Hello,Goodbye,Night City‼   作:不落八十八

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五十八話

 デイビッドにランチを奢って相談に乗って貰ってから数日後、俺はクリニックの二階、オフィスに居た。

 リトルボスが予定していた通り、オルトへの連絡手段を作り上げてくれたらしい。

 意を決してオフィスの扉を認証して開くと、畳の縁側に座るリトルボスとデイビッド、そして執事メイドなデラマンが待ち受けていた。

 

「それがもう臭くってな……、臭いが落ちないかと思ったんだが」

「っと、来たみたいだぜ」

「む、みたいだな。よぉ、ヴィット、調子はどうだ」

「……あぁ、なんとか」

 

 ……どんな話題だったのか少し気になるが、苦笑交じりの返答を返しておく。

 完全に俺待ちだったようで、黒いツナギにサムライジャケットと、新たな装いのリトルボスが立ち上がり、一階に降りるエレベーターに親指を向けた。

 付いて来いと言う事だな。それに従い、三人の背を追って一緒に乗る。

 見た目は新しいが、内装は古めかしいようで電子パネル式のボタンではなくスイッチボタン式の様だった。

 俺が乗ったのを確認すると、デイビッドが一階のボタンを連打し始めた。

 ……何だ? 何が起きてるんだ? 

 意味が解らず首を傾げていると、デイビッドがバッと上を見て舌打ちした。

 

「地下に行くための条件くっそ難しいんだけどっ!? 何だよ一秒間に十三連打って!」

「……はぁ、デイビッド。お前の背中に入れてるのはお飾りか?」

「……ぁー、成程ね、そういう仕掛けか」

 

 リトルボスの呆れ声で察したデイビッド。

 サンデヴィスタンを起動したのだろう、先程と違って残像の様な速度でボタンを連打したデイビッド。

 すると、真上のランプがオレンジから赤く染まり、重々しい鐘の音が聞こえて来た。

 どうやらサンデヴィスタンを使わないと隠し部屋に行けない様に仕込んでいたらしい。

 明らかに一階層よりも長い時間エレベーターが下へと降りていき、先程まで壁だった筈の真後ろが溶ける様にホログラムが解かれてそちら側が開いた。

 其処にはコールドスリープ用の装置めいた物が鎮座している小部屋で、壁にモニターが置かれ、デスクと椅子、それ以外は全て緻密なテックの機材が詰め込まれた専用部屋だった。

 

「さて、ヴィット。今からお前の脳と繋がっている《Relic》に接続するために、お前のインプラントを経由する。その際の処理熱を何とかするための装置がそれだ。アイスコフィン、とでも名付けるか。どうせ今回限りの利用になるだろうしな。其処に入って貰い、コードを首に差し込んでくれ」

「あぁ、このままで良いのか?」

「濡らしたくない物があったら外のボックスに入れといてくれ。使用者の脳への負荷を最大限抑えるために特殊養液を内部に注入するからな」

「了解」

 

 貴重品とレキシントンカスタム、後はスーツの上下も脱いでおくか。

 ズボンの下にはアーマーインナーを履いているから見苦しい絵面にはならんだろう。

 準備を終えた俺は開かれたアイスコフィンの中に入り込み、ウォータークッションめいた床に横たわってからコードを首のポートに差し込んだ。

 さて、どうなるのやら、と待機していると真上のハッチが閉じ始め、そのままある程度下がって来た。

 そして、一瞬の内に内部が特殊養液とやらに満たされて――、窒息するんだがっ!?

 

「あぁ、伝え忘れていたがその養液は肺の中まで満たす必要があるからそのまま飲み込め。窒息の心配は無い、呼吸出来る様にしてあるからな」

 

 ハッチ越しだと言うのにしっかりとクリアに聞こえるリトルボスの言葉に混乱しつつも、意を決して息を止めていたのを止める。

 すると当然ながら俺の中の空気と入れ替えになり、内部に養液が侵入してくる事になる。

 ……マジかよ、マジで呼吸できるぞ、どうなってんだこれ。

 

「ふっふっふ、凄いだろう。最初は氷風呂でも良いかと思ったんだが、風情が無いしぶっちゃけ効き目悪いしなアレ、と思ってこの養液を作っておいたんだ。まぁ、羊水の様な役割をしてくれる上に一定温度以上の熱を吸収してくれるようにしてある。設定次第では電気供給が適うのであれば半永久的に凍結睡眠が可能な凄い水とでも思っておけ」

 

 なんかとんでもないブレイクスルーを作ってないか!?

