Hello,Goodbye,Night City‼   作:不落八十八

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二十話

 ナイトシティのワトソン地区に存在するクラブの中で、伝説と呼ばれる場所がある。

 これまでナイトシティの伝説を作り上げてきた者たちが通ったとされる高級クラブ。

 その名は《アフターライフ》、伝説が眠る場所でもある。

 かつて遺体安置所であった場所を改築し、一見お断りどころか二流以下お断りの札が掲げられている程に厳格な場所だ。

 そんな場所の入り口前の駐車場に一台の車が止まった。

 付近を屯する輩たちがそれを見て困惑するような代物であり、大物や富豪でなければ常用しないであろうデラマンタクシー。

 それも、そこらに走っているのを見た事が無い様なカスタム車だと言うから騒めきが広がった。

 いったいどんな奴が乗っているのか、誰もが後部座席に注目し、スモークの先を見通そうとしていた。

 

『どうぞ、いってらっしゃいませ、ジャグラ様』

 

 その名を聞いてピンと来る奴が居れば、そいつは一流の情報屋だ。

 昨今のリパードク業界で知らぬ者は居ない凄腕テッキーと知られる人物の名だ。

 後部座席から降りてくるその小さな姿を知る者が居れば、そいつはタイガークロウズか高級クロームを扱える人物だ。

 ジャパンタウンのジグジグストリートの入り口付近のクリニックに行く事を憧れる者は多い。

 普段通りのオーバーオールを着たメカニックスタイルであったが、今日は少しお洒落をしたようだ。

 炎を模した半ばクローム化された般若のロゴが張り付けられた年代物のジャケットを上に着ていた。

 そのロゴの意味を知る者はこの場には少なく、けれども知る者は知るロックバンド《SAMURAI》のロゴであった。

 明らかにヴィンテージ品であり、ロックバンドが賑わっていた頃のライブグッズのジャケットだと分かる者が居ればその内に秘める輝きに目を焼かれた事だろう。

 スクールに通う様な歳にしか見えない彼女は然も当然の様に《アフターライフ》のある階段へと向かい、洗礼を受けた。

 が、道を塞いだチンピラの二人組は、少女の双眸から放たれた路傍の石を見るかのような冷徹な視線に怖じ気付きその場を譲った。

 ジャケットのポケットに両手を入れたまま、階段を下りていくその背を誰もが固唾を呑んで見送った。

 《アフターライフ》の入り口には用心棒兼女王の部下であるエメリックと言う男が立っていた。

 

「……嬢ちゃんにはまだ早い」

「悪いが、此処を指定されてるんでね。ファラデーとか言うインポ野郎なんだが」

「…………、通って良いぞ」

「番犬お疲れさん」

 

 天下の《アフターライフ》の番人に軽い口を利いたジャグラは、欠片も笑っていない顔で横を素通りした。

 エメリックは腕の鳥肌を気味悪く感じ、背筋に悪寒が走った心地だった。

 当然ながら未成年の少女がクラブバーに居る光景は違和感しか感じられず、談笑中であったり、商談中であったりした者たちの視線を引いた。

 そして、辺りを見回したジャグラは溜息を吐いてカウンターに座った。

 それに困ってしまったのは割と常識のあるバーテンダーのクレアだった。

 何処となく近寄りがたい雰囲気を醸しているジャグラに、年若い少女だからと、ぐっと堪えた様子で接客をしていた。

 

「えぇと……ミルクでも飲む?」

「いや、此処に来たんだし、飲みたいもんがある。テキーラ、ビール少々に唐辛子、だったか」

「ジョニー・シルヴァーハンドを御所望なのね。彼のファンだったの?」

「まぁ、そんなとこ。うちのクリニックで流してるBGMは《SAMURAI》だけだしね」

 

