Hello,Goodbye,Night City‼   作:不落八十八

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十五話

 ジャパンタウンを牛耳る今最高にホットなギャング、タイガークロウズ。

 その裏看板にして手練れのフィクサー、ワカコ・オカダは頭を抱えていた。

 

「……あかん、分からん、まぁーったく分からん。あの子が何を考えてるのかまぁーったく分からん……っ」

 

 彼女が抱える悩みは、抱えていたリパードクの忘れ形見であるとある少女の動向であった。

 父親が死に、人間不信を発症させつつ無表情に仕事を完遂させている姿は情に厚いワカコの涙腺を緩ませた。

 しかし、少女を保護を兼ねて監視していた者が出し抜かれ、外出が発覚した時には歳の近い少年を家に連れ込んだと言う報告を聞いて、宇宙をバックに虎が唖然とした顔で浮かんでいた。

 少年を家に帰し、戻って来たデラマンを悪い顔を浮かべて改造していると聞いて増々困惑が強まり。

 翌日に再び少年を家に呼んだかと思えば、お手製の最高峰な装備満載の状態で送り出した。

 ワカコも若い頃の事を思い出し、惚れ込んだ男に尽くしたい女の心と言う物を知っていた。

 嗚呼、そういう年頃になったんやなぁと感慨深く思っていたら怪我をした少年の母親らしき人物を匿い、あろう事か少年も居候を許していた。

 加えて、サントドミンゴのコンテナハウスをアジトとするランナー集団の来訪もあった事で、明らかに恋愛のそれでは無いなとワカコの熟練の勘が囁いていた。

 そうして、ほとぼりが冷めた頃を図ってジャグラに問い掛けてみれば、ワカコのようなフィクサーになってみたくて、だなんてバレバレの嘘を吐いた。

 

「……あの坊に脅されているって感じは無いし、弱みを握られている……としてもジャグなら潰す。となると、ほんまに惚れた腫れたの関係に……なっているようには見えんしなぁーー……? ほんま、どないなっとるんや」

 

 試しに、手元に抱えていた案件の中で先の一件に関連してそうな依頼をジャグラに渡して見れば、先日訪れていたランナーチームにそれを割り振ったと来た。

 明らかに特大の何かを隠しているのは確かなのだが、それを問い詰めるための材料が皆無だった。

 手元にある資料を見やる、それはマルティネス親子の詳細が書かれており、貧民層の労働者としてありがちな内容が書かれているだけだった。

 強いて目的と言う物をそれらから見出すとすれば。

 

「……アラサカが裏に流した軍用テック、か。成程、ジャグはリパーと言うよりもテッキー気質やしなぁ。気になって仕方が無かったから、手を伸ばすためにあの坊らを抱え込んだんか」

 

 と、ワカコは思いたかった。

 本気であのデイビッド少年にガチ恋して生活基盤を整えて、外堀どころか地下に監禁して城を建て始めているようなくっそ重い想いの下で行動しているとは思いたくなかった。

 先の一件からジャグラは手管を伸ばす事に尽力し始めたようで、水面下に隠されていたフィンガーズのリパーとの関係も露呈するぐらいに動きを大胆にしている。

 ……下手するとタイガークロウズの総資金の一割に至る程の銃火器売買による裏収入が行われていたりと、それらに全く気付けないくらいに徹底した秘密主義の腕前にワカコは頭を抱えるしかなかった。

 ぶっちゃけ、タイガークロウズの看板を盾にして、新たなギャングを作り出そうとしていると言われた方がまだ信憑性があったくらいだ。

 けれど、今のジャグラは彼女が命名したらしい《エッジランナーズ》+1のチーム以上の事をしようとしている素振りが無かった。

 正直、本気で取り掛かられたらマジで勢力図を覆しかねない組織ができそうなので、ワカコは心から安堵した。

 

「……一度、ホロやなくて顔を合わせてみよか。どないな方向に進めるかは分からんけど、あの子のやる事や、恐らく最終的にどでかい事になりそうやからなぁ……」

 

 と、ホロで呼び出しをして、彼女のオフィスたるパチンコ店の奥へとジャグラを呼んだのが先程の事だった。

 用心棒のエドモンドからの短い合図の後、オーバーオールに黒いタンクトップと言う悪ガキメカニックスタイルのジャグラが気分良さそうに現れた。

 先日に出会った時と別人になったかのように活き活きとしており、表情が心成しか緩んでいるようにも見える。

 