 外側でアイスコフィンを面白そうに見ているジョニーも先程の発言に深く感心しているようだった。

 ……あぁ、うん、こいつの場合独学で、とかでは無く理系科学者系の女と寝た時にピロートークで教えて貰った知識が全部だから齧る事はできるみたいだ。

 

「では、これからヴィットにはディープネットダイブに似た経験をして貰う事になる。まぁ、《Relic》内に眠るジョニー・シルヴァーハンドの記憶痕跡からオルト・カニンガムの名前でワード検索し、最新の物を拾って貰う事になる。まぁ、追体験だな。……まぁ、一部はジョニーのプライバシーのためにもカットしておくけどな」

 

 俺は一体何をすれば良いのか、と聞こうとしたが段々と眠気が強くなっていき――。

 ハッと目を開いた時には既に別世界の光景がそこにあった。

 何もかもが0と1で構成されていながらも青い粒子によって編み込まれた空間は、かつて一度だけ行った事のある樹木園の様な活き活きしさと形容すべきか、全てが、何もかもが生きている集合体の様な温かな場所だった。

 まるで天国の様な素晴らしい光景に涙が込み上げてくる、非常に美しい視界がそこにあった。

 そして、普段はノイズ混じりのジョニーが、まるで生身で目の前に居るかの様に立ち尽くしていた。

 

『《Relic》への記憶アクセスを開始する。……どんな光景が広がっているかはオレは知らないが、きっと面白いだろうな、そこは。この装置でフルバックアップしているからこそ見えている光景だ。天国か地獄かは知らないが、少しばかりの観光を楽しむと良い』

 

 店内に響き渡るスピーカーの声の様にリトルボスの声が世界に響く。

 段々と世界が不特定で不可思議なものから、先程の部屋を再現していき、やがて四角い部屋だけが残った。

 俺とジョニーだけが立ち尽くしていて、何をしたら良いのか分からないが取り敢えず待つことにした。

 すると、目の前の壁がどんどんと広がって行き、やがて豪華な映画館の有り様となって、何時の間にか俺たちも中央付近の椅子に座り込んでいた。

 

【ほぉ、これはこれは……。何処の映画館だ? 見覚えは無いが……】

「お前の記憶にある映画館はカーシネマだけだろ」

【そういやそうだった。じゃあこれはお前の記憶の方か?】

「いや……、俺も知らない」

 

 二人して首を傾げているとスクリーンの天幕が上がり始め、劇場が暗くなり投射を始めた。

 これは……、ライブ、か? 銃をぶっ放すのは流石に過度な演出だが、観客たちはそれでも熱狂しているようだった。

 

【あー……オチが読めて来た。成る程、俺がローグと一緒にアラサカタワーのメインフレームにカチコミした時のか。確かにオルトとの遣り取りは其処が最新だ】

 

 見たくなーい、聞きたくなーい、と言った具合のジョニーの様子からオチは失敗になるんだろうな。

 楽屋での突然のロマンスが始まったかと思えば、一瞬で終わって着替えていた。

 どうやらリトルボスがプライバシーを利かせたらしい。

 そうして、路地裏でマンティスブレードに刺されたジョニーが、メディアの男とアトランティスに向かい、若々しいローグたちを仲間に加えてオルト奪還の潜入が始まった。

 ……半世紀も前だとこんなしょぼい警備だったのか、技術の進歩が早いな、とつい比較してしまう。

 いや、逆か。コイツらが度々こんな事してたから今のアラサカタワーが物々しい造りなのか。

 映画の様な銃撃シーンが終わり、メインフレームの一室で目を覚まさないオルトが居て……。

 成る程な、オルトを助けられなかったと言うのはこう言う意味だったのか、さぞかし無念だったろう。

 

『オルト・カニンガムの情報はこれで十分だな。今からこれを宛先にしてブラックウォールへ発信する。此処に招き入れる予定だ、身嗜みを正しておくと良い』

 

 再びリトルボスの声が広がり、スクリーンが真っ二つに左右に分かれたかと思えば、一瞬にして赤黒い壁が視界に広がっていた。

 囁き声や笑い声が目の前の醜悪な壁から聞こえてきており、その冒涜的な光景と有様に吐き気が込み上げる。

 そんな俺を庇う様にジョニーが前に出た事で、壁から発せられる悍ましい圧力が軽減された。

 俺に向けられて伸ばされていた無数の掌が下ろされていくように気持ち悪さは失せていった。

 

『……やっぱり、か。この反応……、記憶痕跡の夥しいシグナルでサーチャーがもはやゲーミング色だ。ブラックウォールの先に閉じ込められた当時のネットランナー達が不良AIなどと揶揄される訳だ。人間をネットの海で希釈するとこうなる、そう言う光景だ。……サイバーサイコの研究を放り出して正解だったな、なんとも、つまらないオチだ』

