Hello,Goodbye,Night City‼   作:不落八十八

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五十二話

 べとつく液体や汗で気持ち悪かった身体をシャワーを浴びれば幾らかマシになった。

 バスタオルで髪を拭きながら部屋へ戻れば、シーツに包まった裸のパナムがでか尻を晒して寝ているのが見える。

 ……っと、あのケツを見てると七回戦目を始めたくなるので流石に自重する。

 むわっとした匂いがする部屋を換気するために窓を開ければ、谷の間から太陽が浮かび上がる光景が広がっていた。

 あぁ、成程、だからサンセット・モーテルな訳か。

 窓枠に腕を乗せてやけに黄色く感じる太陽を見つめて過ごす。

 寝起きの頭に太陽を浴びてピンクな思考を焼き尽くし、アンダース・ヘルマンの捕縛のための事を考える。

 取り敢えず、俺の事情を話してパナム経由で《アルデカルドス》へ渡りを付けて、カン・タオのコンボイAV襲撃のオファーを出さないとな……。

 横から差し出された煙草を受け取ってライターで火を付けて咥える、肺を満たす煙に幸福感を感じる。

 ……待て、今誰から手渡された。

 隣を見やれば同じくして窓枠に腕を乗せているジョニーの姿があった。

 

【おい、ヴィンセント。良いニュースと悪いニュースがある、どちらから聞きたい】

「……そうだな、良いニュースから頼む」

【俺がお前の記憶から取り出した煙草をこうしてお前が吸えるようになった】

「マジで? つまりは永久機関か」

【まぁ、そうなる。俺が手渡す必要があるけどな。で、悪いニュースだ。《Relic》が稼働し始めた、セーフモードでな。今みてぇに俺の一部になった記憶が共有できるようになっちまった】

「……マジで?」

【大真面目でマジな話だ。どうやら俺の破損データの解析が終わって、インストールを遅らせる事で自己解決しやがった。このままだとお前は徐々に同化するように俺になっていく】

「つまり?」

【……お前の身体は段々と俺の遺伝子データに沿った形に変わってんだよ。遺伝子に酷似したナノマシンが細胞に成り変わって方向性を、猿から人になるみてぇな過程で書き換えていく。今は意識が分たれているが、一緒に混ざる可能性や、俺に操縦権が入れ替わる可能性が出て来てんだよ】

「……やばくね?」

【ヤベェっつってんだろうがドアホ。腰振り過ぎて猿に退化してんのかてめぇ。……はぁ。一概にそれが理由で稼動してたら笑えねぇぞ。身体の書き換えに副作用が無いわけねぇ。……もたもたしてっと手遅れになるぞ】

「なぁ、ジョニー。俺を踏み台に表に出ようとは考えなかったのか?」

【……はっ、当たり前だろ馬鹿が。今の俺はきっちり死んでるデジタルゴーストだ。お前を犠牲に生き返っても胸を張れねぇよ。死人は死んどくべきだ、自覚しちまったら誰でもそう思うだろうよ。……こうして生者の真似事してるだけでも違和感ありまくりだ。こちとら腹をぶち抜かれて痛みに苦しみながら肺がねぇから窒息で頭朦朧としながら死んだ記憶があるんだ。……あれを無かった事にはできねぇさ】

「……そう言うもんか」

【あぁ。だからヴィンセント、お前は生き残る事だけ考えてろ。……嗚呼、漸く思い出した、そうか、あの嬢ちゃん、このために俺を欲したのか……】

 

 頭を抱え込んだジョニーは頭痛に苦しむように呻いてから、太陽を見て呟いた。

 火が付いているのに焼け落ちない幻想の煙草を口に咥え、ありもしない煙を吸う。

 落ち着かない心を幻肢痛の様な胸の痛みが煽り立てているような心地だった。

 

【……ヴィンセント、《神輿》だ。《神輿》を目指せ。アラサカタワーの地下にあるあの場所に辿り着くんだ。そうすればオルトが居る。オルトなら、ソウルキラーを作ったオルトならこの状況を何とかできる筈だ。誰でも無い、俺がお前の中に居るからこそできる選択肢だ】

