Hello,Goodbye,Night City‼ 作:不落八十八
その日、俺はジャグラからの依頼を終えた《エッジランナーズ》の面々で、行きつけの溜まり場で祝勝を上げていた。
……けれど、どうしてもあの時のジャグラの笑顔が網膜に焼き付いて消えてくれなかった。
スカベンジャーと切った張ったの殺し合いをしていた時も、あの日押された背中に小さな掌が乗っかって、心の天秤をフラットに保て、と囁いてくれた事が多々あった。
どうしようもなく高揚感でぶち上がったボルテージが、その一言で水面に落ちた雫の様に染み込んで冷静になれた。
……ああ、俺はすんげぇとんでもない勘違いをしていたのだと、漸く気付く事ができてしまった。
「……なぁ、レベッカ」
「んー、なぁーにデイビッド。強炭酸の奴でも飲む?」
「絶対に飲まない。俺の勘違いじゃなければさ、……ジャグラってもしかして、女?」
「……あーぁ、今頃気付いたんだ。傍から見ててすっげぇ面白かったのによぉ。だが、あいつもあいつだ。女だって事を一切気付かせる気無かったしな。過去にそう言うトラブルでもあったんじゃねぇーの? よくある話だしさ」
「いや、あいつん家タイガークロウズの溜まり場みたいなもんだし……」
「……それもそうだな。ま、逆に舐められちゃいけねぇって男の振りでもしてんじゃねぇの? あーしみたいに色を振りまいて愛嬌良く生きてきましたって感じには見えないし」
「……だな」
ちびちびとビールのグラスを呷りながら、レベッカに真相を聞いてみればあっさりと答えが返って来た。
……やっべぇ、あいつん家に居候した時に風呂場で出くわしたりしたぞ俺。
なのに、あいつはきょとんとした様子で、まぁ仕方が無いかみたいな顔してたし。
もしや、俺の事を男だと思っていないのだろうか、んな訳無いか。
「……はぁ。昔、糞兄貴が拾って来たBDで見た事あるんだけど、ああ言うのを任侠の女って言うんだろうね。仁義を重んじ、弱きを助け強きを挫くために体を張る自己犠牲的精神に溢れた奴、って作中に説明されてたっけな。到底あーしにはできない生き方だなーって思ったのを覚えてる」
俺の隣にドカッと座ったレベッカが替えのビールを机に置きながら、そんな事を教えてくれた。
任侠の女、ねぇ……。確かに、メインたちに向かって啖呵切った時のジャグラは凄かったな。
こいつには逆らっちゃならねぇな、だなんて気に圧迫される思いだった。
ビールをちびちびと炭酸を口の中で抜きながら飲んでいると、ピラルが中央に躍り出て曲芸をし始めた。
元々長かった両腕の先にブラッククロームの輝きが浮かんでおり、鉤爪の様な先端をしつつも多重関節によって織り成される精密的な指の動きをこれでもかと自慢しているようだった。
ピラルはテックマニアで、特にサイバーハンドに傾倒している様だったがジャグラの所で新しいのに換装したらしい。
「……確か、医療用クロームアームに使用されている超精密性を兼ね備えた万能義指を実用性のある素材で作り直したクロームハンド、だったかな。クリニックに来て換装して貰って随分とご機嫌みたいだな」
「まぁーな。あーしには良く分からないけど、目の前でコインを縦に積み上げてアーチ作られた時は流石に度肝抜かれたなぁー。前のハンドじゃ三個ぐらいが限度だったらしいし、やっぱすげぇなあいつって」
「ピラルも認める凄腕テッキーだからな……。そう言えばレベッカも銃を新調してなかったっけ?」
「おー、これだろ? いやぁ、すっげぇぜこれ。今までオマハの安いの使ってたんだけどよぉ、ロングマガジン対応のレキシントン・レベッカカスタムッ!! 不思議な事に左右にブレねぇんだよこれ、リコイルが上下だけだからすっげぇ使いやすいの。しかもおまけで二つにしてくれたんだぜ、ジャグラ様様だぜ!」
そう言ってレベッカは腰元からジャーンっとピンクとグリーンで彩色されたレキシントンを二つ取り出して、上空に向けて豪快にぶっ放した。