 注文されてしまったなら仕方が無い、とノリの分かる女であるクレアは手慣れた手付きでカクテルを作った。

 テキーラ・オールドファッションにビールを少々入れ、唐辛子を塗したカクテルがジャグラの前に置かれる。

 此処、《アフターライフ》では伝説を刻んだ者を忘れぬ様にその人物に因んだカクテルを残す伝統があった。

 四十九年前に旧アラサカ・タワーを爆破ファックした伝説的なロッカーボーイにして希代のテロリスト、ジョニー・シルヴァーハンドを模したカクテルだった。

 それを一度眺めたジャグラはグラスを回して唐辛子を混ぜ、ぐいっと半分程豪快に呑み干した。

 

「……随分と飲み慣れているのね。割と強い分類なんだけど」

「いや、酒は初めて飲んだ。これが初めてだ」

「嘘でしょ……」

「いや、ほんと。父親が真面目でね、許してくれなかった。まぁ、もう叱ってくれる声は聞けないけどな」

 

 だなんて、場所に合わせたブラックジョークをぶちかます少女の在り方に、クレアは此処の客になる訳だ、と内心で独り言ちた。

 残りのカクテルをちびちびと飲み始めたジャグラの背を見る、眼を真ん丸に開いて驚いた様子の老女とは思えぬ美貌の女性が居た。

 此処、《アフターライフ》の女王として君臨しているローグその人だ。

 遠目から分かる程のヴィンテージ品に、飲んでるカクテルがジョニー・シルヴァーハンドとなれば、かつての仲間であった彼女の視線が奪われるのも無理は無い。

 そうして、二杯目はクレアの助言に従ってニコーラにしたジャグラを見て、焼きが回ったかね、と視線を外して商談に戻った。

 

「失礼、君がジャグラ・カグラ殿で宜しかったかな?」

 

 二杯目のグラスが半分程消えた頃に、右眼に三つのキロシを入れている特徴的な男性が現れて声を掛けた。

 胡乱な瞳で其方を見たジャグラは漸くの待ち人に一つ溜息を吐き、時計を見やってからもう一度溜息を吐いた。

 そんな二人の様子を見ていた他の客はバチバチにやり合っている事に気付いて面白そうな視線を向け始めた。

 

「そうだな、十二分前に出会う予定だった相手、と言う意味でなら間違って無いぞ、ファラデー」

「……っ、すまないね、急な案件を捌くのに私の判断が必要だったんだ。此処のお代は私が払おう」

「まぁ、良いさ。その案件の始末、大変だっただろう。猫の手を借りたいくらいに」

 

 暗に猫被っているお前の手が必要だったのだろうと言外に突き付けるジャグラに対し、ファラデーは怒りで内心青筋を立てていた。

 そう、目の前の少女こそがファラデーの手先であったスカベンジャーの使い捨てを潰した原因なのだから。

 ファラデーはコーポの役人を経由したアラサカからの依頼を受けて、奔走していた。

 アラサカが試験的に裏へ流した軍用テックの行方を追い、可能であればその手に収めて上納しようと考えていた。

 けれど、シックス・ストリートの一部を買収して作った手駒のチームが、配下のスカベンジャーごと皆殺しにされるケースが多発し、裏社会を渡るための手足を出鼻を挫くかの様に潰され続けた。

 そうして、やっとの事でそれらの実行がサントドミンゴの一角に拠点を置くエッジランナーチームの仕業であり、その元締めである少女の破壊工作であった事を知る事ができた。

 故に、その件に対して先輩である自身に楯突く行為である、と脅しを兼ねて威信を保つため此処に呼び出した。

 だが、蓋を開けてみればどうだろうか。

 年若い少女のフィクサーと聞いていた目の前の怪物は、唾を吐き捨てる様な行為ばかりで挑発をしている。

 しかし、天下の《アフターライフ》でキレ散らかす無様な姿を見せれば後ろ指を向けられ続ける事は間違い無い。

 故に、大人の余裕を見せつける様にファラデーは表情を取り繕い、自身は手練れのフィクサーなのだと言い聞かせて相対した。

 