「やほ、ワカコさん。久しぶりだけど、何か依頼か?」

「……はぁ、随分と楽しそうやねジャグ。何や、楽しい事でもあったんか?」

「ふふん、それはだな。自分が手掛けた最高傑作になるかもしれないレジェンドの卵が殻を破ったからだな。いやぁ、良い殺しっぷりだった。やはり、生きてても害悪な奴らは死んでおくべきだよなって再確認したよ。サンデヴィスタンもしっかり使いこなせてるようだし、これなら成長が期待できるってもんだ」

 

 あかん、とワカコは自分が壮大な思い違いをしていた事に対面して気付いた。

 言葉の節々から聞こえてくるスカベンジャーへの、いや、彼女にとっての敵に対する悪意と殺意が滲み出ているのに気づいてしまった。

 父親の死を未だに根深く張り巡らしたかのように根っこに残っているのだと察してしまった。

 少年への色恋だなんて甘い物では無い、味覚を破壊するかのような激辛な、煮詰めた珈琲の様な苦さ。

 それは、かつて自分も味わった大切な身内を失った時の怨念とも称せる胸の燻りだと理解できてしまった。

 目の前の十四の少女が、無意識に育ててしまったこの街の悪意への壮絶な憎悪が独り歩きし始めているのだとワカコだからこそ気付けてしまった。

 何もかも全て燃えてしまえと、憎悪の炎で敵を串刺しにし、何もかも撫で切って、滅んでしまえと宣うような叫びが聞こえてくるようだった。

 

「そぉか、ほんなら《白虎》をあげた甲斐があったなぁ」

「だな、業務として素振りもさせてるし、ブレードマスターになる日も遠くないぜ」

「……随分と、あの坊に入れ込んでるんやなぁ」

「あん? まさかと思うが色恋なんて勘繰ってんじゃねぇよな。んなガキに向ける訳ねぇだろそんな感情。あいつとオレの関係は雇い主と部下、それ以上もそれ以下もねぇよ。ガンショップの方も売り上げも順風満帆、あの親子を手に入れておいて本当に良かったぜ」

「そぉか……、あくまでも部下、店員として囲っている、と」

 

 可愛らしく小首を傾げてから当たり前の様に頷くジャグラを見て、内心でワカコは自分の行いを悔いた。

 自分のあの時の失態が、こんな年若い少女を修羅に仕立て上げてしまった。

 目の前の少女がアラサカ社製の軍用テックを集め始めた理由が何となく分かってしまった。

 全てを、この薄汚いナイトシティに巣食う悪意を滅ぼすために力を求め始めたのだ、と。

 今もアラサカ社製の軍用テックを巡っての水面下の争いが起きており、タイガークロウズ、シックス・ストリート、ヴァレンティーノズの三つ巴に、スカベンジャーと言うハイエナを添えた地獄の蓋が開こうとしている。

 聡い目の前の少女の事だ、それを半ば察して力を集め始めたのだ。

 右腕のモノワイヤー然り、今回の一件で手に入れたサンデヴィスタン然り。

 恐らく、あの時ワカコが《グラッカー》にタイガークロウズの看板を掲げなければ、とっくに雲隠れして水面下に潜ってとんでもない構想を練っていたに違いなかった。

 無暗に動けないからこそ、自分勝手に使える手足を求めた。

 その結果がデイビッド・マルティネスと言う私兵であり、《エッジランナーズ》と言う飼い犬なのだろう。

 

「まぁ、リパードクとしての仕事を全うしてくれるんなら、何をしてても口は出さへんけどな。どうやった、フィクサーとしての初めての仕事は。楽しかったやろ、また、依頼を取りに来てもええで」

「んー、そうだねぇ。間延びしないくらいに過密じゃないくらいの量をくれると良いなぁ。実戦経験は多いに越した事は無いからな。もっと場数を踏ませないと、成長を促せないだろうし」

「……そ、か。そうそう、ワトソンのレジーナから最初の一人を確保したって連絡来とったけど、どないする?」

「へぇ、捕まえられたんだ。だがなぁ、ちょーっと準備したい機材が増えたからもう少し待って欲しいんだよな。考えてる事があって、割かし良い線行くアイデアだと思うんだ。一ヵ月……、まぁ、機材の準備が終わったら申し出るよ」

「ほな、期待して待っとるよう言っとくわ」

「おいおい、勘弁してくれよワカコさん。サイバーサイコシスの研究だなんて誰も成功してねぇんだ。そんなに期待されても困っちまうぜ」

「ふふふっ、さよかぁ。なんたってタイガークロウズの看板娘さかい、我が子の様に期待してしまうのも仕方ないやろ?」

 

