Hello,Goodbye,Night City‼ 作:不落八十八
2076年某日《Edgerunners》→→→→2077年某日《Cyberpunk2077》
二十七話
ナイトシティ郊外に広がる荒野地帯、バッドランズ。
時折大嵐が荒れ狂う様な天候であっても、彼らノーマッドはフルカスタムしたマイマシンでかっ跳ぶ様に進んでいく。
国を街を流離い夢を追う車の住人たちはいつしかノーマッドと呼ばれる様になり、家族を作り、小さな集落を作って移動する者たちとなったのだ。
お前にはそんなノーマッドの血が流れている、故に、荒野を征け。
気の向くままに、風行くままに、己を貫いて走り続けろ。
……だなんて、古めかしいノーマッド気質を持つ親に育てられたからか、成人の巣立ちを経て過ごした日々は楽しかった。
楽しかったのになぁ……、そんな言葉を口に出さずに胸元のバッカーのクランシンボルを模したワッペンを取り外した。
色々な事があった、そんな思い出の詰まったそれを私は近くにあったゴミ箱に放り捨てた。
「……んー、随分と古い型番だな、流石にパーツがねぇぞ」
「そう、なら、応急処置でも構わないわ」
修理屋の男性にウインクして頼み込むと、肩を竦めて中を検め始めてくれた。
持つ物は愛車と美貌ね、だなんて冗談を浮かべつつ、小さく息を吐いた。
パラボラの古めかしいアンティークで化粧を施したラップトップで見つけた稼ぎの話のために、こうしてナイトシティ近くに来たのは良かったのだけれども……。
随分と無茶をさせた相棒の車はもう青白い息を吐き始めてしまっていて、近くの町に足を止めざるを得なかった。
ノーマッドとして生きてきた日々で培った車の知識が、あそこに見えるナイトシティでは既に型落ちのものであるらしいと知ったのは少しショックだった。
……けれど、スネーク族に巻かれたバッカーを見て、衝動的に出て来ちゃったけれど良いきっかけだったのだと今では思う。
「ふぅー、何とか息を吹き返したぞ。流石に買い替えを勧めるぞ」
「ありがとうドクター。腕が良いのね」
「はっはっは、町唯一の車屋だからな、これぐらいはできるさ。俺がもう少し若けりゃハッスルできたんだがな」
「あら、残念ね。そろそろ行かなくちゃ、仕事に遅れちゃう」
「……そーかい、なら、見送らせて貰おうかね」
母親から教わった処世術で男性を虜にするのは手慣れたものだった。
火傷する様なスリルと熱っぽいロマンスを楽しみつつ、けれども指から砂が抜けるようにするりと利用する術は私を生かしてくれた。
流石に初老のお爺ちゃんとはちょっとね、と本音を零す事はせず、文字通りのリップサービスを頬にしてあげて車庫から出た。
からからと拾い物のブルドッグと言うらしい動物を模した玩具が首を振る。
うーん、流石に弱々しい愛車の声色を聞いてしまうと不安が込み上げてくる。
この調子だとナイトシティの入り口も怪しいくらいのか細い呼吸音だ。
見た目に一目惚れしたソートンガリーナだったけれど、内側を補強しないと車体が裂ける老躯は誤魔化しがそろそろきかなそうだった。
電波塔を見かけ、こっそりと上部に登ってラップトップと繋げる。
「……あら、大分遅れちゃったけど、ちゃんと待っててくれてるみたいね」
新たに受信したメールには、牧場近くの廃倉庫で待つ、と書かれていて時刻もつい最近のものだった。
ウィリーに無理を言って無線機能を付けさせたパソコンを閉じて、目的地である廃倉庫へと車を走らせる。
牧場近くにあったそれは廃倉庫と言うよりかはコンテナハウスで、打ち捨てられたかのように錆びついた外見が無人を示していた。
近くには最新に近いソートンガリーナが止まっていて、その目新しいフォルムに自分の愛車の歴史を感じてしまう。
コンテナハウスの中を見やれば、死んだ瞳の青年が居た。
くたびれた背広のせいでコーポのブラック社畜さが滲み出ていて、口から吐き出される煙草の煙がまるでスピリットの様に見えた。
ブラウン色の短髪で若々しい筈なのに、死んだ目のせいで老成されたおじさんの様な雰囲気を纏っていた。
此方に気付いた彼は酷く長い溜息を吐いてから煙草を律儀にポケット灰皿に仕舞い込んだ。
「よぉ、待ちくたびれたぜ。一応、符丁を言ってくれ」
「“ジャッカー・ジャッキー・ジャック”、此れで良い?」
