猫の隣で、黒ウサギは未だ不安を感じさせる表情で彼を見つめている。彼女にとって魔王と自分のコミュニティに協力してくれる人物が、よもや恩人との決闘に臨もうなどとは冗談どころの話ではない。

 だから今でも、彼女の心中では胸騒ぎが収まらなかった。

 

「さて、それではゲームの準備を整えなくてはな」

 

 気軽に言葉を漏らす白夜叉、二人の周囲の虚空が輝きだす。光の中から先ほどと同じように〝契約書類〟が姿を現わす。ナツはそれを手に取って文面に目を通した。

 

『ギフトゲーム名 〝THE SUN DORAGON BLAZE VS〟

 

 ・プレイヤー一覧

 

  ・ナツ・ドラグニル

  ・白夜叉

 

 

 ・勝利条件 

 

  ・相手が戦闘不能と判断された場合

  ・相手が交戦の意思を拒否した場合

  ・相手が死亡した場合

 

 

 ・敗北条件

 

  ・戦闘不能と判断された場合

  ・交戦の意思を拒否した場合

  ・死亡した場合

 

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します

                             〝サウザンドアイズ〟印』

 

 

 ナツは羊皮紙を読み終え、内容がシンプルなだけだったために即座に理解した。読み終えて、その〝契約書類〟を握りしめ炎で発火させて破り捨てる。乱暴に羊皮紙を引き裂いて後ろに投げ捨てる。

 

 

「つまりは相手をブッ飛ばせば勝ちってことか?」

 

「そうなるの」

 

「へっ、分かりやすくてオレ好みじゃねえか!!」

 

 

 拳を硬く握りしめ、ナツは楽しそうに笑う。彼に取って強者との本気の勝負というものはいつだって心躍るものだ。だからこそ、こうして相手の全力を見れることがこの上なく嬉しい。

 その姿を楽しそうに見つめる白夜叉。彼女が今浮かべている笑みは先ほどまでの温かい笑みではない。まさしく血に飢えた獣と呼ぶに相応しい笑顔である。彼女は笑みを作ったまま

 

 

「これで準備は整った。よいぞ、遠慮せずどこからでもかかってくるといい」

 

「ハッ────言われなくてもッ!!」

 

 脚に力を込め、地面を蹴りつける。

 先制攻撃から地を砕くほどの力で跳躍し、一秒にも満たない速さで白夜叉の眼前へと迫る。

 

(人間にしては、なかなか……)

 

 内心、黒ウサギはほんの少し舌を巻く。

 未だ彼の実力は判明していないのだが、あの速度は中々に強力なギフトを持っているに違いない。もしかしたら、彼の存在が()()()()()をしているのも関係しているのかもしれない。

 

 彼女の関心を他所に、ナツは拳を振り上げる。

 その拳に、彼が魔導士たる所以の魔力を込める。その魔法を以て、彼は魔王を打ち倒そうと言うのだ。

 ナツの眼前に立つ白夜叉。一歩も動かない。もはや拳が放たれることは免れない中でも、少女は静かに笑っていた。笑いながら、ゆっくりと手に持った扇子を横に振るう。

 

 瞬間。

 彼女の前方を覆い尽くす極大の灼熱が、どこからともなく発現する。

 その燃えて滾る炎熱は、迫っていたナツの体を一片の容赦もなく呑みこんだ。

 

「────ッ!!? ナツさん!」

 

「大丈夫だよ、黒ウサギ。心配いらない。ナツに炎は効かないんだ」

 

 相棒が炎に包まれたというのに、全く動揺していない隣の猫の声に黒ウサギは眉を顰める。

 どういう意味だと目線で訴えれば、かの猫は捕捉するように口を開いた。

 

「ナツは(ドラゴン)を倒すために(ドラゴン)と同じ力を得る滅竜魔法の使い手、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)なんだ。彼らは自分の体を竜と同質の物へと変換させたり、自身と同じ属性の者を纏うだけじゃなくて、自分と同じ属性の物……例えば、他の物に発火してる炎を食べて魔力や体力を回復したり、強化することもできるんだ」

 

「そ、そんなことができるんですか? ……っていうか、それって魔法なんですか?」

 

「あい。普通に魔法だけど?」

 

「そ、そうですか……」

 

 当たり前の様に返答するハッピー。少し疲れたように黒ウサギは肩を落とす。

 殴ったり身体能力の強化をしている時点で、もう色々と矛盾しているような気もしなくはないが、この猫に言ったところでボケて返ってくるのがオチだ。ツッコんだら負けである。

 