 ワカコのそんな朗らかな言葉にジャグラは険の籠った視線を返す事は無く、すんなりと受け取って苦笑していた。

 その様子を見てワカコが内心で安堵していたのは言うまでも無い。

 父親の一件がワカコの失態でもあるため、確実に恨まれているだろうとは覚悟していたからだ。

 故に、自身に対してどれほどの恨みがぶつかってくるかを試したのだ。

 だが、ジャグラから返って来たのは祖母へ向けるような柔らかな感情で、滅ぼしてやるリストに入っていない様子に息を吐く事ができた。

 

「ほな、物騒な話は此処までにして、ちょいとお茶でもしよか。あんたの大好きな日本から輸入できた茶葉があるんよ」

「マジか!? この木箱だな!? うーわぉ……、玉露じゃねぇか。これまた良いのを手に入れたなワカコさん」

「せやろせやろ、なに、《白虎》があんまりやったさかい、ジャグはこっちの方が好きやろなぁって思ってな」

「わぁ~、めっちゃ嬉しい。今から淹れるから少し待っててくれよ」

「ふふふ、ほな、頼もうか」

 

 茶葉の入った缶が納められた木箱を両手で持って、くるくると回って全身で喜びを露わにしたジャグラの様子は年相応の子供の様な微笑ましさがあった。

 昔からジャグラは女児が気に入りそうな衣服や宝石と言った物に全く興味が無く、日本のお茶の様な天然物の食べ物に食指が向く不思議な子だった。

 最初の内に手酷い振られ方をしたワカコだったので、方針を一転して天然物を買い漁る方向へと至ったのだった。

 実に手慣れた様子で湯飲みに茶器を使って玉露を淹れる姿を見て、生粋の日本マニアやなぁと頬が緩んだのは言うまでも無かった。

 そうして二人の前に玉露の入った湯飲みが置かれ、各々に中身を啜った。

 甘味のある苦さと爽やかな味が咥内に広がり、珍しくジャグラの表情が緩んで幸せそうな雰囲気を醸し出していた。

 

「はぁー……、まっさかこの街でこんなに良いもん飲めるだなんて思ってなかった……。過去一で嬉しい……」

「それは良かったわぁ。……随分とお茶を淹れるの上手いなぁジャグ、何処で習ったんや」

「んー、父さんがこっちに来る時に持って来たのがあったんだよ。流石に此処までグレードは高く無かったけどな。量もあんまりだったから、淹れ方を教えて貰う間に使い切っちまったんだ」

 

 これサイバーサイコシスの治療に使えるんじゃね、だなんて頭の螺子が外れた様な呟きをしたジャグラに、ワカコは思わず吹き出して口元を押さえた。

 成程、確かに、と先程の修羅の如き表情を浮かべていたジャグラの表情が打って変わったのもあって頷いてしまった。

 

「実はさ、サイバーサイコシス発症の原理が、人間の身体からテックに変わった事で、人間性を解離させるからじゃないかって考えてたんだ。だから、生体パーツを培養できる機材を作って、患者の細胞を使った生体部品でテック部分を入れ替えて療養させれば案外普通の生活に戻れるんじゃないかと思ってる訳。以前の身体と同じ見た目になれば、動かした感触が生身のそれだったら、もう自分を機械だなんて思えないだろう?」

「……成程なぁ。一理あるかもしれんなぁ。生憎、浅学だから、込み入った事は分からへんけれど、理屈で言うなら間違ってへんかもしれんなぁ。素人質問なんやけども」

「止めて、その入り方で質問するのは止めて、本当に」

「ふふふ、冗談や。その機材、何処に作るつもりなんや? もうあのクリニックも手狭やろ」

「ん? 何だ、気付いて無かったのか。何のために、オレがデイビッドたちを隣に住まわせたと思ってるんだよ。スペースの一部をこっちに繋げて、機材を置く場所を拡張するために決まってるじゃねぇか。言わば、隠れ蓑だよ」

 

 恐らく当人たちには何も伝えてないんだろうなぁと察したワカコは口を閉じた。

 悪意は無いが、善意に隠された物が多過ぎる。

 本当に恐ろしい子に目を付けられたもんやな、とワカコは初めてマルティネス親子に同情した。

 そして同時に、天運めいた幸運を手に入れたな、とも。

 美味しいお茶を飲みながらの文字通りの御茶会は和やかに終わったのだった。

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