Hello,Goodbye,Night City‼ 作:不落八十八
2075年某日、サントドミンゴのリパブリック・イーストで経営する雑貨店にてNCPDが急行する事件が発生。
店内に来店した客による通報で、事情聴取によると惨殺現場であったとの事。
付近の監視カメラは前日にシックス・ストリートのチンピラと思われる人物らに破壊されており、店内の監視カメラから回収した映像には犯行の様子は映っていなかった。
被害者はシックス・ストリートに属するチンピラ五人、死因は高温の物体による切断。
彼らの遺体の損傷は非常に酷く、データも回収出来ない程であり犯行に及んだ人物の残虐性が窺える。
加害者らしき人物も目撃されておらず、NCPDの不明ファイルに並ぶ事となる。
「で、これがその一部始終を録画したチップやな」
「はい、ワカコ様。監視のため常駐させていた組合員のデータになります。内容は二つ、通常再生の物とスロー再生のものになります」
「早い仕事は好きやで、ほな、持ち場に戻り」
「はっ、失礼します」
タイガークロウズの組合員の男をオフィスから返したワカコは手元にあるチップを首筋のポートへ入れた。
網膜に映る映像はマサヒロを殺害したチンピラグループが屯する雑貨店の入り口を見張るものであり、最初は何気無い変わり映えのしない日常が写っていた。
そして、数秒後にはデラマンサービスのタクシーが付近に止まり、後部座席が開いたが誰も出て来ない。
その後、何事も無かったかのように後部座席のドアが閉まり、乗客が外の空気でも吸っていたかのような自然さでその場を去った。
それから暫くして、店に入ろうとした若い男性が中を覗いた瞬間、尻餅を搗いて喚き始めた。
一分に満たない動画であり、この動画を見ただけでは既に犯行が行われた現場を今さっき見つけたと言った具合になる。
数秒後、同じ動画が再生されるが、デラマンタクシーの後部座席が開いたところからスロー再生となる。
コマ割りされたかのように、点々と瞳を深紅に染めたオーバーオールの黒髪ベリショの少女が店内に駆けていく様子が映し出された。
店内の僅かな角度によって辛うじて映っていた一人のチンピラが、青白い線を纏っていくと同時に身体がテックごと分断され、惨殺死体に成り代わる様が映っていた。
そして、店内のチンピラを全員始末したと思われる少女は何事も無かったかのように正面入口から店を出て、デラマンタクシーの後部座席に戻る。
この間三秒にも満たないと誰が理解できるだろうか。
本来のモノワイヤーの付属部品で電気鞭の様な仕様に変更でき、テックやドローンなどに重大なダメージを与えられる物があるが、映像に映るそれは加熱式の超伝導モノワイヤーであり、色も青白かった事からプラズマ化する程の超高温に至っている事が分析できる。
軍用試験モデルモノワイヤーの実態は超伝導瞬時加熱単分子カッターの生成である事が見て取れる。
手首に装着するだけのテックでは到底出せない出力である事から、右腕全体をクローム化している事が分かった。
明らかに未成年の少女が使っていて良いテックでは無い事は確かであり、映像を見終えたワカコは深く溜息を吐いて眼筋を揉んだ。
「はぁー……、随分とけったいなもんを取り付けたもんやな。一介のリパーが付けててええ代物やあらへん。それこそ一流の傭兵が用いるもんや」
何よりもそれを使っているのがサンデヴィスタンmk4をインプラントしている人物であると言うのが事態の重さに拍車をかける。
mk4の上にはmk5と言う最新モデルがあり、チアンT社のワープダンサー、ミリテク社のファルコンの二種だけだ。
どちらも業界最高峰の出来栄えであり、勿論ながら用いるためには資質が必要な代物でそもそも出回っていない。
そして、mk4は一世代前とは言えどもスペシャリスト級の性能を誇り、その流通の少なさも高値の理由となっている代物だ。
「……ほんま、どっからそんなもんを買い付けたんやろな、あの子は……」