「《神輿》? ソウルキラー? なんだそりゃ、初耳だぞ」

【俺も今まで忘れていた。《Relic》の稼動で俺の記憶が刺激されてなきゃ引っ掛かる事も無かっただろうな。皮肉な事だ、お前の死のカウントダウンとセットでヒントが降りて来やがった。このシナリオを考えた奴は悪趣味だな。希望と絶望を両隣に置きやがってからに】

 

 皮肉にも程がーー、耳鳴りと偏頭痛を同時発症したかのような苦悶が襲い掛かった。

 咄嗟に窓枠にしがみつく様にして倒れるのを回避できたが、心臓が止まったかの様な気持ち悪さが込み上げてくる。

 

【……今のが死神の軍靴だ。俺はお前の味方だ、銃を向ける相手を間違えるなよヴィンセント】

「……分かってるさ、頼りにしてるぜ」

 

 漸く苦痛が引いた時にはジョニーは消えていた。

 指に挟んでいたはずの煙草も消え失せていた。

 ふぅー……、きっちぃな、だがまだ希望があるだけマシだ。

 六日後のカン・タオコンボイを撃墜し、アンダース・ヘルマンを確保する。

 それまでの六日間に何をすべきか。

 ジュディからエヴリンの記憶BDを受け取ったかどうかヴァリーに聞くの忘れてたな。

 取り敢えずそっちだな、《機龍》の件はデイビッドに頼んでいるが、正直難易度が高いからな……。

 

『ヴァリー、今大丈夫か?』

『えぇ、大丈夫よ。新しい依頼? ドライバーが必要なのね』

『いや、ジュディからBDを受け取って来たかを聞きたかったんだが』

『あぁ、それね。アフターケアで休んでた時あったでしょ、その時にもう見せて貰ったわ。ただ、少し問題があって、どうもヴードゥー・ボーイズが絡んでるみたいなのよ』

『あのパシフィカのやべー奴らか……。どういう感じだったんだ?』

『エヴリンはヴードゥーの奴に《Relic》を強奪する様に脅迫されてたみたいで、ジョニー・シルヴァーハンドの人格コンストラクト? ってのが入ってるのが欲しかったみたい。だから、ヴィットに入っているそれを餌に釣り出せるかもしれないわ』

『だが、リスクも大きい、か。直接ヴードゥーと接触するのは難しいな……』

『普通にサイバーパンクとして依頼を取るってのは? ヴードゥーってそこまで大きなギャングじゃないんでしょう? 《Relic》の話をできそうな上役と接触できれば』

『それが安牌か。分かった、リトルボスに話を付けてみる』

『そうね、進展があったら教えて頂戴』

 

 ホロコールを切り、サイドテーブルに置いていたシャツから煙草を掴み、現実の煙を肺に入れる。

 さて、時間的に問題は無いだろうしリトルボスに連絡するか。

 

『おはよう、ヴィット。何か進展はあったか?』

『おはようございます、リトルボス。進展ですが、六日後にカン・タオのAVを襲撃する手筈を整えて、アンダース・ヘルマンを確保する計画を考えてます。後は、エヴリンの後ろに居たのがヴードゥー・ボーイズだった事が分かりました。此方の件はソロで依頼を受ける形で接触をしてみようかなと思うのですが、問題無いですか?』

『……ふむ、ヴードゥー・ボーイズ、ね。少し拙いかもな、オレがタイガークロウズのもんだと分かっているだろうから、その子飼いに手を出されたとなれば抗争が起きるやもしれん。アプローチを変えよう、ビジネスだ。お前の《Relic》を売りに出し、ヴードゥーの奴と接触する。問題点があり、取り出しに難ありとして揺さ振りを掛ける。本当にお前の《Relic》本体が欲しいならごねるだろうし、別の何かであればそれに応じた取引を申し出てくるかもしれない』

『別の何か、ですか。例えば、オルト、とか』

 

 此処で少しだけリトルボスにカマを掛けてみたが――後悔した。

 へぇ、と一言呟いただけだと言うのに、背筋に怖気が走る程の悪寒を感じた。

 

『何処でその名前を知ったかは知らんが……、省ける手間は省くべきだな。ヴードゥーとは接触しなくて良い。《メガコン》にお前を接続してオルトとの接触を果たす。……ふむ、なら、もう要らないな、始末しておくか』

 

 リトルボスは、何を知っているんだ?

