Hello,Goodbye,Night City‼ 作:不落八十八
本題だったフィクサーとなったジャグラの傘下になる話が終わり、まぁ、テッキー論文めいた辺りで雰囲気は既に普段のそれだったが、シリアスな話はぱぱっと終わった。
むしろ久しぶりに来てくれたジャグラを持て成す様な感じで、ほんわかな雰囲気がコンテナハウスに広がっていた。
ジュースやらビール、菓子やら肴と色々と机に出し始めた俺たちの事を、ジャグラはとても優しい瞳で見ていた。
普段は冬の様な瞳をするジャグラだが、この時だけは春の様な瞳をしている、そんな事を思っていたらレベッカに小突かれた。
はいはい、棚の上からとっておきを取り出しますよっと。
基本的にジャグラの依頼は目標さえ達成すれば後は自由を許されており、時折こうして戦利品を持って帰ってもしている。
その中でもお得意様……、と言うか、日本好きなジャグラのために取っておいた物が幾つかあったりする。
今回取り出したものはカステラと言う甘い菓子で、シフォン系でありながら何処か素朴な味のある、正しく日本っぽいものだ。
それを見たジャグラは普段見せないような緩んだ顔を浮かべ、皿に置かれるのを楽しみに待っているようだった。
……何故かその姿を見たレベッカがあんぐりと口を開いてショックを受けていたがどうしたんだろうか。
確かに、普段が塩っぽいツン八割なジャグラだが、気の緩んだ時に見せるデレの二割の破壊力はやばい。
……ジャグラが女性であると認識してからは、何処となく掛かっていた男性らしさのフィルターが機能しておらず、ボーイッシュな女の子が時折見せる女の子らしい姿に俺の性癖はぶっ壊され気味だった。
だがまぁ、こうして見慣れてしまうと可愛さや綺麗さよりも微笑ましさが浮かんじまうんだよなぁ。
何だろう、昔から知っている友人のよくやっている癖を誰よりも知ってる、みたいな感じである。
「因みにこれの出所はタイガークロウズ」
「へぇ、そうなのか。これはカステラと言ってだな、ポルトガルから長崎、日本に伝わった洋菓子が日本ナイズされて和菓子の亜種の様になったお菓子だ。シフォンの様にふわっとしていながら素朴な素材の甘さを表現している……もののパチモンだな。この薄さでフォークが直立するカステラがあってたまるか、なんだこの硬さは……」
「まぁ、だろうなとは思った。輸入品は高いし、日持ちしないから普通は自分で食うもんなぁ」
「と言うか、ジャグラ的にはタイガークロウズをぶちのめしたり頭を転がしたりする依頼はどう思ってるんだ?」
「んー? ……うわ、クッキーみてぇ、材料もちげぇな、見た目だけだこれ……。正直どーとでも。ぶっちゃけ、オレはワカコさんに恩があるからタイガークロウズの看板を掲げてるだけで、別にタイガークロウズ自体に何か思ってる訳じゃないしな。じゃなきゃ、龍の刺青インプラントなんて背中に彫らねぇよ」
そう言ってカステラもどきをレベッカの口に持って行ってせっせと食べさせ始めたジャグラ。
そうだったわ、こいつ割と食には五月蠅い方で気に入らないのは食わないタイプだったわ。
親鳥に世話される雛の如く、クエスチョンマークを浮かべながらも口に運ばれるカステラもどきを食すレベッカは何処か可愛かった。
小動物ちっくと言うか、動物図鑑で見た事のあるリスみたいな感じでサクサク食べている。
「あぁ、だからか……」
「なにが?」
「いや、ゴシップの多いスクリームシートに、タイガードラゴンだなんて揶揄されてたんだが」
「いつの間にオレのCVはくぎゅうになったんだ……」
「くぎゅう?」
レベッカが小首を傾げてくぎゅぅと鳴いたが、真相は説明するつもりの無さそうなジャグラによって葬られた。
「まぁ、言い得て妙ではあるな。タイガードラゴンだとなんか語呂が悪いな。言い辛くないか?」
「確かに……。タイドラ、キャットドラゴン、キャッドラ?」
「キャドラとか、そんな怪獣居そうだな……」
時折ジャグラの口から出てくるアニメやコミックなどの概念は何処から出てくるんだろうか。