ワカコでさえ一つ手に入れるのに苦労の掛かる逸品を何処から手に入れたのか不思議でしかない。
故に、少女からの襲撃を撃退するためにはそもそもサンデヴィスタンmk4を持っている事が前提であるため、それをできる人間がナイトシティにどれほど居るかと言う話になる。
サンデヴィスタンは脊髄に装着する反射神経ブースターの最高峰であり、使用者を選ぶ逸品である事は間違いなく、適合できずにサイバーサイコシスを引き起こして廃人になる者も多い程だ。
市販されているmk1からmk3が精々であり、品番が上がる程に使用者も減るような代物だ。
そう言った点から、ジャグラ・カグラがただのリパードクとして生涯を終える事は無い。
今回の一件で、その有用性をワカコが知ってしまったが故に。
そして、何よりもジャグラがネットランナーではなく、テッキーである事もその要因の一つだ。
遠隔ハックができないようアナログ化する事はできるが、ネットランナーが用いる電脳網と言うのは多種に渡る。
今、こうして手に入れたチップの情報を編集の僅かな時間で密かに抜かれている可能性だってあり得る。
ただのリパードクとして生きていけるかどうかは本人次第だが、あの様子では無理だろう。
「そうなると、少し考えんとあかんなぁ……」
彼女の行く末を導くレールの連結を動かせるのは今現在であればワカコだけだ。
タイガークロウズの看板を掲げさせている時点でワカコの所有物として見做しても良いくらいだ。
けれど、ワカコ自身がジャグラの事を相当に気に入ってしまっているが故に、ふんぎりがつかない。
手元にある書類を閲覧しながら、悩みに悩むワカコの元へ一通の電子メールが送られる。
差出人はワトソンにオフィスを構える若手のフィクサー、レジーナ・ジョーンズ。
内容を見て、成程確かに此れは自分宛のものだな、とワカコは思う。
――サイバーサイコシス化のメカニズム解明のための研究員の募集。
その研究員の一人に凄腕リパーと名高いジャグラを迎えたい、または研究の協力を求めたい、と言う案件だった。
どんな重症でも蘇らせる死者復活人だなんて呼ばれ方もするジャグラに声を掛けない理由が無い。
「……ふむ、悪く無い案件ではあるなぁ。サイバーサイコシスの危険性はいつだって付き纏う。……あんなもんを付けとるジャグなら尚更にやなぁ」
下っ端からの報告で早々に店仕舞いしたらしいジャグラの元へホロコールを繋げる。
普段なら三回以内に取るであろうコールを過ぎて、十回目のコールで取った事もあり不調を心配してしまう。
『……ふぁい、だれ』
けれど、返って来たねむねむな舌ったらずな声からして寝起きであるようだった。
年齢を考えれば鉄火場を経験した後にぐっすり寝たい気分はワカコにも通じた。
一先ず特段心配する様な状態では無い事に安堵したワカコは極めて柔らかく朗らかな声を意識して口を開いた。
『寝とるとこ堪忍なジャグ。マサヒロの敵討ち、どないやった』
『んー……、別に。復讐はすっきりするって話だったけど、こんなしょーもない奴らに時間使ったのか、って気分だった』
『さよか、まぁ、可愛い娘に仇を討って貰えてマサヒロも喜んどるやろ』
『……どーだろね、父さん、喧嘩好きじゃなかったから。それで? それだけでホロしてきた訳じゃないでしょ、仕事の話?』
『せやな、ワトソンのフィクサーから、凄腕年少リパードク宛の案件が来とるんやけど、どうしたい?』
ワカコの問いかけの後に数秒程沈黙が続き、何かを飲む音が聞こえた事もあって輸入物の天然珈琲を飲み干したのだと知れた。
ジャグラは人工合成珈琲を酷く嫌っており、どれだけ高くても輸入物の天然珈琲しか飲まない物好きだ。
あんなヘドロを飲むくらいなら木の根を齧ってた方がマシ、だなんて言葉を吐き捨てた事もある程だった。
『ん、そもそもこっちに選択肢あるの、なんで?』
『そら、ジャグはうちの看板娘やし、専属のリパーや。他の事しとる時間を作るんやったら、休日を削らんなあかんやろ』
