Hello,Goodbye,Night City‼   作:不落八十八

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五十四話

 ジャパンタウンの中心として紹介されるジグジグストリート。

 時刻も夕暮れを越えて風俗街として盛り上がり始める時間帯に、その一団は来た。

 ストリートの入り口に停まったカスタムデラマンから、若い容姿の男女の二人が降り、運転席から執事服とメイドスカートの珍妙な少女が現れる。

 赤いストールを首に巻き、夜を模したドレスで着飾ったジャグラが歩みを進めると、光学迷彩を解いた事で突如現れた武装AVから十人の同じ格好をした少女たちがそれに追従した。

 その光景を見た風俗街の常連客たちは震え上がった。

 完全武装した少女たちが恐ろしいのではない、着飾った宝石の様なジャグラの顔が虚無めいた無表情だったからだ。

 肩を静かに怒らせたジャグラが勝手知ったる足取りでパチンコ屋に入り、奥へとツカツカと歩いて行く様はまるで名画の一シーンの様だった。

 何とも気まずそうな様子で追いかけるデイビッドがスーツ姿だった事から男女の仲で何かしらあったのでは、と思う者も少なく無かった。

 《デラマンズ》により、パチンコを打っていた客が追い出され始め、その手に持ったテックショットガンに逆らえる者は流石に居なかった様だ。

 バイザーによって顔の上半分を隠した完全武装の《デラマンズ》がパチンコ屋の入り口に待機した事で一触即発の臭いを感じる者の方が多かった。

 ジャパンタウンを代表するフィクサー、ワカコ・オカダのオフィス前に居たエドモンドは、退け、の一言で身体が硬直したが、若きワカコの一喝を知るが故に踏み止まる事ができた。

 

「二度言わせるな、オレも結構限界なんだ」

「しかし、お嬢、……っ!? わ、分かりました、ワカコ様は中に居られます」

 

 だが、エドモンドは脅しめいた言葉を吐いたジャグラの表情の変化に気付き、そそくさと道を開けた。

 壁棚の盆栽を愛でていたワカコは声掛けも無く入って来た足音に溜息を吐き、振り返って誰何の声を上げようとして絶句した。

 夜の帷でも隠せぬ美しさを醸したジャグラがポロポロと涙を流して立っていたからだ。

 思わず手入れの道具も放っぽり出してジャグラに近付いたワカコは抱き着いてくる素振りを避ける事はしなかった。

 嗚咽を隠す事無く、ジャグラはぎゅぅとワカコの細い身体を抱き締めて、静かに泣きながら口を開いた。

 

「父さんの……、いや、母さんの本当の死因を教えて……っ」

 

 その言葉に表情をハッとさせたワカコは、神妙な顔付きで穏やかに息を吐いた。

 そして、泣きじゃくるジャグラの肩に手を置き、顔を合わせる様にして口開いた。

 

「……そぉか、知ってもうたか。ジャグは聡明な子やったからね。あの子もよぅ十年も隠し通したもんや。……察しの通りや、強盗に殺されたんやない、ブーリャで頭をぶち抜いたんや。監視してたもんからは暴れ出す前兆があったと聞いとる。サイバーサイコとして処理されるよりも、一人の親として、人として死にたかったんやろうな」

「だから、代わりを……」

「流石に馬鹿正直に自殺しましたとは言えへんかったわ。丁度消すつもりやったシックス・ストリートの輩が居ったさかい、罪を捏造してジャグの感情の矛先にしようとしたら……なぁ?」

「あくまで……保護の、つもりだったんだ……」

「せやな。……まぁ、あろう事か一線級のソロの卵めいた事をしよった時は間違えたわぁ思ったわ。でもな、それがジャグの道ならそれでもええかとも思っとった。だから、ジャグのする事に口出しせんかったんや。見たかったからなぁ、どんな成長をするのか、ってなぁ。……地区どころかナイトシティの一角にまで、成り上がるとは本気でたまげたけども」

 

 ワカコは苦笑いを浮かべながらジャグラの小さな身体を抱き締めた。

 二人の間に血の関係は無いが、見えぬ盃の絆があった。

 後ろで明後日の方向を見やるデイビッドは、何故デラマンが《デラマンズ》を配置したのか痛く理解した。

 こんな尊い光景をそこらの有象無象に見せたくは無いし、ジャグラのイメージが崩れる可能性もあったからだ、と。

 

