Hello,Goodbye,Night City‼   作:不落八十八

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三話

 ジャパンタウンの歓楽街にして遊郭を模した風俗地域ジグジグストリート。

 観光地として名高い日本を模したこの区域の中でも特に人口密度の高い場所である。

 そんなジグジグストリートの一角にオフィスを構えたフィクサー、ワカコ・オカダを知らない者は居ない。

 ジャパンタウンを中心に、ウエストブルックを取り仕切るギャング、タイガークロウズの裏看板としても名高い。

 タイガークロウズに参入した新入りは先ずジグジグストリートで夜遊びを学び、その途中で教訓を習う。

 新入りに気安い先輩も居れば、昔然とした厳格な一面を持つ先輩も居るタイガークロウズであるが、参入後に必ず受ける儀式めいた事がある。

 つい先日まではワトソンの遠いリパーまで足を運ぶ必要があったが、ジグジグストリートの入り口付近に存在するタイガークロウズの看板をぶら下げたクリニック《グラッカー》でインプラント施術を受ける事だ。

 先輩に入口まで連れて来られ、此処で皮膚インプラント施術を受けろと指示されるだけの新入りは軒先に掲げられた専属の看板を見て唾を飲んで待合室に座るのが常だ。

 そして、随分と若い少女の声に呼ばれたと思えば、リパー業界で噂になっている凄腕年少リパーに出会う事となる。

 日系人の血を色濃く引いたであろう平たい醤油顔に艶やかな黒髪のベリーショート。

 衛生面を考えてか手術用の前掛けをしたオーバーオールを着た十代前半の少女を見て、誰もが最初は油断する。

 けれど、気の良い先輩から少女の事を聞かされている者は別だ。

 対面し、目上である新入りに対してぶっきらぼうなため口で接し、要件を聞いてくる少女に激昂すれば最後。

 首に深く巻き付けられた医療用モノワイヤーで意識を混濁させられながら、店先に蹴り飛ばされるのだ。

 基本的にその時点で連れ添った先輩からリパードクの少女、ジャグラ・カグラの在り様を聞くまでがセットだ。

 

「良いか、お前がこれからタイガークロウズの上を目指すってんなら絶対に敵対しちゃいけない人が居る。ワカコ様は勿論の事だが、その専属リパー、お前が失礼を働いたであろうジャグラの姐さんもだ。あの人は幹部連中にも目利きされてて、どれだけ重症であっても命が助かる超凄腕のリパーだ。ジグジグの奥に居る産廃フィンガーなんて目じゃねぇし、実際、ナイトシティ全部を駆け巡ってもあの子以上のリパーは居ねぇぐらいだ。良いか、絶対にあの子の機嫌を損ねるな。じゃねぇと、もしお前が鉛喰らって運ばれてもさっきみてぇに蹴り飛ばされるからな」

「う、うっす。ち、因みに実際に蹴り飛ばされた人って居るんすか?」

「……居るには居る。姐さんの父親が先代リパーだったんだが、その人の事を貶した事のある奴でな。肩と腹に銃弾喰らった奴が運ばれたんだが、麻酔と称して顔面を特大レンチでぶっ叩かれてから外に放り出されたって話だ。去り際に肩と腹部に蹴り入れて、リパー貶す奴がリパーの店に入ってくるなクソボケが、って吐き捨てて戻ったらしい」

「うへぇ……、そいつどうなったんすか?」

「……ワカコ様の耳にも入ったらしく、ジグジグの奥に送られた。名簿にはもう居ねぇよ」

「……詫び入れてきます」

「おう、義理と人情に厚い人ではあるから礼儀はしっかりしとけ」

 

 と言う光景が見られる事も多々ある程だ。

 そんなタイガークロウズたちに顔を覚えられているジャグラは、手術前掛けを脱いだオーバーオールに黒のタンクトップと言うラフな姿でパチンコ店の奥に居た。

 パチンコ店の奥にあるには似つかわしくない、古き良き日本文化を感じさせる詫び寂びのあるオフィスのデスクには部屋の主たるワカコ・オカダが座っていた。

 そして、ワカコの顔には普段滅多に見られないであろう朗らかな笑みが浮かんでおり、年相応の、歳離れた孫に接するおばあちゃんと言った雰囲気が漂っていた。

 

「態々来させてすまんかったなぁジャグ」

「……別に、要件があるならワカコさんが優先だろ、お得意様だし」

「おぉ、おぉ、それは嬉しいなぁ。そんで、話と言うのはこれの事や」

 