居候していた時もアレを見ろこれを見ろと一世紀は前の作品を色々と見させられたが……、ゴジラとか良かったな。
元は着ぐるみとジオラマでの撮影だぞ、だなんて言われて日本すげーと素直に思ったっけなぁ。
「そういや、この一週間何してたんだ? クリニックもずっと休業みたいだったし」
「ん、あぁ、デラマンの所に行ってビジネスしてきた。エアリアル・ビークル宜しく飛べるようにしたのは中々好印象だったみたいで、事業も締結して店舗の準備とかだな。ついでに病院の資格も取って来た。まぁ、こんなん身分証明書みたいなもんだけどな、厳格な試験を受けた訳じゃないし」
「……いや、そこらの病院よりも、下手すれば企業附属の病院よりも手際の良い施術してるだろジャグラ」
「ん、それを加味して合格貰った感じだな。デイビッドの家の隣を改築して建てる予定だぞ」
「へぇ、何を開業するんだ?」
「デラマン医療サービス」
「……この街の病院を根こそぎ潰す気かよ……。ジャグラ監修のAIが管理する病院とかやべぇだろ、殺到の予感しかしないんだが」
「どーだろうな、割とデラマンの事業を良く思わない奴らも居たりするからな。実際、タクシー会社は軒並み畳む事になった訳だしな。潰れかけのタクシー会社を再建するために従業員を真っ先に減らすあたり効率的だよなぁ」
「減らされた側は堪ったもんじゃないけどな……」
俺の呟きを鼻で笑ったジャグラ。何と言うか根底の論理感が経営者と言うか、上に立つ者のそれなんだよなぁ。
……だが、価値観と言うか市民性として言えば真っ当なそれ。
札束でビンタしてくる様な奴なのに、根の考え方が市民的と言うか、俺らの生活の事を考えてくれる所謂良い人。
「行く行くは各地区にも店舗を増やしてバイオテクニカの息が掛かってる臭い病院を一掃してやるつもりだ。お前らには見せてないがあいつらの研究と言う名の非人道的な遊びは度し難い。此処は機械の街だっつーのに、原生的な配合実験なんざやりやがって気に入らねぇ……」
訂正、ジャグラはジャグラで一本決まった芯があるようで、それ基準で気に入らない奴に容赦が無いだけだった。
多分、かつての俺の様な一市民に対して何か思っている訳ではなく、強権を振りかざして好き勝手している企業が気に入らないのだろう。
そこに道徳的だとかスジやらギリやらの日系的な嗜好が混じり、捩じれた螺旋の様な一本芯が出来上がったのだろう。
……最高硬度で回転させたら天まで貫きそうな一本芯だろうなぁ、ジャグラだし。
「そんなにやべぇ事してるのか?」
「そうだな、可愛い事で言えばレべッカに猫耳と尻尾が生える」
「なにそれ、可愛い」
「ばっ、な、なに言ってやがる!? ……そう言うのが趣味なのか? だから手を出してこねぇのかこいつ……?」
「尚、生えたらDNAに紐付けられて子孫代々猫耳と尻尾が生えて、世代を重ねるうちに退化するか野生化のどちらかに向かう模様」
「……お前それキメラ化じゃねぇーか!? え、あの企業そんなやべぇ事してるの?」
「そうだぞ。因みに、デイビッドの母親であるグロリアさんが事故ったりして送られるであろう場所の大概がバイオテクニカ附属だぞ」
「……あぁ、だからデラマンの医療サービスを普及させようとしてる訳か」
なにやらにゃーにゃー喚いているレベッカだったが、正気に返って見当違いな空回りをしている事に気付いたのかソファに沈んだ。
……まぁ、うん、俺も馬鹿では無いし、レベッカの好意は気付いている。気付いているんだが……。
時折、ジャグラが魅せる儚い表情が、まるで死を悟った猫の様な雰囲気を纏っているのが気が掛かる。
まるで近いうちにでかいドンパチが、それこそナイトシティの行く末を決めるようなやばいナニカを企んでいる様にしか見えないのだ。
この見えない時限爆弾のコードの一本が俺の首に繋がっている様に思えてしまう。
……実に残念な事だがジャグラから俺に対しての恋愛感情は恐らく無い。
しかし、ならばどうして俺の様な奴に此処まで施しをしてくれたのだろうと気になる部分が多々ある。
正直言って、アラサカタワー前での一件程度で此処までしてくれるのはこの街では有り得ないからだ。