 

 リトルボスの心底冷えた声が空間に響き渡り、一枚の便箋がブラックウォールへと飛ばされていった。

 俺では無く今度はそれに群がり始めたそれらだったが、突如として巨大な魚影の様にしてブラックウォールを波立たせる影が、人の手紙を見ようとした不届きものたちを叩き伏せた。

 そして、するりとブラックウォールから現れたのはマネキンの様な凹凸しか無い身体のオルトらしきナニカだった。

 

【オルト! オルトなんだな!】

【……まさか、再び会えるとは思わなかった。だが、ジョニー・シルヴァーハンド。お前も、私も、結局は本物ではない。本物の影法師に過ぎない事を忘れるな】

【知った事かっ!! 半世紀ぶりに再会した言葉がそれか!? 本当にお前はムードを壊す天才だな!】

【……ふっ、まぁ、両方が偽であるならば、裏返せば真である、とも言えるか。此処は、不思議な空間だな。足りなかった物が満たされている、そんな心地だ】

 

 人型サイズのオルトらしいマネキンを抱き締めて涙ぐんでいるジョニーの邪魔をするのもアレなので、生暖かな視線を向けておこう。

 リトルボスも流石に二人の半世紀ぶりの再会を邪魔するつもりは無いようで傍観の体勢だ。

 

【あの時は……すまなかった。お前を救い出せなくて】

【……そう、だな。感覚が薄れていたなら流していたが、……この空間のせいか、それに対して思うところがある。……お前に助けを求めなくて、……すまなかった。あの時、私はサイバー空間で肉体に戻る機会を探っていた時だった。ケーブルを外され、完全に肉体に戻る術を無くした私はお前に気に病んで欲しく無くて、真実を隠した】

【……言ってくれ、何を隠したんだ】

【…………お前が来てくれた時に身体に戻れなかったのは、お前らの銃撃戦で隠していたサイバーデッキが撃ち抜かれていたのが原因だったからだ】

【嘘だろ……、じゃぁ、なんだ、俺はお前が華麗に返り咲くシナリオを破綻させちまってたのか……?】

【いや、これに関しては私の責任もある。ジョニー、お前の愛を疑ってしまった。あんな別れ方をした私を助けに来るなんてしないだろう、と。お前の身を案じるあまり戦局を見誤った私の責任でもある。だから……、改めて、こうして出会えた事を嬉しく思う】

【オルト……】

 

 ぎこちない笑みを浮かべたオルトをジョニーが強く抱き締めた。

 サイバー空間が故に涙は流せないが、二人の感情を強く感じる光景だった。

 にしても……この空間は何なんだ。

 まるで母親に抱かれているかの様な心の暖かさを感じている。

 リトルボスを探して辺りを見遣れば、四対の瞳が浮かぶデバイスヘッドのみが映写機のあった場所に浮かんでいるのが見えた。

 此方の視線に気付いたのか、リトルボスはふわりと浮かんで近づいて来てくれた。

 

「オルトがこの空間の事について言ってたが、どう言う物なんだ?」

『ん、人間性って何だと思う? 生きる気力の事だ。腹が減ったから食べたい、食べたら眠くなった、起きたらしたい事をしよう。そんな、当たり前過ぎて考えないような無意識な前向きさ、此処にはそう言う何かをしたいって言う気持ちのデータを充満させている。BD技術を医療転換した物だ。まぁ、分かりやすく言えば、世間一般的に元気と称するデータを詰めたのさ』

「BD技術にも手を出しているのか……」

『別に不思議な事では無いだろ。BD技術はテッキーの分野だ。人の感情データをマトリクス化して分類分けしたり色付けたりできる。デラマン医療サービスではBD技術を医療転換した物をセラピーやカウンセリングに利用しているからな。人の感情データのビッグデータは随一だ。もっとも、恐怖や不安などは不足しているけどな、良い事だ』

「成る程……、今やデラマン医療サービスは市井の必須クリニックだ。情報収集には事欠かないか。何せ、患者が勝手に来てくれるからな」

『まぁ、そう言う事だ。患者にも事前に伝えているし、セラピールームでプラシーボ効果を狙ってPVも流している。より良い結果にしか使ってないんだ、誰が文句を言えるのか』

 