 朗らかな笑みを見せるワカコとは裏腹に、ジャグラの表情は無に等しい。

 父親が亡くなった一件から、ジャグラは本性を現したかのように素を出し始めた。

 誰に対しても興味が無く、誰が相手でも我を通す、瓶に入れられた爆竹の様な危うさを醸している。

 誰かが彼女の父親マサヒロが外付け良心回路だったと称したが、正しくどんぴしゃりと言う有様であった。

 切れたナイフどころか高速振動するカタナぐらいに狂暴で暗闇に潜んだ猫の様なジャグラをワカコは邪険にはしなかった。

 先の一件について、タイガークロウズが関わっている事もあるが、懐に抱えたリパードクを守れなかったと言う汚点はどうしようもなくワカコの失点であるからだ。

 それが忘れ形見であるジャグラなら尚更の事、義理と人情に厚いワカコは当然囲いを強めた。

 もっとも、それが故にジャグラの類稀なるリパー技術とテッキーとしての才能に気付けたのだから皮肉も強い。

 父親が生きていた頃には見せなかったその腕前を淡々と当たり前の様に熟す姿は能ある鷹にしか見えず、とっくの昔に腕前を越えていた父親に対しての気遣いであった事も見受けられた。

 そもそもの話、父親にバレたくないからと深夜にこっそり遠隔操作でサンデヴィスタンの施術を一人で行なった挙句に成功している時点でその才覚が類稀なるものだと分かるのだが、巧妙にリアルスキンで施術痕をカバーしていた事で発覚すらもしなかった。

 

「ほら、ジャグも十四になるやろ。そのお祝いにこれをあげよと思ってな」

 

 そう言って後ろに立て掛けていた一本のカタナをワカコはジャグラに手渡した。

 随分と物騒な贈り物だな、と斜に構えていたジャグラだったが、鯉口を切って刀身を露わにした事で正体を知り絶句していた。

 白い虎の如し刃文が特徴的な武骨の刀身。水切りならぬ血切りが良い様に工夫が施されており、本来ある筈の鍔が無いが故に鍔競り合いをそもそも考えていない薩摩刀術の思想に似た超攻撃性を孕んでいる。

 その癖、刃の峰付近にギザ牙が拵えられ、技術で相手の牙を圧し折れと言わんばかりのブレイカーも付いている。

 名刀《白虎》、ワカコが現役時代に用いた切った張ったの場面の相棒にして、懐刀を表す代物である。

 それをポンと渡して来たが故にジャグラは困惑の表情と見知ったアイコニック武器を手に入れた喜びの狭間にあった。

 

「これ、《白虎》?」

「へぇ、物知りさんやなぁ。せやで、うちが若い頃に振り回してた愛刀や。何せこの歳や、メンテナンスするのも一苦労でなぁ。ほんなら、今のジャグには入用かと思ってなぁ」

「にこにこしながら渡すもんじゃないだろこれ……。いいのか? これ、ワカコの大事なもんだろ」

「せやで。せやからこそ、大事な物は一緒にせんと。守れるもんも守れへん。……マサヒロの件はうちの落ち度や。下手人がようやっと分かった事もあってなぁ、贈らせてんか」

「……へぇ、見つけたんだ」

 

 その瞳はワカコにとって慣れ親しんだものであり、何よりも魅せ付けられる色だった。

 復讐や怒りなどを越えた先にある、殺意で染まった曇り無き瞳。

 黄昏よりも昏く、澱みを経て上擦んだ至極の瞳であった。

 かつて企業戦争時代にこれでもかと味わった苦楽と思い出させる鉄火場の輝き。

 それが、齢十四の少女に浮かんだ事にワカコは歓び、そして、哀しんだ。

 フィクサーとしてのワカコはとても喜んでいたが、老女としてのワカコは憐れみを感じていた。

 何せ、フィクサーとして一級の傭兵や達人を知っているが故に、目の前の少女の戦闘力をきちんと計ってしまえているが故に。

 ジャグラはタイガークロウズの看板を受け取った際に、自身の背に登り龍の皮膚インプラントを入れた。

 激昂する虎では無く、あえてその反対の龍を彫った。

 タイガークロウズの看板を掲げているのはあくまで店であり、自身では無いと言う証明でもあった。

 タイガー印の皮膚インプラントよろしくスマートテックに対応し、尚且つ同士討ちを避けるジャミングも含まれており、その対象もタイガークロウズだけではなく全般である事も相まって軍用、もしくはソロ仕様のそれだった。