俺の背中に付いているワープダンサーだって、価値としては貧民層の少年が一生働いても得られないくらいの代物だ。
それをポンとくれる奴が居る訳が無い。それも、何の裏も無く、損得勘定無しで、なんて。
……きっとこの先、俺はジャグラに対して今までの恩を返すような何かを求められるのだろう。
だからこそ、死に行く道を駆け抜ける旅路にレベッカを隣に置きたくなかった。
けど、きっと来ちまうんだろうなぁとも思ってしまう、イイ女って奴だもんなぁレベッカは。
……据え膳食わぬは男の恥、か。俺も随分とジャグラの日系言語に毒されてきた気分だ。
「……なぁ、ジャグラ」
「なんだ?」
「これ以上ジャグラに頼るのもアレだが、俺がもっと強くなりたいって言ってクローム化を希望したら施術してくれるか?」
「んー……、程度によるなぁ。多分、気付いていると思うがお前のクローム適合率は常人よりも高い。それこそ、第三、第四の腕を取り付けても使いこなせてしまうくらいには。だからこそ、常人には測れる閾値ってのがお前の場合曖昧になる。……まぁ、オレを頼って正解だぜ。他のリパーならお前の適性に目が眩んで色々と付ける事を許しちまうが、オレなら安全マージンを取った施術ができる。……なんなら、首から下をクローム化させてやろうか?」
「そこまで人間辞めるのはちょっと……」
「あ、そ。まぁ、その判断は正常だ、忘れるなよその常識を」
流石にそこまで身体を改造すると母さんに心配されるからな……、姿形が変わらない程度にして欲しい。
そう要望を伝えて相談すると、色々と考えてくれたが案の定生存系のインプラントばかりだ。
ジャグラは何かと健康に気を使ってくれるから嬉しいのだが、戦闘系のテックも入れたいのが本音だ。
肩を竦められ、じゃあこれだ、とおすすめされたのはゴリラアームだった。
二の腕の半ばから指先までをクローム化する強化テックで、閉まった扉や窓なども物理的に開錠できるし、何よりもサンデヴィスタンと組み合わせて非殺傷の攻撃に使えるから加減をしやすいとの事だった。
この街では頭と胴さえ残れば生き延びる可能性が高くなるので、四肢を圧し折って来いと言う意味合いだろう。
……それ、本当に非殺傷の攻撃か? 相手が死んで無ければ非殺傷だ、ってか。
見た目をリアルスキン仕様にしておけば、万が一武装を解除された時でも保険になる、と言う事で後々移植して貰う事にした。
「そういや、俺ってジャグラんとこのアルバイトで《エッジランナーズ》に派遣されてるって立場で良かったんだよな?」
「あー……、そう言えばそうだったな。別にどっちでも良いぞ、《エッジランナーズ》に所属してさえ居てくれれば」
「そうなのか?」
「そりゃ、お前……」
ジャグラはその続きを口にしようとして、思わずと言った様子で口を閉じた。
良く分からないがクリニックの助手として雇っていたのは何かしらの理由があったようだった。
でも、正直殆ど此方に居た訳だから居ても居なくても問題無かった、って事か……。
少し胸の奥が痛んだ気がしたが、幸いジャグラは辞めても良いとしか言っていないので俺の意思を通せる。
「まぁ、お前の助手を辞める気はねぇから安心してくれ。払いは良いし、それに……」
「それに?」
「ワープダンサーの代金分くらいは働いておかなきゃ、スジが通らない、って奴だろ?」
「ふぅむ……、まぁ、居たら居たで助かるから良いけども。サイバーパンクとの両立は大変だから体調不良の申告は早くしろよ?」
「あぁ、分かってるって」
「本当かぁ? デイビッドは猪突猛進なところがあるから心配なんだがなー?」
ジャグラが少しだけ肩を竦めてから、友人っぽい口調で茶化してくる。
……初めての友人と疎遠になるってのは、ちょっと勿体無いと思ったからな。
ドクは正直悪友でビジネスライクって感じだったし、スクールでも友人なんて呼べる奴は居なかった。
それに、仕事中のジャグラの格好良い姿を見るのも嫌いじゃないしな、むしろ面白いし。
……バレたらまた揶揄われそうだな、黙っておくか。