 ジョニーから聞いたオルトと言う人物の名前を出しただけでこんなにも劇的に変わるものか?

 今、俺たちはリトルボスの敷いたレールの上を走っているのだと痛い程に理解できてしまった。

 

『どうせ、居ても居なくても変わらないからな。病原菌は焼却してしまうのが良いだろう。あぁ、チームに伝達しておけ。此処数日はパシフィカ地区に近寄るな、と。――巻き込まれるからな』

『りょ、了解しました……。え、えぇと、クリニックに向かえば宜しいですか?』

『あぁ、そうだな。いや、待て。ネットダイブ用の設備は整えてなかったな、三日待て、用意をしておく。四日後以降に来れば問題は無い。それまでは自由にしておけ、時には英気を養うべきだ』

『は、はい』

『おいおい、どうした。そんなに畏まって、いつもの事だろこんな事は。昨日も今日も明日も関係無く、死すべき者は死ぬ運命にあるだけだ。ただ、時計の針が早まっただけだ。ちょいと動かすだけだ、指先でな。もう一度言うが、パシフィカ地区に近付くなよ、これは命令だ。流石にそんなアホな死に方されると困るからな』

 

 そうしてホロコールは切れた。

 ……俺の短絡的なカマかけで人が死ぬ?

 今更ながら、俺はリトルボスの、いや、フィクサー・ジャグラの恐ろしさを理解し切れていなかったのかもしれない。

 恐怖で指先が震えてしまい、煙草を取りこぼした。

 窓枠を越えて下へと消えていった煙草が砂利の上で燃え尽きていくのを眺めてから、震える手で備え付けのテレビを点けた。

 N54ニュースの緊急速報が流されており、パシフィカ地区でバイオテクニカ残党による薬物テロが発生し、未知の病原菌が蔓延していると言うものだった。

 そして、NCPDはこの事態を重く受け止め、パシフィカ地区の全面封鎖が実行されたようだった。

 デラマン医療サービスからの公式声明もあり、バイオテクニカ残党によるバイオテロと断定。

 ゾンビの様なパニックに陥ったパシフィカ地区への特殊焦土作戦が立案され、正午に実行されるとの事だった。

 俺は……、致命的なミスを犯したのだと懺悔するしかできなかった。

 ジョニーにも言われただろうに、リトルボスは既にサイバーサイコなのだと。

 押すべきでは無かったスイッチを押したのだと、両肩に責任の重さが圧し掛かった。

 アラサカで社員をしていた時よりもギチギチとした胃の痛みに襲われる。

 

「んー……、ヴィンセントぉ? どうしたの、そんなに縮こまっちゃって。あ、もしかしてシーツ奪ってた?」

「……腹が冷えただけってならどれだけ良かったんだろうな」

 

 パナムの暢気な声に少しだけ救われるような気持ちになったが、パシフィカ地区の事を考えてしまって胃が痙攣した。

 昨日食べた物を吐き出すようにして嘔吐物を窓から吐き捨てても気分は楽にならない。

 俺の背を摩ってくれるパナムの掌の温かさに――俺は逃げた。

 口を濯いでからパナムを抱き締めてシャワールームに押しやり、昨日の続きをなぞるように貪る様に身体を求めた。

 こんな事をしてもどうしようもないと言うのに、癖になってしまったストレスの解消に励んでしまう。

 嗚呼、俺は、俺は……、どうしたら、どうしたら良いんだ。

 頭の中は自分への罵詈雑言に染まっていた。

 

【こんの、ドアホがっ!!】

 

