Hello,Goodbye,Night City‼ 作:不落八十八
嗚呼、なんて、なんて恰好良い人なのだろう。
路地裏で四肢を失って死に掛けていたアタシを、血で汚れる事も厭わずに抱き抱えてくれた貴女の温かさを今も覚えている。
アタシが誰かだなんて気にもせず、見掛けたから助けるだけだ、とジャパニズムなヒロイックを披露してくれたその横顔が未だに網膜に焼き付いている。
この街の邪悪を、誰よりも憎み、誰よりも嫌う貴女だからこそ、アタシみたいな中途半端にヒーローに憧れたガキを救い出してくれたのだろう。
悪を潰せ、と願って付けてくれたゴリアテアーム。
悪を逃すな、と望んで付けてくれたバニーホッパー。
両腕、両脚を貴女はくれた。
それどころか生きる為の目標も、ジャッキー経由で住まう場所も、進むべき方角も、貴女に貰ってばかりだ。
代金は不要だ、と言われたが、返す事で貴女との縁を繋ぎ続けたかっただなんて言ったら、貴女は苦笑して許してくれる程に優しい人だ。
「ジャグラさん!」
だからこそ、街の邪悪の雰囲気を纏ったその仄暗い笑みを吹き飛ばしてあげたかった。
オフィスの入り口で二の腕を組んでいたジャグラさんに抱き付く様にカッ跳ぶ。
通常の強化足関節に使われる部品を流用し、太腿の半ばから取り付けられたこの脚は、人間サイズの兎の様に跳ねられる様にと名付けられた。
邪悪顔を止め、一瞬毒気を抜かれた顔をしたジャグラさんは一つ柔らかな息を吐いた。
左眼を赫く染めて、あっさりとアタシの抱き付きを円を描く様にして受け止めてくれた。
「ティーンエイジャーの女の子が飛び付いてくるな、はしたないだろうが」
「大丈夫! ジャグラさんにしかしないから!」
「年下にママみを求めるんじゃねぇよ、十八だろうに……」
三歳年下のイケメンな女の子からしか得られない栄養素もあるんだよ!
だなんて口にしたらそのまま一本背負いされそうなので口にはしない。
だが、あっさりバレたようでジト目でアタシの頬をムニられてしまった。
「まぁ、いいか。疑問に感じてるだろうが、別にアレ生放送じゃないからな。最初からバイオテクニカの株をこれでもかと下げて、NCPDの強制捜査を強行する予定だったのさ。ジギーQの番組は、バイオテクニカをデラマン医療サービスの踏み台にするための仕込みだ」
「じゃ、ジャグラさん!」
普段は澄まし顔をしている猫みたいなサチが両目から涙を流していた。
それを見たジャグラさんはハンカチで涙を拭いながらフッと笑みを作った。
向けられたら安堵と安心感を得られるであろう王子スマイルにサチは少し見惚れたようで涙が引っ込んでいた。
「なぁに、親元であるN54にお前が送ったであろうタレコミの事を囁いてやればこれでもかと頭を下げてくれたよ。隠しといてやるからバイオテクニカの終わりをしっかりと演出しろ、って言ったらあれよこれよでテレビ出演だ。あぁ言うのはこの一回で十分だな、面倒だ」
「ありがとう、ありがとう……! 母の仇を、私の仇を取ってくれて……っ、ありがとうございました!」
「今のお前は拾われたサチだろうが。……これで、胸張って外を散歩できるな? 知り合いにも会っても良いだろうさ」
今回の一件の軸はきっとサチの幸福を祈っての事なのだろう。
嗚呼、いったいどれだけ貴女を崇め奉れば良いだろうか。
サチは再び感極まったようで、……ふっ、落ちたな。
これでまた一人、ジャグラさんのシンパが増えた。
デイビッドくんにも教えてあげなきゃなぁ。
だなんて思ってたら入り口から気まずそうに入って来ていた。
……君、ジャグラさんと一緒に居たなぁ!?