「いやはや、流石は業界を賑わせた天才リパー、その手の事にも通じているようで実に多才の様だ」

「まぁ、そうみたいだな。ワカコさんから貰った依頼を遊びに使うくらいにはフィクサーの仕事をやれているよ」

「……ッ、それはまた……稀有な才能を持っているようだ。その才能を活かす仕事をしてみないか?」

「と、言うと?」

「昨今の噂になっているアラサカの軍用テック、これの回収の依頼を君に預けたいと思っている」

「……成程、それが目的か。壁どころか床までも聞き耳立ててるような此処で話すたぁ、どういう了見だ」

 

 《アフターライフ》に来店できる人物はこの街の中でも一握りであり、小物臭いファラデーがコネを使ってその座に齧り付いた理由は名声のためだ。

 此処に入る事ができ、そして、新たな人物を呼べる様なステータスと言うのはこの街で最上級の分類に入る名誉に他ならない。

 そして、裏を返せば此処に居る者たちはこの街の闇を泳ぐ事の出来る魑魅魍魎である、と言う事だ。

 確実に耳に掠めればその動向を追いたくなるような好き者もこの場所には多い。

 ましてや、その相手が新進気鋭の肩書き満載の少女であれば尚更に食いつく。

 故に、手札をばらすかのようにカードを態と撒き散らし、少女を追い立てるための謀略を成したのだ。

 実際、アラサカの軍用テックの噂を知って秘密裏に追っている者たちは多い。

 彼らからすれば詰めの甘過ぎるファラデーの道化を見て、酒の肴にしようと洒落込む者も多かった。

 さぁ、どう出るジャグラ・カグラ、と店内の視線を集める少女は――獰猛な笑みを浮かべた。

 

「はぁん、オレ相手に初めてのお使いでもさせようって魂胆か。――舐めてんのか、てめぇ」

 

 少女の皮を被っていたかの様に獰猛な獣と豹変したジャグラの鋭いドスの利いた声に、聴き耳を立てていた者たちは背筋を凍らせた。

 そんな中、ローグだけが面白い物を見たと言う風に懐かしさを噛み締めて笑っていた。

 かつて、似たような場面をローグは見た事があったからだ。

 タイガークロウズの裏看板としてジグジグストリートに隠居したフィクサー。

 若き頃のワカコ・オカダの啖呵切りを彷彿させる少女の威圧感に、ファラデーは今まで感じた事の無い恐怖を味わった。

 手元にカタナがあればあの時の再現だな、とローグは愉快そうにその光景を肴にした。

 

「随分とまぁ、オレの可愛い尻を追っかけまわしてくれたもんだな、変態野郎が。お前がどうしても企業に渡してぇブツはあるぞ。……今、此処にな」

 

 だが、そんなローグの表情が崩れる様な事を少女は言い放った。

 談笑や商談をしていた声は消え失せており、静かに流れるBGMだけが店内に響いていた。

 そして、誰よりもその意味を理解してしまったファラデーこそが恐怖の余り椅子から転げ落ちた。

 少女はその身一つで来ている様にしか見えず、先の言葉が正しいのであれば隠し持っている事になる。

 だが、その疑いを晴らすかのようにジャケットを脱ぎ去った少女の背に、誰もが視線を向けた。

 正面から見ればオーバーオールにサイバーブラと言うラフな格好であるが、腰元まできめ細かな肌を晒して露わになったその背中には、軍用サンデヴィスタンと思われる脊髄テックとそれに巻き付く様な登り龍の刺青インプラントが彫られていた。

 そして、床に転げ落ちたファラデーに半身になって背を見せつけながら、右手のモノワイヤーの射出口が露わになるよう手首を返してみせた。

 