 自身に埋め込んだサイバーウェアの詳細を書いた紙をワカコに渡しており、生存に特化した内蔵インプラントに、軍用一歩手前の性能を持つサンデヴィスタンmk4の記載に頭を悩ませたのは言うまでもない。

 

「アロヨのリパブリック・イーストにあるBUCK-A-SLICEと言う雑貨屋に屯しているシックス・ストリートの連中やった。タイガークロウズのシマに威力偵察を仕掛け、杜撰な手口で強盗のそれをやったっちゅう訳や。その時の客の一人がマサヒロやった、と言う訳やな。途中でビビったんか、バイクで逃走。尻尾巻いて逃げ帰った先がそこ、と言う訳や。しっかりと追えた奴がおらんかったちゅう事もあるけど、何処ぞのフィクサーのちょっかいもあって遅れてしもた。ほんま、堪忍やでジャグ」

「……いいや、最高のバースデープレゼントだ。悪いけどワカコさん、これは受け取れない。重いし、何よりもこれに勝ると思えない」

 

 そう言ってジャグラは鞘に戻した《白虎》をデスクに立て掛け、右手首をワカコに見せた。

 其処にはそこらで見ないようなテック、取り扱いの難しさと危険性から自粛及び規制されているモノワイヤーの射出装置が取り付けられていた。

 左手首に付いている医療用モノワイヤーではない、裏で出回っている様な代物である事は確かだ。

 問題はそれをいつ手に入れて取り付けたと言う話なのだが、先日の記載に載っていない事から最近である事だけ覗える。

 

「アラサカ社製軍用試験モデルの奴。試作品がこれ見よがしに流されてたから仲介入れて拾って来た。一度バラしてクリーニングして、アナログな部品に変えたから外部接続も不可能、ハック不可。従来のモノワイヤーよりも射出速度、硬度、瞬時加熱性に最大温度まで一級品の代物。アラサカの護送車両もバターの様に溶かせる威力だ。人に使っちゃいけない類のものだね」

 

 最近、アラサカ社製の試作品が裏に出回っていると聞いていたワカコだったが、こうして現物を見てしまうと信憑性は明らかだった。

 他に出回っているテックを改良し、軍用モデルに底上げする動きをアラサカの武器開発局はしており、まるで誰かにそれを搭載させるための下準備と言った具合に密やかに進められているらしい。

 考えられる人物は一人だけ、もはや人と呼んで良いかも分からぬ全身テックの生ける伝説。

 アダム・スマッシャー、アラサカの番犬にして最強と謳われたデストロイヤー。

 そして、そんな人物に渡る可能性のあったテックを目の前の少女が取り付けている事にワカコは頭痛がした。

 サイバーウェアをインプラントする上で絶対に逃れられない死神、サイバーサイコシスの発症の可能性が高まったからだ。

 特に巷にばら撒かれた軍用試験モデルはその割合が高く、高潔な軍人であってもサイバーサイコと化して暴れ回る事例が多い事もワカコは知っていた。

 

「さてと、そろそろ良い時間だし、出かけてくるね。あぁ、送り迎えはいらないよ」

 

 そうテックを見せびらかせたジャグラはワカコに背を向け、外に出て行った。

 追いかける形で入口まで出てきたワカコは、AIが運転手を勤めるデラマンタクシーに乗り込むその小さな背を見送るしか出来なかった。

 デラマンタクシーの会員になるための年収は越えているし、信用と信頼のできる人の少ないナイトシティにおける最適解の一つとも言える移動手段だったからだ。

 そして、タイガークロウズの人間を用いなかった事もあって、完全にソロでこの一件の始末を付けようとしている事を察してしまったからでもある。

 

「……気張りや、ジャグ。タイガークロウズは吠えるだけのギャングやない、敵を追い詰め、切り裂く爪こそが本懐なんやから」

 

 懐から火打石を取り出して武運を祈ったワカコは、何事も無かった様にオフィスへと戻った。

 そして、その様子を見ていた辺りのタイガークロウズたちがこっそりとジャグラを追いかけたのは言うまでも無かった。

 無論、追わねばワカコにどやされるのは勿論の事、場合によっては凄腕リパーが居なくなってしまう可能性もあったからだ。

 そして、彼らは目撃する事となる。自分たちよりも年若いリパードクなテッキーガールの実力を。

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