Hello,Goodbye,Night City‼ 作:不落八十八
一話
この世に都合の良いプロローグだなんてものは存在しやしない。
この薄汚れた華美な街、ナイトシティに住まう者であればなおさらだ。
生まれに、出身と家族の身形でその後の生活が決まる場所であるからこそ、恵まれた環境である事を噛み締める機会は割と致命的な瞬間だったりする訳だ。
実はビッグマザーなジャパンタウンのフィクサー『ワカコ・オカダ』。
そんな人物の庇護下にあるジグジグストリート近く、元風俗店だった場所にオレの家はあった。
他所からやってきた日系人のリパードクを匿ってくれる様な場所はこんなところしかなかったと言うだけだが。
父はくっそ真面目なインテリリパードクで、事ある毎に家業を継がせる気で居たのかオレに仕事を見せてくれた。
母はジグジグストリートで割と中堅所の娼館でジョイトイをしてたアバズレビッチ……だったそうだ。
どんな経緯があってコーポとストリートチルドレンみたいな正反対の性格を持った二人が結ばれたのか、未だに不明だ。
古き良き紙媒体はとっくに消え失せたデジタル日めくりカレンダーを見やれば、2074年の西暦が見える。
……ああ、勘の良い奴ならもう察しているかもしれないが、オレは所謂転生者だ。
神様転生とかではなかったし、人格コンストラクトのプロトタイプの試作って訳でも無い。
前世で普通に死んで、何時の間にか女体化した挙句、ロアナプラ以上に治安が悪い街に産まれ直してしまった訳だ。
今生での生活におけるお得意様は誰もが知ってるタイガークロウズのギャング共であり、日系人のリパードクと言う事もあって我が家は割と儲かっていた。
軒先でNCPD案件が起きる事なんて割と日常茶飯事な上に修繕費は自前なので、場末のガンショップ宜しく金網鉄格子に自前で作った電磁防護フィルター、まぁ、電磁バリアで家をシェルター化してやった。
おかげで近辺で揉め事が起きた時の駆け込み寺と化しており、その時の応急処置やリパー案件のせいでめきめきと腕が上達する始末だ。
ジグジグストリート近辺には廃品フィンガーズの店とガンマニアの女性の店があり、オレの店はその中間と言った処の品揃えだ。
主にワカコの指示でタイガークロウズ関連の仕事をしている事が多い、もはや専属と言っても良いくらいだ。
態々くっそ遠いワトソンのリパーの所に行かなくて済むぜ、未来のアラサカファッカーさんよ。
「……だから言ってるだろ父さん。アラサカ・アカデミーなんて通う気は無いって」
施術台の上でタイガー印のタトゥープリントをモヒカンレーサー野郎に施している最中、左腕をギプスで固めた父さんの言葉を流す。
客の一人がサイバーサイコの仲間入りをしかけ、暴れた際に振り回された机で腕を骨折してからオレが代わりに施術を担当していた。
項垂れつつも目の隈を隠さないブラック社員気質な父さんは此方の様子をいつも窺っていた。
「だが、ジャグラは頭が良いし、手先も器用だ。こうして客への施術も完璧だ。ジャグラに見て貰おうと来る客だって多い」
「そりゃ、父さんの接客がイマイチで堅物だからだよ。コーポじゃないのに間違えられた事何回あるよ、なぁ?」
禁煙である施術室で煙草を吸おうとしやがった野郎に、医療用クロームアームに付属していたモノワイヤーで煙草の輪切りを魅せてやってから問い掛ければ冷や汗顔で頷いた。
内蔵式のインプラント武装は数あれど、肉体的素養を必要とするゴリラアームやマンティスブレードは少女のオレでは扱い切れず、弾丸を内蔵するだなんて悍ましい事をするプロジェクタイルランチャーだなんて以ての外。
と言う事情があって、スパイディ宜しく手首に取り付けたり内蔵するだけのモノワイヤーは天運の如くオレに適合した。
「それに、こんな身体で通ってみろよ。彼のジョニー・シルヴァーハンドか何かと間違えられるぜ、絶対にな」
ひらひらと左腕を振って見せれば硬質な音が聞こえてくる。
オレの身体は既に色々とインプラント化しており、リパードク仕様のクロームアームに左腕を換装しているし、生体モニターと予備心臓、バイオコンダクター、極めつけはチアンT社製SSmkⅣ、通称サンデヴィスタンmk4だ。
ヒートシンクも積んでいるので十二秒間25%の知覚で動ける上に、三秒でクールダウンが終わる速攻仕様。