ジャグラさんの腰元に抱き付いたままのアタシを見やると途端に視線を明後日の方向に向けた。
「さて、と。悪かったな、ノーマッドのV。オレがこいつらの餌遣りしているフィクサー、ジャグラ・カグラだ。此処に居るって事はチームに加入する意思があると思っていいな?」
ヴィットがリトルボスと称する様に、ジャグラさんは悪のカリスマめいた雰囲気でヴァリーに問い掛けた。
対するヴァリーは先程までのあれこれのせいで思考がフリーズした様で固まってしまった。
……一向に返事の無い様子にジャグラさんも困惑したのか、可愛らしく小首を傾げた。可愛い。
ツカツカとヴァリーに近付くと二人の容姿の凹凸感が際立ってしまうが、ジャグラさんは自分の容姿に割と興味が無いので羨ましがる事は無い。
「……ふむ、でかいな。……はぁ、やっぱり現実って糞だわ、分かる訳ねぇーだろこんな差異」
ヴァリーの豊満なおっぱいを観察しながら何事かを呟いていたが、痺れを切らした様で安産型なビッグヒップをスパーンッと叩いて正気に返らせた。
ひゃんっ!? だなんて可愛い悲鳴をあげたヴァリーに全員の視線が向かい、恥ずかしそうに仕切り直していた。
「え、えぇ、私がノーマッドのVことヴァリーよ。これからお世話になるわ、宜しくね」
「あぁ、宜しく。お前も頼りにさせて貰うぞ。と、言う事で新人加入祝いだ、仕事をくれてやる喜べ者ども」
ヴァリーの肩にダブルタップしてからオフィス側に向かったジャグラさんについて行き、畳の淵に座ったその隣にアタシも腰掛ける。
ジャグラさんは身内にハチミツに練乳掛けして砂糖を練り込むぐらい甘いので、軽いスキンシップも笑って許してくれる。
優しくて可愛くて美人でイケメンな女の子とか最強では?
「さて、ミッションの説明をしよう。此度の目標はワトソン地区の封鎖を強行突破し、バッドランズ方面へ走り出した輸送トラックの確保だ。連中やっと自分たちの汚い尻に火が付いたのに気付いた様で、必要最低限の設備及び機密品を詰め込んで逃走している。つまり、アレは奴らにとって宝の山と言う訳だ。絶対に奪取しろ、ドライバーは殺して構わないが、上役らしき人物が居たら捕獲しろ。頭と胴体は潰すなよ」
……自警団の真似事して報復されて、ショットガンで四肢をぶち切られたアタシでさえ生きてるからなぁ。
文字通り四肢切断しても生かして情報を尋問できると言う事で、ふふふ、凄い上司だ。
でも何でもかんでも自分でこなしちゃうのは悪い所だと思う。
まぁ、自分でやった方が早いし正確だ、って返されるのがオチだろうけども。
「いよぉし、ヴァリー! 早速お前さんのドラテク見せて貰おうじゃねぇか! 俺とヴィット、ヴァリーはソートン、ヴァニーはサチとデラマンだ。ほら、さっさと準備だ準備!」
リーダーのジャッキーによる号令にアタシたちは動き始める。
まぁ、アタシの武器はこの身体だから一番抜けだけどね。
ジャグラさんを、正確にはアタシの反対側に腰掛けたデイビッドくんに視線をやれば、強い眼差しで頷きを返らせた。
アタシたちがトラックハントしている間に確実にジャグラさんにも刺客が送られてくるだろう。
そんな不埒な輩からジャグラさんの柔肌を護るのがデイビッドくんの仕事と言う訳だ。
(その特等席はよ譲れ)
(お前にはまだやらねぇよ、さっさといけ)
だなんてアイコンタクトで会話してから、渋々と、本当に後ろ髪を引かれる心地で立ち上がる。
「戻って来たらヴァリーの歓迎会だ、無傷で帰って来いヴィクトリア」
「……うん! 頑張る! 行って来ます!」
「変わり身はぇぇなほんと、ま、気を付けてな」
「あいよ、そっちは任せたよ」
「あぁ、この身に代えても護るさ。……ショットガンとガトリングとテックライフルのタレットを越えられればの話だが」
それは……まぁ、確かに。
ジャグラさん此処を増設する時に迎撃用タレットも新調したらしく、クイックハック対策に戦闘モード中はインターネットがローカル設定になり外部遮断されるから物理的に越えないと突破できない。
それに、仮に突破できてもジグジグストリートからタイガークロウズがすっ飛んで来るからなぁ。
核シェルターの装甲で壁を五重にしてるとか言ってたし、ジャグラさんやる事派手だけど護身も完成されてるから相手はしたくないなぁ、夜の相手なら喜んで。
実情を知っているアタシたちでさえこれだ。
何も知らずに特攻仕掛けて来る奴らがもはや哀れだ。
「ほら、さっさと行って来い。仕事だ仕事」
「はーい」
ジャグラさんに背を押されてしまったので、気分を変えて外へ向かう。
ぴょいっと二階から一階へ階段をすっ飛ばして降りて、デラマンに乗り込んだサチの隣に座る。
サチは何かしらバイオテクニカに因縁があるようで、必ず殺す、絶対にだ、みたいな雰囲気を纏っていた。
普段の澄ましたお姉さんらしさは皆無で、本気で狩りを行うネコ科の猛獣の様だった。
さて、アタシも仕事をしよう。
懐からデバイスゴーグルを取り出して装着する。
ーートランスミッション。