「あぁ、どうやらアンタが俺の待ち人らしいな。俺はV、今回のブツの配達人ってところだ」
「あら、貴方もVなの? 私もVなんだけど」
お互いに顔を見やり、被ってしまったビジネスネームのせいで気まずい雰囲気が流れた。
私には両親から貰ったヴァレリーと言う名前があるけれど、生き方のせいで本名を知られると面倒な付き纏いをされかねないため頭文字をニックネームにしていた。
彼も似たような感じなのだろうか、いや、そもそもコーポ、企業に勤めている人間がこんな姿でこんな場所に居るのがそもそもおかしい。
となると、彼の場合は名を隠すためではなく、捨てるためにVを名乗っているのだろう。
「おいおい……嘘だろ……、まさかの三人目だ。偶然ってのも考え物だな」
「案外、安直な考えだからこそ似たり寄ったりなんじゃないかしら?」
「……成程、一理ある。オーケィ、ヴィットとでも呼んでくれ」
「なら、私はヴァリーとでも呼んで。宜しくねヴィット」
「あぁ、因みに三人目と言うか、もう一人のVはヴァニーだ」
よっこらせ、だなんておじさんっぽい掛け声を漏らしながら、ヴィットは立ち上がった。
身長は私よりも高いようで百八十はありそうだった。
パキポキと長時間も待たせてしまった事を無言で伝えるかのように身体を鳴らしたヴィットは、くたびれた笑みを浮かべて窓を見やった。
「あー……、目的のブツは俺の車にあるんだが、アンタの車はどうする?」
「残念だけど此処で供養するわ。もう大分歳が行ってるから限界だったのよね」
「へぇ、流石ノーマッド、愛車を大切にしてるんだな。良い事だと思うぜ」
だなんて、コーポらしからぬ真っ直ぐな物言いに私は少し面食らってしまったが、彼がコーポを辞めた理由が少し感じられた。
「あら、有難う。少し車を前に出して貰えるかしら」
「あぁ、最期の瞬間くらい二人きりにしておくよ」
ひらひらと肩越しに手を振って外に出たヴィットは手慣れた様に車に乗って離れてくれた。
私の初めての車で、長年寄り添って来たソートンガリーナに手を触れて、扉を開いてエンジンを始動させた。
力強い声を叫んでから、静かに息を引き取った愛車に哀悼を捧げつつ扉を閉めた。
手荷物と犬の置物を手に取ってから、ガソリンタンクにライターの火を引火させる。
徐々に内側から燃えていくその様を見続けて、全体が燃え盛ったのを機に愛車へ背を向けた。
前に出てくれた車の中で、ヴィットも哀悼を捧げてくれたようで胸前で十字を切ってくれていた。
「有難う、時間を取ってくれて」
「構わないさ、四時間も数分も誤差だしな」
「……その、ほんっとごめんなさい」
随分と待たせてしまったようで流石に謝罪の言葉が口から出た。
けれどもヴィットは肩を竦める程度で怒鳴り散らしたりなどはしなかった。
助手席に乗ってシートベルトを付けたところで柔らかな発進をし、性格の真面目さが運転にも表れているようだった。
「なぁに、煙草を吸ってればあっと言う間さ。それに、こう言う長閑な景色を見つめるってのも中々乙なもんさ」
「そうなんだ。私はいつもこの風景だったから、むしろナイトシティの方が気になるわ」
「へぇ、それはまた。根っからのノーマッドって事か?」
「まぁ、そうなるわね。私たちは車を家の様に思ってるから、何処にだって行ける。それこそ、未知の場所にもね」
「……住まいを燃やしてたのか?」
「……だってその、誰かに古家を使われるの嫌じゃない?」
「…………まぁ、確かに」
少し長い沈黙だったが探った先に思い付く物があったのかヴィットは神妙に頷いた。
同じソートンガリーナの愛好家として思う所があったのかもしれないわね、だなんて彼の印象を少し改める。
それにしても……インプラントしているように見えないけど、本当にナイトシティ在住なのだろうか。
そんな視線の行き来を察したのか、ヴィットは苦笑して口を開いた。
「あぁ、俺がナイトシティの住人らしくないって顔だな。仏教を信仰してるって訳じゃないさ」
「仏教?」
「ぁー、まぁ、知らないか。アジア系の宗教で、とある教えでサイバネティクスを付けない、言わば自然派の奴らの事だ」
「ふぅん、勿体無いわね、ナイトシティに居るのに」