「あの子が、ミヤビが此処に転がり込んだ時に全て聞いとる。いつか、ジャグが大人になったら話そうと思ってたんや。……十八の誕生日に伝える予定だったんやけどなぁ。あの子と決めた年齢でな。……これから伝える事はミヤビの言葉や、裏付けとかはしとらんからな」

 

 そう前置きしてワカコはジャグラの頭を撫でながら語り始めた。

 十年前、くったりとした少女を抱えて転がり込んできたミヤビ・カグラは、持ち込んだアラサカの機密情報をワカコに売って生活の保護を申し出た。

 始めはジグジグストリートで娼婦に身を窶そうとしたがマサヒロへの操を捨てられず、工学研究者の知識を用いてリパードクになった。

 逃亡生活のリスクを感じ、早々に顔と身体を作り替えてマサヒロとして変装し始めた。

 表向きの戸籍は死んだ事にし、既に死んだマサヒロの顔に変える事で身分の隠蔽を行った。

 

「今思えば、それが失敗やったんやろなぁ。意識を取り戻したジャグがミヤビを父親と誤認してもうた。それからあの子はずっと記憶に残っている夫の真似をし始めたんや。それからの事は、最期以外は知ってるやろ。……逃げ出した時のショックでジャグの性格が変わってしまった事を何度も嘆いとったわ。……まぁ、その百倍くらいうちの子天才だとかマジ天使とか、可愛い可愛いて愛娘自慢しとったけども」

「……そっか。一度くらい母さんって呼んであげたかったな」

「せやなぁ。そのえらい別嬪な姿で墓参りでもしたり。それだけで草葉の陰から泣いて喜ぶわ」

「……うん」

 

 血の繋がらぬ祖母と孫と言った関係だが、お互いを思って抱き締め合う姿は家族の様だった。

 

「元々はジャグが十八歳になるまでは面倒を見る約束やったんや。リパードクとして囲って、平和に生きて貰う予定だったんやがなぁ。どうしてこうなったんやろか」

「……その、オレ二重人格で、男性人格の方だから予め言われないと分からないかなーって」

「あー……、成る程な、そう言うカラクリやったんか……。それを自覚しとるつー事は、女性人格の方が元の性格やったんやな。道理でミヤビから惚気られた話と正反対な訳やわ」

 

 尚、そのカミングアウトで後ろにいたデイビッドが目を見開いて絶句の表情を浮かべていた。

 執事メイド姿のデラマンがニャーっとした笑みを浮かべ、デイビッドの肩をポンポンと宥める様にして煽っていた。

 事の真実を知って冷静になれたのか、ジャグラは少しばつの悪そうな表情で離れようとしたが、ワカコが満面の笑みで抱き締め直した事で諦め顔になった。

 

「じゃあ、もうリパードクとして傘下に、いや、保護されてる意味も無いのか」

「せやね、もう立派過ぎる程に自立してもうたしなぁ。フィクサーとしての仕事は大変やろうし、もう強制はせんよ。ジャグの好きにしぃ」

「……分かった。パシフィカ地区丸ごと潰して医療特区にして、ジパング地区に名前変えて《機龍》飼い殺しにして、医療経済からナイトシティを裏から牛耳るね」

「だからと言ってそこまで好きにしろとは言っとらんわ。と言うかやっぱり《機龍》あんたの傘下やったんか、道理で行動がゲリラやと思ったわ」

 

 真顔でとんでもない事を言い放ったジャグラの肩を掴み、非常に困惑した挙句に真顔になったワカコは胃を押さえた。

 だが、既にもう殆ど達成し掛けている事実は覆せず、タイガークロウズではなく、ワカコ個人として計画に噛む事を決めたのだった。

 ワカコがいつもの定位置の椅子に座り、エドモンドがお客用に置いているキャスター椅子を持って来てジャグラが座る。

 

「一先ず、パシフィカ地区のヴードゥーはヴィットが何やかんやで壊滅させるからそれからだな。今頃はアンダース・ヘルマンって言う《Relic》の設計者の身柄の準備してるだろうから、二週間以内くらいか」