今生の私は何処ぞのデイビッドよろしく『特別』らしく、まぁ、メタ的に見れば反応値が15以上と言う事なのだろう。
今思えば、サンデヴィスタンとケレズニコフでずっと俺のターンとばかりに動いてた原作主人公はお化けだな。
そう言う見方をすると、デイビッドは最低でも反応6はあったと言う事だろう。
連続稼働が可能だったこともあり、反応10くらいは堅いだろうか。
いや、軍用試験モデルだったらしいし、それ以上はあるかもだ。
「さてと、ほら施術は完了。ワカコさんの所に顔出しに行きな」
「へ、へぇ、姐さん、ありがとうございました」
「礼は良いから、次は金蔓として来な。ビッグになれよ、キャットボーイ」
良い笑顔で強面の新米野郎を送り出してやると、テレビから聞こえてくるしょーもないCMだけが響く。
ちらりと父さんを見やれば罪悪感強めの表情で項垂れてブッダに祈っていた。
そりゃまぁ十二歳の少女がこんな成りしてたら親御さん的には絶句の一言だろうよ。
けれど、それぐらいの備えをしておかないと普通に死ぬのがこの街だ。
女だろうが、子供だろうが、弱けりゃ死ぬのがこの街の在り方だ。
弱者は死に様すら選べない、誰かが言った名台詞がドンピシャリである。
「実は……ワカコさんからの提案なんだ」
「……はぁーー? 嘘乙、んな訳あるかよ。あの人の息子の一人、アラサカにころころされてるんだぞ。ぜってぇー他に何か言われてるだろ父さん」
原作でパレードの横流しを見るに絶対に根に持ってるに違いないワカコが、次世代のアラサカ社員を作るためのアカデミーにオレを推薦なんざする訳が無い。
となれば、考えられるのは……乗っ取りかなぁ。
「因みに聞くが、ワカコさん本人からホロか直接出向いて聞いた話なんだよな、それ」
「……いや、ワカコさんの部下からのものだ」
「エドモンド・ホンダ?」
ワカコの表の顔はジグジグのパチンコ店のオーナーであり、その用心棒がどすこい顔のエドモンドだ。
何処ぞのストリートファイターを彷彿とさせるがただのハーフらしく、やってるのは空手だそうだ。
「いや、ヒロミ・サトウって名乗ってたな」
「クラウドの元締めじゃねーか。……あぁ、成程ね。ワカコさんの怒りを買ってうちが潰れたら、まだまだ若い二人のリパードクが浮くから拾いたい訳か。何が嬉しくてドールの世話係になるかっつの。ワカコさんに直接連絡入れとく」
「あ、あぁ。……ごめんな、父さん、業界の事疎いから、任せっきりで……」
「良いの良いの。父さんはその腕を早く治して、業界の五指に入る腕前を見せてくれれば良いんだから」
んー、母さんとやらが死んでから父さんの精神は鬱気味で、方向性のある精神薬で何とか持ち堪えているがちょっと危ういな。
だからこそ、リパードクの仕事だけに専念させて他の事を考えられなくしていたのだが、怪我のせいで裏目に出たな。
左目だけキロシに変えたので、ホロ通話もなんのその、スマホも良いが便利なのは使うべきだぜ。
ワカコにホロを繋げれば、朗らかな優しいおばあちゃんの声が聞こえてくる。
まぁ、一定以上の信用と信頼もしちゃいけないのがフィクサーって言う生き物なんだがね。
『さっき振りやなぁ、うちの若いのの焼きは終わったんかジャグ』
『うん、さっき送り出したところ。単刀直入に言うけど、ワカコさんオレをアカデミーに推薦したって本当?』
数秒の重い沈黙の後、ワカコは「話ぃ聞こか」と据わった声で口を開いた。
『うちの父に、ワカコさんからの話だがアラサカ・アカデミーに娘を行かせないか、だなんて嘘八百を囁いたボケが居てね。ヒロミ・サトウって奴なんだけど』
『……はぁ、成程なぁ。あの坊、変な気ぃ回しよってからに……。その話は遠からず近からずっちゅー話や。あのアカデミーに通ってても可笑しくない凄腕リパー少女が居るって話が尾鰭付いたんやろなぁ。この前、酒の席でつい口に出してもうたから、それでやろ』
『んー、と言う事はうちを潰してクラウドの専属として拾おうとしている訳じゃないのか』
『……あはははは! けったいな話やねぇ、笑い死にするところやった』
あー……、これ、マジっぽいな。
ホロにノイズが走ったから別にも繋げてるなワカコ。
ネットランナーでは無いが、メカニックとしての経験であれこれ手を出している事もあって改造はお手の物な訳で。