 ――しかし。

 この箱庭で、それほどの長い時間を過ごしてきた黒ウサギだが、自らの肉体を変質させ、その物と同属性の物質を吸収するなどという力は見たことも聞いたことも無かった。強力かそうでないか以前に、何とも興味深い魔法(ギフト)である。

 

 しかしだからこそ、ナツに炎は効かない。例え炎を自分に使われても、それを吸収して己の力に変えることができるから。そうやって今まで彼は炎を食べてきたから。

 尤も、自身が発現させた炎や、その炎で発火させたものなどは捕食できないという欠点も存在するが、今はそのような問題点はピックアップされない状況である。

 

 自身の相棒の言葉通り、炎に包まれながらもナツは微塵として動揺していない。

 焦らず慌てず、ゆっくり大きく口を開き、生き物のように蠢く灼熱を喰らうために大きく口を開いてその炎を口にして―――。

 

(…………っ!?)

 

 ()()()()

 喰らうことができない。太陽と白夜の星霊から発せられた炎は、ナツが口にしたとしても、彼の口に吸い込まれることなく今も轟々と燃え盛っていた。強く噛みついてみても、肺に力を込めて吸いこもうとしてもびくともしない。今もその勢いを衰えず、血気盛んに燃え上がっている。

 

(何だ、この炎は……っ!?)

 

 それだけではない。

 体の各所に、()()()()()()痛みを感じ始める。

 自らの炎を纏わせて闘う炎の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)が、同属性の物で痛みを覚えるなど本来ないことである。だというのに、これはなんなのか。

 ナツは、ここにきて初めて事態の異常性に感づいた。

 

「太陽の炎を喰らおうと言うのか? 中々に面白いことを考える童だのぅ」

 

 全身を炙られる中、その声を聞く。

 何とものっびりとした、楽しそうで、愉快そうな声を。

 

「―――だが」

 

 魔王が言葉を区切った直後。

 ナツは、全身をつつみこむ炎の温度の莫大な上昇を、文字通り肌で感じた。

 

「―――甘く見る出ないぞ。貴様の腹に収まってしまうほどの、そう安い炎ではないのだからな」

 

 直後の、起爆。

 周囲に閃光と閃熱が満ち足りる。生じる爆風と爆炎と共に、ナツは体の至る所から硝煙を巻き上げながら宙に放り出され、地面に叩きつけられた。

 普段の彼ではあり得ない光景を目のあたりにしたハッピーは、驚愕と悲鳴が入り混じった様な声音で叫ぶ。

 

「ナツさんッ!?」

 

「な、なんで……!? 炎はナツに効かないはずなのに…………!」

 

 理解不能な状況に困惑するハッピーと黒ウサギ。

 彼らの視線の先に居る火竜(サラマンダー)は、血肉が滴り焦げくさい匂いがするほどまでに焼け爛れた左肩を抑えながら、よろよろと覚束ない足取りで立ち上がる。

 太陽と白夜の星霊は、なんとも不敵に、そして大胆に微笑。

 

「どうした? ご自慢のその力も私には通じんようだが…………降参でもするか?」

 

 これでもまだ小手調べ。本気の力にはまだまだ遠い。実際彼女は、まだまだ奥の手を隠している。

 それでいてこの力。この実力。ソレを前にして、幾千もの決闘を挑んできた(つわもの)たちの多くは、ここで膝を折って来たものだ。

 だが。

 

「……冗談じゃねえ。ここでハイそうですかって引き下がれるか。そんなんじゃイグニールに会うなんて夢のまた夢だ」

 

 桜髪を揺らしながら、ナツは歯を剥いて笑った。

 元来、諦めの悪い男である。筋金入りと言ってもいい。これだけの強大さを見せつけられても、彼の中には諦めると言う選択肢は只の一つも浮かびはしない。

 

 会いたい父親がいる。

 追いつきたい背中がある。

 その夢をこの手に掴めるのであれば、例え無謀と呼ばれようがなんだろうが闘い続ける。

 彼の闘志は、何者であっても焼きつくすことはできない。

 ナツの瞳は、全くもって揺らぐことなく白夜叉を見ていた。視線の先に居る彼女も、応えるように笑う。

 

 そして決闘は、何事も無かったかのように続行される。

 

 

 




今回はまあ、修正1話目で生じたバタフライ効果的な感じで修正しなきゃあかんかなー、って思って探してたら、思ってた以上になんか読みづらかったので修正しました。加筆ついでに。
本題はまだあるんですが……まあこれも気にしないでください。そこまで大きな変更点はないので。
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