「待て待て待て経緯は!? さっきから初耳ばっかりなんだけど!?」

『喧しいですねデイビッド。ふっ、だから私に負けるのですよ』

「まだ負けてねぇがっ!? と言うかお前もまだ勝ってないからな!」

「……? まぁ、仲良いのは良い事か。いやなに、ヴードゥー・ボーイズってのは見た目ハイチの宗教団体の成れの果てだが、その実ネットテロリスト予備軍な訳よ。ブラックウォールの先に至る為に、半世紀前にアラサカタワーの地下深くにある《神輿》に落ちたオルトに接触しようとしていた訳だ」

 

 オルトって誰だよって顔をデイビッドがしていたのでジャグラは説明を足した。

 

「オルトはソウルキラー、要約すると生体情報をぶっこ抜いて転写する事で人の人格コピーを作れる装置の親だ。バートモス恐慌で壁の奥に取り残された当時のネットランナー同様に、ソウルキラーの向かう先、通称だか正式名称だか知らんが《神輿》と呼ばれるデータの貯蔵庫に取り残された。グズグズな不良AIに一縷を託すよりも精神的に安定していると思われたんだろうな。んで、オルトの元カレがジョニー・シルヴァーハンド。ヴィットの《Relic》に入ってる奴な。アレを使ってヴードゥーの奴らはオルトに接触しようとしてた訳だ」

「……何でそんな事知ってんだよってツッコミたいけど、またはぐらかされるのがオチだろうからしないけど……、あんま無理はするなよ?」

「あぁ、それは大丈夫だ。もう無理無茶し終えて終盤戦だから」

「うぉおぃっ!?」

「はっはっは、いやー、デイビッドはリアクションが派手で面白いなぁ」

「流石に誤魔化されないからなっ!?」

「ちぇーっ、随分と図太くなったじゃないかデイビッド。いやぁ……、頑張って良かったなぁ……」

「情緒不安定かよ……。さっきの人格云々が原因か?」

 

 先程まで笑顔だったジャグラがデイビッドを見てほろりと泣き出してしまう。

 随分と涙脆いなぁとデイビッドが背中を優しく撫でていると、横合いからデラマンが参戦して撫で始める。

 

「えぇい、オレはネコじゃねぇぞ! ……はぁ。間違いでは無いな。女性人格をワタシちゃんとでも呼ぶか。オレとワタシちゃんは同一人物なんだよ、元々別れていた訳じゃない。人なら誰しも持っている二面性、それを媒体に陰陽で人格が分割されただけなんだ。オレはワタシだし、ワタシはオレだ。生命の危機だなんて理由で分割されて、今の今まで主人格のワタシちゃんが精神の部屋に引き篭もってやがったんだ。オレに全部丸投げしてな」

 

 転生者COなんざできるか、とジャグラはそれっぽい理由を作って口にして、知られたく無い真実だけを隠した。

 そう言うものか、とそれらしい説明をされてワカコとデイビッドは納得していたが、デラマンだけはじぃーっとジト目を向けていた。

 

「とまぁ、そう言う訳で、オレの中でワタシちゃんが我儘抜かすと反映されるんだよ。まーた、此奴引きこもりやがってからに……」

「取り敢えず大丈夫、なんだよな?」

「まぁな」

「……はぁ、兎も角、ジャグが思春期になったって事やな。赤飯炊いとこか?」

「要らないし、そも、まだ来とらんわ。はぁ……。取り敢えず、これで独立か。タイガークロウズはどうでも良いけど、ワカコさんの頼みなら引き受けるから。じゃ、そゆことで」

「かっる、それで良いのかよ」

「ふっ、構わないさ。身内だからね。……ま、坊主も精進しなさんな。大分大変だろうけども」

「……うっす」

 