「……それもそうだな? 確かに、何で居るんだろうな機械の街だってのに。まぁ、いいか。色々とサイバネティクスを入れていたりするんだ。最近はリアルスキンってのが流行ってて、クロームテックな腕なのに生身のそれに近いって売り文句でな。こういう安い恰好をしていると相手が油断してくれるから楽で良いんだ」
そう言って左腕をプラプラとさせてから、腕の半ばから飛び出る様にして格納されていたブレードが飛び出した事に心底驚いた。
切っ先は此方では無く天井を向いており、私の美貌と胎を目当てに暴行を加えようとしていた訳では無いようだった。
「おっと、怖がらせたか? そりゃすまんね、俺の感性的には格好良い分類だったからどうもね」
「どちらかと言えば裏切られたのかと思ったのよ。それは?」
「アラサカ社製マンティスブレードさ。社宅や口座は差し押さえられたがこれは残った。気に入ってるんだ、仕込みブレード、格好良いだろう?」
「まぁ、確かに……腕の半ばから出てくるってのが少し奇抜だけど、……格好良いわね」
ノーマッドとして生きてきた事から車の中身、つまりは部品群にときめきを覚えてしまう事もあって凄く格好良かった。
まぁ、自分の腕には流石に移植しないけどね、必要無いし。
第一、両手をクロームに換えてしまうと愛車の躍動感を味わえなくなっちゃうしね。
会話が一旦途切れ、エンジン音とタイヤが地面を転がる音だけが響く。
「そう言えば、今回は何を運んでるの?」
「おいおい、運び屋が中身を聞いてる訳無いだろ。言わず、聞かず、見ずの鉄則を知らんのかアンタは」
ヴィットの至極真っ当な正論に口を閉じる。
肩を竦められ、胡乱な瞳が此方を一瞥した。
……拙い、私がこの手の依頼に習熟していないのがバレた可能性が高い。
小さく溜息の漏れる音が隣からして、内心に冷や汗が流れた。
「……まぁ、そこまで緊張しなくて良いさ。バッドランズの流儀やら経験があるだろうが、ナイトシティは特殊な街だ。自分が幸せだと知る時はいつだって絶望に魅入られてからだ、だなんて言われをする様な場所でもある。シティガールの真似事は微笑ましいが、間違ってもいない。ナイトシティは実力主義の街だからな、舐められないようにする心掛けは良い判断だ」
「ふぅん、なら猫被るの辞めた方が良いかしら」
「被ってていいんじゃないか? ジョイトイやドールには無い、水商売人な雰囲気は少し新鮮だったぞ。何処かで小さなバーでも開いたらそれで食っていけるくらいには様になってたしな」
「スナックのママになれって?」
ジロリと見やれば苦笑と肩を竦められた。
まぁ、容姿を褒められた訳だから悪い気はしないけど、……体良く頭を抑えられた気分なのよね。
古めかしい景色が段々と近代化していき、いつの間にか砂利道からアスファルトの道路に変わり始めていた。
本当にバッドランズから離れたのだと、故郷が遠くに感じるような心地がする。
ついでに、あまり身近で無かった物が溢れ始めて気分が上がって来てもいた。
「そろそろ州境だ。あんまりそわそわするなよ」
「しないわよ……! はぁ、手筈はどうなってるの?」
「心配するな、我らがリトルボスは用意周到だ。積荷の中身は同じだが、ガワは別のに換えてある。……流石にチョッパー品のまま扱わない。クーラーボックスの形をした荷物にしてあるから何か聞かれたら、愛しの故郷を思い出すためにビールを持ってきているとでも言えば良い」
「……随分と手際が良いのね。前職は密輸人だったりした?」
「いいや、俺も今回が初めてだ。だが、何をすれば良いかはきちんと聞いてある」
「なら良いけど」
初めての密輸にしては下準備はしっかりしている様だった。
これならL.O.Aの偽造書類で紛失物扱いしなくても良さそうね。
懐にしまっていたそれをそっと戻し、今回の密輸にノーマッドな私が関われた理由を何となく察する。
要するにナイトシティの外から内に戻る理由の拍付けをしたかっただけ、または男女の関係と言う万が一の仮面を被るためね。
ノーマッドと言うだけでものらりくらりと誤魔化せる理由が増えるからwin-winと言う訳だ。
「そこで止まれ。……スキャニングに異常無し。っと、コーポの方でしたか、失礼しました。どうぞ、お通りください」
「あぁ、お疲れ様。警備、頑張って」
……嘘でしょ、前に別の依頼で来た時は税関署に行かされたんだけど?