電脳空間を平面出力し、バッドランズ方面に向かったらしいトラックの足取りを探す。
本来なら複雑怪奇な3D空間である電脳空間だが、アプローチを変えて箱の外側から観測する事で見下ろす平面に簡略できる。
ゲームで3D酔いする友人のために昔作ったツールをジャグラさんがアタシ専用にしてくれた逸品だ。
これならネットダイブしなくとも浅い情報だけなら同じ物が拾えるし、何よりもドット絵めいた電脳世界は見辛いし広過ぎる。
故に、平面の2Dにする事で得られる情報は速くて軽い。
それを本格的なネットランナーであるサチに送ればアタシの仕事は完了だ。
バッドランズ方面に向かう暴走気味の輸送トラックを監視カメラから情報を特定し、マーキング。
共有されたマーキングに向かってサチのPINGデーモンが送信され、ブリーチされたトラックが光学インプラントのMAPに赤い点でリアルタイム追跡が始まった。
『輸送トラックの下拵え完了、料理しちゃって』
『了解。これは、近道……? ふっ、舐められたものね、カッ飛ばすわ、左右に揺れるわよ!』
サチがトラックへの最短ルートを示した途端、ヴァリーが豹変したかの様にアクセルをベタ踏みして法定速度ガン無視の走法を披露し始めた。
ソートンってそんな速度出るんだ、と感心してると、アタシ達と同じ様にトラック狙いの奴らが飛び込み合流して大通りが混沌と化していく。
あーぁ、大惨事だぁこれ。
「デラマン、迎撃準備。最低限で」
『了解致しました。セーフモードでパッケージを展開します』
……誰も言ってないけど、正直デラマンもうちのチームの一人みたいなもんだよね。
デイビッドくんみたいに雇用主がジャグラさんってだけで。
一般車両が横に停まり始め、ワトソンからハイウェイに向かう道はもう大混乱だ。
しかし、誰もがトラックを狙っているが、時折一般人らしき車も見える。
……随分と恨みかってたんだなぁバイオテクニカ。
絶対に逃してたまるものかって形相だったよあの人……。
トラックは後ろからの猛追に大混乱の様だが、蛇行して車輪を撃たれ難い走行に変えたりし始めた。
ハイウェイは何でもありのカーレースと化し、段々と脱落者が増え始める。
「……はっ、ジャグラさんの気配がする」
「ヴァニーの六感センサー大当たり、あそこだね」
サチが指差した先はバッドランズへの入り口付近の上空であり、ジャグラさん専用のエアリアルパッケージ仕様のカスタムデラマンが浮かんでいた。
そして、後部座席から……網膜スキャナーの倍率を上げて確認してみればデイビッドくんがやけにゴツいブーリャを構えていた。
カスタムデラマンがトラックと並走する様に高度を下げつつ取り付いたのを見て、この逃走劇の終わりを悟る。
瞬間、轟音めいた炸裂音がハイウェイに響き渡り、輸送トラックの後輪二つが弾け飛ぶ様に破裂し、トラックはホイールの悲鳴を上げながら速度を落として停車した。
「……優しいなぁジャグラさん。デッドヒートで死人が増える前に止めに来てくれたんだ」
「……デイビッドの持ってるあの銃の試し撃ちの様な気がするけど……。まぁ、何にせよ終わりね。アレを見てハイエナしようとする奴は居ないわよ」
数トンの重さに耐えられる企業製のタイヤを一発で貫通せしめた武器を向けられたくないのか、ミリテクやアラサカなどの私兵らしき車が一般車両に混じって元の道へ戻り始める。
そうして、無事に輸送トラックは《ジャッカルズ》が確保し、ジャグラさんの手に渡った。
もっとも、ジャグラさんは手元に残す事はせず、中身を検めてからNCPDへ引き渡した。
何故NCPDに渡したのだろう、と純粋に気になったので聞いて見れば。
「ん、ローマにあるバイオテクニカ本社はナイトシティ支社を損切りのため、知らぬ存じぬ貫いて権利を放棄するだろう。ナイトシティの支社と工場、傘下の病院施設は次点のNCPDに引き取られる。残された工場やらをNCPDが管理する訳にもいかないから競売に出す訳だ。でもって、今回の一件で機密情報をオレが手に入れた事で、工場に残されたノウハウやらを回収しようとしていた他の企業は手を出すのを躊躇う訳だ。工場をそのまま使おうとしたら、またオレが摘発を仕掛けて潰される可能性が出て来る。なら中身を、機材を入れ替えなきゃならんから、そうすると費用が嵩む訳だ、製薬産業に参入を考えているなら別だが、そうじゃないなら不良在庫が置かれた土地だけ残る。そうなるとバイオテクニカの支社及び工場の価値は著しく下がるんだよ」
「……はへぇ」
「んで、オレ名義で買い取って、デラマン医療サービスの工場やら病院に変えちまう訳だな。ロボットは生産コストだけで済むし、製薬に関してはナイトシティに参入したい企業なんざ沢山あるからな。吟味して提携でも結んでやればバイオテクニカ製薬のロゴの入った薬剤はこの街から消える訳だ。ざまぁねぇぜ、ハーハッハッハッ!」
まるで魔王みたいな高笑いを浮かべ、資本主義らしいぶん殴りで企業の指先を潰したジャグラさんは大変上機嫌の様子だった。
うーん、巨悪を打ち倒すジャグラさん、素敵だなぁ!