本来なら上下左右に揺れるであろう両手のレキシントンがヘドバンしているようにしか見えない。
レベッカは説明してなかったが銃身の先にはサイレンサーが内蔵されているらしく、どんちゃん騒ぎの中でフルオートでぶっ放したと言うのに誰も気づかない静音性を誇っていた。
……これ向けられるのめっちゃくちゃ怖いな。
豪快に銃弾をばら撒きたいトリガーハッピー気質なレベッカにとって非常に実用性のある武器に仕上がってるようだった。
ジャグラは《エッジランナーズ》の面々を割と大事に思ってくれているらしく、一ヵ月に一回の定期健診と称して健康診断などの相談日を設けた。
その日に貸し切りの《グラッカー》に全員で向かい、ジャグラに診断して貰う様になってからチームの動きが凄く良くなった。
時折サイバーウェアの不調を訴えていたメインもフルスキャンされて不具合等も解消されたし、ドリオは終始縮こまりながらも両腕のゴリラアームを新調してスマートな腕になって喜んでいた。
ピラルは先程説明したがクロームハンドに換装し、レベッカは銃の相談に乗って貰いカスタムを施した。
キーウィとルーシーは最初断っていたようだけど、サンデヴィスタンを使って地下の方に拘束されて無理矢理診断を受けたらしく、非常に複雑な表情を浮かべて出てきたのを覚えている。
愚痴を聞くと性能が二割増しになった、と非常に悔しそうな声で言っていた事もあり、成果はあったようだ。
二人はネットランナーなので色々と秘密にしたい事があったようだが、ジャグラの手で丸裸にされた挙句、懇切丁寧に磨かれてしまったようだった。
「……なぁ、デイビッド」
「んー?」
「お前、あいつに惚れてんじゃねぇの?」
「……ぶはっ!? な、何を言い出すんだよ」
「だってさ、さっきからあいつの事を考えてるだろ」
「え、どちらかと言うと《エッジランナーズ》の面々についてだったけど……」
「ふぅーん、それにしては楽しそうと言うか、嬉しそうな顔してたぞお前」
思わず口元に触れると頬が緩んで笑みが浮かんでいた。
……仕方が無いだろ、今のこの瞬間がとっても楽しいんだから。
灰色な学生生活と違って、色々と、それはもう色鮮やかな光景を見る羽目になっているが、色の付いた世界に居る心地なんだ。
あの頃と違ってこんな風に馬鹿騒ぎする事も無かったし、正直言って裏BDを見るよりも余韻が良い。
「なぁ、レベッカ」
「んー?」
「俺がアラサカ・アカデミーで割と上位の成績叩き出してたって言ったら信じる?」
「……はぁー? 嘘でしょ、デイビッドが? あのアラサカの社員を作るエリートコースで? あっはっは、無い無い、もっとバレない嘘を吐きな……よ……っ!? マジじゃん!? へぇー! これがあそこの電子成績表なんだ、あっはっはー! ……え? なんで辞めたの?」
「……あの時倉庫で出会った時にさ、母さんの違法取引の事を知っちまったから。そもそもさ、場違いだったんだよ俺は。頭のてっぺんから爪先までエリート気質な奴らと一緒にお勉強するのはさ。サイバーパンクに憧れてたんだ、俺もこんな風に自由に生きたいって」
そう言ってすっかり炭酸が抜けたビールで口を潤す。
何か言いたげなレベッカだったが、グラスを飲み干してビールを注ぎ始めた。
「……そっか。なら良かったじゃん」
「まぁな、だから今、超楽しいんだ、俺」
「あの切れ味やべぇカタナでスカベンジャーを斬るのが?」
「……割と最近癖になってきてたりする。裏BDを見てた時のは殆ど銃だったから、尚更に」
「ふぅーん……、ちょっと貸してくれない?」
「良いけど……、そこそこ重いぞ?」
「へーきへーき」
そう言って手を差し出して来たレベッカに、鯉口切って引き抜いた《白虎》を貸してやる。
辺りを見回して当たらなそうなくらいに離れてから、レベッカが《白虎》を振り始める。
……へっぴり腰でぶぉんぶぉんと振っている姿は何処か可愛かった。
最初の頃の俺もあんな風に振ってたのかもなぁ、と思いつつ、ニコーラの空き缶を放り投げてみる。