 ワカコのニヤついた笑みに、デイビッドは神妙に頷いた。

 デラマンが気持ちシュンとしていたが、ワカコはウィンクを飛ばし笑みを浮かべたのを見て奮起した。

 ワカコからすればジャグラが悪逆非道に走っていないのは、この二人のお陰だろうと薄々勘付いていた。

 マサヒロ、もといミヤビの死により一段階良心回路が外れているのを見ていた事もあり、最後の良心回路と安全弁にしか見えない裏事情があった。

 かと言って思春期真っ盛りな若造と恋愛糞雑魚AIにジャグラを許すのもなぁと言う葛藤もあった。

 だが、肝心のジャグラが恋愛幼稚園生なのでそもそも至らんなぁと見越した結果が応援だった。

 いや、ほんと、手綱を二人で気合い入れて引っ張ってて欲しいと言う願望すらある程だった。

 ……先程の計画がやけに具体的だったのがワカコの脳裏に残ったようで不安を感じているのだった。




【Tips】

・ワカコの気遣い
主にミヤビとの約束を守るためにジャグラに優しい嘘を吐いていた。
結局やっている事は愛孫を可愛がる祖母のそれであり、真実を告げるには年齢が若い(当時十三歳)しなぁと隠蔽したら、予想外の斜め上な急上昇を見せて困惑させられた苦労人第一号。
お察しの通り、ジャグラにはくっそ甘いのでついつい許しちゃう。
だが、ナイトシティを牛耳るのには待ったを掛けた。
どうもアラサカと言う大企業が健在である事を懸念しているようで……(フラグ

・ジャグラくんちゃん問題
サイバーパンク2077の記憶を持ったオレくんの前世が死ぬ
→2077世界今作√のジャグラちゃんに産まれた時に魂がパイルダーオンして合体事故を起こす
→ジャグラちゃんが精神的なお兄ちゃんが爆誕して爆睡した事に困惑しつつも現代知識だけ齧って神童になる
→お父さんとお母さんの職場に住んでいたが、【セキュリティクリアランスにより閲覧不可】が起きて全身テックの黒光りおじさんに追われ、フリーズしている時に颯爽とオレくんが目覚めて「ファッ!?アダム!?アダム・スマッシャー!?ナンデ!?」しながらお母さんを回収して廃棄ダクトに逃げ出すもランチャーでフライアウェイし、頭をぶつけて落下する
→覚醒した事によりロックされていた知識がミーム汚染宜しくぶわぁっと取り込まれた事で、ワタシちゃんに急成長し「なんか頼り甲斐があるしお兄ちゃん後宜しく!」と記憶の部屋に閉じこもって引き籠りを始める
→そうして表の意識にぽつんと取り残されたオレくんにぶん投げるためにワタシちゃんはしっかりと戸締りして行った事で存在自体を認知できない状態に
→今作の一話まで2077の世界に転生しちゃったなぁ、どうしようかなぁとオレくんが頑張り始める。
→頑張り過ぎて過負荷状態でサイバーサイコ化し、手術後に漸くそれに気付いたワタシちゃんに精神分析されつつ今に至る。

我は汝、汝は我、を地で行くジャグラくんちゃん。
彼らの関係は他人でありながら家族であり、兄と妹でありながら姉と弟でもあり、陰と陽の関係でもあり、それでいて同一人物と言う超複雑な有り様である。
Vとジョニーの様にしっかり他人であれば折り合いが付くのだが、何処ぞの脳波を同調させた双子のカブキの兄弟の様に根っこで繋がってしまっているためがっつり混線状態にある。
言うなれば【前世の俺】を餌に育った兄と妹の融合体がジャグラくんちゃんである。
簡単に言えばオルトロス(二つの頭と一つの胴体)状態。

尚、ジャグラくんちゃんが完全にサイバーサイコになっていないのは、常時ワタシちゃんと言う食い縛りスキルが発動していて残りの1%が動かないためである。

・……ワタシちゃんと乙女心、何処行った?
勘の良いガキは(以下略
前回の最後にワタシちゃんが記憶封鎖を解いた事で無事がっちゃんこした。
のだが、十年間も引き籠っていた事から分かる様に表に出る気がさらさらない。
むしろ、一番の特等席でお兄ちゃんの活躍劇を鑑賞したいとの事、良い性格してやがる。
今後、ジャグラくんちゃんが少し女の子っぽくなるパッチが当てられた。
デイビッドとデラマンは狂喜乱舞してて良い、レベッカとルーシーは泣いて良し。
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