 パナムをベッドに押し倒していた俺を横合いから蹴っ飛ばしたジョニーの一撃に床に転がる。

 頭をがりがりと掻きながらジョニーは俺に近寄り、左腕を掲げて――俺の右頬を殴り付けた。

 再び床に倒された俺を唖然とした様子で見るパナムの視線がきっついが、ジョニーのお陰で正気に返れたのも事実だった。

 

【パシフィカの奴らがどれだけ死のうが俺らには関係ねぇだろうが。と言うかお前、自分が死に掛けてるって事を忘れてねぇだろうな!? 《Relic》の侵食率がお前の死へのカウントダウンだって事を忘れるなッ!! 今のでめっちゃくちゃ上がったぞ死にてぇのかお前はっ!?】

「……だからと言って、あんな、許される事じゃ……」

【だからアホだって言ってんだ。よく見ろドアホ。テレビに映ってる特殊部隊の奴らあのデラマンの子機だろうが。ヴードゥーとか言う奴らを狙い撃ちしてんだよ、バイオテロの実行犯としてな。じゃねぇと筋が通らないだろ。ナイトシティに不法に居る奴らを潰せてNCPDも市長も喜んでるから済まされてるんだ。流石に一般市民も巻き込んだら非難の嵐を喰らうに決まってるだろうが、頭に精液でも詰まってんのか馬鹿垂れが】

 

 ジョニーに髪を掴まれテレビを見れば、バイオスーツを着た《デラマンズ》が火炎放射器を噴射しながら人々を焼いているが、どれもヴードゥー・ボーイズらしいタトゥーや装飾品を付けた者たちばかりだった。

 じゃあ、本当にヴードゥー・ボーイズを始末しているだけであって、パシフィカ地区住民の虐殺では無い、のか。

 ……いや、十分やばくね?

 ジョニーの一喝で普段の調子が戻ってきたが、そうだとしてもギャング一つを潰すのにとんでもない搦め手を使っている。

 改めてリトルボスの恐ろしさを心に刻んだ瞬間だった。

 

「……取り敢えず、洗いざらい話してくれる?」

 

 パナムのそんな呆れた声が飛んできて、完全に逃げ場のないやらかしをした事に漸く気付いたのだった。




【Tips】

・昨夜はお楽しみでしたね
精力剤無しでこの回数である、やべーなこいつ。
あるいは溜め込んだストレスの爆発だったのかもしれない、超新星的な。

・《Relic》セーフモード
ジョニーの破損データはまた今度インストールすりゃええな、と学習してしまった模様。
ぶっちゃけるとヴィット達に危機感を与えるためである。
普通にジャグラくんちゃんに取り出すルートを気長に待たれたら困るので。

・ヴードゥー・ボーイズ
パシフィカ地区の一角に住まう、ハノイの生き残りたちから生じたギャング集団。
ネットランニングに長けており、どいつもこいつも神経インプラントと冷却スーツを着ていて、動物の骨から作られたアクセサリーなどを所持しているので判断が容易。
蚊のサイズのドローンによって薬を決め打ちされた挙句、《メガコン》でハッキングされバイオテクニカ残党と偽って犯行声明を出され、何も考えられないまま《デラマンズ》に汚染焼却された。

因みにヴィットがオルトの名前出さなければ普通に原作通りの流れになっていた。

ぶっちゃけ、ジャグラくんちゃんは、原作Vへの所業を考えるにどうせ似た様な事をされるだろうから先手打っておくか、と言うノリで焼き討ちした。
ついでにバイオテクニカの株を下げた。

彼らのリーダーであるブリジッドやその部下のプラシドが割とマジで信用ならないので、言葉を交わす必要も無いな、と省略された。
二人はビルの中でデラマンズによって逃げ場も無い状態で四方八方から火炎放射器によって燃やされ尽くされた、ざまぁみろ。
地下アジトにあったネットダイブ用の資材はきちんと回収され、三日掛けて改造される予定。
現地調達、これに限る。

因みにプラシドが禁止された鶏肉を包んでいた場所で肉切り包丁のアイコニックが手に入れられるようになっているので、新人Vは取り忘れない様に気を付けよう。
精肉店の中にはその時にしか入れないので取り忘れるとやり直す手間が生じるぞ。

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