「……バイオテクニカの薬剤抜くのにバイオテクニカの機材が必要ってのが一番のブチ切れポイントだけどな。だーから薬物嫌いなんだよオレは。しかもどいつもこいつもバイオテクニカ製薬の投薬されてるから本当にサイバーサイコか疑わしいし、今回の仏教徒の件が無ければずーっと間違った結果を演算し続けてた可能性があったのがマジムカつく」
……ジャグラさんの薬物嫌いは相当だからなぁ。
ちゃぶ台の下からごつい無線機の様な電話を取り出して何処かに掛け始めた。
アタシが居るんだけど良いのかな、だなんて思っていると通話が始まったようだった。
「ファラデー、おい、聞いてんのかてめぇ。てめぇにチャンスをくれてやる。ドン底からトップに這い上がるチャンスをなぁ。ニュースは見てたか? あ? だからてめぇ震えてんのか、しゃっきりしろ、仕事の話だ。てめぇにデラマン医療サービス附属病院の院長をして貰う。拒否権? ある訳ねぇだろ、と言うか本当に蹴って良いのか? 今後ナイトシティで天下を取る医療機関のトップの座だぞ? 古今東西、教科書に載る様な偉人は大抵どちらかに偏る。人を沢山殺したか、救ったか、だ。難易度は言うまでもねぇが救う方が大変だ。なぁ、ファラデー。お前言ってたよなぁ、あの生活から抜け出したかったから必死に頑張れたってよぉ。そんで、あの頃に差し伸ばされた手が無かったとお前嘆いていたな。じゃあ、お前がそうなりゃ良い。誰もが出来なかった事を、お前自身がやって見せれば良い。こいつはな、アラサカのコーポ野郎にも出来ない偉業だ。分かるだろ? ……あぁ、ああ、そうだ。オレが人を使い捨てる様な仕事をすると思うか? ……はっ、良いぞ、よく吠えた。基本的にデラマンが八割動かす、残りの二割をお前の慈善事業に充てろ。綺麗事を実現してやれ、金ならあるからな。独断でやるなよ? きっちり草案を送れ、相談はいつでも聞いてやるからな。初心に戻れよファラデー、あの日に欲しかった事を現実にしろ。期待しているぞ」
……何このイケメン上司、惚れない部下居るの?
えーと次は、だなんて次の仕事に取り掛かろうとするジャグラさんにまた惚れ直したアタシは、サチに視線をぶつけた。
頷いたサチは戸棚から急須とお茶っ葉を取り出し、ジャグラさんが円滑に仕事ができるようお茶を入れ始めた。
祝勝会兼ヴァリーの歓迎会の用意が出来るまで、アタシ達はジャグラさんのサポートをし続けたのだった。
【Tips】
・ストリートV“ヴァニー”
原作Vの名前を使えないが故に作者オリジナルのVが爆誕。
本名はヴィクトリア。
幼少期から正義感が強く、虐めなどに屈しない忍耐力と反骨心があった。
故に、不当な行いを許せず、悪事を挫く生き方をしていた。
――だが、数の暴力には勝てず、その日、致命的な敗北を経験した。
四肢をショットガンで近距離射撃により無残に千切られ、達磨状態で路地裏のゴミ捨て場に葬られた。
ショットガンの異常な回数の発砲音と断末魔めいた悲鳴により、近隣住人が通報した事でNCPD案件となり、ジャグラくんちゃんがそれを拾った事で間一髪生き延びる事になる。
新たな両腕と両脚を手に入れた彼女はジャグラくんちゃんに憧れ――考えを改めた。
悪人は悪人なのだと、更生なんてしないし、反省もしない、なら……。
「居ても居なくても変わらないよね?」
・コンセプト
コーポV 原作Vの皮肉屋の部分と頼れる兄貴分な所。
ノーマッドV 原作Vの自信による気高さと何処か抜けてるお茶目な所。
ストリートV 原作Vの好奇心でヘマをする部分と、ジャッキーの死で歪んでしまい、ジョニーによって下手くそに曲げ直された一本芯の所。
つまり、原作Vを三分割した結果、三人に増えた。
……こいつらの要素が纏まった存在が居るってマ?