『……はぁん、まぁ、受けても良いぞ、内容次第だけど。抗争の仲裁で、前線近くで野戦病院してくれってんなら断るけど』
『ははは、そない荒事の話やあらへん。案件の依頼人はレジーナ・ジョーンズ。元フリーリポーターの記者上がりや』
『レジーナ・ジョーンズ? ……リパー案件って事は、サイバーサイコシスの研究とか?』
ワカコは顔を合わせないホロコールで良かったと内心毒づく。
前々からワカコはジャグラの持つ秘密裏なルートからの情報網の太さに舌を巻いていたからだ。
若手のフィクサーが取り扱っている内容を名前だけで分かるなど、情報が太いにも程がある。
サンデヴィスタンmk4にしろ、この一件にしろ、ジャグラがワカコに対して隠し持っているモノが大きい事が知れる。
極めて落ち着いた声でワカコは続きを口にした。
『ほぉ、よぅ分かったなぁジャグ。どうも奴さんはサイバーサイコシスの研究員を探しているようでな、その一人にジャグを求めているそうなんや。通い詰める事もできるし、協力者として受ける事もできる。どないする?』
『はぁん、これがこう繋がるのか……、良いよ、してやっても良い。生きたサイバーサイコを送ってくれれば勝手に研究して治療してやるって言っておいて。情報はレポート形式で送ってやるとも』
その返事にワカコはジャグラの正気を疑った。
未だにサイバーサイコシスの研究は未知の領域であり、暴れ回る可能性の高い患者を連れて来いと言う内容に正直度肝を抜かれる思いであった。
けれど、彼女の素質がテッキーである事も確かであり、最初から専用の椅子を作り上げる事も可能に違いなかった。
そして、何よりも今回の一件で殺しを経験した事でジャグラの視野は莫大に広がった事は確かだ。
あれ程鮮やかにプロのソロ傭兵宜しく成果を上げた事もあり、その資質は眩い黄金か宝石の原石である事は間違いない。
『さよか、くれぐれも気い付けやジャグ。依頼人にはそのまま伝えといたる』
『あぁ、助かるよ。正直近々サイバーサイコシスの研究はしようと思ってたから、丁度良い案件だったし』
『……そうなんか? 暇潰しにやるにしては中々重いやろ』
ワカコの極当然の言葉にジャグラも苦笑交じりの空笑いを返しており、増々混乱を深めるだけだった。
サイバーサイコシスと言う単語でワカコが思い出したのは、先日の一件。
彼女の父が娘に施術を代わった理由にして、小さな事件の事だ。
タイガークロウズの下っ端であるその男は違法サイバーウェアを闇リパーで取り付けた愚か者で、よりによって《グラッカー》でサイバーサイコシス化の予兆を見せた。
その際の怪我でマサヒロは腕を骨折し、自然治癒での治療を選んでギプスを巻いていたのだ。
その一件が違うとなれば、最近の出来事である軍用試験モデルのモノワイヤーのインプラントをした副作用だろうか。
自身がサイバーサイコシス化する可能性を顧みての先行投資である可能性も高かった。
年若い年齢とは似つかわしくない叡智と考え方のせいで、成人した大人の様な貫禄を見せる事のあるジャグラはどうも扱い辛かった。
もっとも、その扱い辛さが懐かない子猫を彷彿とさせ、ワカコのお気に入りになっているのは言うまでも無い。
『ま、暇がある時に一室改築しておくから、準備ができたら伝えるよ。まぁ、目が覚めちまったし、今から少しやるけど、数日ってところかな。元々父さんの鬱化が悪化して、変な方向に行く可能性を考えて拘束するための部屋は整えてたから、少し模様替えと付け足すぐらいだからな』
用意周到にも程がある少女の先見の明に脱帽した様子のワカコは含み笑いを浮かべて肩を竦めた。
マサヒロは随分と愛されていたのだな、とジャグラの言葉から感じる思いの丈を微笑ましく思った。
そうしてホロコールを切ったワカコは、深い、それはもう深い溜息を吐いて葉巻を口にした。
貰い物の少し高めの高級品であるそれを使い捨てるように吸い捨て、レジーナへ返信を送る。
今日はもう寝ようかね、だなんて言葉を口にしてワカコは書類を引き出しに仕舞い込み、鍵を掛けた。