盗聴や接続などの反応をノイズ処理するようにしているから感じ取れる。
『嫌やわぁ、ジャグは私のお気に入りのリパーさかい、何処にもやる訳ないやないか』
『は、ははははー、だ、だよねー。うち、ワカコさんとこの専属リパー的な感じだもんね、はははー』
『せやねぇ。ジャグがそう言うんなら、看板付けよか。出来次第持って行かせるわ』
『わーい、防弾防爆仕様にしてね。軒先に貼り付けるならそうしておかないと』
いやー、こっわ。
あれよこれよと割かし優遇してくれているからこそ、恩義を払わない奴は腹切り案件だからな。
これもうワカコ専属のリパーとして永久就職って奴では無かろうか。
まぁ、看板付いててもそれこそ的にしてやるって奴も居るのがこの街だし、平和に生きれはしないんだけどね。
ほんならなぁジャグ、と柔らかな口調でホロコールを切ったワカコ。
「父さん、さっきの話だけどワカコさんの下が勝手に言ったやつっぽいから無しだよ」
「そ、そうか。あそこの学費は高いし、何よりも入校資格も敷居が高いって話だし……。ジャグラには悪いが少し、ほっとしている」
「あ、そ。あんなインテリ連中と仲良く肩並べられる訳無いでしょ、ジグジグを見なよ。快楽と汚物の坩堝だ」
「は、ははは……」
いや、ほんと、何がどうなって商売女と真面目な父さんが結ばれたんだか。
まぁ、何があっても可笑しくは無い、か。この街じゃいつもの事だしな。
夕方と言う時間とあってまばらになってきた客足はぷつりと途切れ、夜の歓楽街らしい喧噪を他所に静寂を得ていた。
ジャパンタウンは眠らない地域とも呼ばれ、日本と言う最高の観光地にスポットを当てて作られたこの場所は景観の良さと性ビジネスの豊富さで成り立っている風俗区でもある。
路地裏で野垂れ死ぬような奴がここいらで客を取るジョイトイになっていたり、素質があればインプラントを組み込まれ愛玩肉人形のドールとして新生したりもする。
フィン・ガースタットのフィンガーズは確かにジグジグストリート唯一のリパードクであるが、そもそもあそこに流れ着いた時点でそいつの売値は決まっているようなものだ。
正規品を買えずに餓え苦しんで裏BDに心を溶かすような奴らが苦し紛れの藁として掴む場所だ。
ジグジグストリートの主であるワカコのお墨付きの店がここ、グラッカーだ。
苗字のカグラにクラッカーを混ぜた造語の店で、弾け飛ぶ様な玉砕覚悟で始めた店はジグジグストリートではなく、表通りの一角に存在しているのでアレが唯一だなんて名乗れる訳だ。
「んー、今日は店仕舞いだねぇ。ぽちっとな」
急患が来るかもしれないが知った事では無い。
リパードクと言うのは取り扱う商品が商品なので高給取りと見做される事もあるし、その物自体を狙ってくる馬鹿も居たりする。
そのため、寝るための時間は店を開ける事無くきっちりと締めるのが鉄則だ。
ミリテク社の横流し品である感知地雷やターレットも同時にオンになるので出入り口は万全の状態になる。
テック系武器の壁抜きを警戒して、三重の壁になったおかげで生活スペースはやや狭いが安全には代えられない。
窓もゴリラアームとかで開けられない様に引っかける部分を無くしてほぼ平坦にしてある程だ。
……杞憂だってのは分かっているのだが、原作主人公たるVを操っていたプレイヤーからすればこれでも足りない程だ。
そのためにも、割かし良い関係を築くワカコとの関係は良好である事が望ましい。
「いつもありがとうね、ジャグラ。夕飯にしようか」
「うん、そうしよう」
前世の味を知っているオレからすればこの街の食べ物はほぼほぼゴミだ。
にゅちっとする謎肉で作られた焼き鳥もどきを筆頭に、ケミカル肥料で繁殖させられた野菜X、本物を70%配合だなんて謳い文句で平然と合成食料を売り出す企業の残飯を喰らうしかないのが世の常だ。
なので、うちでは合成食料ではなく人工穀物由来のシリアル系をメインに食事に扱っている。
ほんと、感染病か何かのせいで三年前に鶏が禁止されてから酷いものばかりだ。
ジャクジャクとシリアルを粉乳水で流し入れて、付け合わせのポトフを食べる。
……そういや、パシフィカでは鶏扱ってたな、買って来て真の焼き鳥を食べようか。
まぁ、あんなスラムを街にしたような場所に行けばどうなるかだなんて分かり切った事だけれども。
ほんと、生きるのって辛いなぁ、と思いながら食事を終えた。