 リトルボスらしい申し分である。

 バイオテクニカはそれらを研究資料として悪用してたからなぁ。

 リトルボスが手掛けるデラマン医療サービスの良さは、もはやクリアな透明性にあるのは言うまでも無い。

 あらゆる事に説明を付け足し、患者の理解を得られなかったら施術もしないくらいに、徹底的に患者ファーストの仕事をしている。

 そして、最大の理由は差別が一切無い事だろう。

 富裕層だろうがホームレスだろうが、凡ゆる身分の違いを厭わず、色の区別も国の区別も一切合切無い。

 この仕組みを知った時は震えたものだ、そんなシステムを人が作れる訳が無いからだ。

 デラマンであるからこそ、性別も、人種も、職業も、身体を持たない機械だからこそ成り立つ奇跡的な良心システム。

 ……そして、その構想を練ったであろう人物がリトルボスである事は疑い無く、市井に浸透している。

 だからこそ、《ドラゴンテイル》だなんて組織の下地が出来ていたんだろうな。




【Tips】


・アイスコフィンと専用地下室
注入されたのはエヴァのL.C.L.的な物であり、羊水を参考に作られた生体養液。
物体を定温に保つ事に特化しており、コールドスリープの技術やらの合いの子である。
部屋全面に潤沢に使われている高級なテックは、パシフィカのヴードゥー・ボーイズのアジト二箇所から押収された機材から作られている。
基本的にOSの類は一切信頼していないので、参考物品として教材にされてから、物理的に破壊され貴金属だけ抜かれて捨てられたので、部屋の部品に使われていない、安心設計。

・ブラックウォール
DLC「仮初の自由」で深掘りされたやべー奴。
ネットウォッチが設置したファイアーウォールであり、作中ではネットウォッチの一員が割れ窓に貼り付けたゴミ袋の様な物と称している、やばーい。
ジャグラくんちゃんが用意した、人間性を磨耗したオルトのためのネット空間により感受性が高まった事で、作中のそれよりも正体を露わにしている。
分かる人にはハンターハンターの暗黒大陸と言った方が早いだろう。
人が住んでる場所が、シャロー・ネット。(浅い場所)
暗黒大陸の場所が、ディープ・ネット。(深い場所) 
因みにエッジランナーズのルーシーはこのディープ・ネットに潜る為の特殊訓練生だった。
現代風に言えばダークウェブの事。
  
ちーなーみーにー、海外公式wikiのサイバーサイコシスの欄で見れるんですがぁ……。
このゲームの元になっているTRPGであるサイバーパンクシリーズのクリエイターが、Redditと言うサイトでサイバーサイコシスについて言及してたりするんですが、最後の一文がこんな感じ。
And no, cyberpsychosis isn't caused by AI net demons. Gimme a break, chooms!
それに、サイバーサイコシスはネットのAIのデーモンによって引き起こされるのではない。勘弁してくれよ、チューマ!(翻訳)
……つまりはそう言う事です。
(DLC内での内容及び2.0によって実装されたサイバーウェア過負荷の演出を見る限りほぼ黒)
これにより、サイバーサイコはニュータイプの様に機械の身体に適合した進化なんだ!と言う当初から決めていたプロットが死にました、つらみ。
これだから新情報ってやつぁ……(漸くソングバードエンドを見た奴の感想と言う名の愚痴)

つまりどういう事だ、って言う人へ説明すると、サイバーサイコシスの原因はブラックウォールの不良AIがサイバーウェアを通じてデーモン(ウイルス)ぶちこんできた結果と言う事。
多分、サイバーウェアを入れ過ぎると脆弱性が上がるので、風邪引いた時に免疫が下がるみたいな感じでデーモンを入れられやすくなるのだと思われる。
だからアルティメットクイックハックにサイバーサイコシスのデーモンがあったのかぁ……、逆輸入品かよ。
こんなもんあるのに何でサイバーサイコシスの研究が進んでないんだ、と首傾げてたけど納得だよ。
そりゃ一流のネットランナーかつアウトローな奴しか持てないような逸品なら出回らないなぁ!?
絶対これの出所マックスタックだろ……、あそこ元サイバーサイコしか居ねぇもん……。
一応公式見解では無いので、あくまで作者の憶測です、異論は認めます。
ジョニーが公式ではサイバーサイコ扱いされてたりするので、サイバーサイコはデーモンによって暴走状態にある奴の事を指すのではないかな、と。
けれども、我の強い人物、インフルとかコロナとかの症状を気合で耐えれる様な人物だと、暴走と言う名の暴れ馬の手綱を引けるため、一種の不定の狂気状態で留まれるんじゃなかろうか。
(ジョニーのアラサカ死すべし思想とか、マックスタック隊員のマンティスブレード偏向とか)
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