草臥れていながらもコーポ然とした雰囲気でヴィットが一瞥しただけで職員は普通に通した。
明らかにクーラーボックスのある後部座席を見ていたのに関わらず、だ。
州境税関をあっさりと通り過ぎた事に驚きとナイトシティ流のおもてなしを受けた気分だった。
「……ははっ、腑に落ちないって顔だな。単純な話だ、俺が元アラサカ社員でこの税関を何度も通った事があるって話なだけだ。ナイトシティは実力主義の街だって言っただろ? アラサカはナイトシティで随一の大企業だ。故に歳下だろうが目上の人間扱いされるのさ。今回はプライベートだと思ったんだろうな」
成る程、そこら辺はナイトシティも変わらないみたいだ。
先程までの疲れた社会人の横顔は確かに印象に残るわよね、主に同情で。
州境税関を抜けた先にある民家に扮したセーフハウスのガレージに車を止めたヴィットはパーキングにギアを入れて息を吐いた。
どうやら此処が解散地点みたいね。
「さて、楽しい密輸ドライブは此処で終わりだ。今、エディーを送る。……現金の方が良いか?」
「舐めないでよね、光学インプラント入れてるわよ」
「そりゃ、失礼。んじゃ、これがアンタの取り分だ」
デジタル二千エディーが入金されたのを確認して、一息吐く。
取り敢えずこれを元手に生活の基盤を作ろう。
ドアを開こうとして、硬い感触に阻まれる。
思わずヴィットを見やれば、シートに深く腰掛けて煙草の紫炎を燻らせていた。
「んで、こっからが本題だ。今、うちのチームは優秀なドライバーもできる人材を探してるんだ」
「……通りでノーマッドに依頼が見つかる訳だ。最初からそっちが本命って訳ね」
正直言って今回の依頼はヴィットだけで顔パスできる仕事だった。
腕利きのドライバー、ね。
確かに年がら年中車に乗って過ごすノーマッドは運転なんて呼吸の様なものだ。
そして、態々クランを離れてナイトシティで解散する様な依頼に食い付くノーマッドだなんて、クラン抜けした奴に決まっている。
「……アンタ、アラサカで人事やってた口?」
「いいや、防諜部の副長だった。まぁ、無能で野心家な上司に損切りか裏切られて捨てられた訳だが。今のチームは楽しくてな、コーポレートだなんて苦行をしてた俺が馬鹿らしくなるぜ」
「……ふぅん、なら良かったわね。丁度クラン抜けして暇してるノーマッドを拾えるわよ。お手柄ね?」
「ふっ」
「今鼻で笑ったわね!? 別の所行くわよ!?」
「ぁー、いや、リトルボスの言ってた通りになったな、と思ってな。お前さんを笑った訳じゃないさ」
「さっきも言ってたわよね、リトルボスって誰の事よ」
ヴィットは何とも名状し難い声色で唸った後、事実だからな、と前置きして言った。
「齢十五の天才テッキーでリパードク、数ヶ月前にフィクサー始めたってのに知名度が上から数えた方が早いボーイッシュな女の子、だな。うちのチームのリーダー、ジャッキー・ウェルズが友人で、その誼で依頼をくれてたりする訳だ。……いや、ほんと、お前さん運が良いよ、とびきりな」
「随分と持ち上げるのね……。それで、名前は?」
「名前? 俺のか?」
「……はぁ、違うわよ。肩を並べるチームの名前よ」
ヴィットは二本目の煙草に取り替えて、口角を上げてから口を開いた。
「俺らのチームの名前は――《ジャッカルズ》だ。ようこそナイトシティに、強者を求める街へ」
ニヒルに笑ったヴィットは私に小さな何かを手渡した。
受け取って見てみれば、縦に置かれた骨を横合いから砕き折る黒いジャッカルが描かれたエンブレムワッペンだった。
思わずヴィットを見やれば背広の内側を晒して、内ポケットの所に縫い付けられたそれを見せつけていた。
「……その、これもリトルボス?」
「あぁ、うちのリトルボスは色々と凝り性でね。それでいて面倒見がめっちゃくちゃ良い」
渡されたワッペンをかつてバッカーのワッペンのあった場所に取り付けて、ヴィットに見せつけてやる。
二人して車の中で大笑いし、セーフハウスのガレージからチームの溜まり場へと向かう事になった。
【tips】
・コーポV“ヴィット”
V編の主人公、本名はヴィンセント。
選出理由はジャッキーとの仲が一番深く、トレーラーが男性だった事から。
・ノーマッドV“ヴァリー”
本名はヴァレリー。
何処とは言わないが非常に豊満。原作女性Vの大きいサイズよりも大きい。