それに気付いたレベッカがまるでバットを振るう様にスイングして、スパッと切った。
ジャグラは叩き切るなと言っていたが、この《白虎》切れ味良過ぎるのかそれでも切れてしまう。
そこそこ満足したのかレベッカは良い笑顔で俺に返した。
隣に再びドカッと座ったレベッカから少し汗の匂いがして内心でドキリとした。
「ふぃー、成程な、デイビッドがハマるのも分かるかもしれない。すげぇじゃんそれ」
「だよな。なのに、ジャグラは自分で使わないで俺にぽんと渡してくるんだぜ、困っちゃうよな」
「……だな、ほんと、困っちまうよ、本当に」
先程のはしゃぎっぷりを潜めたレベッカがグラスの中身をがぶ飲みし始める。
ふらっふらっと酒精の余韻を味わっているのか、ふわふわした表情で笑っていた。
……やれやれ、身体動かした後にビールを飲んだらそりゃすぐ回るだろうに。
近くにあったミネラルウォーターのボトルを手渡してやると、盛大に胸元に零しながら飲み始めた。
おいおい、随分と酔ってんな、と戸惑っていると何をとち狂ったのかパーカーの前を開け始めた。
「待て待て待て、流石に此処で脱ぐのはまずいから。あーもう、もう家帰るか?」
「へへへー、もう駄目っぽいから連れてってー」
「……割とマジで駄目そうだな」
ふにゃふにゃとした顔でそんな事を言われてしまったので手伝うしか出来なかった。
肩を貸そうと引っ張り上げればふにゃっと崩れやがる。
はぁー、あんましたくなかったんだが仕方が無いな。
背中に背負うとそのままずるずると落ちてしまいそうなので、背中と膝裏に手を入れて横抱きにする。
一時の気まずさもあって辺りを見回すと、ピラルの大道芸が大詰めなのか誰もが其方を見ていた。
……こいつの家って何処だっけかな、と思い出しつつ、メインにレベッカを送ってくる旨を伝えて宴から出る。
一際騒がしい喧噪から離れていくにつれて、すーすーと眠る腕の中のレベッカの寝息が聞こえてくる。
出るとこ出てない身体付きではあるが、可愛い女の子なんだからもう少し気を付けろっての。
すっかり寝落ちしてしまったレベッカから家の住所を得られなかったので、最終手段としてうちに持って帰る事にした。
すっかり、俺の物染みたデラマンを呼んで、後部座席に座り込む。
快適な空の光景を見ながら、帰路へ就いて出迎えてくれた母さんに事情を説明すると肩を竦めて了承してくれた。
母さんのベッドに寝かす訳にもいかないので俺の部屋のベッドにレベッカを寝かし付け、すやすや寝顔に苦笑する。
……母さん、別にスるために連れてきた訳じゃないから気を使って出て行こうとしなくて良いから。
第一、眠ってる相手にそんな事したら駄目だろ、常識的に考えてと言うと。
「……まぁ、デイビッドにはまだ早かったかしらね。でもね、覚えておきなさい。時に、女の子は男の子の方から押し倒されたい時もあるのよ」
母親の生々しいアドバイスを聞いた俺は色々と冷静になるためにソファで寝た。
翌日、俺のベッドで目を覚ましたレベッカが顔を真っ赤にして色々と確認していたが、母さんの作ってくれた朝食を一緒に食べる頃にはスンッとした真顔になっていた。
「……手ぇ出せよ、ばかっ」
小さな声で何やら呟いていたが、テレビの音で掻き消され聞く事は出来なかった。
深い溜息を吐いたレベッカは母さんの食事を食べていくうちに機嫌を良くして帰って行った。
誰かの手料理を食べるのが始めてだったらしく、母さんの作った料理の美味しさに感銘を受けているようだった。
……さて、ピラルから来ている事後報告をせよと言うメールをゴミ箱に捨て去り、ジャグラのアルバイトに向かうために歯を磨く。
ジャグラと出会った開口一番に、昨夜はお楽しみでしたね、と言われて慌てて誤解を解いた。
まぁ、結局のところ揶揄いの言葉だったようで、笑われてしまったけども。
その姿に少しだけもやっとした気分になったが、答えは見つからなかった。