「ぐ、軍用テックを二つも入れたのか!? しょ、正気か貴様ッ!?」

「正気も正気、精神はフラットで、真っ直ぐ歩けるとも。何ならチェッカー掛けてみるか? グリーンが灯るだろうけどな」

「ま、まさか、あの異常な惨殺死体はお前がやったのか!? 百人は居たんだぞあの場に!」

「はぁー……、そりゃお前、あんな雑魚が群れた所で数秒で撫で切れるだろ。こいつの速度にタメ張れるテックなんざ、この街でアダム・スマッシャーぐらいしか持ってねぇだろうよ。逆に聞くが、アレのために作られたテックを装備した奴にあんな有象無象で足りると思ってたのかよ、てめぇ」

 

 獰猛で爛々とした瞳を四つのキロシへ覗き込ませながら、この場の全員に猛獣と同じ檻の中に居るような錯覚に陥らせた少女は恐れを知らない様な口調で淡々と吐き捨てる。

 手を出す相手を完全に間違えたどころか、今直ぐにでもこの場から逃げ去って外国に亡命したい心地のファラデーは矜持を捨ててでも命乞いをすべきだと憔悴していた。

 身嗜みを整えるために予めトイレに行っていなければ年甲斐もなく小水で足元を濡らした事だろう。

 そして、そんなファラデーにあろう事か少女は左手を差し出して立たせようとした。

 喰われると覚悟した相手に差し出された手にファラデーは混乱した。

 傍から見れば餌の肉に猛獣がじゃれついているようにも見えてくる絵面に誰もが困惑を覚えた。

  

「けどなぁ、ファラデー。お前には一つお礼を言いたい事があってな」

「は、はい、何でしょうかっ!?」

「此処に連れて来てくれた事にだよ。流石にオレの今の名声じゃ此処に来る事は出来なかったからなぁ。おめかしするくらいには楽しみだったんだぜ?」

 

 無理矢理ファラデーの腕を掴み上げ、カウンターの椅子に座り直させたジャグラはジャケットを着直した。

 そして、年相応の少女らしい柔らかな声でファラデーへと口開く。

 

「だからよぉ、水に流してやっても良いぞ。これまでの事」

「……は、はぃ?」

「そうかそうか、了承してくれるか。なんだ、先輩らしいところ見せてくれるじゃねぇか。バーテンダー、ジョニーを二杯頼む」

「え、えぇ。……えぇぇ???」

 

 先程までの公開処刑は何だったのか、きょとんと呆けてしまいそうな幕引きに誰もが同じ心境を抱えていた。

 困惑顔で手慣れた動作でジョニー・シルヴァーハンドのカクテルを作ったクレアは二人の前にそれを並べた。

 

「それじゃあ、今日の出会いに乾杯しようじゃないか。なぁ?」

「あ、ああ、さ、させて頂きます……」

「今後の長い付き合いに」

 

 そうしてグラスが当てられ、綺麗な音が店内の一角に響いた。

 ――ジャグラのグラスが上にあり、ファラデーの両手で抱えたグラスが下にある状態で。

 上下関係をこれでもかと刻み込んだ少女の手腕に、誰もがローグを見やった。

 この《アフターライフ》と言う伝説の眠る場所でとんでもない豪胆な真似をした少女の在り方に異を唱えるならば、この場所の主であるローグ以外には居ないと踏んでの事だ。

 しかし、ローグはその光景を何処か懐かしい物を見る瞳で見ており、やがて商談をしていた筈の男を置き去りにして店の奥へと戻って行ってしまった。

 もはやコーポへの成り上がりを胸に宿す野心家の姿は無く、そこには必死に強者に媚びを売ろうとする社畜めいた情けない男性の姿しか残っていなかった。

 とんでもない大番狂わせと、少女が残した釘刺しに気付いた者たちは黙って酒を飲んだ。

 聡い者は少女の名前のカクテルが此処に並ばない限り、手を出す事はしないだろう。

 その月の売り上げの一番を占める日になった、と後日のクレアが語る程に酒が飛び交ったのだった。

 

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